残酷な描写あり
65 「謁見」
聡慧の魔女ライザの突然の登場に、ヴァルゴはすっかり意表を突かれていた。
まさかあちら側からこんな所まで出向くとは思っていなかったからだ。
「手荒な真似をしてすみません。しかしあなた方も周知の通り、私達はメリィの……毒疫の魔女の毒がとても恐ろしい。ヴァルゴ殿、きっとあなたが考えているよりずっと彼女の毒は深刻なのです。ご容赦ください」
そう言って頭を下げるライザの姿に、ヴァルゴはそれ以上何も言えなくなってしまう。そもそも出歩くだけで毒を撒布してしまうような存在を連れて、多くの民衆が住んでいる首都へ向かおうとしていたのだ。
いくら対策を打ったとはいえ、自分達の情熱に身を任せ行動に移し過ぎていたと猛省する。
「すまない、こちらが浅慮過ぎたようだ……」
ヴァルゴの謝罪にライザはうっすらと笑みを浮かべ、首都のある方角を指さした。
正確には首都そのものではなく、その手前にある小さな休憩所のような建物に向かって示している。
「あそこは旅の者へ提供している休憩所です。現在は警備隊によって使用禁止にしているので、そちらで互いの事情を説明し合いましょうか」
柔らかい、だがしっかりとした口調でそう告げるライザに二人は同意せざるを得ない。少なくともこの提案は、メリィを首都に入れるつもりはさらさらないと断言していることになる。
そうでなければ休憩所を他の者が使用することを禁止する理由はないし、公王の御側付きがこのような場所まで足を運ぶことなんてまず考えられなかったからだ。
実際、ライザにどれほどの自由が与えられているのかヴァルゴは知る由もないが、少なくとも毒疫の魔女に会いに行くと言えば公王は断固反対していただろう。
(そうまでして国民を、公王を守らねばならないということか……)
これほどまでに警戒するライザに、ヴァルゴはやはりメリィの毒を軽視していたのかもしれないと後悔する。
***
ヴァルゴが最初に訪れた検問所から、人間の成人男性による徒歩でおよそ三日はかかる場所に休憩所が設けられていた。これはミリオンクラウズの気候が、メルトスノー国に次いで過酷であることから国が設置させた簡易施設である。
旅人、行商人、観光客向けに作られたこの休憩所を管理しているのはミリオンクラウズ公国だ。よって最低限の物資と寝泊り用の建物しかないが、他の商売人などがこの場所を儲けの場と考えることは当然の流れとなる。
よってあくまでミリオンクラウズ公国公認の商売人にのみ、この場での商売が許可されているが……。現在はライザの提案により、この休憩所には人っ子一人見当たらない。
急遽、使用禁止とした為に出店があったであろう場所には、その痕跡が残ったままだ。さすがに商品などは綺麗さっぱり回収されているが、もぬけの殻となったこの場所はどことなく「住んでいた者が突然神隠しにでも遭った」ように感じられた。
一部の警備隊は外に残り、ライザやメリィといった中心人物は泊り客用の建物の中へと入って行った。神妙な面持ちのヴァルゴは、メリィを気遣いながら他の魔女達の視線を盗み見る。誰もが恐怖と、落ち着きのない態度でそわそわしている様子だ。
いつ何時、自分の体調が崩れるのかを恐れている。わかっていたことだが、いざこうも目の前でそういった態度を見せられてしまうと、ヴァルゴはメリィに対する罪悪感が増していくばかりだった。
メリィはウィンプルによって目以外は布で覆い隠されているので、しっかりと表情を見て取ることは出来ないが。きっと自分の毒を何より恐れている彼女自身が、深く傷付いているのだろうと察した。
休憩所の一階部分は大食堂のようになっており、テーブルや椅子が整然と並べられている。その中で一番大きなテーブルを選び、それぞれが向かい合うように座った。
ライザがここまで出向いた理由は、ヴァルゴが想定した通りのものだった。
ヴァルゴは知る由もなかったが、検問所を訪れて道行く人と飲み交わした思い出はしっかりと兵士により報告がされていたらしい。
もう何百年も獣人国の者が出入りしていないことから、それがどれほど珍しいことか。獣人族の者が一体どういう理由で、どんな用事があって国を出て来たのか。諸々の話を聞きたいということで、最初はミリオンクラウズ宮殿に招待しようと考えていたということだ。
しかしいつまで経っても首都を訪れたという連絡は来ないまま、数日過ぎてようやくヴァルゴが密林の方へと向かったという目撃情報を得た……という。
そしてこともあろうに、密林に軟禁している毒疫の魔女と共に森を出て首都へ向かっているという情報が舞い込んできたものだから、首都では……こと宮殿内では大騒ぎだったことがライザの口から伝えられた。
「獣人族の王子であらせられるヴァルゴ殿が、毒に対する抵抗力が非常に強いことは認めます。ですが常人では先ほどのラガサのように、メリィが至近距離で叫んだだけで普通の人間は毒に侵されてしまうのです。それだけ一般人には大きな影響を与えます。ですので、失礼を承知で申し上げますわ。どうかメリィを首都へ連れて行こうとするのは、ご容赦くださいませ」
