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作者: 柊 雪鐘
残酷な描写あり
8-3 報告
 話は少し戻る。

「やっぱり頼るのは、苦手です……」

 日和が開口一番に空気を逆転させたのは、日和が華月に荷物を預けてからたった20分程の事だった。
 自分が何の気もなく荷物を渡し、もしかしたら日和は周囲に見られると困る物があるのかもしれない。――とも思い反省しかけたが、答えは単純なもので『お願いするのは気が退ける』のなんとも日和らしい一言。
 それと飛んで出てきた華月の圧力に負けたことを気にしているらしい。
 「気にするな」とは言っているが、この様子ではまだまだ打ち解けるには時間がかかるだろう。

「……日和、半分は気にしなくていい。あの家が異様に世話好きなだけだ」
「竜牙……もう半分は、なんですか?」
「…………慣れろ」
「無理ですっ」

 日和の表情は食い気味で、思いっきり拒否の顔だった。
 これはしばらくこのままだな、と竜牙の口からはいつものため息が出る。

「――あれ、日和と竜牙じゃない」

 そこへ、二人のよく知る声が聞こえた。
 振り返れば紙袋を持って歩く波音が居る。

「波音! こんにちは」
「ええ、こんにちは。珍しいわね、こんな所で。どうしたの?」
「今から師隼の所へ行くところだ。報告がある」
「ふーん、そうなの。じゃあ行く先一緒ね」

 日和は波音に懐いているようで、纏っていた空気が変わった。
 一方波音にしても悪い気ではないらしく、いつも通りだ。
 どうやら知らぬ間にある程度、仲は良くなったらしい。

「波音……まだ師隼の所へ足繁く通っているのか?」
「う、うっさいわね、ちょっと教えてもらうだけよっ」

 波音は頬を膨らませ、思いきりこちらを睨みつける。
 少し恥ずかしそうな様子を見ると、言うべきではなかったかもしれない。
 しかし日和はそんな波音に食い付いた。

「波音は神宮寺さんから何か教わっているの?」
「ん、まあね」

 こくりと頷き、そんな返事をする波音の手には紙袋がぶら下がっている。
 袋の口から棒の先に球が付いているので、何が目的であるかは一目瞭然だ。

「次は一体何を作っているんだ?」
「――えっ!? あ、いや、大したものじゃないわよ? 袋、袋作ってるの!」
「袋……? 波音、これもしかして編み物?」
「~~~~っ!!!」

 上ずった声を上げていた波音は真っ赤になって、片手で顔を覆っている。
 日和は面白い物を見つけた子犬のように興味深々になっていた。

「波音、編み物が出来るんだ……わぁっ! 素敵です!」
「あ……日和、それ以上は……」

 満面の笑みを見せた日和に、波音が固まった。
 日和を止めようと声をかけるが、既に遅かったらしい。

「ごふっ……」

 片手で顔を覆ったまま、波音の体は何かが抜けるように倒れていく。
 そこへぶわりと現れた炎がその体を支えた。

「ほらほら波音、言っただろ?そろそろ慣れないと駄目だって」

 波音の横で支えたのは焔だ。
 同じく行こうとしたが、焔の動きはいやに速かった。

「焔、すみません……。私、何かしましたか……?」
「いや、大丈夫ー。いつもの事だから。よーいしょ」

 心配をする日和に焔は満面の笑みで答え、波音を背負う。

「いつもの事……?」
「ほら、波音こんな性格でしょー? 褒め慣れないんだよ。基本努力しても褒められないと思ってるから不意打ちで褒められると、たまに卒倒しちゃうんだよ。可愛いでしょ?」
「うーーー! うっさい! 馬鹿っ! あーーーーもうっ」

 にこにこと笑う焔の背中で、我に返った波音が暴言を吐きながら焔の胸をぽかぽかと叩く。
 恥ずかしさを紛らわせているのは分かるが、ふと違う意味で似た人間が思い浮かんだ。

「日和の頼るのが慣れないのと一緒だな?」
「う゛っ、うぅぅ……」

 照れて暴力を振るう様子を見た竜牙は釘を刺すように日和に向けて言い放つ。
 すると深々と刺さったようで、日和も何も言わなくなった。

「――それで、これか」

 顎に手をやり、惨状を見る師隼はそう呟きくつくつと笑う。
 師隼の目の前には面白い光景が広がっている。
 式は揃ってぴんぴんしているのに対し、波音も日和も顔を手で覆っていた。
 移動中の会話は相当堪えたらしい。

