少女と危機と致命的な過ち
〇黒曜樹海 資源採取戦指定区域 敵勢力内
アオイが見つめる先には、極限まで凝縮された暴力が映っていた。
黒曜の暗闇に浮かび上がるのは、醜悪な甲殻に身を包んだ半人半馬型攻性獣だった。幻想とはかけ離れた、無機質な赤い三つ目が残光を曳いた。
巨木をつかんだ半人半馬型攻性獣は、上半身を大きく捩じらせて振りかぶった構えを取っている。虫のような甲殻の隙間から覗く黄色を帯びた筋肉が、遠くからでも分かるほど隆起した。
人間に似た肩の攻性獣が振りかぶるような構えを取っている。しかも、攻性獣の筋力と、引きずるほどの長い腕で。
その事実が、頭の中で繋がった。
「ソウ! 伏せて!」
阿吽の呼吸で二機が伏せる。直上を破城槌のような巨木が、大気を無理やり切り裂いて翔け抜けた。
おぞましいほどの風切り音が耳を打ち、嵐のような乱流が機体を揺さぶる。
「ぐぅ!」
「何が!?」
ガタガタと揺れるコックピットに怯えながら、後ろを振り返る。
樹海の枝は音を立てて暴れ、漆黒の葉が渦巻きながら舞っている。放り投げられた巨木は、暗がりの彼方へ既に飛び去っていた。
「もし、当たってたら……!?」
嫌な想像に唾を飲み、身体の震えが止まらなかった。
一方で、ヘッドホンから伝わってきたソウの声はいつもどおりだった。
「何か投げたのか? どうして来ると分かった?」
「形からなんとなく!」
「そうか。凄まじい運動エネルギーだ」
「一発で装甲が持っていかれちゃうよ……」
「だが、見切りやすい。周囲の軽甲蟻を倒し終わったら叩く」
「ヨウコさんを先に……はダメか」
「交戦距離の管理能力が厄介だ。撃破まで時間がかかるな」
ヨウコの位置取りは絶妙だ。装備の射程を見切り、その外から一方的に攻撃する。近づこうとすると、攻性獣が邪魔になる位置へさりげなく移動する。
攻撃をふわりとかわす手管は見事だった。そこまで考えて、ヨウコの妨害が無い事に気づく。
「そう言えばヨウコさんは? 攻撃がないけど」
戦場を見やる。
「あ、あそこ。戦っている?」
ヨウコの乗るシドウ型が、見知らぬ人戦機に向けてガトリング砲を向けていた。強力な火力がこちらを向いていない事に、安堵の息が漏れた。
「こっちに来られたら危なかった」
しかし、ソウが疑問を口にした。
「だが、おかしいぞ」
「どういうこと?」
「味方マーカーがない。つまり敵同士で戦っている」
ヨウコが戦っている相手の位置を見る。イナビシが確保した領域から来たとは思えない。ソウの言うとおり、ヨウコの敵は敵陣営なのだろう。
ならば、おかしい。
「……なんで?」
「不明だ。そもそも所属を示すペイントもない」
「え……? 武装警備員なら義務なんじゃ?」
敵味方を識別するために、社章のペイントが義務化されている。ならば、ヨウコはルール外の存在だ。
「あの人、なんなの……?」
嫌な予感が背中を撫でる。
ぞわりとした感覚に震えると、攻性獣検知の表示が灯った。モニターに映る矢印に従って振り向くと、そこには軽甲蟻の群れが迫っている。
「来るよ!」
「オレが行く! 援護を!」
群れを一身に受けるため、ソウが突撃を敢行する。ある個体は突撃を受け流し、ある個体は真正面から撃破する。
ソウの負担を少しでも減らすため、軽機関銃で迫る群れを一体でも多く削る。だが、激闘の中でも、警戒に気を抜けない。
視界の端にいるヨウコが、敵を倒し終えてこちらを向いた。
「ソウ! ヨウコさんがこっちに来る!」
「場所を変える!」
だが、攻性獣の至近距離にいるソウは思うように退避できない。
「このままだとソウが……」
視界の端に映るソウと自分の機体の損耗率を見比べる。圧倒的に技量の高いソウの方が、装甲の損耗率が高い。
