残酷な描写あり
37 「テセンテ村の少女ミモザ その3」
宿屋の店主の様子がおかしかったのは、ルーシーにもわかった。
ただニコラの表情を見る限り、それがよほど大きな事態になっているようで少し怖くなる。一体この村で何が起きているのか? ミモザという少女は、このテセンテ村でどういった扱いを受けているのか。
ルーシー達は町の中心を流れる川の方まで歩いていくと、そこから建物と同じようにカラフルな配色が施された橋を渡り、またしばらく進んで行く。
するとだんだん草木が増えていき、更に奥の方まで歩いていくと程なくして一軒の建物が見えた。
それはテセンテ村の特徴でもある極彩色の塗装はされておらず、今まで目が眩むほどの色合いを見てきたルーシーの目にはとても質素な家に映った。
本来ならば普通とされる木造の家なのに、と思いながら辺りを見回す。
生活感はある。家の近くに井戸があり、敷地内の庭には家庭菜園らしきものもあった。
ある程度なら植物の葉を見て名前が浮かぶようになったルーシーは、そこに植えられているものが野菜ではないことに気付く。つまりこれは自給自足の為に植えられたものではないと考えられた。
不穏な気持ちになってくる。
「お師様、あれは……。毒草……、ですよね」
「みなまで言わなくてもわかってるよ」
一層険しい表情になるニコラに、ルーシーは黙りこくってしまう。
連れているロバが間違って食べてしまわないように、敷地外と思われる場所で待っているようにルーシーが話して聞かせていると、家の方角から先ほどの甲高い声が聞こえてきた。
「氷結の魔女様! 来てくださったんですね! 嬉しい!」
見ると両手一杯に薪束を持ったミモザが、ニコラに向かって嬉しそうに駆け寄る姿。
驚いたのは、ミモザは薪束を投げ捨てるように地面に放ると、感情のままにニコラに抱きつこうとしていたのだ。
ギョッとしたのも束の間、無惨にもニコラはそれをひらりと躱わす。
飛びついた勢いのまま地面をハグするミモザ。この土地の土壌がよほど恵まれているのか、柔らかい土がミモザの顔や衣服をしっかり受け止める。土だらけの姿になったミモザは、全く理解出来ないと言わんばかりの表情で涼しい顔のニコラを見上げた。
「魔女様、ひどい。抱き止めてくれないんですかぁ?」
「ベタベタと愛情表現するタイプじゃないもんでね」
ぷくっと頬を膨らませて拗ねた表情をしながらも、心は挫けていない様子だった。
土を払いながら立ち上がると、ミモザはにこやかに話しかける。まるで辛辣な態度を取られたことなど、瞬時に忘れ去ってしまったかのように。
「今、魔女様の為に晩御飯の準備をしていたんです! 私、薬草作りだけじゃなく料理も上手になったんですよ! 時々村の人達にもお裾分けしたりして、とっても好評なんですから!」
「遠慮しておくよ。毒入り料理なんて食べる趣味はないからね」
場が静まり返る。
氷のように冷たい視線でミモザを見据えるニコラ、笑顔で黙ったままのミモザ。
今聞こえたのは、聞き間違いだったのだろうか?
ルーシーの耳には確かに「毒入り料理」と聞こえた。
そして先に沈黙を破ったのはニコラだ。
「テセンテ村の住民に、WBHを盛ったね」
「さすが魔女様、もう気付かれたんですね。さすがです」
宿屋の店主にも同じ名称を聞いていたことを思い出し、WBHが一体何のことなのかルーシーは必死に記憶を辿る。少なくとも、ニコラの栽培室で育てていた植物の中にそのような名の薬草・毒草はなかった。初めて聞く名だ。
じっとミモザの反応を窺うように見つめるニコラに、当の本人は気にも留めていないのか。
まるで話題を逸らすような瞬発力で、突然ルーシーの方へ視線を走らせると指を指した。
「魔女様、あれは何ですか」
(え? 今、私のことをあれって言った?)
