残酷な描写あり
10 「呼びかけ」
ニコラは使い魔であるカラスを飛ばし、ルーシーは一匹のリスから多くの動物たちへ子供たちの捜索を頼んだ。
村の出入り口に立って動物たちの報告を待っている間、村長がやって来た。
「ニコラ、どうじゃ? 子供たちは見つかりそうかの」
不安そうな村長にニコラは「心配ない」と声をかける。
行方不明になった子供たちの中には村長の孫であるカミナも含まれているのだ。心配しないわけがなかった。
不安を抱え、耐えられずニコラの元へ来たのだろう。
それをわかっているニコラは、動物たちが発見の報告をするまでどれくらい時間がかかるかわからないと言い、体を壊してしまわないよう家に戻ることを促す。
「子供たちは無事に帰す。だから孫が戻った時の為に温かい飲み物や食べ物でも用意しておくんだね」
「あぁ……、わかった。ニコラ、子供たちのことよろしく頼んだからの」
そう言い残して村長は名残惜しく、何度もニコラの方を振り向いては家へと戻って行った。
無事であって欲しい気持ちに変わりはないが、まだ何の証拠も手がかりもない状態だ。
せめてどの辺りで行方がわからなくなったのか知りたいところであったが、目撃情報が全くないことには話にならない。
各方面に散らばった動物たちに委ねるしか、今のルーシーに出来ることは何もなかった。
小一時間ほど経った時だ。
数羽のカラスが戻ってきてニコラに報告する。
芳しくない、といった表情で再びカラスを飛ばした。
「お師様、どうでしたか?」
「それらしいものは見つからなかったそうだ。少なくともスノータウンにいないことは確実になったよ。さっきのカラスたちには主に村の中を探すように言ったからね」
それではやはり子供たちは村の外へ出たのだ。
村の外といっても、南下した場所にある大きな町へ向かったのか。はたまた山のある北の方へ向かったのかは未だに不明のままだった。
こうしている間にも寒さは容赦なく襲ってくる。ルーシーでさえ防寒用のポンチョを着ていても、こう何時間も外にいたら体が冷えて仕方がない。
やがてニコラがポケットから懐中時計を取り出し、渋い顔になった。
「しょうがないね」
そう呟くとニコラは荷物から杖を取り出す。
先端に氷を思わせるような鮮やかな青い色をしたブルートパーズが目を引く。それを空へ掲げたかと思うと、雪山の方へと先端を向けた。
「雪の精霊、そして氷の精霊よ。氷結の魔女ニコラの声に応えたまえ」
するとブルートパーズが淡く煌めいたかと思うと、一瞬目の前が真っ白になるほど眩しい光を放った。
目が眩んで顔を背けたルーシーが次にニコラの杖を目にした時、不思議なものを目撃する。
とても小さな生物がふよふよとニコラの周囲を漂っていた。
よく見てみるとそれは人の姿を模したような、小さな人型のぬいぐるみのような、こじんまりとした体型の何かが飛んでいる。
背中には妖精の羽のようなものがあるが、羽ばたいて飛んでいるという様子はない。
羽はあくまで印象の為なのか、それとも本当にただの飾りなのか。
ブルートパーズに近い青と水色の中間の色をした、その何かはいつの間にかそこら中にたくさん浮かんでいる。
「お師様……、これは……?」
「雪の精霊と氷の精霊だ。上位精霊じゃなく、下位精霊だけどね。微精霊とも呼ばれている。彼らはこの辺り一帯に存在しているんだ。普段は目に見えない存在だが、空気のようにそこら中に漂っている。彼らに聞けば子供たちの向かった先もわかるだろうさ」
精霊というものを初めて見たルーシーは感動していたが、今はそんなことで喜んでいる場合ではない。
子供たちの生死がかかっているのに、なぜニコラは早く精霊を出さなかったのか。
そのまま疑問をぶつけようとニコラを見た瞬間、精霊を召喚しなかった理由がすぐにわかった。
「お師様……! 大丈夫……ですか?」
驚きとショックのあまりそれ以上の言葉は出なかった。
ニコラはひどく衰弱している様子で、普段の喋り方とは裏腹に若々しかったニコラの顔には、いつの間にか目で見てすぐわかるほどのシワが刻まれている。
まるで一瞬にして十歳ほど老けたような……。
「精霊召喚は魔力の消費が激しくてね。出来ることなら使いたくなかったが、そうも言ってられない。ここから先、私は少々使い物にならないが……、子供たちの居場所はわかったから安心おし」
