残酷な描写あり
39 「再建の町クローバーへ」
誰のカラスかは知らない。だがニコラはその訃報を受けた直後、ルーシーに問う。「どうしたい」と。
「どうしたい、と言われても……」
あまりに唐突な話に思考が追いつかない。何も考えが浮かばなかった。考えあぐねるように、ルーシーは無意識に俯く。視線が彷徨う。ーーどうしたら?
旅を続けなければ。
人を呪える程の力を身に付けなければ。
魔女として。
『ぼ、ぼ、僕……と、お友達に……なって、欲しい……かな』
あどけない笑顔を思い出したルーシーは、ハッとして顔を上げる。
迷う必要が、一体どこにあるというのか。
一番最初に浮かんだ思考に従えばいい、それだけのはずだったのに。
ルーシーはまっすぐとニコラの目を見て言い放った。はっきりと、自分の気持ちのままに。
「会いたい、です。システィーナは、私の友達ですから……っ!」
その言葉に満足したのか、それともルーシーを通してシスティーナの面影を見たのか。
憂いに満ちた笑みを浮かべ、そっと頭を撫でる。まるで子供をあやすように。
「そうだね。それじゃひとまず修行の旅は一旦中止だ。各地を巡る、という意味合いだと別に目的は逸れていないけどね」
ルーシー達は急ぎ次の町へと向かった。まずはロバを預けられる宿を探す為に。
システィーナのいる場所、向かう先は現在地から南東にある町クローバー。そこまで徒歩より早い空飛ぶホウキで向かうことにした。
次の町クリスタは酪農や畜産が盛んな町で、牛や豚、鶏はもちろん羊や馬といった多くの家畜を飼育している。
出荷だけではなく仕入れに来る業者も多く訪れる為、宿屋の数もそれなりに充実していた。さすが酪農・畜産の町だけあって、ロバをしばらく預けたいと申し出ると快く応じてくれた。
おおよその日数分の金額を渡し、荷馬車に積んでいた荷物も預ける。これは宿泊部屋を借りて置いておくわけではなく、貸し倉庫に保管しておくという形だ。常温で保管しておいても大丈夫なのか再三問われ、ニコラはそれに答えていく。長い旅なのだ、生物や腐りやすいものは持ち歩かないようにしている。どれも粉末か、乾燥させたものばかりだった。
荷物の中身を改めさせられ、ようやく解放された時には夕暮れ近くになっていた。
空を見て確認するニコラ。空には満点の星々が輝いている。天候が崩れることはないだろうと予測している様子だ。
「これなら行けそうだ」
その言葉を合図に、二人は町から少し離れた場所で空を飛んだ。
ホウキにまたがり舞い上がる。重力なんて無視するように、空を翔ける鳥のように南東へ向けて進んで行く。
空飛ぶホウキに乗って飛ぶことは苦手だったルーシー。毎日欠かさず練習してきた甲斐があって、今ではすっかりお手のものだ。それでもニコラのようにはいかない。安定感やスピード、風を読んで軌道に乗る技術はまだまだだった。
最初の頃比べれば成長は見て取れる。悲観せず、自信へ繋げるようにとニコラは言う。
焦りは禁物だと改めて実感したルーシーは、どんなに不器用でも、なかなか上達しないと思っても、それは練習量が不足しているからなんだと言い聞かせてここまで来た。ニコラの言うことは正しかった。
魔女にとって当然のスキルとでも言うべきか、ホウキに乗って空を飛ぶ自分自身を見て思う。
自分は間違いなく魔女なんだ、と。
***
数日間、休み休み飛び続けたルーシー達。
やがてニコラが頷くように合図を送って、街道沿いの雑木林に向かって下降した。
木々の間から見える町は、これまでルーシーが見てきた中で比較的栄えているように見える。人々の往来もさることながら、街並み、遠くから眺めてもわかるように賑わっていた。
平和そうな、そんな何気ない町だ。
「今となっては、大体九年前になるかね。ここクローバー国は一度滅んでいる。その後、復興などでようやくまともに人が住める町にまで発展したのさ。……見てみな」