理由は戦い方の差だ。自分は支援だけ。ならば。
「ソウとボクなら、大事なのはソウだ」
覚悟を決めて歩みを止める。ソウの声に疑問が乗った。
「アオイ! 退避は!?」
「それよりもこっちの方が大事!」
ヨウコのガトリングガンがアオイ機を向いた。無数の曳光弾が襲い掛かる。曳光弾の数倍の弾丸も一緒に。
怖かった。
「でも……! ソウが……!」
肩部の大型装甲板を前に出して機体を縮こまらせる。機体を打ち付ける轟音が鼓膜をひっかき、機体が震えながら軋みを上げる。
「ぐ!」
「アオイ!」
「いいから早く!」
曳光弾の奔流が後方へ弾かれている向こう側で、ソウは攻性獣を押し切る。戦闘が小休止した気配を感じ、機体を駆けさせた。凶悪な風切り音が背後を追う。
「ソウ。早く逃げ――」
そこで息を呑んだ。
無数の黄色い肉片と甲殻の欠片が転がる生々しい軌跡。
匂い立つような光景の真ん中に、機械仕掛けの戦士がいた。無機質な人型から溢れる気迫が、吹き抜ける。
自分とは全く違う鉄塊のような精神。その迫力に思わず呼吸を忘れた。
「いくぞ、アオイ」
だが、次に聞こえた声はどこまでも平静だった。その対比がむしろ恐ろしい。
「う、うん」
我に返り、木立を駆ける。ヨウコとの間にある小高い丘に回り込むと、背後を追ってきた風切り音が消えた。
稜線の向こうにヨウコ機が隠れたことを確認すると、ソウ機が攻性獣への反撃を強める。
一体、また一体と軽甲蟻を倒していく。とうとう群れが全滅した。それを見て、ソウが構えを解く。
「よし。倒し――」
「突進が来る!」
半人半馬型攻性獣が再度突撃を敢行しようとしていた。醜悪な甲殻に包まれた腕を振り回し大地を駆ける。かき回された空気が悲鳴に似た唸りを上げた。
凶悪な速度と範囲は、回避の可能性を塗り潰す。一目で分かる窮地だった。
「避けられない!?」
前に構えたソウ機が、ちらりとこちらを振り返る。
「なら、出迎える」
それだけつぶやいて、ソウ機はアサルトウィングの出力を上げ、新型へ駆けた。
見る間に近づく二体の巨影。
激突の前の刹那、ソウ機がそっと上体を後ろに反らした。
「ソウ!?」
そして、ケンタウロス型の足の隙間と言う極小の安全地帯へ機体を滑り込ませた。
「今!」
攻性獣の下を潜り抜け、通り過ぎる刹那に銃撃を叩き込む。半人半馬型攻性獣はそのまま走り抜け、歩みを止め、アオイ機の前で崩れ落ちた。ビクビクと痙攣する巨体から、黄色い血が滴り落ちて広がる。
眼前に映る神業に、思わず呟いた。
「す、すごい……」
同時に、ヨウコの浮かれた声が森に響く。
「すごい! すごいわ!」
驚きと共に、ヨウコの声の方を振り向く。
「その操縦技術。あなた、レモン君ね? 久しぶり」
聞き慣れない呼び名。ヨウコが誰に向かって声をかけているのか分からなかった。だが、直後に響くソウの慟哭。
「その名で! オレを呼ぶな!」
ヨウコが誰を呼んだか理解したと同時に、弾丸のようにソウ機が駆けだした。対するヨウコは余裕の調子で後退を始めた。
「やっぱりレモン君だったのね」
「待て!」
「待つ訳ないでしょ。こっちよ」
ヒラヒラと誘うように森の奥へ消えていくヨウコの機体。慌てて後を追いかけるが、ソウの全力疾走に、見る間に距離が離されていく。
「ソウ! 待って! 連携とか!」
突出したソウへ向かい、ヨウコのグレネードが降り注ぐ。爆ぜ狂う衝撃が、次々とソウ機を襲う。
「ぐう!」
見る間に、ソウ機の装甲が削られていった。ヨウコの声に笑いが交じる。
「あら、もうやられちゃうの? それだと手間が省けてうれしいけど」
ヨウコ機が追加のグレネードを発射した。
「まだだ!」
ソウ機は爆発に巻き込まれながらも、横跳びに回避する。
