残酷な描写あり
第15話 オレはヒーローだっ!!
3人揃って敵が潜伏する廃墟へ乗り込んだ。
ふと、不自然にカラコロ鳴り続ける音に気づく。手を挙げて2人の移動を制した。
「おおっ、軍人みてぇ」
「黙って止まれっつってんだよ」
「ハイっ」
踊り場で立ち止まり、聞き耳をたてると、それは確かに階段上からずっと鳴り続けていた。何かが落ちて鳴っているのではなく、何かが移動して連続する音。改めて真秀呂場の方へ振り返る。
「切り込み隊長だ、真秀呂場。百倍の速度になって様子を見てくれ」
「おっ、まさにうってつけじゃねぇの!」
「何かの痕跡を見つけたら、それは罠。触らずに報告に戻って。そしてリンカーを見つけたその時は、容赦なくブッ飛ばす!」
「アイ、アイ、サーッ!!」
威勢よく返事をした真秀呂場が姿を消す。リンカー能力の時間減速──僕らから見たら高速移動に見える──を発動したのだ。
Sirって男の上官相手に使う名詞なんだけどなぁ……。いやっ! そんな事多分、真秀呂場は知らない! あとで教えてやるか! 多分、女先生とかに平気で言いそう!
パパンッ!!
「ぎゃっ!?」
火薬の音!? 罠か!?
「我妻!」
「ぎえっ!? どっ……どうだった?」
時間減速によって周りの時間を遅くしている真秀呂場は、想像以上の速さで事が済む。爆竹が弾けたような複数の破裂音と同時に、突然現れた真秀呂場に驚きつつ尋ねると、彼が浮かべる微妙な表情に首を傾げた。
「リンカーを倒した」
「えぃっ!?」
「なんか、いっぱいのリンカーだった」
「は?」
真秀呂場が摘んだ指を見せる。そこにあったのは、黒い球体。手のようなものがついた珍妙な物体だった。
「……はいぃ?」
『『『『Booby!!』』』』
耳に甲高い声が響く。驚いている内に異変が起きていた。暗闇に浮かぶ、黒い球体の群れ。その中に一つ、それらとは異なる野球ボールほどのサイズの物体が転がっていた。僕は瞬時にそれらを理解した!
リンカーの群体……!? それにあの転がる物は!
「伏せろっ!!」
ヒカリを抱え、自分の背丈を頭一つ越えた真秀呂場の頭を思いっきり鷲掴みにして地に伏せる! 後方で弾ける炸裂音が耳を劈いた。その正体を叫ぶ!
「手榴弾だっ!! けどおかしい、リンカー能力との関係が見えてきた!」
「話が見えてこないわ、どういう事?」
「あっ、えと、さっきの手りゅ──!」
ヒカリへの説明を中断したのは、階段上から闇を割いてこちらへ近づく人影が見えたから。僅かな視界からそれを感知し、指差して呪文の名を唱える。
「ニンヒトっ!!」
闇を光が満たす。灯り代わりにもなった『ニンヒト』が、敵の身に叩きつけられてその正体を明かした。銀髪褐色、僕よりも一回り幼いその少女の姿を。
この子──!?
一瞬の動揺。刹那のうちに思考が切り替わった。少女が手にしていた獲物に顔をしかめる。
ナイフだ。今朝のジャンパーは脱いでるのか? パッと装備を見ただけでもあまりに軽装備すぎる、銃じゃないというか、能力バトルでマトモに近距離武器を持って突撃してくる事あるか……? リンカーのビジョンすら確認できないままに!?
「どりゃああぁぁぁぁッ!!」
「ニンヒト──!?」
真秀呂場のラッシュの横で『ニンヒト』を唱えて共に迎撃した中、その一瞬の出来事に、確かな違和感を覚えた。
「ここで避けるなんて、すばしっこいおチビちゃんね」
なんだ今の動き方は……!? 『ニンヒト』はそこまで速い光弾じゃないけど、少なくとも階段踊り場という狭い場所へ下る敵を相手に避けられるほどヤワじゃない筈!
ヒカリが言うように、確かにあの子は咄嗟に後退し、壁の陰に隠れて避けた。そのタイミングが僕には不思議でしょうがない!
