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作者: 円宮模人
少女とリスクと嚙み合い始める歯車
少女とリスクと噛み合い始める歯車

黒曜樹海こくようじゅかい 広域駆除展開領域

 ライトグレーの雲が空一面に低く立ち込めている。下に広がるのは、うねるような崖と、崖底に広がる黒曜樹海。

 小さな川が、蛇行しながら崖と森を切り裂いている。その小川で、水しぶきを上げながら駆ける二機の人戦機がいた。

 肩と腰の大型装甲板がモノノフの大鎧おおよろいを思わせる、シドウ一式という機体だった。肩に盾と桜の社章がペイントされている二機のシドウ一式は、アオイとソウの機体だった。

 アオイのゴーグルには、まるで自分が肉眼で駆け抜けているような画像が映し出されている。鮮やかさはないが、それでも外縁基地の無味乾燥な景色に比べれば、情緒豊かな森林渓谷の景色だ。

 左右を見やり、感嘆のため息を混じえつつ呟いた。

「攻性獣がいなければ、綺麗な所なんだけど」
「ただの樹と水だ」

 呟きを叩き切るのは、感慨皆無のソウの声だった。一片の情緒もない返答に、苦笑いが溢れる。

 気を取り直し、意識を前に向けた。目の前に映る木立は暗い。

「暗い……。これでも機械が明るくしているはずなのに」

 人戦機の視覚センサーで撮影された画像は、視認性を考慮して光量増強処理がされている。それでも樹海の深淵は、なお暗かった。

 その時、微かに映る赤い三つ目が次々と赤い四角でマークされる。直後、ヘッドホンから、無機質な少年の声が聞こえた。

「いたぞ。アオイ、援護を」
「わ、分かった。今準備を――」
「先に行く」

 ソウ機は間髪入れず駆けだし、射撃を加えて攻性獣を沈黙させた。

 そして、立ち止まらずそのまま駆けていく。息つく暇もない。

「ソウ! そういう風に突っ込まれると、こっちの準備とか――」
「遅い! 最短時間での撃破が優先!」
「訓練でも言われたけど、まず有利な場所を探してから――」
「それでは他社に先を越される!」
「もう! せっかちすぎるよ!」

 何かに追われるように最短効率を目指すソウ。焦る理由が分からず、ただただついて行くのに精いっぱいだった。

「トモエさんから、協力するようにって言われてるんだから、もっと――」
「トモエさんのためだ!」
「……訳が分かんないよ」

 ため息を一つして、縋るように通信用ミニウィンドウを見る。トモエと書かれた枠には、ノイズだけが映っていた。

「連絡が取れれば、こんな事には」
「依頼元のドローンリレーシステムに不備があったとなれば、オレたちに取れる手段は無い。考えても非効率だ」

 途中まではトモエの指示を聞けていたが、突然の通信途絶が発生した。まだ、回復はしていない。

 指示無しで森を彷徨い続け、戦闘服がやたらと重く感じる様になってきた。肺に溜まった重い空気が、鈍く喉を震わせる。

「まさか、いきなり二人でなんて……」

 一方のソウは、平静そのものだった。

「効率的に敵を撃破し続ければ問題ない」

 同僚の声色には、微塵の不安も感じられない。

「通信途絶前のペースを考えると、他社は六、七ほどエリアを制圧しているはずだ」
「ワタシたちはまだ三か。参加人数が少ないっていうのもあるけど」
「このままでは評価されない」
「報酬も厳しい……か」

