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作者: 円宮模人
少女と社長と機械仕掛けの戦士
〇???

 ヘッドギアを被るアオイが、暗いコックピットに座っていた。

 半透明の投影式ゴーグルモニターが発する光で、気弱そうな面持ちが暗闇に浮かび上がる。覗(のぞ)く頬には冷や汗が流れていた。

 アオイの眼前には黒曜樹海こくようじゅかいの暗がりと無数の赤い瞳が映る。人戦機の演算装置が画像解析を進め、赤い四角で敵性存在をマークする。

 次々と映る敵性存在表示レッドマーカーは数えきれないほど多い。

「右!? いや左にも! もう! 追いつかない!」

 手当たり次第に青い輝線で示される弾道予測線を敵性存在表示レッドマーカーへ合わせようとするが、焦りのせいか盛大に照準がズレてしまう。

 そんな中、銃撃を潜り抜けた一体の軽甲蟻けいこうありが目の前に迫った。

「しまった!?」

 直後に、戦闘服が突き飛ばされたような感触を伝えてくる。同時に平静なシステムメッセージが聞こえた。

「警告、装甲損耗率が想定を超過」
「分かってる!」

 視界は未だに木立を映している。優秀な補正機能によって、なんとか転倒せずに済んだようだった。

 すぐに、リベンジのために銃火を向ける。眼前で、盾のような頭部甲殻と黄色い血肉が飛び散った。

 難を逃れて安堵した直後に聞こえたのは、システムメッセージの叱責だ。

「残弾、二十パーセント。警告、想定消費速度を超過」
「うそ! もうそんなに!?」

 だが、発砲をやめる訳にはいかない。少しでも圧を緩めれば、あっという間に接敵されてしまう。

 意識を前方に集中し、攻性獣の群れを押し返そうする。そこへ、システム音声が割り込んできた。

「警告、後方より攻性獣接近」
「え!?」

 視界端のリアビューには、目いっぱいまで拡大されていた攻性獣が映っている。無防備な背後に突進に、なすすべもなかった。背中から突き飛ばされるような衝撃が、戦闘服から伝わってきた。

「しまった!」

 自動制御が体勢を立て直そうと半身を捻る。だが、一歩及ばず仰向けに倒れた。

 いつもなら転倒しても自動で起き上がるはずだった。だが予兆はない。戦闘服が伝える胸元の圧迫感が息苦しい。

「この、感じ……! まさか!?」

 機体に乗りあげた攻性獣の赤い三つ目が、眼前に在った。

 ジッとこちらを見据える化け物の眼が、背筋を抜ける恐怖を生んだ。直後、攻性獣の踏みつけと共に、ヘッドホンから装甲が砕ける嫌な音が聞こえてきた。

「警告、胸部装甲破損。内殻損傷の危険」
「分かったってば! どけ!」

 ソウに助けられた日と同じシチュエーションに焦る。だがあの日とは違い、機体の手にはサブマシンガンが収まっていた。

「今度はちゃんと!」

 銃口を向け、コックピット内のトリガーを絞る。だが、サブマシンガンは一発だけ銃弾を吐き出して沈黙した。

 モニターには弾薬ゼロの表示が無情に灯る。

「え!? 弾切れ!?」

 機体が自動で弾倉交換を開始しようとする。だが、その前に攻性獣の踏みつけが加わった。何かがひしゃげるような嫌な音が耳元で響く。

「胸部装甲完全破損。許容損傷超過」

 機体が完全に機能を停止した。ゴーグルモニターが、ただの半透明な板に戻る。

 視界には一面の暗闇。

 直後、平静なシステムメッセージが響く。

「シミュレーション訓練終了」

 光が灯ると、半透明ゴーグル越しにコックピットが露(あらわ)になった。簡単なスイッチやレバー以外には何も簡素な閉鎖空間だった。その狭さには、未だに慣れなかった。

 後方からガチャリと言う音が響く。小さな搭乗口からは、格納庫の天井が覗いていた。





〇サクラダ警備社屋 格納庫

 アオイが搭乗口から顔を出すと、そこは多数の人戦機が並ぶ格納庫だった。

 ケーブルを伝い床に降り立ち、搭乗していた機体を見上げる。視線の先に、大鎧おおよろい姿のモノノフを思わせるシドウ一式が佇んでいた。肩には盾に桜をあしらった社章がペイントされている。