そう言ってニコラは膝をつく。
慌てて手を貸そうとルーシーが駆け寄ると、肩で息をしているニコラがとても苦しそうで痛々しかった。
「お師様、大丈夫ですか。立てますか? 誰か呼んで来ましょうか」
「いや、構わない。大丈夫だから。それよりソリの準備と、ソリを引く動物を誰か呼ぶことは出来るかい」
目の前にいたのなら出来ただろうが、呼ぶ手段はルーシーにはない。
しかしそれではニコラの期待に応えられない。
そう思ったルーシーは、ニコラのように出来る自信はこれっぽっちもなかったが、ニコラがいつもしているように口笛を吹いてトナカイが来てくれるかどうか試してみた。
しかし口の隙間からただ空気が漏れるだけで、ルーシーは口笛を鳴らすことが出来なかった。
ニコラをこのままにしておくことも躊躇われたので、村人を呼びに行くことさえ出来ない。
どうしたら……、どうしたらいい?
誰に助けを求めれば?
どうやって?
焦るばかりのルーシーの目に飛び込んできたのは、すぐ目の前の家で飼っている一匹の犬だった。
ばちりと目が合った瞬間、ルーシーは行動を起こしていた。
「ソリを引ける動物を! 大きな動物でも、たくさんの動物でも、なんでもいい! 急いで呼んで! お願い!」
すると目が合った飼い犬は空に向かって吠えた。
遠吠えがこだまする。
するとその声に反応したのか、村中で飼っている犬たちの遠吠えが次々と聞こえてきた。
一斉に鳴き出すので、家の中にいた村人は何事かと外へ出てくる。
門の出入り口で膝をついて倒れているニコラを発見するや否や、村人が数人駆けつけてくれた。
「ニコラ! どうした、どこか怪我でもしたのか?」
するとニコラは村人を払い除けるように手を振って、これ以上近付かれるのを嫌がった。
「なんでもないよ、ちょっと疲れただけさ。それよりこの村にソリを引ける動物はいないのかい? 馬は?」
「あぁ、確かいつも町へ買い出しに行ってる奴の馬がいたはずだが」
村人に顔を見られまいと、被っていたフードをさらに深く被って俯くニコラ。
ルーシーは衰弱したニコラを村人に引き渡すべきかどうか悩んだ。
様子を見てみると、どうやら魔力を大量に消費して疲れ切った姿を誰にも見られたくないらしい。
倒れ込んだニコラ、慌てふためく村人、遠吠えし続ける犬たち。
混乱極めた状況の中、後からやってきた村人の叫び声がした。
「何よあれは!? どうして魔物が!」
その声にルーシーは絶句した。
見ると雪山のある方角から、アイスベアと呼ばれる雪国に生息する熊の姿をした魔物が村へ向かって来ている。巨体であるにも関わらず、その走る速度は並ではない。
普通の熊が襲ってきても甚大な被害が出るというのに、魔物が襲ってきたとなるとその被害は想像しただけで背筋が凍るほどに恐ろしい。
「まさか私のせいで……?」
他に考えられなかった。
ルーシーの言葉で犬たちが吠え出し、それを聞きつけて熊の魔物がやって来たのだろう。
ただでさえ収拾のつかない事態となっているのに、さらに問題を呼び込んでしまったと思っているルーシーはその場でくず折れた。
「お師様……、私……、私……っ!」
「落ち着くんだ、ルーシー。よく見てごらん」
そう言われ、ルーシーは向かってくる魔物の方を見やった。
魔物は村に近付くにつれて走る速度を落とし、やがて歩いて来てルーシーの目の前で立ち止まり座り込んだ。
『呼ばれて来ました。何かご用でしょうか』
「え……? えぇ……!?」
犬に呼ばれてやって来たもの。
それは動物であるトナカイでも、シカでもない。
まさか魔物がルーシーの呼びかけに応えるとは、自分自身全く思っていなかった。
村の出入り口に立って動物たちの報告を待っている間、村長がやって来た。
「ニコラ、どうじゃ? 子供たちは見つかりそうかの」
不安そうな村長にニコラは「心配ない」と声をかける。
行方不明になった子供たちの中には村長の孫であるカミナも含まれているのだ。心配しないわけがなかった。
不安を抱え、耐えられずニコラの元へ来たのだろう。
それをわかっているニコラは、動物たちが発見の報告をするまでどれくらい時間がかかるかわからないと言い、体を壊してしまわないよう家に戻ることを促す。
「子供たちは無事に帰す。だから孫が戻った時の為に温かい飲み物や食べ物でも用意しておくんだね」
「あぁ……、わかった。ニコラ、子供たちのことよろしく頼んだからの」