そして能力を発動しなくとも、真秀呂場の『フラッシュマン』は相当の速さでの攻撃を可能とする装着タイプのリンカーだと僕は考えていた。それをかわされた……というより、あの子は階段を駆け下りる前に分かっててバックしたような……!
「こ……子どもだと!? こんな小さい女の子が、オレらの敵だと!?」
「落ち着け真秀呂場っ! 敵は2人いるかもしれないと僕は言った! その子は銃を持ってない、囮だっ!」
「ウチの妹を囮とは、そうそう聞かない物言いをしてくれるじゃないか」
この落ち着いてるクセに妙にズレた事を言う声──!
心臓が跳ねた。階段下から聞こえたその声の元へ振り向く前に、3つ銃声が耳を劈く。
自分に痛みが奔らなかった。ハっとして真秀呂場を見ると、彼の右腿から二点、弾痕が穿たれ膝をついていた。
「真秀呂場っ!」
「……っ、大っ丈夫だぜ! 肩を撃たれた経験が活きたのかもな、へへっ!」
「いいか、囮じゃない。先鋒というんだ、そういうのは。ふぅ、けどまさか、本当に我妻 タマキさんだったとはな」
セミロングのブロンドヘアーに前髪が赤みがかったその女性は、記憶によぉく刻みつけられていた。美しくクールなイメージにそぐわぬ点は、曲がりくねって凶暴なアサルトライフルを少年少女に向けているところか。レーザーサイトの赤い光が、僕の腹部を突き、動きを止める。
「ルビィ・ニンフェアさん……! 変なコンビに注意って言ってたけど、コイツらがっ!」
「朝のダル絡みねーちゃんかよ!? あんたが相手と知ってりゃ、リンカーにももうちっと気の利いたお世辞言ってたのによ!」
「君のようなうるさい男の世辞なんていらないな。悪いけど目的を果たさせてもらう」
階段に足を乗せ、ジリジリと迫るルビィさん。上の階ではティナが構える。下では銃を向けられ、上では攻撃が来る前に避ける謎を持つ少女。挟み撃ちだ。そもそも真秀呂場がまともに動けるかどうか──逃げる事が叶わないのだ。
だが、今の僕の思考は『逃げる』かどうかではなかった。『分析』──その起点となる『疑問』であった。
P90か……? 人体構造の分析から反動を極限まで減らしたとかいう、あの特徴的な形は間違いない。だけど正直持ち運びには不便じゃないのか? 日本で分解した状態でも何かに入れられるとは……というか、この人らは今朝会った時にそんなに荷物があったか? ファミレスの時も、今も……。
「なるほど……やっぱりそういう事だ、分かったぞ」
その言葉にルビィさんは足を止める。興味深そうなリアクションであった。
「何がだ?」
「この廃ビルには既に、大量のトラップが仕掛けられているんですね? まんまと誘い込まれた訳だ。貴女のリンカー能力で、武器を作った上でね」
「リンカー能力で? ふむ、リンカーがバレてたのは分かる。いつの間にか、つまりそっちの真秀呂場少年の『時間減速』中にまんまと潰されたからね」
その割にはピンピンしてる……ダメージが無いのか?
「だが武器を作る? コラコラ、ライフルやトラップというのは結構複雑なものなんだぞ。正直、仕組みも分からず使ってるものばかりだ」
「カンタンなブービートラップならどうですかね。さっきの爆竹の音や手榴弾は誤魔化しようがない」
「……ほほう」
「それにそう言う癖して、軽装なのに対して荷物がちょっと多すぎるんじゃないですか? そのコート、何か入れてるとしたらその分の重量が発生してコートも弛む筈。それが見られない。だから現地調達──つまり『作る』能力だと考えた。この弾頭モドキがいい証拠さ」
先に拾った、あの鮮血を帯びた弾頭のような石を見せつける。
その捲し立てて並べられた推理に、ルビィは思わず頬を綻ばせ舌を巻いていた。
「……その洞察力、観察力。そしてそこから導く憶測、推理。君、ホントに一流シェフかい?」
「そもそもシェフじゃない。タダの女子高生だ」
「なあ我妻! ……さっきからミリオタねーちゃんと何盛り上がってんだ?」
ここまで長話をした。真秀呂場も飽きてきたのをちょうど良しとばかりに得意げに口角を上げ、ルビィさんへ告げる。
「一つ、貴女の欠点を挙げさせて頂くと。めちゃくちゃお喋りだ。こんなまんまと乗るか? って感じ。それと僕はあんまり人と話すのは好きじゃないんだ」
「……ははっ! 私と楽しくお喋りしてくれたのに、何を──」
真秀呂場、もう休憩は十分でしょ? 脚が痛むだろうけど、頼んだよ!