ソウ機が数秒前に居た位置に、追加のグレネード弾が降り注いだ。爆発と共に地面が根こそぎ吹き飛ぶ。
「ソウ! やっと追いついた!」
二人の戦闘箇所へ到着する。リアビューにオクムラ警備の二機も映っていた。これで四対一と、再び有利になった。だがヨウコの呟きに、余裕が響く。
「これならどうかしら」
再びレドームがヨウコ機から屹立すると、攻性獣の群れが突出していたソウ機に襲いかかる。
「あの数は!? ソウ! 援護するよ!」
青く輝く弾道予測線を、暗闇の奥に光る敵性存在表示へ向けようとする。
しかし、照準を合わせきる前に、ソウ機を取り囲んだ攻性獣が、一斉に飛び掛った。
数々の赤い残光が放物線を描いてソウ機に到達しようとする時、ソウの気合が暗闇を翔け抜ける。
「甘い!」
アサルトウィングを吹かして高度の跳躍。空中でソウ機と攻性獣が重なろうとする。
攻性獣と接触する間際、ソウ機が盾のような頭部甲殻を踏みつけて、更に高く跳躍していた。
「死ね」
飛んだまま下方への発砲するソウ機。アサルトライフルから降り注ぐ銃弾が攻性獣を貫いた。
甲殻を穿たれ、次々と地面に墜ちる攻性獣たちに、動く気配はない。数瞬後にソウ機が着地。
「逃さん」
間を置かず、ソウ機は駆けた。
人戦機と言う鎧では抑えきれないほどの怒気を放つ姿は、修羅以外に形容しがたかった。オクムラ警備の二人が発した声には、畏怖が籠もっていた。
「嘘だろ……」
「あいつ、何者だよ……」
自分とは別物としか言えない実力に、言葉が出なかった。しかし、ソウの進撃を見てもヨウコの余裕は崩れない。
「あら、随分と頑張るじゃない。噂と全然違うわね」
「オレの何を知っている!」
「あだ名の意味とその理由」
そして、ヨウコが牽制を続けながら、ヒラヒラと後退を進める。それを見て、嫌な予感がうなじに纏わりつく。
(本気でボクたちの撃破を狙ってない? どうして?)
四対一になった今、突出したソウをさっさと撃破して数的優位を確保するのが賢明だ。
だが、ソウへの攻撃はちょっかい程度で、必殺の意図は見えない。まるで、倒しても倒さなくても同じだと言わんばかりだ。
嫌な予感が止まらない。無茶な突撃を続けるソウを止めるべく、音量を上げて叫ぶ。
「待って、ソウ! 何か様子がおかしいよ!」
「……」
「待って!」
何回かの呼びかけの後、ソウが歩みを止める。その瞬間を狙ったようにヨウコのガトリングガンがソウへ降り注いだ。
「ぐっ!」
ソウ機が立ち止まる。直後、怯んだ隙を伺うように攻性獣の突撃が決まった。
「ぐぉ!?」
シドウ一式が大きく吹っ飛ぶ。地面に叩きつけられる刹那にごろりと転がり、すぐに立ち上がり銃撃を加える。
軽業を決めるソウ機だったが、装甲損耗は見るからにひどい。
「ボ、ボクが止めたから……?」
惨状を凝視しながら、知らず知らずのうちに呼吸を荒げる。罪悪感が双肩に圧し掛かった。
「ボ、ボクのせいだ」
胸中を見透かすようにヨウコ機がこちらを向いた。つまり、操縦士もこちらを向いたと言うことだった。
「ダメじゃない。仲間の足を引っ張っちゃ。それって裏切りよね?」
「う、裏切りだなんて……」
「今だけじゃない。さっきからずっと。いつかのような一生懸命さが見えないわ」
「そんな……。そんな、つもりじゃ。ちゃんと考えて……」
自分なりにやってきたつもりだった。
だが、それは自己満足だったのかも知れない。ソウとのバディを組んでから、築き上げてきた自信が崩れ落ちる。
その後ろから、オクムラ警備の二人が追いついてくる。
「追いついた!」
「四対一! 楽勝だ!」
そこで足を止めてしまった事に気づいた。ヨウコの余裕は崩れない。どこまで逃げる気かと思ったが、何の変哲もない場所で動きを止めた。
