残酷な描写あり
41 「遠雷の魔女は語らない〜システィーナの出自〜」
ある晩、教会兼孤児院の玄関口に一人の赤ん坊が捨てられていた。
生まれて二ヶ月未満、まだ首も座っていない。赤ん坊の泣き声に気付いたシスターがドアを開け、おくるみに包まれた赤ん坊を見て驚きの声を上げる。
「魔女の子……、ですか」
クローバー王国は、特に魔女を忌避する土地柄ではない。
しかし好感を持っているというわけでもなかった。普通の、一般的な人間に比べ魔女の子は変わった性格の者が多いと聞き及ぶ。それ故、育てにくい、接しにくいという印象を強く持っていたのだ。
シスターはすぐさま、魔女の特徴を持った赤ん坊を神父に見せる。
神父は複雑そうな表情を浮かべ、それからどういう状況で捨てられていたのか訊ねた。
赤ん坊はおくるみに包まれ、バスケットの中にすっぽり収まっていたと、シスターが見たままを話す。赤ん坊を抱き抱えた時に、カードが入っていたことに気付き、それを神父に渡した。
「私には無理です、どうかお許しを……か」
そこには短く、そう綴られていた。
少し湿ったカード、滲んだ文字。赤ん坊への謝罪の言葉と、名付けはちゃんとしているところから、神父は赤ん坊の母親がよほど追い詰められ、切羽詰まった中で決断したことなのだろうと察する。
もし本当に「魔女の子は不要」と判断し、そのまま捨ててしまおうと思えば、きっと山などに捨てるだろう。残酷な話だが、そうすれば赤ん坊はそのまま狼か熊の餌になる。
しかしこの子の母親はそうしなかった。名前を付け、柔らかく温かいおくるみで包み込み、まだ首が座っていない為に小さめのバスケットに詰めて体が固定出来るようにと、工夫が施されていたのだ。
そして必ず発見してもらえるよう、教会の玄関先に置いて行った。メッセージカードまで添えて。
神父の想像でしかないが、きっとこの母親は生まれてきた赤ん坊を愛したくても愛する自信がなかったのだろうと思った。どんどん魔女を嫌う人間が増えて行く中、住む地域によってはその親まで嫌悪の対象になってしまう。
とても生きづらい人生となることは目に見えていた。
神父は深いため息をつき、カードの一番最後の文章を口に出して読む。
「ごめんね、システィーナ……」
カードには、母親の謝罪の言葉しか書かれていなかった。
我が子へ向けた最後の言葉でさえ。
神父がシスターに指示をする。とにかく命を拾ったからには、育てるしかない。
新生児の為、なかなか苦労を強いられるが仕方のないことだ。神父は急ぎ、新生児受け入れの申請書などを作成する。この教会に捨てられた子、預けてそのまま引き取られなかった子は全員、書類手続きをしなければいけない。
これがまた魔女の子となると大きな噂となって、きっと大変なことになる。
神父はそんな未来を見据えながら、赤ん坊の……システィーナの未来を案じた。
***
「お母さんからの、メッセージカード?」
急に神父様から呼び出されたから、どうしたのかと思った。
こうやって神父様のお部屋に呼ばれる時は、大体いたずらがバレて怒られる時がほとんどだから。
でもシスは悪いことなんてしないから、神父様にお説教されたことなんてない。
ほんのちょっとだけドキドキしてたけど。
神父様は優しい笑顔で、シスがこの教会に捨てられてた時のことを話してくれた。
「システィーナ、あなたはまだ五歳という幼さですが、とても賢い子です。だから辛いこととは思いますが、あなたの母親について今の内に話しておこうと考えました」
えへへ、神父様に賢いって褒められた。
嬉しくって思わず猫のぬいぐるみを両手で抱きしめて、ぎゅうってする。
一年に一度のとっても大きなお祭り、感謝祭だったかな?