「百倍、防御」
耳元で囁く。
最初に動いたのはティナだった。階段を飛ぶように、しかし確実に踏み込めるように段差に足を掛けて駆け下りる。
真秀呂場はピンときて目を見開き、即座に構えた。それとほぼ同時であった、銃声が再び唸りを挙げたのは。
「『ロード・オブ・ザ・スピード』!」
「ニンヒト」
その中でもあくまで冷静に。普段の挙動不審は完全に鳴りを潜めていた。
ヒカリへ目配せで合図を送り、『ニンヒト』の光線が暗闇の踊り場を裂く。2本、3本。それらの束が銃弾と交差し、ルビィさんの横の壁を砕いて頬を掠める。
「「っ!?」」
ニンフェア義姉妹は2人揃って驚きを隠せぬ表情であった。
対して銃弾は真っ直ぐに僕らを捉えていた筈が、その尽くがあらぬ方向へ飛び散り壁を撃つ。
そこへ飛びかかっていた筈のティナも、いつの間にか階段の上へ戻っていた、というより、驚いているその様子から戻されていたのだろう。
「小粋なジョークだぜ、お嬢ちゃん」
「真秀呂場! 全速力で──!」
「『ロード・オブ・ザ・スピード』っ!」
「逃げる」
僕達はワープするように義姉妹の前から姿を消した。1階出口へ通ずる道のトラップが同時に始動するのと共に。
次に僕の目に映った光景は雨の中だった。出入り口付近だ。言った通り外へ出たのだ。
「よし、いいぞ真秀呂場! いい位置で能力を切った!」
「切ったんじゃねぇ、スマン! さっきは接近戦っつってたのに、うっかり出ちまったと思ってさ!」
「だから良いんだ! ニンヒト!」
ヒカリは即座に振り返り、注射針を入れるかのような正確な動きで出入り口に指を向け、光線を連射する!
「当たってないわ」
「問題ない、牽制だ! 敵は咄嗟に物陰に隠れるしかない、ニンフェア義姉妹の位置を固定できる! 真秀呂場、後ろは任せた! ちっちゃい子の方が上から出てくるかもしれない!」
「お、おう!」
「ティナの方の能力も分かってきたぞ……。多分『未来視』だ」
「いっ!? 『未来視』ィ!? 攻撃全部かわしたのもそーゆー事かよ、チート能力!」
「全然だ、不完全な『未来視』だ。全部が見えるのなら僕らがこうして外へ出るのも分かっていた筈。真秀呂場に階段上に戻される事も。だから見れるとしても5秒ぐらい、それも常に見れてる訳じゃないんだろう!」
それを聞いた真秀呂場が感心して頷く。上へ注意を向けながら、僕に話しかけるのだ。
「お前ってさ、ケッコーおもしれー知識仕入れてくんじゃん!?」
「大したことないよ!」
「その大したことないと思ってる事で、オレが大いに助かってる! あのミリオタねーちゃんたちに勝てるんだ!」
「あっ……えと、ありがと……」
「集中しろっ!」
「理不尽!」
「私が集中してるわ」
「ありがとよ、ヒカリちゃん! んで、お前はもっと胸張って良いんだぜって、オレは言いたいんだ!」
「セクハラ……じゃないよね?」
「ああ、セクハラじゃない! もっとオレにお前の世界を教えて欲しいんだ! オレはバカだからさ、バカ騒ぎして、なんも考えずブラブラして、そーゆー事で楽しんでたんだよ! けどお前の豆知識聞いて思ったぜ! なんか色々聞いて、スゲェ面白いって思って! あぁ~、まとまんねぇなぁ! オレの知らない世界を知ってて、スゲェ面白いって思ったんだって!」
「…………そう。2回も言うなって」
なんだよ、それ。陽キャが陰キャに憧れ抱いちゃってるの? そんな訳がない。僕の方が憧れてるに決まってる。僕は変わりたいんだ。何者かになりたいんだ。僕の陽キャに対する偏見の正体は『嫉妬』だったんだ、そうなのかもしれない。……僕までまとまらなくなってきた。
「僕は……ボソボソ言ってるだけだよ。クラスの端っこにいることすら出来ない取るに足らないヤツだよ。話を聞いてて楽しいの?」
真秀呂場は鼻でフフンと笑い、ただ一言告げた。
「ああ、だからなれよ。オレの友達にさ!」
心が澄んでいく。優しい雨に打たれ、心まで洗われていくかのようだった。
そうだ、友達に──。
──ダンッダンッ!!