突然話題が自分の方へ矛先が向いたので、動揺するルーシー。それ以上に自分に向かってあれ呼ばわりされたことに衝撃を覚える。この姿に転生してからは、一度だってされたことのない扱いだった。
思わず前世の記憶が過剰に反応してしまい、あれと指したミモザに向かって畏まるところだった。
手足を揃えて姿勢を正していたルーシーをよそに、ニコラは弟子をぞんざいに扱ったミモザに対し、ほんのわずかに感情を昂らせている様子だ。
「誰に向かって指を指しているんだい。そういうところが、まだまだ未熟だって言ってるだろう」
「あの銀色の髪に、赤い目をした少女です。魔女様と同じ、魔女の特徴ですけど。まさかずっと魔女様の弟子志願をしていた私のことを差し置いて、あの娘を弟子にしたって言わないですよね」
先ほどまでの甲高い声から一転、ミモザの声のトーンは少しばかり低くなっていた。怒りを抑えているような、敵対心をむき出しにしているような。
この声のトーンを聞いただけでわかる。ミモザは自分に対して嫌悪感を露わにしているのだ、とルーシーは察した。
懐かしい態度。聞き慣れた声音。自分はミモザに嫌われている。そう直感出来た。
「ひとつ、魔女の特徴がなければ魔法は扱えない。ふたつ、魔女に弟子入りするには似通った属性を持っていなければいけない。そしてお前は、そのどちらも備わっていない。だから弟子入りを断った。何度来ても同じだと言っただろう」
「でも! 私は魔女になりたいんです! 憧れなんです!」
「憧れだけでなれるものじゃないんだ。わかったらさっさと毒草関連を全て始末しな」
「そうすれば魔女様の弟子に」
「くどいよ」
そう返すと、ニコラのかざした右手から氷柱(つらら)が現れ、鋭く尖った先端部分がミモザを捉える。
空中に浮かんだまま、おかしな動きをしようものならそのままミモザを串刺しにしかねない。一触即発な空気が漂う。その迫力にルーシーは言葉も出ず、ただ状況を見守ることしか出来なかった。
「……私の才能は、村の人が認めてくれてます。私なら高名な魔女にもなれるって……っ!」
「操り人形の言葉に踊らされて嬉しいかい」
「違う! みんな本音で言ってくれてるもん!」
ニコラは短くため息をつくと、ルーシーをチラリと一瞥し、またすぐミモザに視線を戻して説明を始めた。
これまでのことを、ニコラがわかっている範囲で話し出した。
「WBHは働きバチ症候群、女王蜂の命令を忠実に聞く洗脳薬。お前はそれを村人に薬だの食事だのに混ぜて飲ませ、少しずつ村人達を洗脳していった。自分に好意的になるように。自分を認めてくれる人間が欲しかったんだろう」
洗脳……。
つまり宿屋の主人もそれを知らずに飲まされ、ミモザに絶対服従するよう仕向けられていた。
それを知ったルーシーはゾッとした。まだ他の住人と会話をしたわけではないが、テセンテ村の住民全員がそういうことになっているとするならば、それはたった一人の少女に忠実な兵隊となるだろう。
女王に害なす存在が、女王の命令ひとつで簡単に潰すことも可能だとーー。
「さすが魔女様、もうそれに気付いたんですね。ちょっとやり過ぎたかもしれないです。私のことを尊敬し、崇めるように言い聞かせたのがダメだったのかな。どうせ誰かが私のことを褒め過ぎたんでしょう。でないとすぐに気付けるわけないですもん」
「もはや潮時かね。私達はここを去る。いいかい、村人達の洗脳は解いておくんだよ?」
氷柱が砕け散った。ニコラが氷柱の魔法を解いたからだ。
それからゆっくりと周囲を窺うような仕草をしたので、ルーシーも思わず周りの木々を見渡すと恐ろしい光景があって短い悲鳴が出た。
薄闇の中、木々の間から複数の人間達が静かにルーシー達を見つめていたのだ。
微動だにせず、虚な眼差しでこちらの様子を窺うように。何人ーー? 村人全員なのだろうか?
