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作者: 柊 雪鐘
残酷な描写あり
9-1 狐面
 妖調査部、通称狐面。
 パーカーを羽織りフードを被った上で白地の狐の面を被る神宮寺師隼の駒だ。
 狐面は二,三人で行動する。
 年齢も性別も様々、一番の特徴は術士はおろか彼ら狐面同士でも互いを知らない、という部分にある。
 また、『互いを知ってはいけない』という制約もある。
 これには相手の余計な部分を知ることで、妖を生む可能性を減らす為であるという。
 『冷厳に徹せよ』
 それが狐面の信条だ。

「なんであんな女が監視対象なんだ、解せない……!」

 鳶色の髪を綺麗に肩で切り揃えた狐面の声色には憤怒が混じっていた。
 狐面は姿が判別しづらいよう、パーカーを羽織りフードを被るものだ。
 しかしこの者はそれを拒絶するようにフードを衣服の内側に織り込まれている。
 少女の耳には珍しくも耳輪の一部が欠けていて、それを隠しもせずよく目立っていた。
 そのパートナーであろう、40代男性のような少し枯らした声がいさめる。

「おい、お前は新人か? だったら口を慎め。術士様の言うことは絶対だ」
「いーや、納得できないね! つい最近現れた女が突然監視対象になるなんて、絶対術士様の誰かに色仕掛けでもしたんだ!」

 鳶色の狐面は更に憤慨する。
 面では分からないが、その発言からかなり頭に血が上っていることは確かだ。

「失礼なことを! いい加減に……――」
「――いいさ、この僕があの女の護衛なんて必要ないと証明してやる!」
「おい、こら!」

 飛び出すように、鳶色の狐面は町を走り抜ける。
 制止に失敗した狐面の男は頭を抱えた。



***
「日和、昼食に行くわよ」
「うん」

 いつものように波音は日和を呼ぶ。
 だが、今日はいつもとは少し違った。

「二人、仲良いよね。いつも一緒に食べてるの?」

 突然声をかけられた。
 弥生ではない声に二人で視線を向ければ、鳶色の髪の少女がはにこりと微笑んでいる。
 波音からすればクラスに埋没した女子、日和からすれば今存在を知った興味のない人間……となるが、相手はクラスメイトの女子生徒だ。

「ええ、まあね。櫨倉はぜくらさんは、私達に用事があるのかしら?」

 こちらもにこりと笑顔で返す波音だが、その目は全くと言っていいほど笑っていない。
 今まで話してくる素振りも無かった生徒だ。
 それが突然探るように話しかけられ、印象はよほど良くないように感じる。

「折角だからお昼ご飯を一緒にって思ったんだけど……迷惑だったかな?」
「そうね、多分迷惑なんじゃないかしら」

 下手したてだが、得体の知れない雰囲気のある櫨倉という少女。
 波音は警戒を含め、高圧的な態度を取る。
 怪しい人間には自分から威圧をかけていく、以前日和にも行った波音の常套手段だ。

「そっかぁ、じゃあ仕方ないね。場所が場所だもんね」
「……っ! 失礼、もう行くわ。日和」
「あ、はい……」

 元々この学校の屋上は立入禁止だ。
 それを理解した上でだろうか、一番の笑顔を向ける櫨倉に波音は眉をしかめ背を向ける。
 日和は波音の背を追いながらちらりと櫨倉という女子生徒を見る。
 しかし彼女はにこにこと笑顔で手を振るだけだった。

「――なんなの、あの女! 日和は知ってる!?」

 屋上に上がり、いつものメンバーで食事を始めた途端、波音は苛立ち半分に叫んだ。
 予想はしていたが、口ぶりからしても相当荒れている。

「ま、まあまあ……波音、落ち着いて……」
「そうだよ、波音。そんなに怒ってたら折角のご飯が美味しくないよ」

 日和と玲はそんな波音を宥めるものの、一向に落ち着く様子はない。

「落ち着ける訳ないでしょ! ぜーったい嫌な奴だわ、なんかある! 日和、絡まれないように気を付けなさいよ!?」
「うぇ、わ……私? 私はそんな、どうせ空気みたいに扱われてるよ」