それを口に出そうとした、その時だった。銃声が雨中を遮り、弾丸が目の前を横切る。
「来たぞ上にぃっ!!」
真秀呂場が叫んだ。ティナが落ちてくるなりして仕掛けたのだろう、このまま闇の中を凝視する。
「ニンヒト! こっちは任せろ! 牽制して……っ!?」
突然だった。
左腕と腿が熱くなり、膝をついて痙攣する。体感した事のない感覚。見ると左手のひらと、ニーソごと腿にポッカリと穴が空き、血が溢れていたのだ。
──撃たれた。一瞬にして、胸の内から震えが込み上げ喉が潰れそうになる。
「ひっ……!?」
「タマキ!」
「我妻!?」
角度がおかしい……! 発射地点が壁側だぞ!? それにいつ移動した、夜露の闇だって完全な深淵じゃ……!
「あっ……」
ニンヒトの光で捉えたのは、黒い球体の群れだった。床を、壁を、コロコロと粗末な音が這っていた。ルビィさんがいた筈の階段下にも。
『Trap』『Trap』
『Traaaaaap!!』
深淵を覗くと、壁に埋め込まれた黒いハンドガンが、闇に溶け込んで僕達を睨んでいた。
「──っ!? 上から……ミリオタねーちゃんも来ただとッ!?」
トラップだったんだ。とっくに仕掛けられていた。ルビィさんのリンカーは『作る』能力。その場にある物質を素材として『造り変える』んだ。壁を造り変えて容易く移動し、ハンドガンを設置し、人の手もなしに撃った。それが出来る。あの複数のリンカーを自在に操って。……盲点だった!
「僕のせいだっ!! ニンヒトォ!!」
振り返る。上へ体を向けてヒカリにニンヒトを5本も放たせる。ルビィさんとティナが落ちてきていた。放たれた光線は真っ直ぐに、しかし義姉妹の前に生成された簡素な石壁に防がれた。周囲には『アイアンメイデン』群体が惜しげも無く浮遊し、リンカー能力をいつでも発動できる態勢にあった。これじゃダメだ。
ティナに至っては落ちながら体を傾け、2本を簡単に避けてしまっていた。ダメだ。
ティナが分かりきっているように、淡々と告げる。
「光は真っ直ぐ。向きさえ分かれば避けられる」
「死にたくない死なせたくない死にたくないっ!!」
「タマキっ!」「我妻っ!」
「「冷静に……!」」
ドジュッ。
透明な雨に赤いものが混じって降り注ぐ。顔に熱く赤い液体が塗りたくられる。落ちてきたティナに真秀呂場の右腕が切りつけられたんだ。
噴き出した……血……!
「うわあぁぁぁぁぁっ!!! ニンヒトニンヒトニンヒトォ!!」
ニンフェア義姉妹は生成したマットに着地してる、とっくに距離を取ってる。ティナが合図するまでもなく、廃ビルからバキリと生えてきた壁がバラバラの光を遮る。銃声と共に、壁の下から跳弾する弾丸が襲いかかってる。
死にたくない、死なせたくない、もう誰にも死んで欲しくない……!