教会の子供達はみんな、一人一人誕生日が来る度にプレゼントがもらえるわけじゃなくて、感謝祭の日にみんな揃って誕生日プレゼントを貰えることになってる。
シスはこの猫のぬいぐるみ。
それをぎゅっと抱きしめると、とっても幸せな気持ちになれるんだ。
神父様に褒めてもらったのは嬉しいけど、お母さんのお話の内容はとっても心がギュッてなったから、猫のぬいぐるみーーヨキを抱きしめた。
天使の御使いであるヨキは地上に舞い降りて、人間の勇者カクユと破魔の魔女ルチルと一緒に冒険して、魔王ガルマンダインを倒した三賢者の一人。
この童話が大好きで、猫の化身として勇者の仲間になったヨキが、シスはとっても気に入ってるんだ。
「システィーナ、私はもうすぐ引退します」
「え?」
「引退が何かわかりますか? 簡単に言えば、私はもうこの教会の神父ではなくなるのです」
それじゃあ、もう会えないの?
シスが涙目になると、神父様は優しく笑ってシスの頭をなでなでしてくれた。
「二度と会えなくなるわけじゃありませんよ。ただ、こうして一日中教会にいて、いつでも会える……ということがなくなってしまうだけです」
それでもヤだな、ってシスがしゅんとすると、神父様が優しく話しかけてくれた。
「どうしても辛くなったら、私に会いに来なさい。私の家の住所を教えておきます」
「毎日会いに行っていい?」
「神父という仕事は引退しますが、地域での活動には参加することになっているので、留守にしてる時もあるから毎日会えるとも限らないんです。すみませんね」
シスがまたしゅんってすると、神父様が少し古ぼけたカードをシスに手渡した。
インクの文字はすっかり薄くなってて、ところどころ滲んで読めなくなってる部分もある。
「それがあなたと共に置いてあった、母親があなたに残したメッセージカードです」
「……これが」
『罪深い私をお許しください。魔女の子を育てる自信がありません。私には無理です、どうかお許しを』
神父様がカードに書いてあったメッセージの内容を聞かせてくれた。
これがお母さんが、シスに宛てた最後の……。
『ごめんね、システィーナ……』
メッセージはそこで終わりだったみたい。
神父様の次の言葉を待っていたけど、いつまで経っても「大好き」という言葉が出てくることはなかった。
「恨んではいけませんよ、システィーナ。あなたのお母さんにとって、これが精一杯だったんです」
「……うん」
「健やかに、どうか幸せになってください」
「……はい、神父様」
そう言って、シスはカードを手にお辞儀をした。
最後に神父様がシスのことを両手いっぱいに抱きしめてくれて、欲しかった言葉をくれた。
「さようなら。大好きですよ、システィーナ」
生まれて二ヶ月未満、まだ首も座っていない。赤ん坊の泣き声に気付いたシスターがドアを開け、おくるみに包まれた赤ん坊を見て驚きの声を上げる。
「魔女の子……、ですか」
クローバー王国は、特に魔女を忌避する土地柄ではない。
しかし好感を持っているというわけでもなかった。普通の、一般的な人間に比べ魔女の子は変わった性格の者が多いと聞き及ぶ。それ故、育てにくい、接しにくいという印象を強く持っていたのだ。
シスターはすぐさま、魔女の特徴を持った赤ん坊を神父に見せる。
神父は複雑そうな表情を浮かべ、それからどういう状況で捨てられていたのか訊ねた。
赤ん坊はおくるみに包まれ、バスケットの中にすっぽり収まっていたと、シスターが見たままを話す。赤ん坊を抱き抱えた時に、カードが入っていたことに気付き、それを神父に渡した。
「私には無理です、どうかお許しを……か」
そこには短く、そう綴られていた。
少し湿ったカード、滲んだ文字。赤ん坊への謝罪の言葉と、名付けはちゃんとしているところから、神父は赤ん坊の母親がよほど追い詰められ、切羽詰まった中で決断したことなのだろうと察する。
もし本当に「魔女の子は不要」と判断し、そのまま捨ててしまおうと思えば、きっと山などに捨てるだろう。残酷な話だが、そうすれば赤ん坊はそのまま狼か熊の餌になる。
しかしこの子の母親はそうしなかった。名前を付け、柔らかく温かいおくるみで包み込み、まだ首が座っていない為に小さめのバスケットに詰めて体が固定出来るようにと、工夫が施されていたのだ。
そして必ず発見してもらえるよう、教会の玄関先に置いて行った。メッセージカードまで添えて。