顔をクイっと動かして、町の中心であろう場所に大きなシンボルとなるように大きく高くそびえ建っているものがあった。それは細長い猫の形をした銅像のようだ。
「現在のクローバーでは、猫をシンボルとした町になっているんだ。猫を大切に、猫を家族のように扱うこと。そうしなければーー」
「そうしなければ?」
「遠雷の魔女に一人残さず殺される」
「……っ!」
システィーナが大切そうに抱えていた、猫のぬいぐるみの存在を思い出す。
ニコラの顔をチラリと見る。その表情はごく真剣で、冗談を言っているようには見えなかった。
「用があるのは町の方じゃない。ここから更に南東まで行くと、深い森がある。システィーナはそこに居を構えていた。カラスから受け取った手紙にも、システィーナが住んでいた森に来るように書いてある」
「そういえば、お師様にシスティーナの訃報を報せたのは誰なんですか?」
遠雷の魔女の訃報があまりに衝撃で、そのことまで頭が回らなかった。
カラスを使って報せるということ、それはつまり差出人は魔女ということになる。
システィーナと懇意にしているニコラに出したのか、現存する魔女全員に出しているのかまではわからないが。
「拈華の魔女マキナ、という名を覚えているかい?」
そう聞かれ、ルーシーは思い出す。
初めて行った魔女の夜会、そこでその名を確かに聞いた。
「システィーナは拈華の魔女に依頼していたんだろうね。どういった頼み方をしたのかはわからないが、機会があればお前に記憶を見せてほしいと頼んでいただろう? マキナはその約束を果たす為に、私にカラスを飛ばしたんだろうね」
確かに言っていた。
もし機会があれば、拈華の魔女に会うことがあったら、自分のことをルーシーに見て欲しい、と。
拈華の魔女マキナーー。
彼女の魔法は、他人に夢を見せること。
実際に過去で起きた出来事を、まるで追体験するかのように、まるでそれが目の前で起こっているかのように。
夢という形でそれを再現させる魔法。
摘み取った対象者の魂の記憶を、第三者に見せ明かす……。
この世でたった一人、マキナにしか出来ない特殊魔法。
「どうしたい、と言われても……」
あまりに唐突な話に思考が追いつかない。何も考えが浮かばなかった。考えあぐねるように、ルーシーは無意識に俯く。視線が彷徨う。ーーどうしたら?
旅を続けなければ。
人を呪える程の力を身に付けなければ。
魔女として。
『ぼ、ぼ、僕……と、お友達に……なって、欲しい……かな』
あどけない笑顔を思い出したルーシーは、ハッとして顔を上げる。
迷う必要が、一体どこにあるというのか。
一番最初に浮かんだ思考に従えばいい、それだけのはずだったのに。
ルーシーはまっすぐとニコラの目を見て言い放った。はっきりと、自分の気持ちのままに。
「会いたい、です。システィーナは、私の友達ですから……っ!」
その言葉に満足したのか、それともルーシーを通してシスティーナの面影を見たのか。
憂いに満ちた笑みを浮かべ、そっと頭を撫でる。まるで子供をあやすように。
「そうだね。それじゃひとまず修行の旅は一旦中止だ。各地を巡る、という意味合いだと別に目的は逸れていないけどね」
ルーシー達は急ぎ次の町へと向かった。まずはロバを預けられる宿を探す為に。
システィーナのいる場所、向かう先は現在地から南東にある町クローバー。そこまで徒歩より早い空飛ぶホウキで向かうことにした。
次の町クリスタは酪農や畜産が盛んな町で、牛や豚、鶏はもちろん羊や馬といった多くの家畜を飼育している。
出荷だけではなく仕入れに来る業者も多く訪れる為、宿屋の数もそれなりに充実していた。さすが酪農・畜産の町だけあって、ロバをしばらく預けたいと申し出ると快く応じてくれた。
おおよその日数分の金額を渡し、荷馬車に積んでいた荷物も預ける。これは宿泊部屋を借りて置いておくわけではなく、貸し倉庫に保管しておくという形だ。常温で保管しておいても大丈夫なのか再三問われ、ニコラはそれに答えていく。長い旅なのだ、生物や腐りやすいものは持ち歩かないようにしている。どれも粉末か、乾燥させたものばかりだった。