そう言い残して村長は名残惜しく、何度もニコラの方を振り向いては家へと戻って行った。
無事であって欲しい気持ちに変わりはないが、まだ何の証拠も手がかりもない状態だ。
せめてどの辺りで行方がわからなくなったのか知りたいところであったが、目撃情報が全くないことには話にならない。
各方面に散らばった動物たちに委ねるしか、今のルーシーに出来ることは何もなかった。
小一時間ほど経った時だ。
数羽のカラスが戻ってきてニコラに報告する。
芳しくない、といった表情で再びカラスを飛ばした。
「お師様、どうでしたか?」
「それらしいものは見つからなかったそうだ。少なくともスノータウンにいないことは確実になったよ。さっきのカラスたちには主に村の中を探すように言ったからね」
それではやはり子供たちは村の外へ出たのだ。
村の外といっても、南下した場所にある大きな町へ向かったのか。はたまた山のある北の方へ向かったのかは未だに不明のままだった。
こうしている間にも寒さは容赦なく襲ってくる。ルーシーでさえ防寒用のポンチョを着ていても、こう何時間も外にいたら体が冷えて仕方がない。
やがてニコラがポケットから懐中時計を取り出し、渋い顔になった。
「しょうがないね」
そう呟くとニコラは荷物から杖を取り出す。
先端に氷を思わせるような鮮やかな青い色をしたブルートパーズが目を引く。それを空へ掲げたかと思うと、雪山の方へと先端を向けた。
「雪の精霊、そして氷の精霊よ。氷結の魔女ニコラの声に応えたまえ」
するとブルートパーズが淡く煌めいたかと思うと、一瞬目の前が真っ白になるほど眩しい光を放った。
目が眩んで顔を背けたルーシーが次にニコラの杖を目にした時、不思議なものを目撃する。
とても小さな生物がふよふよとニコラの周囲を漂っていた。
よく見てみるとそれは人の姿を模したような、小さな人型のぬいぐるみのような、こじんまりとした体型の何かが飛んでいる。
背中には妖精の羽のようなものがあるが、羽ばたいて飛んでいるという様子はない。
羽はあくまで印象の為なのか、それとも本当にただの飾りなのか。
ブルートパーズに近い青と水色の中間の色をした、その何かはいつの間にかそこら中にたくさん浮かんでいる。
「お師様……、これは……?」
「雪の精霊と氷の精霊だ。上位精霊じゃなく、下位精霊だけどね。微精霊とも呼ばれている。彼らはこの辺り一帯に存在しているんだ。普段は目に見えない存在だが、空気のようにそこら中に漂っている。彼らに聞けば子供たちの向かった先もわかるだろうさ」
精霊というものを初めて見たルーシーは感動していたが、今はそんなことで喜んでいる場合ではない。
子供たちの生死がかかっているのに、なぜニコラは早く精霊を出さなかったのか。
そのまま疑問をぶつけようとニコラを見た瞬間、精霊を召喚しなかった理由がすぐにわかった。
「お師様……! 大丈夫……ですか?」
驚きとショックのあまりそれ以上の言葉は出なかった。
ニコラはひどく衰弱している様子で、普段の喋り方とは裏腹に若々しかったニコラの顔には、いつの間にか目で見てすぐわかるほどのシワが刻まれている。
まるで一瞬にして十歳ほど老けたような……。
「精霊召喚は魔力の消費が激しくてね。出来ることなら使いたくなかったが、そうも言ってられない。ここから先、私は少々使い物にならないが……、子供たちの居場所はわかったから安心おし」
そう言ってニコラは膝をつく。
慌てて手を貸そうとルーシーが駆け寄ると、肩で息をしているニコラがとても苦しそうで痛々しかった。
「お師様、大丈夫ですか。立てますか? 誰か呼んで来ましょうか」
「いや、構わない。大丈夫だから。それよりソリの準備と、ソリを引く動物を誰か呼ぶことは出来るかい」
目の前にいたのなら出来ただろうが、呼ぶ手段はルーシーにはない。
しかしそれではニコラの期待に応えられない。
そう思ったルーシーは、ニコラのように出来る自信はこれっぽっちもなかったが、ニコラがいつもしているように口笛を吹いてトナカイが来てくれるかどうか試してみた。
しかし口の隙間からただ空気が漏れるだけで、ルーシーは口笛を鳴らすことが出来なかった。
ニコラをこのままにしておくことも躊躇われたので、村人を呼びに行くことさえ出来ない。
どうしたら……、どうしたらいい?