「今日は……波音、後でそれ教えるから話を聞いていきなさい」
「うぇ……?」
「……それで?」

 やっと顔を上げた波音が師隼を見て、視線を日和に移す。
 なんのことやらといった表情を見せているが、一方の師隼は何やら期待に満ちた表情だ。

「ああ、金詰日和をこちらで保護する事にした。昨日母親に遭遇したが、駄目だった。荷物は既に纏めてある」

 竜牙の言葉に「ほぉ……」と頷く師隼だが、狐面から詳しく聞いている筈だ。
 師隼はそのまま日和に視線を向ける。

「そうか、それはご苦労だったな。金詰日和、君は住んでいた家をどうしたい?」
「えっと……もう戻る事はないと思っています。なので、私はもうあの家は必要ありません。母に任せます」

 師隼の問いに日和は顔を上げ、素直に答える。
 その様子に深く頷き口を開いた。

「……実は、その母親なんだが……――」
「……っ」

 竜牙は息を飲む。
 一瞬でも、師隼が本当の事を言うのではないかと危惧した。

「――午前中にこちらへ現れてね、国から出ると言っていたんだよ」
「え……」

 日和の口から声が漏れ、竜牙はため息を噛み殺す。
 師隼は柔らかな笑みを浮かべると言葉を続けた。

「日和をよろしくお願いします、と言っていた。母親の方も、あの家はもう必要ないらしい」
「……そう、ですか。なら、家具も家電も必要ないです。……あ、鍵をお渡して――」
「――それは持っていなさい。何かあった時の為に」
「えっ……あ、はい……」
「じゃあ君の望み通りに家は綺麗にしておこう。置野の家なら安心だね。送迎ならわざわざ当番制にしなくとも竜牙がいるし、食事もしっかり3食とれるし、ね」

 にっこりと、師隼は微笑む。
 聞いている分には優しげではあるが、その内容に日和は一瞬固まり、ゆっくりと竜牙を見た。

「えっと、言いました……?」

 何のことかといえば、玲に散々怒られた食事についてだろう。

「い、いや……言ってない、ぞ?」

 竜牙は首を振り、日和は波音に視線を送る。
 疑っている訳ではないが、波音もぴくっと体を揺らしてブンブンと首を横に振った。
 その様子を面白いように師隼は笑う。

「ふふ、見てたら分かるよ。身長に対して釣り合ってないからね。器はしっかり作らないと後々厳しくなる。ちゃんとしっかり食べる様にしないといけないよ」

 くすくすと笑う師隼は健康について指摘しているが、日和の明らかな体重の軽さと栄養不足を指摘している。
 そんなに見て分かる物だろうか…、と、つい日和は自身の体を凝視した。

「そういう事だから波音、気負わなくてよくなったね。これからは好きなだけ日和に言えるな?」
「はっ?何を言うのよ……」

 師隼は突然波音に話を振り、波音は不思議そうに首を傾げる。

「…おや? 一緒に行きたい、帰りたい、家も近くなったから遊び放題寄り道し放題じゃないか。気兼ねなく言えるだろう?」
「ばっ――!」

 茹った蛸のように、一瞬で波音の顔が真っ赤になり、背筋が大きく伸びた。
 日和が波音の顔を覗く。

「……波音、気にしてたの?」
「はっ!? ききき、気にしてなんて……!」

 ぱくぱくと口を開閉し、明らかにどぎまぎしている。
 竜牙や師隼からしてみれば、分かりやすい事この上ない。

「波音、正直に言えばいいっていつも――」
「――うっさいわね、あんたは黙ってなさいよ」

 背後から小さな声で焔が耳打ちする。
 しかし一気に冷静になったように波音は立ち上がり、一瞬で焔を足蹴にした。
 声も一段と低くなり、恥ずかしがったり苛立ったり、一々激しい動きをするのが水鏡波音という女だ。

「波音、私はいつでもいいよ。ありがとうございます」
「ま、まぁ……気が向いたら、言うわ……」

 そんな波音に日和も段々と慣れてきたか、驚くことも無く言い放つ。
 寧ろそれを予測していなかったのは波音の方だ。
 少し頬を赤くして、ぼそりぼそりと答えるのであった。
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