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作者: 柊 雪鐘
残酷な描写あり
0-2 少女の名は
「ふわぁ……っ」

 身体を起こし、伸ばすと自然と欠伸あくびが出た。
 窓からは暖かい日差しが室内を照らし朝であることを告げている。
 ふぅ、と息を吐く日和ひよりは布団をまくりベッドから出て立ち上がった。
 着ていたパジャマを脱ぎ、数着しか入ってないクローゼットにかかった制服を取り出した。

 着替えを終えると、日和は昨晩の内に準備した学校指定の鞄を持って部屋を出る。
 二階は日和の部屋しかない為、目の前はすぐに階段がある。
 下の階へと降り立った日和は紺色に白いラインの入った鞄を居間の入り口に置き、洗面台へ向かった。
 顔を洗って腰まで垂れた焦げ茶色の髪を梳く。
 一部分だけが金色に染まった横髪も丁寧に梳いて、残る準備は朝食のみ。
 日和は鞄を拾い上げると居間に向かう。
 中ではにこりと優しい笑みを浮かべた祖父が口を開いた。

「おはよう、日和ちゃん。朝ご飯、もうできてるよ」

 炬燵机には食パンと目玉焼き、ベーコンが乗った大皿が2枚。
 その二皿目を置き終え皿にかかった指を離した老人はにこりと笑う。

「おはよう、おじいちゃん。いつもありがとう」

 少女の名は金詰かなつめ日和ひより
 染まった髪色も地毛という珍しい髪を持ち、茶色の目をした高校1年生だ。
 そんな日和は目の前にいる祖父・樫織かしおり隆幸たかゆきと二人暮らしをしている。
 父は既に他界し、母は写真家をして海外に居るそうだが、そもそも出会った記憶など片手ほどしかない。
 世間と比べてもかなり珍しい家族関係である。
 しかしどんな珍しさも日和本人は一切気にすることはない。

 自身が特殊な家庭環境に育っていることに特別な意識は持たず、ただ食パンの上に目玉焼きを箸で器用に乗せて頬張った。
 ざくっ、と歯で押し潰した時のトーストされたパンの音、口に広がる優しい味が朝にはとても身に染みる。
 今日も日和にとっては日常的な朝だ。
 日和は食パンを食いちぎり咀嚼そしゃくを繰り返し、口に入れた物を飲み込んで祖父に視線を向けた。

「今日は買い物して帰るよ。おじいちゃんは欲しいものある?」
「必要そうなものはそんなにないから、いつもの買い物を頼むよ。日和ちゃんは今日、何を食べたい?」

 祖父のこの質問は、大抵夕飯の献立である。
 しかし日和は大体なんでも食べる為、つい言いたくなる返事は「なんでもいい」だ。
 それでは祖父に迷惑をかけてしまうので日和はいつもこの話題に悩む。
 冷蔵庫には確か、春キャベツがあった気がする。

「じゃあ……ロールキャベツ?」

 悩みに悩んで出たメニュー。
 祖父は大きく頷いて微笑む。

「ああ、それなら春キャベツがあるから、挽肉をお願いしようかな」
「分かった、挽肉ね。明日は私が作るから、その分の食材も買うね?」
「日和ちゃんの手料理か。ならハンバーグが食べたいな」
「ハンバーグ? なら挽肉多めに買わないと。パン粉、まだあったっけ?」
「いや、パン粉はこの前切らしたから……」
「じゃあ追加で買っておくから」

 日和はにこりと微笑むと、残り二口ほどの食パンを一気に平らげ、最後にベーコンを押し込む。
 そろそろ学校へと向かう時間だ。

「ご馳走様、そろそろ行ってくるね」
「ああ、気をつけて行ってらっしゃい」

 手を合わせて席を立った日和は足元の鞄を手に取り、玄関へと向かう。
 祖父は席を立つこともなく手を上げてその背を見送り、日和は「行ってきます」と地声でありながら小鳥のような高い声で家を出た。
 外の空気が日和の鼻を擽る。
 春の日差しが通学路を明るく照らし、いつもと変わらない風景が目の前に広がっている。
 だがもうすぐ梅雨の時期に入り、きっと雨に濡れる事だろう。
 そう考えると、だいぶ日差しは熱を帯びてきたように感じる。