そう言ってからライザ達は席を立ち、その場に両手を床についてこうべを垂れる。そんな風に頭を下げられてはどうしようもない。そうまでしてメリィは人々から畏怖され拒絶されているのかと、ヴァルゴは悲しみを通り越してやるせない気持ちに打ちひしがれる。
「よしてくれ、わかったから。俺が軽率だったことは認めるから、席について話の続きを」
慌てて土下座をやめさせるヴァルゴに、ライザ達は再び深く頭を下げてからテーブル席についた。その所作一つ一つが優雅な動きで、ただ立ち上がって席に着くという動作だけなのに、ライザの立ち居振る舞いについ目を奪われてしまう。
ライザは目を伏せながら、話を続けた。問題は三つ、鎖国状態であるはずの獣人族ヴァルゴがなぜ旅に出ているのか。獣人国王許可の元か、出奔か。その是非を問う必要があること。
ヴァルゴとメリィの関係は。メリィを森から出した目的は。
これらを精査し、ライザが納得するか否かによって二人の処遇は決定する。これは国の命令に従わなかったメリィも、他国の者であるヴァルゴも、これに従わないわけにはいかない。
ライザは今、ミリオンクラウズ公王の持つ権限を一時的に許可されている。従わなければ処罰される。それだけの強制力をライザは持っているということになるのだ。
「さて、本題に入りましょう」
二人は息を飲む。問われる内容はわかっている。ここまで大々的に国が動いているのだ。まずはメリィのことをどうにかしようとするに違いないと、ヴァルゴは当たりを付けていた。ここで言葉を間違えれば、メリィの立場は一層悪くなるばかり。
対策に関して、そして必要以上に人間に近付かないこと。町や村には立ち入ったりは決してしないことなど。考えられるだけのことを頭の中で考えながら、それでも決定打に欠けるのでヴァルゴは他に何かそれらしい理由は付けられないものか。そればかりを思考していた。そしてライザの口から、最初の問いが……。
「あなた方二人は、まさか愛し合ってらっしゃる?」
『ぶっ!!』
唐突な内容に、二人は飲み物を含んでいたわけでもないのにむせ返った。
ゲホゲホと咳き込みながら、メリィもヴァルゴも動揺する。むしろその姿は誰がどう見ても挙動不審だった。
慌てながら色々と説明しようとしている様子があまりに滑稽で、ライザは面白がるように微笑んでいた。
まさかあちら側からこんな所まで出向くとは思っていなかったからだ。
「手荒な真似をしてすみません。しかしあなた方も周知の通り、私達はメリィの……毒疫の魔女の毒がとても恐ろしい。ヴァルゴ殿、きっとあなたが考えているよりずっと彼女の毒は深刻なのです。ご容赦ください」
そう言って頭を下げるライザの姿に、ヴァルゴはそれ以上何も言えなくなってしまう。そもそも出歩くだけで毒を撒布してしまうような存在を連れて、多くの民衆が住んでいる首都へ向かおうとしていたのだ。
いくら対策を打ったとはいえ、自分達の情熱に身を任せ行動に移し過ぎていたと猛省する。
「すまない、こちらが浅慮過ぎたようだ……」
ヴァルゴの謝罪にライザはうっすらと笑みを浮かべ、首都のある方角を指さした。
正確には首都そのものではなく、その手前にある小さな休憩所のような建物に向かって示している。
「あそこは旅の者へ提供している休憩所です。現在は警備隊によって使用禁止にしているので、そちらで互いの事情を説明し合いましょうか」
柔らかい、だがしっかりとした口調でそう告げるライザに二人は同意せざるを得ない。少なくともこの提案は、メリィを首都に入れるつもりはさらさらないと断言していることになる。
そうでなければ休憩所を他の者が使用することを禁止する理由はないし、公王の御側付きがこのような場所まで足を運ぶことなんてまず考えられなかったからだ。
実際、ライザにどれほどの自由が与えられているのかヴァルゴは知る由もないが、少なくとも毒疫の魔女に会いに行くと言えば公王は断固反対していただろう。
(そうまでして国民を、公王を守らねばならないということか……)
これほどまでに警戒するライザに、ヴァルゴはやはりメリィの毒を軽視していたのかもしれないと後悔する。
***
ヴァルゴが最初に訪れた検問所から、人間の成人男性による徒歩でおよそ三日はかかる場所に休憩所が設けられていた。これはミリオンクラウズの気候が、メルトスノー国に次いで過酷であることから国が設置させた簡易施設である。
旅人、行商人、観光客向けに作られたこの休憩所を管理しているのはミリオンクラウズ公国だ。よって最低限の物資と寝泊り用の建物しかないが、他の商売人などがこの場所を儲けの場と考えることは当然の流れとなる。
