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作者: 万吉8
残酷な描写あり
宰相の憂鬱
 アステリア大陸の北西にデルドラルグと呼ばれる大陸があり、大陸全体が魔族領となっている。そして、魔族領の魔王都ギヴァ・ビリクの万魔殿は喧騒に包まれていた。ドワーフ領における動乱に続き、幽界かくりよの妖精郷が封印されたかのように閉ざされてしまったこと、それに伴い世界各地のエルフの村・居住地が消え、魔族領以外の領域で鉱産資源が枯渇し経済的な混乱が生じていること、地水火風の力を管理する四大精霊の力が弱まったこと、更には獣人族の祖神たちの封印に変化が生じたという報告がもたらされたからだ。
 
 160年前の『真魔大戦』は冥王・邪悪龍が封印され、魔王が伐たれるという形で終わりを迎えた。しかし、人の側の被害は甚大で魔族をデルドラルグに押し返すに留まり、反転攻勢を仕掛ける余裕はなかった。そして、60年前に魔王リュツィフェールが肉体を得て万魔殿に降臨し、邪悪龍ヴァデュグリィの封印が緩み周囲は腐海と呼ばれる世界となった。このため、冥王の封印にも変化があったと考えられているが、冥王の封印の場所は黄金龍アルハザードが眠るとされる『誰も知らない聖地』同様、『誰も知らない封印』と言われ、その所在を知る存在ものはなかったのである……。
 
 万魔殿降臨から60年が経ち、魔王リュツィフェールは往時の力を取り戻しつつあった。あと5年もすれば、その力が満ちるだろうとリュツィフェールは考えていた。そんな折に伝えられたゴンゴアド大陸ドワーフ領での動乱の報告。これについては特に行動を起こすという事にはならなかったが、続く幽界かくりよの妖精郷が閉ざされたことよる事態の変化についての報告により、魔族たちは色めき立っている。
 
 地水火風の力を魔族の領域内で管理するのは四元魔将の役目だが、その能力は四大精霊に一歩及ばないため、地水火風の恵みは他の領域に比べて乏しいものがあった。しかし、妖精郷が閉ざされたことにより、四大精霊の地水火風に及ぼす影響力が低下したため、四元魔将たちはその掌握に乗り出している。獣人族の祖神たちもどういった理由か多くの魔族たちには分からなかったが、活動を開始し、わずかながらも力を増し始めていた。四元魔将たちは祖神たちの活動を不快に感じたが、四大精霊が管理していた量があまりに大きいため、気にする余裕がなかった。
 そこに、魔族領以外での鉱産資源の枯渇とそれによる経済の混乱が起こりつつあるという報告、更にはエルフの村・居住地の消失という報告がなされ、軍部はこれを好機と捉え、それに対し行政府は頭を抱えている状態だったのである。
 
 ◇◆◇
「胃が胃があああぁぁぁ!」
 
 万魔殿行政府の宰相執務室で仮面の男が叫んでいた。
 
「いや、宰相殿に胃はないでしょう」
 
 秘書官の魔族の女性、グレイオスが笑って対応する。
 
「気分でゴザル!」
 
 仮面の男が言い返す。男の名はオカ=メギル。スライムの変異種でスライムとしては別格の知性--魔族の中では平均的な知性--と高い再生能力を有している。魔族に面白半分で吹き飛ばされ、再生中のところに通りかかった魔王にこれまた面白半分に拾われ、万魔殿で飼われていたところに、行政官に軍部へのお使いを押しつけられていく中で、気がついたら宰相になっていた。
 魔族は気が短い者が多く、軍部ではそれが顕著だ。このため、軍部と行政官の折衝の際に刃傷沙汰が絶えない。このため、オカ=メギルは行政官の盾として使われている。宰相となったのも、より強大な力を持つ将官との折衝に連れて行き、身代わりにするための方便に過ぎない。
 実際の執務の大半は秘書官のグレイオスともう一人が取り仕切っている。
 
「軍部のヤツらはバカ? バカでゴザルか? 四大精霊の力が弱まって、四元魔将たちが地水火風の力を握ろうとしているところに、人間領に侵攻? 四元魔将たちが地水火風の力を掌握して兵站を整えてからでも良いでゴザろう?」
 
「人間・ドワーフ領での鉱産資源の枯渇による混乱とエルフの消失を好機と捉えていますからね」
 
「厄介なエルフたちがいなくなったのは好機でゴザルが、混乱は始まったばかりでゴザル! もっと待ってからでも遅くないでゴザル! それに魔王さまの力が満ちていないのに、勝手に盛り上がらないで欲しいでゴザル!」
 
「軍部は『魔王さまのお手を煩わせずに人間どもを叩き潰せる好機』と盛り上がっていますからね」
 
「人間領に侵攻すると必ず現れる勇者と大賢者の対処が可能な者は限られるというのに……。『魔王さまのお手を煩わせずに』済むでゴザルと? 身の程知らずもいい加減にするでゴザル!!」
 
 --普通の頭があれば、この位の事は分かるんだけど、軍部に面と向かって言えるのは宰相殿だけなのよね〜。
 
 秘書官グレイオスは嘆息する。スライムが宰相ということには思うところがあるが、空気を読まずに軍部に行政府の総意を伝えてくれるオカ=メギルには感謝している。グレイオスの案をオカ=メギルに伝えさせた次の瞬間、気の短い将官に斬られたオカ=メギルを何度か見て、能力的には自分の方が適任だと思っても、成り代わりたいとは思わなくなった。オカ=メギルが身代わりになるため、行政官、特に女性行政官が逃げ出すことも少なくなった。そもそも、万魔殿のペットであるオカ=メギルには俸給はないため、宰相の俸給が必要なくなり、その点でも感謝している。
 
 グレイオスがそんな事を考えていると、同僚の秘書官フォウスコスが入室してくる。グレイオスと執務の大半を取り仕切っている有能な女性秘書官だ。
 
「宰相殿。会議が始まります。ご用意を」
 
 フォウスコスに促されオカ=メギルに絶望の色が見える。
 
「足が折れたから欠席するでゴザル〜〜!!」
 
「「宰相殿に骨など無いではないですか」」
 
 グレイオスとフォウスコスは異口同音に答えるのだった。
コメディ回です。
魔宰相オカ=メギルは、魔王城の名前をX(旧Twitter @mannkichi8)でアンケートを取ろうとした時に思いつき、城の名前の候補の一つにしましたが、惜しくも(?!)不採用となりました。
(万魔殿が採用され本文に出ています)
魔族は戦う方が好きなので、行政府には強い魔族はいません。このため、軍部による台頭が起きていましたが、再生能力が高いスライムに宰相を押し付けることで挽回しています。
この辺りの事情を知らない人間たちからは【魔宰相オカ=メギル】として四元魔将と同じくらい恐れられています。
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