 ――チカッ

「うっ……?」

 ゴールデンウィークが明けた5月の後半。
 少しだけ熱い太陽の日差しが日和の視界を少しだけ歪ませる。
 それでも日和は通学路を歩く。
 少し進んだ先、近くの十字路に差し掛かると見覚えのある姿が見えた。
 白いシャツに臙脂えんじ色の上着、烏羽からすば色地にラインが入ったチェック柄スラックス。学校指定のブレザー制服だ。
 紺青色の髪を後ろで一本結びにした少年は長身で眉目秀麗、水のように透き通ったような青い目を日和に向ける。

「おはよう、日和ちゃん」
「兄さん、おはよう」

 にこりと日和はその姿に笑いかける。
 高峰玲は家こそ学校を挟んだ奥という日和の家とは正反対の位置にある。
 それでも出会った幼少の頃から常に一緒に居てくれた、日和にとっては兄のような存在――所謂いわゆる幼馴染だ。
 高校に入るまでは毎日一緒に登下校してくれていたが、高校に入ってからはほぼ全くと言っていいほど共に歩かなくなった。
 それなのにたまにこうやって一緒に歩いてくれている。
 そんな玲は元々互いの祖父が同級生だった為、両親の居ない日和を心配して祖父が共に居るよう言ってくれたのだった。

 高校に入ってから、玲の送迎は無くなった。
 それは玲が一つ上の学年であり、部活をしているからだ。
 弓道部一の腕を持つ文武両道、しかも外見も良く物腰も柔らかい。
 高校に入学してから知ったことだが、玲は学校で学年関係なく人気の高い人間らしい。
 そんな人がわざわざ自分の為に居てくれるのがなんとも複雑な気分である。
 何が問題なのかと言うと、自分はそういう事にてんで興味がなく、他人の好意や悪意も気にも障らない。
 今こうやってにこにこと笑っているのだって、この高峰玲に教えてもらったからである。

『無表情でいるよりも、基本笑っていれば嫌な事も言われないし、何も気にする必要はない。あとは我を通すだけ』

 そう言う玲も、よくにこにこしている。
 彼の場合は元からそうなのかもしれないが。

「あ。そういえば日和ちゃんは昨日、ちゃんと帰れた?」

 玲をじっと見ながら歩いていると、不意に声をかけられた。
 少し驚きつつも恥ずかしがりながら日和は頷く。

「え? うん、大丈夫だったよ。遅かったのにありがとう」
「ううん、また何かあったら言って。極力助けにはいくからさ」

 昨日の18時頃、日和は商店街の本屋に居た。
 馴染みの店であったというのにあろうことか、その帰り道に日和は迷子になった。
 どうするべきか悩んだ挙げ句、玲にスマートフォンで連絡をして助けてもらったのだった。
 長い付き合いである玲に申し訳ないと思う半分、一切拒否せず直ぐに助けてくれる感謝が残りの半分。
 ほんの少しだけ日和に対して心配性である事を心配している。
 住宅街を抜けた横断歩道で足が止まると日和の視界がぐらりと揺れて崩れかかった。
 視界の端だったが玲はすぐに気付いて日和の体を支える。

「おっと、大丈夫?」
「ん、大丈夫……。ありがとう」

 こういう部分ですぐに手が出るのだ。
 昔から多大に世話になっているが未だに扱いは変わりない。
 気をつけて、と玲は日和の手を引き横断歩道を渡る。
 通学路は折り返し点となり、玲は手を離して2,3歩前に出た。
 併せて周りには同じ制服がちらほらと見え始めていた。

「あとは大丈夫そう? また何かあったら言って」
「うん、大丈夫だよ。変な噂が立つと面倒でしょ?ありがとう」

 いつもこの半分で玲は先に学校へ向かう。
 以前一緒に校門まで行ったらその後、女子生徒に言い寄られたらしい。
 人気のある人は大変だ。
 日和は自分のスピードで歩き始めた。
 ちなみに日和自身も『細身で長い髪の美少女が入ってきた』と男子人気が上がり始めているのは本人が知る事は無い。
 そしてこの金詰日和という少女を守る事こそが、高峰玲が術士として独断で動く仕事であることも。
金詰日和(かなつめ ひより)
10月2日・女・15歳
身長:163cm
髪:金交じりの焦げ茶色
目:黒
家族構成:祖父
趣味:特になし

腰まである髪は料理する時とお風呂くらいしか纏めない。だってめんどくさいもん。
線が細く体重もかなり軽い。表情もかなり薄めであまり動かない。
興味が出れば気になるが基本興味を持たないので感情の起伏も少なめ。
少なめってだけで出る時は出る。
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