*
連続使用、どこまでいけるか──。真秀呂場はそんな刹那の迷いを振り切り、能力の名を叫んだ。
「『ロード・オブ・ザ・スピード』っ!!」
真秀呂場の視界が減速し、横切るニンヒトの残照がハッキリと見える。空気を纏ってこちらへ向かう弾丸をともかく弾き、即座に駆け出そうと踏み込む。
「ぐぅぅ……! 邪魔な壁だなクソッタレ! 殴りゃあいい、ともかくダウンさせるんだ! もう今しかチャンスはねぇ!!」
脚に刻まれた二点の弾痕から、腕を深く抉った挫創から、その傷穴からどれほどの血を噴き出そうとも、彼は歯を食いしばって、ゆっくりと落ちていく雨粒をその身で遮り、ニンフェア義姉妹へ向かう。
「ちっちゃい子は心が痛むけどよぉ、いや美人のねーちゃんでも痛むけどよぉ! 何よりオレの友達傷つけたヤツぁ許せねぇ!! それに勝つんだろ、そうだろだからビビった顔すんな、がさ──!?」
真秀呂場の心臓が飛び跳ねる。必死で、雨と涙でグチャグチャな顔のタマキ。その彼女の前にはヒカリが、三等身の小さな体で指を構え守っていた。
そして──彼女達の背後に、白い異質な影が迫っていたのだ。
「な……なんだとぉぉぉッ!!」
包帯が顔を覆い、口元と右目を覗かせ包帯のスキマからボサボサの髪が一部分飛び出した出で立ち。右目はギョロッとし、瞳はレンズが外れてるように真っ白だ。細くて筋の浮き出た白い肉体は、入院患者のようでいて、囚人のような、それらを模しているものと思わせ、胸には真反対の色をした黒い穴が、吸い込まれそうなほどにポッカリと空いていた。ヒトの形を成していながら、ヒトならざるもの。
「リンカーだ……そうだリンカーだ! ミリオタねーちゃんやお嬢ちゃんのものじゃない、第3のリンカー! そうとしか考えらんねぇ!」
何より不気味たらしめていたのは、リンカーの状態だ。上半身だけが飛び出し、白く、この暗い世界から浮いていた。それも文字通り宙に浮いていたのだ。穴だ。異空間から、いいや何処と繋がっているか検討つかない穴から上半身を出し、タマキの背後に現れているのだ。
今の真秀呂場は、世界を百分の一に減速させている。その速さで謎のリンカーが取っている行動は、タマキへその手を徐々に向けている事。元のスピードなら、相当の速さでタマキに魔の手を伸ばしているのだ。
「どっから出てきてんだ……!? なんで我妻に襲いかかってる!? 我妻はたまたま巻き込まれたんだぞ、狙ってるわきゃねぇ! オレか……いや考えたくねぇが、ずっと我妻を付け狙ってたのか!? ……なんでだよ!?」
真秀呂場は迷っていた。このまま敵の女を倒せば勝機はある。それは我妻を見捨て、新しいリンカーの好きにさせる行為だ。だったら新しいリンカーを倒すか? そしたら敵の女とちっちゃい子はどうする?
今の自分のボロボロ具合じゃ、どっちかしか選べない。感覚からタイムリミットが分かっていた。
減速した世界で、引き伸ばされた銃声が鳴り渡る。
自分の取るべき行動も、運命も、全部。彼は理解していた。
──どんな状況だろーが、命を捨てて勝利できようが──!