 何故自分が気を付けるべきなのか分からない日和は首と手を振り否定の姿勢を見せる。
 一切気に留めてもいない様子に『そんな訳がないだろ』と玲と波音は表情だけで訴えた。
 しかしその事実を口には出せない。
 日頃の二人の苦労は、未だに日和は知る由も無いのだ。

「だが相手が妖であろうと人であろうと、気を付けるに越したことはない。特に私からでは出来ることに限界があるからな」
「あ……そうですね。気を付けます」

 本来竜牙は後者に入ることは出来ない人間だ。
 そんな竜牙の言葉に日和は納得し、頷く。
 その姿に玲も波音も視線を合わせ、ため息が漏れそうになった。

「でも冗談じゃないからね? 何かあったら、ちゃんと相談するんだよ?」
「兄さん……ありがとうございます。でもクラスなら波音がいますし、校内なら兄さん、外には竜牙がいるので、多分大丈夫だと思います」

 玲の心配に日和は安心した表情で笑う。
 確かにそう言う事でなら、日和は守られている筈である。
 和やかな雰囲気を放つ日和の言葉に術士の三人がそれぞれ悪い気はしないと少し照れたのは、秘密の話だ。

「さて、午後の授業も気張るわよ、日和」
「あ、もうそんな時間? それでは兄さん、竜牙、また後で」
「うん」「ああ」

 先に日和と波音が場を発ち、校内へと戻っていく。
 残された玲と竜牙は直ぐに返事をかけるが、玲はそのまま溜め込んだ息を吐き出した。

「……兄を演じるのも大変か?」
「まあ、日和ちゃんは邪魔な蟲を視認すらしないからね……」

 玲のため息は苦労性の兄のものだろう。
 どうやら彼女に纏わり付こうとするむしは、多いらしい。
 そのあたりの話は、またいつか。



◇◆◇◆◇
 授業の終わり一番に、波音は教室を出ていく。
 一瞬の目配せだったが、どうやら妖が出たらしい事は日和も理解した。

「あーれ、水鏡さん行っちゃったよ? いいの?」

 真っ先に帰っていた波音の姿を不思議そうに見ていた弥生は波音の机を指差し、日和に問う。
 どう答えるべきかを悩んだ日和は、少し前にいつか弥生と放課後遊ぼう、と約束したことを思い出した。

「今日は忙しいみたい。……弥生、久しぶりに一緒に帰る?」
「えっ、日和からのお誘い!? 嬉しいー! 帰る帰る♪」

 珍しく日和からの誘いに喜び、弥生のテンションが上がる。
 とても嬉しそうな姿ではあるが、しかし水を差すように背後から声がかかった。

「金詰さん、今から帰るの? 僕も一緒に、いい?」

 声をかけてきたのは、今日目にした姿。
 昼にも声をかけてきた鳶色の髪の少女だ。

「……あー。えっと、櫨倉さん、だっけ?」

 睨むような弥生の視線が櫨倉を刺す。
 一方の櫨倉はにこにこと笑顔だ。
 似た光景を、昼に見た気がする。

「うん、櫨倉みこと。貴女は確か……奥山さん、だったかな?」
「残念奥村ですぅー。奥村弥生!」

 ばちばちと幻聴が聞こえた。
 まるで二人がいがみ合っている、そんな空気だ。
 日和は心のどこかで波音を思いながら複雑な心境になる。

 (あの……早速居るんですが、どうしたらいいんだろう……)

 結局日和の両隣に弥生と命が立ち、廊下を歩くことになった。
 玄関へ向かい、靴を替えて外へ出る。

「ねぇ日和、こうして歩くのも久しぶりなんだし寄り道しようよ!」

 以前一緒に帰ったのはいつだっただろうか。
 それ程前だった為にこうして共に歩けて嬉しいのだろう、嬉々として笑う弥生に日和は優しく微笑む。

「寄り道? 何処がいいの?」
「んじゃ商店街裏のケーキ屋に行きたい! 中で食べられるんだよ!」
「そうなんだ。えっと……櫨倉さんはどうする?」
「僕? じゃあ、お邪魔しようかな。いい? 弥生さん」