 このシドウ一式が、新しく貸与された機体だ。

 年季が入っているらしく使い込まれた様子ではあるが、巨大生物に踏まれたような痕跡はない。先ほどの戦闘はシミュレーションであったことを、改めて実感する。

 機体を見上げていると、近づいてくる足音が聞こえた。振り返るとトモエが近づいてくるところだった。

 大きく痛々しい目元の傷跡。それを隠すようなバイザー型視覚デバイスがキラリと光る。

「どうした? アオイ? そんなに機体を見て」
「いえ。改めて見ると、不思議な形だなぁと。前の会社でも同じ機体を貸してもらっていたから、なんか思い入れがありまして」
「これか? 私たちの国の戦士に似た形だな」
「戦士……ですか」
「ああ、こいつはさしずめ、機械仕掛けの戦士と言った所かな」

 トモエは微笑みを浮かべ、アオイの方を向きなおした。

「で、うちのシミュレーションはどうだった? 機体と接続して訓練ができる本格派だ。実戦さながらの出来だろう?」
「はい、社長。すごい迫力でした。元の会社ではやったことがなくて」
「何? いきなり実物か?」

 トモエの呆れ気味な返答に、自然と苦笑いが浮かんだ。

「珍しいんですか?」
「うちではそんな真似はしないが、最近はそういう会社も多い」
「最近は? 何かあったんですか?」
「業界が急拡大している。指導員が足りなくて教育期間を最低限まで圧縮する所もあるな」
「はは……。身に覚えがありますね」

 前職はまさにそうだった。

 いきなり死にかけた身としては、命を張らずとも経験を積めることに感謝せざるを得ない。同時に、前の会社での雑な対応を思い出す。

「三十分程度のチューニングですぐに使えるから大丈夫って言われました」
「脳波読み取りや、戦闘服の触感フィードバックがあるから、確かにすぐに使えるが……」
「……そんなに、無茶なんですか?」
「うちではやらせないな」

 トモエの呆れ顔で、今までの境遇を悟る。引きつった笑いしか出てこなかった。

 そんなやり取りをしている横にソウが近づいてきた。ソウはソウで、先にシミュレーション訓練を行っていた。スコアはアオイと段違いだ。

(任務初日って言ってたけど、この会社では、って事だったんだっけ……。経験者と比べられるのか……)

 転職後に判明したのだが、同い年に見えるソウはそれなりの経験を積んでいる。凄腕の同僚と肩を並べる羽目になり、胃が締め付けられるような錯覚に陥った。

 だが、これから僚機として任務を共にする以上、仲良くしておいた方がいいのは間違いない。そんな打算を下敷きに、相手が喜びそうな言葉を考える。

(何を話そう。さっきの訓練だと、射撃の命中率が高かったからそれをほめようか? でも、回避動作をほめた方が良いような気も――)
「どうした?」

 考えがまとまる前に声をかけられたせいで思考は霧散し、出てきたのはなんとも気の利かない言葉だけだった。

「きょ、今日もすごいスコアだったね」
「想定以上ではない」
「そ、そっか」

 相変わらずの素っ気ない返事に肩を落とす。声をかけて空気を良くしようとしている努力は、初日から今にかけて徒労に終わっていた。

 二人のやり取りを眺めていたトモエが、苦笑交じりの微笑みを向けた。

「アオイ。こいつは誰にでもこんな感じだから気にするな」

 疲れた心に優しい声色がしみる。次いで、トモエは呆れたようにソウをたしなめた。

「ソウ。お前はもう少し愛想ってものをだな――」
「それよりも、今回のシミュレーション結果に関する評価を教えてください」
「それは後で教えるから、まずは話をだな――」

 問答に取り残され、手持ち無沙汰に格納庫を見渡す。そこには様々な型式の人戦機が並んでいた。

 訓練の疲れもあって呆けた意識に、トモエの声が割り込んできた。

「アオイ? どうした?」
「いえ。いっぱい機体があるなぁって」
「前にも言ったが、ほかの連中はまだ療養中だ。怪我が治り次第復帰する」
「みんなが……ですか?」
「残念ながらな。ああ、心配しなくてもいいぞ? そう滅多には起きない事故が原因だったからな」
「そうなんですか?」
「私も長いこと会社をやっているが、二度はないだろう。アオイたちが同じ目に遭うことはないさ。問題ない」

 トモエが頬を掻く。いつもは凛とした佇まいが、今は随分と落ち着きがない。

(本当は結構まずいんだろうなぁ。でも、ボクなんかが入れたのもそういう訳があったから……か)

 運よく再就職先が見つかったのはいいが、見込まれた訳でない。少しだけ寂しかったが、悪い事ばかりでもないと頭を振った。

(いや! 訓練させてもらえるんだから、ここで上手にならないと!)