 返済達成には程遠いペースに、どうしようかと焦っていた時だった。

「反応あり!」

 モニターには既に駆け出すシドウ一式が見えた。

「ちょっと待ってってば!」

 後を追い幅の狭い渓谷を進む。

 くるぶしまで浸かる川の水や、大小さまざまな石に足を取られないように、視線を落としながら進む。

 ふと見上げれば、ソウ機は離れた所にいた。

「もう!」

 機体をよろめかせながら進む。両側を圧迫する峡谷を幾何いくばくか進む。

 ついに峡谷を抜けた後、一気に視界が開けた。目にうつるのは、闇の濃い木陰に揺らめく多数の赤い瞳だった。

 緊張が汗となり口元まで伝い、思わず唾と息を呑む。

「いっぱいいる……!」

 戸惑いを読み取って、機体が歩みを止めた。一方のソウ機は、構わず駆け出した。

「狩るぞ!」

 底の知れない暗がりへ、迷わずソウ機が飛び込む。アサルトライフルを構えた直後、銃火の灯りが森の暗闇を照らす。

「つ、ついて行かないと!」

 慌てて、その後を追い、隣でとにかく銃を撃つ。対する攻性獣は、銃火に怯むことなく即座に左右へ展開する。次々を映し出される敵性存在表示レッドマーカー

 視界いっぱいに広がる赤い瞳と赤い四角の群れに、思わず肩がこわばる。

「……囲まれた!」

 展開を終えた攻性獣たちが襲いかかる。

 多方から近づく攻性獣を迎撃すべく、右へ左へと目まぐるしく照準を切り替える羽目になった。あまりの忙しさに自然と口から愚痴が漏れる。

「ちょっと引けば、楽に倒せるのに……」

 大群を相手するには、開けた場所は都合が悪い。

 少し後退すれば幅の狭い峡谷があり、攻性獣の進撃を大幅に制限できる。ここ数日で学んだ知識では、それが最善策だ。

「でも相手をしながらだと」

 交戦状態で器用に後退できるほどの技量は無い。どうしようかと思っていると、意外な質問が聞こえた。

「どういうことだ」
「え? なに?」
「楽に倒せる。つまり効率よく撃破する方法があるんだな?」

 これはチャンスだ。

 戸惑いながらも、なるべく端的になるように言葉を整える。

「うん。後ろの狭い所に誘い込めば、照準も楽になるから――」
「了解。後退するぞ」
「待って!」

 素早く後退にしながらも、的確に振り返り攻性獣を撃破するソウ。ついて行こうとするが、一面に広がる巨木の根に足を取られないように退くのが精いっぱいだった。

 薄暗い足元を一生懸命に見ていると、視界の端にアラートが灯る。

「何!? 何のアラート!?」

 背後に迫る敵性存在を知らせる警告だと、ようやっと気づく。振り返れば、すぐ前までに赤い瞳が迫っている。

「あ!」

 直後に攻性獣の甲殻が砕かれ、黄色い血肉が飛び散った。振り返ると、ソウ機の構えた銃口から硝煙が立ち上っている。

「援護する。早く後退しろ」
「う、うん」

 ソウの援護を受けながら、峡谷へ逃げ込む。そそり立つ崖の間で、二機は揃って銃を構えた。

「引き付けろ。無駄弾は避けたい」
「でも、もうこっちは有効射程内に――」
「まだだ。期待できる命中率は低い」

 攻性獣の群れ。見る間に減っていく彼我の距離。赤い瞳の波が、自分たちを殺そうと突き進んでくる。

 知らず知らずのうちに荒くなった息遣いが、やたらとうるさい。もう撃ってしまって楽になりたい。そんな欲望に負けそうな時だった。

 ソウの合図が耳を打つ。

「今だ!」

 アサルトライフルと軽機関銃が火を噴き、放たれた銃弾は次々と攻性獣の甲殻を砕く。迫りくる攻性獣に向けて青い輝線を合わせる。ただそれだけを考える。

 轟音の中でも、心臓の鼓動の大きさだけが耳につく。

 恐怖ではっきりとしていたはずの意識が徐々に興奮で上書きされ、頭の中が真っ白になっていく。果たして自分がここにいるかも怪しい、夢見心地の感覚に蝕まれていった。

 そんな時、ふわふわとした意識をソウの声が貫いた。

「――オイ! アオイ! もういいぞ!」
「え!?」

 いくつか呼吸を重ねて見えてきたのは、積み上がった攻性獣の死骸だった。

「あ、え? いつの間に?」
「五秒ほど前にせん滅し終えた」

 一瞬の出来事のようだった。目の前の成果への感慨にふける間もなく、ソウの急かす声。

「損傷および残弾の確認。必要ならば残弾の融通を行う。アオイの軽機関銃とオレのアサルトライフルは、同じ弾薬を使えるように改造してある」
「う、うん」

 確認を進めるうちに恐怖と興奮が収まってくる。代わりに、ふと浮かんだ疑問が自然に零れた。

「どうしてソウはワタシの言う事を聞いたの?」
「質問の意図が不明だ」
「ワタシの言う事を聞いてくれる人って、ほとんどいなかったから」

 気弱なせいか、何か言っても取り上げてもらえる事も少なかった。返ってきたのは極真面目な口調の声。

「論理的に正しいと判断すれば採用する」
「自信なさそうとか、当てにならなそうとか思わないの?」
「そういった曖昧な判断は不得手だ」

 だが、目の前の同僚は違うらしい。その回答に苦笑いしつつも納得する。

(真っすぐだな……)

 その眩しさが、思わず零れた。

「ソウらしいな」
「どういうことだ?」
「なんでもないよ。ちょっと嬉しかったってだけ」

 絶望的に気遣いができないという代償があるものの、ある種の相性の良さがある事に驚く。自分の中で納得していると、ソウの疑問の声が聞こえた。

「理解不能だ」
「それでもいいよ」

 少しだけ心が軽くなった。前を向き、次に行くべきところを探る。

「次はどうしよう?」
「この一帯は駆除が完了した。次のエリアへ移る」
「分かったよ」

 駆け出そうとするソウ機。急いで呼び止めようして、ふと気づく。

(えっと。まず、やって欲しい事から先に。理由は聞かれたら)

 緊張を僅かに混じるが、それでも口を開く。

「ソウ。速度は合わせよう」
「なぜだ?」
「一気に叩いたり役割分担したりって感じの方が、効率がいいと思う」
「了解。では索敵を頼む。オレは近くに来た敵の迎撃を担当する」
「わかった。演算リソースを索敵に……」

 手元を見ると映像の一部が消え、仮想パネルと自分の手が透けて見える。幾つかボタンを操作して、操縦アシストから索敵へリソースを割り振った。

 操作の後に表示されたミニマップには、多数の赤い光点。

「三時の方向に、反応あり。多い」
「すぐに行くぞ!」
「待って!」
「なんだ?」
「反応が多すぎる! 相当の大群だよ?」
「好都合だ」
「うまくいけばそうだけど、もっと慎重に」

 先ほどですらギリギリだった。それ以上の大群ともなれば、捌ききれる自信はない。だが、そんな不安をソウが察するはずもない。

「評価のためのリスクは許容すべきだ」
「でも……」
「任務開始前は意欲的だったが、アオイにも何か目標があるのでは?」

 その一言で、自分が置かれた状況を思い出す。

「……あるよ」
「ならばどうする。オレ一人でも行くが」

 奥歯をかみしめる。

(そうだ。ここで頑張らないと、もう――)

 このままでは、借金を返せない。そうなれば、最大の目的も叶う事は無い。成果を上げられなければ、生還できたとしても失敗と同じ意味だ。

「ワタシも行く」
「なら急げ」
「すぐ行くから、ペースはそろえてね!」
「了解!」

 そうして、二機は森の薄暗がりを進む。怪物の腹に飛び込んだような不安を、アオイは拭い切れなかった。
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