「少しだけ昔の話をしましょうか。ある武装警備員が居たんだけど、チームメイトにずっと甘えてばかりでね」
唐突な話に戸惑う一同。一方のヨウコは、返事が無くても楽し気に話し続けていた。
「おまけに何かをこじらせたのか逆恨みまでしちゃって、悪質な悪戯をしちゃったのよね。それで、チームは崩壊。本当に迷惑よね? まぁ、そのツケで行方不明になったけど」
誰も理解できなくても構わないとばかりに、ヨウコは無責任に言葉を吐き続ける。
「事故にでもあったのかしら? ふふふ」
余裕に満ちたヨウコの笑いが、不安を刺激する。ふつふつと湧き上がる寒気に震えそうだった。
「そう言えば、レモン君。せっかくアオイさんが止めてくれたんだから、止まればよかったのにね? よっぽど、頭に来たのかしら? 分かりやすいわね。助かったわ」
罠だと悟る。
逃げようとする最中に、ヨウコのカウントダウンが響いた。
「三、二、一、ゼロ」
爆炎が眼を焼き、爆音が耳をつんざき、爆風が森を駆けた。
直後、地面の下から何かが引きちぎれる音がしたかと思うと、あっという間にひび割れが一帯に広がる。
そして、視界が水平を保てなくなった。
「じ、地面が傾く!?」
「崖!?」
よく見れば、森の先には薄暗がりが見えない。つまりは崖の近くであることを示していた。
「ソウ! 逃げなきゃ!」
「くそ! アサルトウィング起動!」
ソウ機の背面が輝く。だが、翼のひび割れから異音が響き、直後に爆発した。
「なに!?」
慌ててソウへ駆け寄る。その間にも地面が次々と崩れ、流れ、落ちていく。それはあまりに速い。数秒後に訪れる危機が見えた。
崖に埋もれた誰かのシドウ一式を思い出す。
「ボクは! いつも間違いを!」
ソウに何を言っても止めるべきだったと気づくが、もはや遅すぎた。アオイたちの機体は土砂に飲み込まれ、消えていった。
アオイが見つめる先には、極限まで凝縮された暴力が映っていた。
黒曜の暗闇に浮かび上がるのは、醜悪な甲殻に身を包んだ半人半馬型攻性獣だった。幻想とはかけ離れた、無機質な赤い三つ目が残光を曳いた。
巨木をつかんだ半人半馬型攻性獣は、上半身を大きく捩じらせて振りかぶった構えを取っている。虫のような甲殻の隙間から覗く黄色を帯びた筋肉が、遠くからでも分かるほど隆起した。
人間に似た肩の攻性獣が振りかぶるような構えを取っている。しかも、攻性獣の筋力と、引きずるほどの長い腕で。
その事実が、頭の中で繋がった。
「ソウ! 伏せて!」
阿吽の呼吸で二機が伏せる。直上を破城槌のような巨木が、大気を無理やり切り裂いて翔け抜けた。
おぞましいほどの風切り音が耳を打ち、嵐のような乱流が機体を揺さぶる。
「ぐぅ!」
「何が!?」
ガタガタと揺れるコックピットに怯えながら、後ろを振り返る。
樹海の枝は音を立てて暴れ、漆黒の葉が渦巻きながら舞っている。放り投げられた巨木は、暗がりの彼方へ既に飛び去っていた。
「もし、当たってたら……!?」
嫌な想像に唾を飲み、身体の震えが止まらなかった。
一方で、ヘッドホンから伝わってきたソウの声はいつもどおりだった。
「何か投げたのか? どうして来ると分かった?」
「形からなんとなく!」
「そうか。凄まじい運動エネルギーだ」
「一発で装甲が持っていかれちゃうよ……」
「だが、見切りやすい。周囲の軽甲蟻を倒し終わったら叩く」
「ヨウコさんを先に……はダメか」
「交戦距離の管理能力が厄介だ。撃破まで時間がかかるな」
ヨウコの位置取りは絶妙だ。装備の射程を見切り、その外から一方的に攻撃する。近づこうとすると、攻性獣が邪魔になる位置へさりげなく移動する。
攻撃をふわりとかわす手管は見事だった。そこまで考えて、ヨウコの妨害が無い事に気づく。