 前の会社に比べれば、トモエの気遣いや会社の設備は相当にありがたい。その事を胸に刻み、やる気を絞り出す。

(見方を変えれば、お手本がいるって事なんだ!)

 訓練は一生懸命にやる。そう自分に言い聞かせたが懸念もあった。

(だけど……このまま訓練だけだと……まずいなぁ)

 大っぴらにはできない話題を隠しつつ、おずおずと口を開く。

「あの……。渡されたスケジュールだとしばらくは訓練とか座学ばかりですが、任務に行くのはいつになりますか?」
「随分と意欲的じゃないか。どうした?」
「いえ。……その――」

 言いよどむアオイに、ソウが割り込んできた。

「オレも早く次の任務に移りたいのですが」
「お前は、相変わらずだな」
「どういう意味ですか?」
「せっかちすぎる。もうちょっと落ち着け」
「ですが、評価や経営のためには――」
「だから落ち着け。それは私の仕事だ」

 ソウの前のめりに呆れるトモエ。そのそばで、内心焦っていた。

(出撃手当てがないと、返済が!)

 実戦に出れば相応の手当がつく。アオイの返済計画は、出撃手当を見込んだものだった。そんな懐事情を、トモエは知るはずもない。

 次の任務をせがまれたトモエは、なだめる様にいつも以上に口調を優しくした。

「両人とも意欲が高いのは結構だ。だが、待て。せっかく入ったのに辞めたくないだろ」

 優しい口調に対して、解雇を匂わせる不穏な言葉。心当たりも、心の準備もできていなかったので、目の前が真っ白になる。

(ど、どういう事!? 何かまずいことをして、実はクビになる寸前とか!? だとしたらどうして!? 聞いてみたいけど、下手に聞いてまずい情報だったらどうやってフォローすれば? まずは考えられる返答をいくつか考えて――)

 だが、ソウは単刀直入だった。

「どういう意味です?」
(ソウ!?)

 向こう見ずな度胸に、瞠目してしまう。最悪を予感して恐る恐るトモエの方を向いた。

 だが、バイザー型視覚デバイスの無機質な輝きとは対象的に、口元の笑みは柔らかい。そして、まあ待てといわんばかりに手をかざした。

「アオイ、ソウ。武装警備兵は、辞めるやつがそれなりに多い職業だ。何故か分かるか?」
「資産を確保して引退するからだと推測します」
「ソウの言うとおり、そういうやつもいるが少数派だ」
「じゃあ……、結構危ないですし、怪我とかですか?」
「アオイの言うとおり、怪我も多いが、一番の原因ではない」

 悩む二人にトモエは答えを告げる。

「病むんだよ。心を」
「心……、ですか?」

 予想外の答えに戸惑う。トモエの方は、アオイの反応は想定済みのようで、そのままの調子で話を続ける。

「アオイも体験しただろうが、攻性獣と戦うのは相当のストレスだ。例え人戦機に守られていても、本能はやつらを恐ろしい化け物として認識する。だろ?」

 先日の戦闘を思い出し、思わず背筋がブルリと震える。敵性存在を暴くためのセンサー類は、脅威も鮮明に伝えてしまう。

「かかるストレスは並じゃない。一方的な狩りなら問題ないだろうが、上手く行くとは限らない。相手の形質と数、地形、武装、そして技量。あらゆる要素の組み合わせで、肉薄した戦闘を強要される場合もある。そうすると、心が少しずつ淀んでくるんだ」