「オレはヒーローだっ!! ダチを見捨てるワケねぇだろうがっ!!」
足を踏み込み、軋むような痛みを堪え。彼は友達を選んだ。傷のない左脚で飛び上がり、全身をひねってせめてものパワーで、新たな敵の顔面を殴り抜ける。真秀呂場の拳を離れた敵は、スローカメラで撮ったボクサーのようにゆっくりと顔を歪ませ穴から吹っ飛んでいく。
真秀呂場の身が地に落ち泥をまき散らす。泥がゆっくり飛び跳ね、その中で彼は早く、早くと腕を支えに立ち上がる。
「3秒……! 備えろ、友達を守って──!」
*
目の前に、いつの間にか『フラッシュマン』が立っていた。
「うおりゃああああぁぁぁッ!!」
血を滲ませ、空を殴りつけるかのように腕を振っていて、キンキンッ、と金属音がした。弾丸を弾いているのだ。その胸に1発、受けながら。
「ぐふっ……!」
壁がパラパラと崩れ、その向こうではニンフェア義姉妹が構えていた。だが、彼女らは行動を取らなかった。取る前から、終わっていた。
──フォン、グシャアッ
空を裂いて、生々しい破裂音がした。思考は追いついていなかった。それほど、一瞬の出来事。
「…………え」
口から動揺が漏れた。『フラッシュマン』の腹を、白い拳が貫いていた。それが『フラッシュマン』から引き抜かれると、ヒーローはそのまま後ろ向きに、受け身も取らずに倒れる。アーマーが、音もなく崩れていく。
「真秀……呂場……?」
真秀呂場の目が、合う。少年は口角を震わせて、笑みを浮かべようとしていた。
「へへっ……。カッコわりぃなぁ……オレ。けど、お前が……無事で…………良か、っ………………」
真秀呂場の目から、光が消える。
「あっ……あぁぁっ……っ!!」
嗚咽を漏らし、僕は嘔吐した。
ふと、不自然にカラコロ鳴り続ける音に気づく。手を挙げて2人の移動を制した。
「おおっ、軍人みてぇ」
「黙って止まれっつってんだよ」
「ハイっ」
踊り場で立ち止まり、聞き耳をたてると、それは確かに階段上からずっと鳴り続けていた。何かが落ちて鳴っているのではなく、何かが移動して連続する音。改めて真秀呂場の方へ振り返る。
「切り込み隊長だ、真秀呂場。百倍の速度になって様子を見てくれ」
「おっ、まさにうってつけじゃねぇの!」
「何かの痕跡を見つけたら、それは罠。触らずに報告に戻って。そしてリンカーを見つけたその時は、容赦なくブッ飛ばす!」
「アイ、アイ、サーッ!!」
威勢よく返事をした真秀呂場が姿を消す。リンカー能力の時間減速──僕らから見たら高速移動に見える──を発動したのだ。
Sirって男の上官相手に使う名詞なんだけどなぁ……。いやっ! そんな事多分、真秀呂場は知らない! あとで教えてやるか! 多分、女先生とかに平気で言いそう!
パパンッ!!
「ぎゃっ!?」
火薬の音!? 罠か!?
「我妻!」
「ぎえっ!? どっ……どうだった?」
時間減速によって周りの時間を遅くしている真秀呂場は、想像以上の速さで事が済む。爆竹が弾けたような複数の破裂音と同時に、突然現れた真秀呂場に驚きつつ尋ねると、彼が浮かべる微妙な表情に首を傾げた。
「リンカーを倒した」
「えぃっ!?」
「なんか、いっぱいのリンカーだった」
「は?」
真秀呂場が摘んだ指を見せる。そこにあったのは、黒い球体。手のようなものがついた珍妙な物体だった。
「……はいぃ?」
『『『『Booby!!』』』』
耳に甲高い声が響く。驚いている内に異変が起きていた。暗闇に浮かぶ、黒い球体の群れ。その中に一つ、それらとは異なる野球ボールほどのサイズの物体が転がっていた。僕は瞬時にそれらを理解した!
リンカーの群体……!? それにあの転がる物は!
「伏せろっ!!」
ヒカリを抱え、自分の背丈を頭一つ越えた真秀呂場の頭を思いっきり鷲掴みにして地に伏せる! 後方で弾ける炸裂音が耳を劈いた。その正体を叫ぶ!
「手榴弾だっ!! けどおかしい、リンカー能力との関係が見えてきた!」
「話が見えてこないわ、どういう事?」
「あっ、えと、さっきの手りゅ──!」
ヒカリへの説明を中断したのは、階段上から闇を割いてこちらへ近づく人影が見えたから。僅かな視界からそれを感知し、指差して呪文の名を唱える。
「ニンヒトっ!!」
闇を光が満たす。灯り代わりにもなった『ニンヒト』が、敵の身に叩きつけられてその正体を明かした。銀髪褐色、僕よりも一回り幼いその少女の姿を。
この子──!?
一瞬の動揺。刹那のうちに思考が切り替わった。少女が手にしていた獲物に顔をしかめる。
ナイフだ。今朝のジャンパーは脱いでるのか? パッと装備を見ただけでもあまりに軽装備すぎる、銃じゃないというか、能力バトルでマトモに近距離武器を持って突撃してくる事あるか……? リンカーのビジョンすら確認できないままに!?