恐怖で思わずニコラに駆け寄る。
その拍子にルーシーはロバの存在を思い出して後ろを振り返った。ロバは地面に生えている草をむしゃむしゃと食べていて、存外平気そうだった。
誰一人としてロバに近付いてはいない。ひとまず積極的に襲おうとしているわけではなさそうだ。
「行くよ」
「え、でも……お師様っ」
「これ以上は私達には関係のない話さ。テセンテ村と、あの娘の問題だ」
にべもなくロバの方へ歩いて行くニコラに、ルーシーはなんだか不完全燃焼な気持ちになってくる。
喉の奥に魚の小骨がずっと引っかかっているような、そんな微妙な感覚だ。
しかしそれ以上ニコラに何を言っても答えてくれないだろうし、何よりたくさんの人間にじっと見つめられている状態で話が出来る気がしない。とにかく不気味で、ルーシーも早くここから去りたい気持ちで一杯だった。
「洗脳を解いたら弟子にしてくれます!? ねぇ! 氷結の魔女様ぁっ!」
***
テセンテ村を出て、村の明かりがすっかり見えなくなるところまで歩いていると、ふとニコラが声をかけてきた。
疲れたような、うんざりしているような口調だ。
「スノータウンを出て早速面倒臭いことになってて、先が思いやられるね」
「……あの、あれで本当に良かったんですか?」
ルーシーはあの時、あの場で聞けなかったことを訊ねる。
あのままミモザを放っておいて良かったのか。
村人の洗脳を、ミモザがちゃんと解くという確証はあったのか。
もしミモザが洗脳を解く気がなかったとして、村人はこの先どうなってしまうのか。
「私は別にあの娘の保護者でもなんでもない。ただの赤の他人、お互いに顔と名前を見知っているだけさ。そんな人間の為に、どうしてそこまで関わる必要があるんだい」
「え、でも……ミモザという女の子は、お師様のこと本当に慕っていましたし……」
「慕うことは自由さ。でも慕われている人間が、どうしてそいつの為に動かなくちゃいけないんだい。身内や親友でもあるまいし。私はテセンテ村に魔女になりたがっている女の子がいる、ということを認識しているだけだよ」
氷の魔女は、どこまでも氷の魔女……なのだろうか。
テセンテ村のことを、ミモザのことを話している時のニコラの表情は、本当に何の感情も含まれていなかった。
ただニコラの表情を見る限り、それがよほど大きな事態になっているようで少し怖くなる。一体この村で何が起きているのか? ミモザという少女は、このテセンテ村でどういった扱いを受けているのか。
ルーシー達は町の中心を流れる川の方まで歩いていくと、そこから建物と同じようにカラフルな配色が施された橋を渡り、またしばらく進んで行く。
するとだんだん草木が増えていき、更に奥の方まで歩いていくと程なくして一軒の建物が見えた。
それはテセンテ村の特徴でもある極彩色の塗装はされておらず、今まで目が眩むほどの色合いを見てきたルーシーの目にはとても質素な家に映った。
本来ならば普通とされる木造の家なのに、と思いながら辺りを見回す。
生活感はある。家の近くに井戸があり、敷地内の庭には家庭菜園らしきものもあった。
ある程度なら植物の葉を見て名前が浮かぶようになったルーシーは、そこに植えられているものが野菜ではないことに気付く。つまりこれは自給自足の為に植えられたものではないと考えられた。
不穏な気持ちになってくる。
「お師様、あれは……。毒草……、ですよね」
「みなまで言わなくてもわかってるよ」
一層険しい表情になるニコラに、ルーシーは黙りこくってしまう。
連れているロバが間違って食べてしまわないように、敷地外と思われる場所で待っているようにルーシーが話して聞かせていると、家の方角から先ほどの甲高い声が聞こえてきた。
「氷結の魔女様! 来てくださったんですね! 嬉しい!」
見ると両手一杯に薪束を持ったミモザが、ニコラに向かって嬉しそうに駆け寄る姿。
驚いたのは、ミモザは薪束を投げ捨てるように地面に放ると、感情のままにニコラに抱きつこうとしていたのだ。
ギョッとしたのも束の間、無惨にもニコラはそれをひらりと躱わす。
飛びついた勢いのまま地面をハグするミモザ。この土地の土壌がよほど恵まれているのか、柔らかい土がミモザの顔や衣服をしっかり受け止める。土だらけの姿になったミモザは、全く理解出来ないと言わんばかりの表情で涼しい顔のニコラを見上げた。
「魔女様、ひどい。抱き止めてくれないんですかぁ?」
「ベタベタと愛情表現するタイプじゃないもんでね」
ぷくっと頬を膨らませて拗ねた表情をしながらも、心は挫けていない様子だった。
土を払いながら立ち上がると、ミモザはにこやかに話しかける。まるで辛辣な態度を取られたことなど、瞬時に忘れ去ってしまったかのように。
「今、魔女様の為に晩御飯の準備をしていたんです! 私、薬草作りだけじゃなく料理も上手になったんですよ! 時々村の人達にもお裾分けしたりして、とっても好評なんですから!」
「遠慮しておくよ。毒入り料理なんて食べる趣味はないからね」
場が静まり返る。
氷のように冷たい視線でミモザを見据えるニコラ、笑顔で黙ったままのミモザ。
今聞こえたのは、聞き間違いだったのだろうか?