「そう言えばヨウコさんは? 攻撃がないけど」
戦場を見やる。
「あ、あそこ。戦っている?」
ヨウコの乗るシドウ型が、見知らぬ人戦機に向けてガトリング砲を向けていた。強力な火力がこちらを向いていない事に、安堵の息が漏れた。
「こっちに来られたら危なかった」
しかし、ソウが疑問を口にした。
「だが、おかしいぞ」
「どういうこと?」
「味方マーカーがない。つまり敵同士で戦っている」
ヨウコが戦っている相手の位置を見る。イナビシが確保した領域から来たとは思えない。ソウの言うとおり、ヨウコの敵は敵陣営なのだろう。
ならば、おかしい。
「……なんで?」
「不明だ。そもそも所属を示すペイントもない」
「え……? 武装警備員なら義務なんじゃ?」
敵味方を識別するために、社章のペイントが義務化されている。ならば、ヨウコはルール外の存在だ。
「あの人、なんなの……?」
嫌な予感が背中を撫でる。
ぞわりとした感覚に震えると、攻性獣検知の表示が灯った。モニターに映る矢印に従って振り向くと、そこには軽甲蟻の群れが迫っている。
「来るよ!」
「オレが行く! 援護を!」
群れを一身に受けるため、ソウが突撃を敢行する。ある個体は突撃を受け流し、ある個体は真正面から撃破する。
ソウの負担を少しでも減らすため、軽機関銃で迫る群れを一体でも多く削る。だが、激闘の中でも、警戒に気を抜けない。
視界の端にいるヨウコが、敵を倒し終えてこちらを向いた。
「ソウ! ヨウコさんがこっちに来る!」
「場所を変える!」
だが、攻性獣の至近距離にいるソウは思うように退避できない。
「このままだとソウが……」
視界の端に映るソウと自分の機体の損耗率を見比べる。圧倒的に技量の高いソウの方が、装甲の損耗率が高い。
理由は戦い方の差だ。自分は支援だけ。ならば。
「ソウとボクなら、大事なのはソウだ」
覚悟を決めて歩みを止める。ソウの声に疑問が乗った。
「アオイ! 退避は!?」
「それよりもこっちの方が大事!」
ヨウコのガトリングガンがアオイ機を向いた。無数の曳光弾が襲い掛かる。曳光弾の数倍の弾丸も一緒に。
怖かった。
「でも……! ソウが……!」
肩部の大型装甲板を前に出して機体を縮こまらせる。機体を打ち付ける轟音が鼓膜をひっかき、機体が震えながら軋みを上げる。
「ぐ!」
「アオイ!」
「いいから早く!」
曳光弾の奔流が後方へ弾かれている向こう側で、ソウは攻性獣を押し切る。戦闘が小休止した気配を感じ、機体を駆けさせた。凶悪な風切り音が背後を追う。
「ソウ。早く逃げ――」
そこで息を呑んだ。
無数の黄色い肉片と甲殻の欠片が転がる生々しい軌跡。
匂い立つような光景の真ん中に、機械仕掛けの戦士がいた。無機質な人型から溢れる気迫が、吹き抜ける。
自分とは全く違う鉄塊のような精神。その迫力に思わず呼吸を忘れた。
「いくぞ、アオイ」
だが、次に聞こえた声はどこまでも平静だった。その対比がむしろ恐ろしい。
「う、うん」
我に返り、木立を駆ける。ヨウコとの間にある小高い丘に回り込むと、背後を追ってきた風切り音が消えた。
稜線の向こうにヨウコ機が隠れたことを確認すると、ソウ機が攻性獣への反撃を強める。
一体、また一体と軽甲蟻を倒していく。とうとう群れが全滅した。それを見て、ソウが構えを解く。
「よし。倒し――」
「突進が来る!」
半人半馬型攻性獣が再度突撃を敢行しようとしていた。醜悪な甲殻に包まれた腕を振り回し大地を駆ける。かき回された空気が悲鳴に似た唸りを上げた。
凶悪な速度と範囲は、回避の可能性を塗り潰す。一目で分かる窮地だった。
「避けられない!?」
前に構えたソウ機が、ちらりとこちらを振り返る。