「どりゃああぁぁぁぁッ!!」
「ニンヒト──!?」
真秀呂場のラッシュの横で『ニンヒト』を唱えて共に迎撃した中、その一瞬の出来事に、確かな違和感を覚えた。
「ここで避けるなんて、すばしっこいおチビちゃんね」
なんだ今の動き方は……!? 『ニンヒト』はそこまで速い光弾じゃないけど、少なくとも階段踊り場という狭い場所へ下る敵を相手に避けられるほどヤワじゃない筈!
ヒカリが言うように、確かにあの子は咄嗟に後退し、壁の陰に隠れて避けた。そのタイミングが僕には不思議でしょうがない!
そして能力を発動しなくとも、真秀呂場の『フラッシュマン』は相当の速さでの攻撃を可能とする装着タイプのリンカーだと僕は考えていた。それをかわされた……というより、あの子は階段を駆け下りる前に分かっててバックしたような……!
「こ……子どもだと!? こんな小さい女の子が、オレらの敵だと!?」
「落ち着け真秀呂場っ! 敵は2人いるかもしれないと僕は言った! その子は銃を持ってない、囮だっ!」
「ウチの妹を囮とは、そうそう聞かない物言いをしてくれるじゃないか」
この落ち着いてるクセに妙にズレた事を言う声──!
心臓が跳ねた。階段下から聞こえたその声の元へ振り向く前に、3つ銃声が耳を劈く。
自分に痛みが奔らなかった。ハっとして真秀呂場を見ると、彼の右腿から二点、弾痕が穿たれ膝をついていた。
「真秀呂場っ!」
「……っ、大っ丈夫だぜ! 肩を撃たれた経験が活きたのかもな、へへっ!」
「いいか、囮じゃない。先鋒というんだ、そういうのは。ふぅ、けどまさか、本当に我妻 タマキさんだったとはな」
セミロングのブロンドヘアーに前髪が赤みがかったその女性は、記憶によぉく刻みつけられていた。美しくクールなイメージにそぐわぬ点は、曲がりくねって凶暴なアサルトライフルを少年少女に向けているところか。レーザーサイトの赤い光が、僕の腹部を突き、動きを止める。
「ルビィ・ニンフェアさん……! 変なコンビに注意って言ってたけど、コイツらがっ!」
「朝のダル絡みねーちゃんかよ!? あんたが相手と知ってりゃ、リンカーにももうちっと気の利いたお世辞言ってたのによ!」
「君のようなうるさい男の世辞なんていらないな。悪いけど目的を果たさせてもらう」
階段に足を乗せ、ジリジリと迫るルビィさん。上の階ではティナが構える。下では銃を向けられ、上では攻撃が来る前に避ける謎を持つ少女。挟み撃ちだ。そもそも真秀呂場がまともに動けるかどうか──逃げる事が叶わないのだ。
だが、今の僕の思考は『逃げる』かどうかではなかった。『分析』──その起点となる『疑問』であった。
P90か……? 人体構造の分析から反動を極限まで減らしたとかいう、あの特徴的な形は間違いない。だけど正直持ち運びには不便じゃないのか? 日本で分解した状態でも何かに入れられるとは……というか、この人らは今朝会った時にそんなに荷物があったか? ファミレスの時も、今も……。
「なるほど……やっぱりそういう事だ、分かったぞ」
その言葉にルビィさんは足を止める。興味深そうなリアクションであった。
「何がだ?」
「この廃ビルには既に、大量のトラップが仕掛けられているんですね? まんまと誘い込まれた訳だ。貴女のリンカー能力で、武器を作った上でね」
「リンカー能力で? ふむ、リンカーがバレてたのは分かる。いつの間にか、つまりそっちの真秀呂場少年の『時間減速』中にまんまと潰されたからね」
その割にはピンピンしてる……ダメージが無いのか?