ルーシーの耳には確かに「毒入り料理」と聞こえた。
そして先に沈黙を破ったのはニコラだ。
「テセンテ村の住民に、WBHを盛ったね」
「さすが魔女様、もう気付かれたんですね。さすがです」
宿屋の店主にも同じ名称を聞いていたことを思い出し、WBHが一体何のことなのかルーシーは必死に記憶を辿る。少なくとも、ニコラの栽培室で育てていた植物の中にそのような名の薬草・毒草はなかった。初めて聞く名だ。
じっとミモザの反応を窺うように見つめるニコラに、当の本人は気にも留めていないのか。
まるで話題を逸らすような瞬発力で、突然ルーシーの方へ視線を走らせると指を指した。
「魔女様、あれは何ですか」
(え? 今、私のことをあれって言った?)
突然話題が自分の方へ矛先が向いたので、動揺するルーシー。それ以上に自分に向かってあれ呼ばわりされたことに衝撃を覚える。この姿に転生してからは、一度だってされたことのない扱いだった。
思わず前世の記憶が過剰に反応してしまい、あれと指したミモザに向かって畏まるところだった。
手足を揃えて姿勢を正していたルーシーをよそに、ニコラは弟子をぞんざいに扱ったミモザに対し、ほんのわずかに感情を昂らせている様子だ。
「誰に向かって指を指しているんだい。そういうところが、まだまだ未熟だって言ってるだろう」
「あの銀色の髪に、赤い目をした少女です。魔女様と同じ、魔女の特徴ですけど。まさかずっと魔女様の弟子志願をしていた私のことを差し置いて、あの娘を弟子にしたって言わないですよね」
先ほどまでの甲高い声から一転、ミモザの声のトーンは少しばかり低くなっていた。怒りを抑えているような、敵対心をむき出しにしているような。
この声のトーンを聞いただけでわかる。ミモザは自分に対して嫌悪感を露わにしているのだ、とルーシーは察した。
懐かしい態度。聞き慣れた声音。自分はミモザに嫌われている。そう直感出来た。
「ひとつ、魔女の特徴がなければ魔法は扱えない。ふたつ、魔女に弟子入りするには似通った属性を持っていなければいけない。そしてお前は、そのどちらも備わっていない。だから弟子入りを断った。何度来ても同じだと言っただろう」
「でも! 私は魔女になりたいんです! 憧れなんです!」
「憧れだけでなれるものじゃないんだ。わかったらさっさと毒草関連を全て始末しな」
「そうすれば魔女様の弟子に」
「くどいよ」
そう返すと、ニコラのかざした右手から氷柱(つらら)が現れ、鋭く尖った先端部分がミモザを捉える。
空中に浮かんだまま、おかしな動きをしようものならそのままミモザを串刺しにしかねない。一触即発な空気が漂う。その迫力にルーシーは言葉も出ず、ただ状況を見守ることしか出来なかった。
「……私の才能は、村の人が認めてくれてます。私なら高名な魔女にもなれるって……っ!」
「操り人形の言葉に踊らされて嬉しいかい」
「違う! みんな本音で言ってくれてるもん!」
ニコラは短くため息をつくと、ルーシーをチラリと一瞥し、またすぐミモザに視線を戻して説明を始めた。
これまでのことを、ニコラがわかっている範囲で話し出した。
「WBHは働きバチ症候群、女王蜂の命令を忠実に聞く洗脳薬。お前はそれを村人に薬だの食事だのに混ぜて飲ませ、少しずつ村人達を洗脳していった。自分に好意的になるように。自分を認めてくれる人間が欲しかったんだろう」
洗脳……。