誰に助けを求めれば?
どうやって?
焦るばかりのルーシーの目に飛び込んできたのは、すぐ目の前の家で飼っている一匹の犬だった。
ばちりと目が合った瞬間、ルーシーは行動を起こしていた。
「ソリを引ける動物を! 大きな動物でも、たくさんの動物でも、なんでもいい! 急いで呼んで! お願い!」
すると目が合った飼い犬は空に向かって吠えた。
遠吠えがこだまする。
するとその声に反応したのか、村中で飼っている犬たちの遠吠えが次々と聞こえてきた。
一斉に鳴き出すので、家の中にいた村人は何事かと外へ出てくる。
門の出入り口で膝をついて倒れているニコラを発見するや否や、村人が数人駆けつけてくれた。
「ニコラ! どうした、どこか怪我でもしたのか?」
するとニコラは村人を払い除けるように手を振って、これ以上近付かれるのを嫌がった。
「なんでもないよ、ちょっと疲れただけさ。それよりこの村にソリを引ける動物はいないのかい? 馬は?」
「あぁ、確かいつも町へ買い出しに行ってる奴の馬がいたはずだが」
村人に顔を見られまいと、被っていたフードをさらに深く被って俯くニコラ。
ルーシーは衰弱したニコラを村人に引き渡すべきかどうか悩んだ。
様子を見てみると、どうやら魔力を大量に消費して疲れ切った姿を誰にも見られたくないらしい。
倒れ込んだニコラ、慌てふためく村人、遠吠えし続ける犬たち。
混乱極めた状況の中、後からやってきた村人の叫び声がした。
「何よあれは!? どうして魔物が!」
その声にルーシーは絶句した。
見ると雪山のある方角から、アイスベアと呼ばれる雪国に生息する熊の姿をした魔物が村へ向かって来ている。巨体であるにも関わらず、その走る速度は並ではない。
普通の熊が襲ってきても甚大な被害が出るというのに、魔物が襲ってきたとなるとその被害は想像しただけで背筋が凍るほどに恐ろしい。
「まさか私のせいで……?」
他に考えられなかった。
ルーシーの言葉で犬たちが吠え出し、それを聞きつけて熊の魔物がやって来たのだろう。
ただでさえ収拾のつかない事態となっているのに、さらに問題を呼び込んでしまったと思っているルーシーはその場でくず折れた。
「お師様……、私……、私……っ!」
「落ち着くんだ、ルーシー。よく見てごらん」
そう言われ、ルーシーは向かってくる魔物の方を見やった。
魔物は村に近付くにつれて走る速度を落とし、やがて歩いて来てルーシーの目の前で立ち止まり座り込んだ。
『呼ばれて来ました。何かご用でしょうか』
「え……? えぇ……!?」
犬に呼ばれてやって来たもの。
それは動物であるトナカイでも、シカでもない。
まさか魔物がルーシーの呼びかけに応えるとは、自分自身全く思っていなかった。