荷物の中身を改めさせられ、ようやく解放された時には夕暮れ近くになっていた。
空を見て確認するニコラ。空には満点の星々が輝いている。天候が崩れることはないだろうと予測している様子だ。
「これなら行けそうだ」
その言葉を合図に、二人は町から少し離れた場所で空を飛んだ。
ホウキにまたがり舞い上がる。重力なんて無視するように、空を翔ける鳥のように南東へ向けて進んで行く。
空飛ぶホウキに乗って飛ぶことは苦手だったルーシー。毎日欠かさず練習してきた甲斐があって、今ではすっかりお手のものだ。それでもニコラのようにはいかない。安定感やスピード、風を読んで軌道に乗る技術はまだまだだった。
最初の頃比べれば成長は見て取れる。悲観せず、自信へ繋げるようにとニコラは言う。
焦りは禁物だと改めて実感したルーシーは、どんなに不器用でも、なかなか上達しないと思っても、それは練習量が不足しているからなんだと言い聞かせてここまで来た。ニコラの言うことは正しかった。
魔女にとって当然のスキルとでも言うべきか、ホウキに乗って空を飛ぶ自分自身を見て思う。
自分は間違いなく魔女なんだ、と。
***
数日間、休み休み飛び続けたルーシー達。
やがてニコラが頷くように合図を送って、街道沿いの雑木林に向かって下降した。
木々の間から見える町は、これまでルーシーが見てきた中で比較的栄えているように見える。人々の往来もさることながら、街並み、遠くから眺めてもわかるように賑わっていた。
平和そうな、そんな何気ない町だ。
「今となっては、大体九年前になるかね。ここクローバー国は一度滅んでいる。その後、復興などでようやくまともに人が住める町にまで発展したのさ。……見てみな」
顔をクイっと動かして、町の中心であろう場所に大きなシンボルとなるように大きく高くそびえ建っているものがあった。それは細長い猫の形をした銅像のようだ。
「現在のクローバーでは、猫をシンボルとした町になっているんだ。猫を大切に、猫を家族のように扱うこと。そうしなければーー」
「そうしなければ?」
「遠雷の魔女に一人残さず殺される」
「……っ!」
システィーナが大切そうに抱えていた、猫のぬいぐるみの存在を思い出す。
ニコラの顔をチラリと見る。その表情はごく真剣で、冗談を言っているようには見えなかった。
「用があるのは町の方じゃない。ここから更に南東まで行くと、深い森がある。システィーナはそこに居を構えていた。カラスから受け取った手紙にも、システィーナが住んでいた森に来るように書いてある」
「そういえば、お師様にシスティーナの訃報を報せたのは誰なんですか?」
遠雷の魔女の訃報があまりに衝撃で、そのことまで頭が回らなかった。
カラスを使って報せるということ、それはつまり差出人は魔女ということになる。
システィーナと懇意にしているニコラに出したのか、現存する魔女全員に出しているのかまではわからないが。
「拈華の魔女マキナ、という名を覚えているかい?」
そう聞かれ、ルーシーは思い出す。
初めて行った魔女の夜会、そこでその名を確かに聞いた。
「システィーナは拈華の魔女に依頼していたんだろうね。どういった頼み方をしたのかはわからないが、機会があればお前に記憶を見せてほしいと頼んでいただろう? マキナはその約束を果たす為に、私にカラスを飛ばしたんだろうね」
確かに言っていた。
もし機会があれば、拈華の魔女に会うことがあったら、自分のことをルーシーに見て欲しい、と。
拈華の魔女マキナーー。
彼女の魔法は、他人に夢を見せること。
実際に過去で起きた出来事を、まるで追体験するかのように、まるでそれが目の前で起こっているかのように。
夢という形でそれを再現させる魔法。
摘み取った対象者の魂の記憶を、第三者に見せ明かす……。
この世でたった一人、マキナにしか出来ない特殊魔法。