「なら、出迎える」
それだけつぶやいて、ソウ機はアサルトウィングの出力を上げ、新型へ駆けた。
見る間に近づく二体の巨影。
激突の前の刹那、ソウ機がそっと上体を後ろに反らした。
「ソウ!?」
そして、ケンタウロス型の足の隙間と言う極小の安全地帯へ機体を滑り込ませた。
「今!」
攻性獣の下を潜り抜け、通り過ぎる刹那に銃撃を叩き込む。半人半馬型攻性獣はそのまま走り抜け、歩みを止め、アオイ機の前で崩れ落ちた。ビクビクと痙攣する巨体から、黄色い血が滴り落ちて広がる。
眼前に映る神業に、思わず呟いた。
「す、すごい……」
同時に、ヨウコの浮かれた声が森に響く。
「すごい! すごいわ!」
驚きと共に、ヨウコの声の方を振り向く。
「その操縦技術。あなた、レモン君ね? 久しぶり」
聞き慣れない呼び名。ヨウコが誰に向かって声をかけているのか分からなかった。だが、直後に響くソウの慟哭。
「その名で! オレを呼ぶな!」
ヨウコが誰を呼んだか理解したと同時に、弾丸のようにソウ機が駆けだした。対するヨウコは余裕の調子で後退を始めた。
「やっぱりレモン君だったのね」
「待て!」
「待つ訳ないでしょ。こっちよ」
ヒラヒラと誘うように森の奥へ消えていくヨウコの機体。慌てて後を追いかけるが、ソウの全力疾走に、見る間に距離が離されていく。
「ソウ! 待って! 連携とか!」
突出したソウへ向かい、ヨウコのグレネードが降り注ぐ。爆ぜ狂う衝撃が、次々とソウ機を襲う。
「ぐう!」
見る間に、ソウ機の装甲が削られていった。ヨウコの声に笑いが交じる。
「あら、もうやられちゃうの? それだと手間が省けてうれしいけど」
ヨウコ機が追加のグレネードを発射した。
「まだだ!」
ソウ機は爆発に巻き込まれながらも、横跳びに回避する。
ソウ機が数秒前に居た位置に、追加のグレネード弾が降り注いだ。爆発と共に地面が根こそぎ吹き飛ぶ。
「ソウ! やっと追いついた!」
二人の戦闘箇所へ到着する。リアビューにオクムラ警備の二機も映っていた。これで四対一と、再び有利になった。だがヨウコの呟きに、余裕が響く。
「これならどうかしら」
再びレドームがヨウコ機から屹立すると、攻性獣の群れが突出していたソウ機に襲いかかる。
「あの数は!? ソウ! 援護するよ!」
青く輝く弾道予測線を、暗闇の奥に光る敵性存在表示へ向けようとする。
しかし、照準を合わせきる前に、ソウ機を取り囲んだ攻性獣が、一斉に飛び掛った。
数々の赤い残光が放物線を描いてソウ機に到達しようとする時、ソウの気合が暗闇を翔け抜ける。
「甘い!」
アサルトウィングを吹かして高度の跳躍。空中でソウ機と攻性獣が重なろうとする。
攻性獣と接触する間際、ソウ機が盾のような頭部甲殻を踏みつけて、更に高く跳躍していた。
「死ね」
飛んだまま下方への発砲するソウ機。アサルトライフルから降り注ぐ銃弾が攻性獣を貫いた。
甲殻を穿たれ、次々と地面に墜ちる攻性獣たちに、動く気配はない。数瞬後にソウ機が着地。
「逃さん」
間を置かず、ソウ機は駆けた。
人戦機と言う鎧では抑えきれないほどの怒気を放つ姿は、修羅以外に形容しがたかった。オクムラ警備の二人が発した声には、畏怖が籠もっていた。
「嘘だろ……」
「あいつ、何者だよ……」
自分とは別物としか言えない実力に、言葉が出なかった。しかし、ソウの進撃を見てもヨウコの余裕は崩れない。
「あら、随分と頑張るじゃない。噂と全然違うわね」
「オレの何を知っている!」
「あだ名の意味とその理由」
そして、ヨウコが牽制を続けながら、ヒラヒラと後退を進める。それを見て、嫌な予感がうなじに纏わりつく。
(本気でボクたちの撃破を狙ってない? どうして?)