つまり宿屋の主人もそれを知らずに飲まされ、ミモザに絶対服従するよう仕向けられていた。
それを知ったルーシーはゾッとした。まだ他の住人と会話をしたわけではないが、テセンテ村の住民全員がそういうことになっているとするならば、それはたった一人の少女に忠実な兵隊となるだろう。
女王に害なす存在が、女王の命令ひとつで簡単に潰すことも可能だとーー。
「さすが魔女様、もうそれに気付いたんですね。ちょっとやり過ぎたかもしれないです。私のことを尊敬し、崇めるように言い聞かせたのがダメだったのかな。どうせ誰かが私のことを褒め過ぎたんでしょう。でないとすぐに気付けるわけないですもん」
「もはや潮時かね。私達はここを去る。いいかい、村人達の洗脳は解いておくんだよ?」
氷柱が砕け散った。ニコラが氷柱の魔法を解いたからだ。
それからゆっくりと周囲を窺うような仕草をしたので、ルーシーも思わず周りの木々を見渡すと恐ろしい光景があって短い悲鳴が出た。
薄闇の中、木々の間から複数の人間達が静かにルーシー達を見つめていたのだ。
微動だにせず、虚な眼差しでこちらの様子を窺うように。何人ーー? 村人全員なのだろうか?
恐怖で思わずニコラに駆け寄る。
その拍子にルーシーはロバの存在を思い出して後ろを振り返った。ロバは地面に生えている草をむしゃむしゃと食べていて、存外平気そうだった。
誰一人としてロバに近付いてはいない。ひとまず積極的に襲おうとしているわけではなさそうだ。
「行くよ」
「え、でも……お師様っ」
「これ以上は私達には関係のない話さ。テセンテ村と、あの娘の問題だ」
にべもなくロバの方へ歩いて行くニコラに、ルーシーはなんだか不完全燃焼な気持ちになってくる。
喉の奥に魚の小骨がずっと引っかかっているような、そんな微妙な感覚だ。
しかしそれ以上ニコラに何を言っても答えてくれないだろうし、何よりたくさんの人間にじっと見つめられている状態で話が出来る気がしない。とにかく不気味で、ルーシーも早くここから去りたい気持ちで一杯だった。
「洗脳を解いたら弟子にしてくれます!? ねぇ! 氷結の魔女様ぁっ!」
***
テセンテ村を出て、村の明かりがすっかり見えなくなるところまで歩いていると、ふとニコラが声をかけてきた。
疲れたような、うんざりしているような口調だ。
「スノータウンを出て早速面倒臭いことになってて、先が思いやられるね」
「……あの、あれで本当に良かったんですか?」
ルーシーはあの時、あの場で聞けなかったことを訊ねる。
あのままミモザを放っておいて良かったのか。
村人の洗脳を、ミモザがちゃんと解くという確証はあったのか。
もしミモザが洗脳を解く気がなかったとして、村人はこの先どうなってしまうのか。
「私は別にあの娘の保護者でもなんでもない。ただの赤の他人、お互いに顔と名前を見知っているだけさ。そんな人間の為に、どうしてそこまで関わる必要があるんだい」
「え、でも……ミモザという女の子は、お師様のこと本当に慕っていましたし……」
「慕うことは自由さ。でも慕われている人間が、どうしてそいつの為に動かなくちゃいけないんだい。身内や親友でもあるまいし。私はテセンテ村に魔女になりたがっている女の子がいる、ということを認識しているだけだよ」
氷の魔女は、どこまでも氷の魔女……なのだろうか。
テセンテ村のことを、ミモザのことを話している時のニコラの表情は、本当に何の感情も含まれていなかった。