神父の想像でしかないが、きっとこの母親は生まれてきた赤ん坊を愛したくても愛する自信がなかったのだろうと思った。どんどん魔女を嫌う人間が増えて行く中、住む地域によってはその親まで嫌悪の対象になってしまう。
とても生きづらい人生となることは目に見えていた。
神父は深いため息をつき、カードの一番最後の文章を口に出して読む。
「ごめんね、システィーナ……」
カードには、母親の謝罪の言葉しか書かれていなかった。
我が子へ向けた最後の言葉でさえ。
神父がシスターに指示をする。とにかく命を拾ったからには、育てるしかない。
新生児の為、なかなか苦労を強いられるが仕方のないことだ。神父は急ぎ、新生児受け入れの申請書などを作成する。この教会に捨てられた子、預けてそのまま引き取られなかった子は全員、書類手続きをしなければいけない。
これがまた魔女の子となると大きな噂となって、きっと大変なことになる。
神父はそんな未来を見据えながら、赤ん坊の……システィーナの未来を案じた。
***
「お母さんからの、メッセージカード?」
急に神父様から呼び出されたから、どうしたのかと思った。
こうやって神父様のお部屋に呼ばれる時は、大体いたずらがバレて怒られる時がほとんどだから。
でもシスは悪いことなんてしないから、神父様にお説教されたことなんてない。
ほんのちょっとだけドキドキしてたけど。
神父様は優しい笑顔で、シスがこの教会に捨てられてた時のことを話してくれた。
「システィーナ、あなたはまだ五歳という幼さですが、とても賢い子です。だから辛いこととは思いますが、あなたの母親について今の内に話しておこうと考えました」
えへへ、神父様に賢いって褒められた。
嬉しくって思わず猫のぬいぐるみを両手で抱きしめて、ぎゅうってする。
一年に一度のとっても大きなお祭り、感謝祭だったかな?
教会の子供達はみんな、一人一人誕生日が来る度にプレゼントがもらえるわけじゃなくて、感謝祭の日にみんな揃って誕生日プレゼントを貰えることになってる。
シスはこの猫のぬいぐるみ。
それをぎゅっと抱きしめると、とっても幸せな気持ちになれるんだ。
神父様に褒めてもらったのは嬉しいけど、お母さんのお話の内容はとっても心がギュッてなったから、猫のぬいぐるみーーヨキを抱きしめた。
天使の御使いであるヨキは地上に舞い降りて、人間の勇者カクユと破魔の魔女ルチルと一緒に冒険して、魔王ガルマンダインを倒した三賢者の一人。
この童話が大好きで、猫の化身として勇者の仲間になったヨキが、シスはとっても気に入ってるんだ。
「システィーナ、私はもうすぐ引退します」
「え?」
「引退が何かわかりますか? 簡単に言えば、私はもうこの教会の神父ではなくなるのです」
それじゃあ、もう会えないの?
シスが涙目になると、神父様は優しく笑ってシスの頭をなでなでしてくれた。
「二度と会えなくなるわけじゃありませんよ。ただ、こうして一日中教会にいて、いつでも会える……ということがなくなってしまうだけです」
それでもヤだな、ってシスがしゅんとすると、神父様が優しく話しかけてくれた。
「どうしても辛くなったら、私に会いに来なさい。私の家の住所を教えておきます」
「毎日会いに行っていい?」
「神父という仕事は引退しますが、地域での活動には参加することになっているので、留守にしてる時もあるから毎日会えるとも限らないんです。すみませんね」
シスがまたしゅんってすると、神父様が少し古ぼけたカードをシスに手渡した。
インクの文字はすっかり薄くなってて、ところどころ滲んで読めなくなってる部分もある。
「それがあなたと共に置いてあった、母親があなたに残したメッセージカードです」
「……これが」
『罪深い私をお許しください。魔女の子を育てる自信がありません。私には無理です、どうかお許しを』
神父様がカードに書いてあったメッセージの内容を聞かせてくれた。
これがお母さんが、シスに宛てた最後の……。
『ごめんね、システィーナ……』
メッセージはそこで終わりだったみたい。
神父様の次の言葉を待っていたけど、いつまで経っても「大好き」という言葉が出てくることはなかった。
「恨んではいけませんよ、システィーナ。あなたのお母さんにとって、これが精一杯だったんです」
「……うん」
「健やかに、どうか幸せになってください」
「……はい、神父様」
そう言って、シスはカードを手にお辞儀をした。
最後に神父様がシスのことを両手いっぱいに抱きしめてくれて、欲しかった言葉をくれた。
「さようなら。大好きですよ、システィーナ」