 折角一緒に帰っているのだし……と日和は命にも問う。
 笑顔を向ける命の腹の底がどうにも黒く感じたのか、弥生は一瞬命を睨み付けるとすぐに笑った。

「早速名前呼び? 別に良いけど。……新しく見つけたケーキ屋はこっちよ」

 弥生の案内でケーキ屋へと向かう。
 弥生はこの近所に住んでいる為、商店街の土地勘がしっかりしてる。
 彼女の迷いのない案内で道を進んでいくが、『このまま何事もなく終わってほしい』と日和は心底願うばかりだった。

「へぇ……<パティスリー・リトルアリス>……可愛いお店だね」

 向かった場所は本当に商店街のメイン通りから一本裏の道にあった。
 大きな格子状の窓からは店内が見え、ケーキや可愛らしい包装をされた焼き菓子が並んで見える。
 店内左側の奥にはテーブルが見え、確かに飲食ができそうな店だ。
 お店自体も緑の観葉植物や花に囲まれ、それこそ童話のアリスが迷い込みそうな可愛らしい外観をしていた。

「前々からあったみたいなんだけど初めて入るんだ、いこいこ!」
「う、うん……」

 店内に入ると店員が案内をしてくれた。
 ケーキの種類は10種類ほどあるようで、どれもとても美味しそうな写真をしている。

「日和、こっち側に期間限定があるよ!」
「あっ、本当だ。うーん、じゃあこれにしようかな……」

 日和が選んだのは期間限定・桃のミルフィーユ。
 それを見て弥生は隣のケーキを指差す。

「じゃあ私は抹茶シフォン! やばー、写真だけでもすっご美味しそう!」

 写真だけで既に弥生の頬は緩んでいる。
 それだけで重たい空気が軽くなった気がした。

「僕は……これにしよっかな。季節のロールケーキ」
「じゃあ決まりね。注文しちゃおー」

 弥生はベルを鳴らし、張り切って三人分の注文をする。
 終えるとまた空気が重たなった。
 何が原因かは分からない。
 どこか話しづらい気配だ。
 そんな中、弥生は突然笑顔で日和に向いた。

「日和は最近どう?」
「えっ、何が?」

 重たい沈黙の中、あまりにも唐突で日和の心臓がどきりと鳴る。
 どうしてこんなにも焦った気持ちになるのかは分からないが、それでも弥生は不思議そうな表情を見せると「やだなー」と言葉を続けた。

「何がって、最近水鏡さん達とご飯食べてるでしょ? 仲良くなれた?」
「うーん、そこそこ……? でもすごくお世話になってるよ。寧ろ最近弥生とはあまり遊んでないよね、ごめん」
「えー、謝ることあるぅー? 別に日和が付き合いたい人と付き合えばいいじゃん。私は日和が少しでも楽しんでくれたら満足だよー」
「なにそれ、身内みたい」

 まるで親や祖父から言われるような言葉を弥生に言われて、可笑しく感じた日和はくすくすと笑う。
 弥生がにんまりと笑う反対隣ではじっと黒い目が覗いていた。

「それにしても金詰さん、最近水鏡さんと仲良いよね。どういう付き合い?」

 命の質問に日和は口ごもる。
 術士やら妖なんて言葉は出せる訳もなく、どうごまかせばいいか分からない。

「えっと……」
「付き合いなんでどうでもいいよ。仲良く出来ればそれでいいじゃん。ねぇ?私と水鏡さんが友達なんだから、日和と水鏡さんだって友達だよ。友達の友達は友達なんですぅーっ」

 中々横暴とは言い難いが、弥生のフォローが入って日和は心臓を一撫でする。
 何だかんだ言って弥生の思考はとても柔軟のように思った。

「あ、ほら、ケーキ来たよ! 食べよっ」

 早いか遅いかは分からない。
 お待たせしました、と三人の前にケーキが並べられた。
 お洒落に可愛らしく飾られたケーキは見た目以上に甘く、優しくて引っかかるものも美味しい幸せで溶かしてしまう。
 日和と弥生、命で「美味しい」と声を揃え舌鼓を打ちながら食べた。
 帰りもこのまま何事も無ければいい。
 そう願う日和の少し心配した表情を、命は見逃さなかった。
櫨倉命(はぜくら みこと)

1月1日・女・15歳
身長:160cm
髪:鳶色
目:黒目
職業:学生
前も後ろもパッツン女子の僕っ子。運動神経は抜群でスポーツしてそうな姿をしているが帰宅部。
白黒つけたがる性格でちょっと色々と理想が高め。
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