四対一になった今、突出したソウをさっさと撃破して数的優位を確保するのが賢明だ。
だが、ソウへの攻撃はちょっかい程度で、必殺の意図は見えない。まるで、倒しても倒さなくても同じだと言わんばかりだ。
嫌な予感が止まらない。無茶な突撃を続けるソウを止めるべく、音量を上げて叫ぶ。
「待って、ソウ! 何か様子がおかしいよ!」
「……」
「待って!」
何回かの呼びかけの後、ソウが歩みを止める。その瞬間を狙ったようにヨウコのガトリングガンがソウへ降り注いだ。
「ぐっ!」
ソウ機が立ち止まる。直後、怯んだ隙を伺うように攻性獣の突撃が決まった。
「ぐぉ!?」
シドウ一式が大きく吹っ飛ぶ。地面に叩きつけられる刹那にごろりと転がり、すぐに立ち上がり銃撃を加える。
軽業を決めるソウ機だったが、装甲損耗は見るからにひどい。
「ボ、ボクが止めたから……?」
惨状を凝視しながら、知らず知らずのうちに呼吸を荒げる。罪悪感が双肩に圧し掛かった。
「ボ、ボクのせいだ」
胸中を見透かすようにヨウコ機がこちらを向いた。つまり、操縦士もこちらを向いたと言うことだった。
「ダメじゃない。仲間の足を引っ張っちゃ。それって裏切りよね?」
「う、裏切りだなんて……」
「今だけじゃない。さっきからずっと。いつかのような一生懸命さが見えないわ」
「そんな……。そんな、つもりじゃ。ちゃんと考えて……」
自分なりにやってきたつもりだった。
だが、それは自己満足だったのかも知れない。ソウとのバディを組んでから、築き上げてきた自信が崩れ落ちる。
その後ろから、オクムラ警備の二人が追いついてくる。
「追いついた!」
「四対一! 楽勝だ!」
そこで足を止めてしまった事に気づいた。ヨウコの余裕は崩れない。どこまで逃げる気かと思ったが、何の変哲もない場所で動きを止めた。
「少しだけ昔の話をしましょうか。ある武装警備員が居たんだけど、チームメイトにずっと甘えてばかりでね」
唐突な話に戸惑う一同。一方のヨウコは、返事が無くても楽し気に話し続けていた。
「おまけに何かをこじらせたのか逆恨みまでしちゃって、悪質な悪戯をしちゃったのよね。それで、チームは崩壊。本当に迷惑よね? まぁ、そのツケで行方不明になったけど」
誰も理解できなくても構わないとばかりに、ヨウコは無責任に言葉を吐き続ける。
「事故にでもあったのかしら? ふふふ」
余裕に満ちたヨウコの笑いが、不安を刺激する。ふつふつと湧き上がる寒気に震えそうだった。
「そう言えば、レモン君。せっかくアオイさんが止めてくれたんだから、止まればよかったのにね? よっぽど、頭に来たのかしら? 分かりやすいわね。助かったわ」
罠だと悟る。
逃げようとする最中に、ヨウコのカウントダウンが響いた。
「三、二、一、ゼロ」
爆炎が眼を焼き、爆音が耳をつんざき、爆風が森を駆けた。
直後、地面の下から何かが引きちぎれる音がしたかと思うと、あっという間にひび割れが一帯に広がる。
そして、視界が水平を保てなくなった。
「じ、地面が傾く!?」
「崖!?」
よく見れば、森の先には薄暗がりが見えない。つまりは崖の近くであることを示していた。
「ソウ! 逃げなきゃ!」
「くそ! アサルトウィング起動!」
ソウ機の背面が輝く。だが、翼のひび割れから異音が響き、直後に爆発した。
「なに!?」
慌ててソウへ駆け寄る。その間にも地面が次々と崩れ、流れ、落ちていく。それはあまりに速い。数秒後に訪れる危機が見えた。
崖に埋もれた誰かのシドウ一式を思い出す。
「ボクは! いつも間違いを!」
ソウに何を言っても止めるべきだったと気づくが、もはや遅すぎた。アオイたちの機体は土砂に飲み込まれ、消えていった。