 トモエは声のトーンを一段低くして、自分の心臓を指さした。

「段々と病んでくる。明日こそ死ぬんじゃないか、寝る時にそんな声が聞こえてくる」

 それはトモエの経験なのだろうか、と思う。しかし、聞けなかった。その間にトモエは調子を普段どおりに戻す。

「だが幸いなことに、適度なインターバルを取れば徐々に慣れる。それが理由だ」

 自身の健康にそこまで気を使ってくれる雇用主に会った事は無い。丁寧な説明も含めてだ。気遣いに頭を下げる。

「説明ありがとうございます。後、ワタシたちの事も考えてくれて」
「それくらい当然だ。違和感があったらすぐに来い。遠慮するなよ? アオイが潰れたとき、私が困る。だが、一番困るのはアオイ自身だ」
「迷惑をかけるつもりはありません」

 長年の口癖が、半ば自動的に飛び出す。それを聞いたトモエが情報端末で時間を確認した。

「よし。じゃあ、休憩と行こう」
「分かりました。ではお先に」

 情報端末で何かをしているトモエの横を、頭を下げながら通り過ぎるアオイ。アオイが向かった先は給湯室だった。

 給湯室で自分のボトルに水を注いて一息ついていると、トモエが後からやってきた。

「お、アオイか」
「トモエさんも何か飲み物を?」
「そんなところだ」

 トモエは機械でコーヒーを淹れている。しばらくの間、沈黙が流れた。

(うう。気まずい。何か話した方がいいのかなぁ)

 アオイは微妙な沈黙が苦手だったが、かといって先陣を切れるほどの度胸はない。話し上手でなければなおさらだ。

 どうしようか眉間を寄せていると、救いの声が聞こえた。

「どうした? 何か悩み事か?」
「あ、いえ、その」

 トモエの声は何かを急かすようなものでもなかった。だが、目上の者を待たせるのはまずい。

(何か、何か話さないと!)

 今までの任務や訓練などの内容をひっくり返す。その中で、閃いた話題に飛びつく。

「なんで、母星のキシェルと開拓星のウラシェで木も生き物も、同じような形なんでしょうね? 攻性獣は別ですけど」

 だが、直後に後悔した。

(しまった。普通の人には興味ない話題だった……。やっちゃった……)

 話題が少々特殊だと気付いた。生物の話題に興味を持った人間はほとんどいない。むしろ、会った事も無い。急いで話題の訂正を考えようとした時だった。

「それについては色々と学説が分かれているらしい。生命の源は恒星間彗星によってばら撒かれているから、この星と母星で起源が一緒だとか。突拍子もないものだと、はるか昔に超文明があって、それが各恒星系に播種(はしゅ)したせいだとかな」
「へ?」

 真正面から返答。予想外の事態に間抜けな声が漏れていた。その反応にトモエが首を傾げた。

「なんだ?」
「い、いえ。ずいぶん突飛な説だなー、なんて」
「私もそう思う。今のところ一番説得力があるのが、合理性の問題かな」
「合理性?」
「ああ、生物の形には、理屈があるという話だ」
「その話、詳しくいいですか?」

 思わず前のめりになってしまった。トモエの口元が困惑気味に開いたが、そのまま語り続けた。

「随分マニアックな話に興味があるんだな。私も受け売りだから、あまり詳しいことはいえないが……。絶対にとは言えないが、生命が発生するのは液体がある環境、つまり海だ。そして海では魚のような、先端に口や目や鼻があり、背骨がある、そんな生物が覇者となる。そこから進化して、陸上に進出した生命も似たような構造を持つはずだ。結果、我々とよく似た構造を持つ」
「なるほど!」
「そのように、生物の形態には理屈があるので、住む環境が似ているなら進化した形も自然と似た形になるはずだ、と言うのが根拠だ。まあ、攻性獣だけは例外だが」

 トモエが困惑気味にこちらを見ていた。

「なんだ? こういう話が好きなのか? なるほど……。だからか……」

 トモエは何かに納得するように頷いていたが、心当たりがなく首を傾げる。

「どうしました?」
「いや。こっちの話だ。それにしても、そう言う事に興味があるなんて珍しいな。今ではほとんど冷遇されている分野だろうに」
「大浸食前は違ったみたいらしいんですけどね」
「そうだな。大浸食さえなければ、こんないびつな発展なんてしなかった。今頃は母星のキシェルでもっと豊かな暮らしができたかも知れなかった」

 大浸食。それは全人類にとって忌むべき言葉だった。その言葉を聞き、現在も蝕まれつつある、人類の故郷を思い浮かべた。
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