よってあくまでミリオンクラウズ公国公認の商売人にのみ、この場での商売が許可されているが……。現在はライザの提案により、この休憩所には人っ子一人見当たらない。
急遽、使用禁止とした為に出店があったであろう場所には、その痕跡が残ったままだ。さすがに商品などは綺麗さっぱり回収されているが、もぬけの殻となったこの場所はどことなく「住んでいた者が突然神隠しにでも遭った」ように感じられた。
一部の警備隊は外に残り、ライザやメリィといった中心人物は泊り客用の建物の中へと入って行った。神妙な面持ちのヴァルゴは、メリィを気遣いながら他の魔女達の視線を盗み見る。誰もが恐怖と、落ち着きのない態度でそわそわしている様子だ。
いつ何時、自分の体調が崩れるのかを恐れている。わかっていたことだが、いざこうも目の前でそういった態度を見せられてしまうと、ヴァルゴはメリィに対する罪悪感が増していくばかりだった。
メリィはウィンプルによって目以外は布で覆い隠されているので、しっかりと表情を見て取ることは出来ないが。きっと自分の毒を何より恐れている彼女自身が、深く傷付いているのだろうと察した。
休憩所の一階部分は大食堂のようになっており、テーブルや椅子が整然と並べられている。その中で一番大きなテーブルを選び、それぞれが向かい合うように座った。
ライザがここまで出向いた理由は、ヴァルゴが想定した通りのものだった。
ヴァルゴは知る由もなかったが、検問所を訪れて道行く人と飲み交わした思い出はしっかりと兵士により報告がされていたらしい。
もう何百年も獣人国の者が出入りしていないことから、それがどれほど珍しいことか。獣人族の者が一体どういう理由で、どんな用事があって国を出て来たのか。諸々の話を聞きたいということで、最初はミリオンクラウズ宮殿に招待しようと考えていたということだ。
しかしいつまで経っても首都を訪れたという連絡は来ないまま、数日過ぎてようやくヴァルゴが密林の方へと向かったという目撃情報を得た……という。
そしてこともあろうに、密林に軟禁している毒疫の魔女と共に森を出て首都へ向かっているという情報が舞い込んできたものだから、首都では……こと宮殿内では大騒ぎだったことがライザの口から伝えられた。
「獣人族の王子であらせられるヴァルゴ殿が、毒に対する抵抗力が非常に強いことは認めます。ですが常人では先ほどのラガサのように、メリィが至近距離で叫んだだけで普通の人間は毒に侵されてしまうのです。それだけ一般人には大きな影響を与えます。ですので、失礼を承知で申し上げますわ。どうかメリィを首都へ連れて行こうとするのは、ご容赦くださいませ」
そう言ってからライザ達は席を立ち、その場に両手を床についてこうべを垂れる。そんな風に頭を下げられてはどうしようもない。そうまでしてメリィは人々から畏怖され拒絶されているのかと、ヴァルゴは悲しみを通り越してやるせない気持ちに打ちひしがれる。
「よしてくれ、わかったから。俺が軽率だったことは認めるから、席について話の続きを」
慌てて土下座をやめさせるヴァルゴに、ライザ達は再び深く頭を下げてからテーブル席についた。その所作一つ一つが優雅な動きで、ただ立ち上がって席に着くという動作だけなのに、ライザの立ち居振る舞いについ目を奪われてしまう。
ライザは目を伏せながら、話を続けた。問題は三つ、鎖国状態であるはずの獣人族ヴァルゴがなぜ旅に出ているのか。獣人国王許可の元か、出奔か。その是非を問う必要があること。
ヴァルゴとメリィの関係は。メリィを森から出した目的は。
これらを精査し、ライザが納得するか否かによって二人の処遇は決定する。これは国の命令に従わなかったメリィも、他国の者であるヴァルゴも、これに従わないわけにはいかない。
ライザは今、ミリオンクラウズ公王の持つ権限を一時的に許可されている。従わなければ処罰される。それだけの強制力をライザは持っているということになるのだ。
「さて、本題に入りましょう」
二人は息を飲む。問われる内容はわかっている。ここまで大々的に国が動いているのだ。まずはメリィのことをどうにかしようとするに違いないと、ヴァルゴは当たりを付けていた。ここで言葉を間違えれば、メリィの立場は一層悪くなるばかり。
対策に関して、そして必要以上に人間に近付かないこと。町や村には立ち入ったりは決してしないことなど。考えられるだけのことを頭の中で考えながら、それでも決定打に欠けるのでヴァルゴは他に何かそれらしい理由は付けられないものか。そればかりを思考していた。そしてライザの口から、最初の問いが……。
「あなた方二人は、まさか愛し合ってらっしゃる?」
『ぶっ!!』
唐突な内容に、二人は飲み物を含んでいたわけでもないのにむせ返った。
ゲホゲホと咳き込みながら、メリィもヴァルゴも動揺する。むしろその姿は誰がどう見ても挙動不審だった。
慌てながら色々と説明しようとしている様子があまりに滑稽で、ライザは面白がるように微笑んでいた。