「だが武器を作る? コラコラ、ライフルやトラップというのは結構複雑なものなんだぞ。正直、仕組みも分からず使ってるものばかりだ」
「カンタンなブービートラップならどうですかね。さっきの爆竹の音や手榴弾は誤魔化しようがない」
「……ほほう」
「それにそう言う癖して、軽装なのに対して荷物がちょっと多すぎるんじゃないですか? そのコート、何か入れてるとしたらその分の重量が発生してコートも弛む筈。それが見られない。だから現地調達──つまり『作る』能力だと考えた。この弾頭モドキがいい証拠さ」
先に拾った、あの鮮血を帯びた弾頭のような石を見せつける。
その捲し立てて並べられた推理に、ルビィは思わず頬を綻ばせ舌を巻いていた。
「……その洞察力、観察力。そしてそこから導く憶測、推理。君、ホントに一流シェフかい?」
「そもそもシェフじゃない。タダの女子高生だ」
「なあ我妻! ……さっきからミリオタねーちゃんと何盛り上がってんだ?」
ここまで長話をした。真秀呂場も飽きてきたのをちょうど良しとばかりに得意げに口角を上げ、ルビィさんへ告げる。
「一つ、貴女の欠点を挙げさせて頂くと。めちゃくちゃお喋りだ。こんなまんまと乗るか? って感じ。それと僕はあんまり人と話すのは好きじゃないんだ」
「……ははっ! 私と楽しくお喋りしてくれたのに、何を──」
真秀呂場、もう休憩は十分でしょ? 脚が痛むだろうけど、頼んだよ!
「百倍、防御」
耳元で囁く。
最初に動いたのはティナだった。階段を飛ぶように、しかし確実に踏み込めるように段差に足を掛けて駆け下りる。
真秀呂場はピンときて目を見開き、即座に構えた。それとほぼ同時であった、銃声が再び唸りを挙げたのは。
「『ロード・オブ・ザ・スピード』!」
「ニンヒト」
その中でもあくまで冷静に。普段の挙動不審は完全に鳴りを潜めていた。
ヒカリへ目配せで合図を送り、『ニンヒト』の光線が暗闇の踊り場を裂く。2本、3本。それらの束が銃弾と交差し、ルビィさんの横の壁を砕いて頬を掠める。
「「っ!?」」
ニンフェア義姉妹は2人揃って驚きを隠せぬ表情であった。
対して銃弾は真っ直ぐに僕らを捉えていた筈が、その尽くがあらぬ方向へ飛び散り壁を撃つ。
そこへ飛びかかっていた筈のティナも、いつの間にか階段の上へ戻っていた、というより、驚いているその様子から戻されていたのだろう。
「小粋なジョークだぜ、お嬢ちゃん」
「真秀呂場! 全速力で──!」
「『ロード・オブ・ザ・スピード』っ!」
「逃げる」
僕達はワープするように義姉妹の前から姿を消した。1階出口へ通ずる道のトラップが同時に始動するのと共に。
次に僕の目に映った光景は雨の中だった。出入り口付近だ。言った通り外へ出たのだ。
「よし、いいぞ真秀呂場! いい位置で能力を切った!」
「切ったんじゃねぇ、スマン! さっきは接近戦っつってたのに、うっかり出ちまったと思ってさ!」
「だから良いんだ! ニンヒト!」
ヒカリは即座に振り返り、注射針を入れるかのような正確な動きで出入り口に指を向け、光線を連射する!
「当たってないわ」
「問題ない、牽制だ! 敵は咄嗟に物陰に隠れるしかない、ニンフェア義姉妹の位置を固定できる! 真秀呂場、後ろは任せた! ちっちゃい子の方が上から出てくるかもしれない!」
「お、おう!」
「ティナの方の能力も分かってきたぞ……。多分『未来視』だ」
「いっ!? 『未来視』ィ!? 攻撃全部かわしたのもそーゆー事かよ、チート能力!」
「全然だ、不完全な『未来視』だ。全部が見えるのなら僕らがこうして外へ出るのも分かっていた筈。真秀呂場に階段上に戻される事も。だから見れるとしても5秒ぐらい、それも常に見れてる訳じゃないんだろう!」
それを聞いた真秀呂場が感心して頷く。上へ注意を向けながら、僕に話しかけるのだ。
「お前ってさ、ケッコーおもしれー知識仕入れてくんじゃん!?」
「大したことないよ!」
「その大したことないと思ってる事で、オレが大いに助かってる! あのミリオタねーちゃんたちに勝てるんだ!」
「あっ……えと、ありがと……」
「集中しろっ!」
「理不尽!」
「私が集中してるわ」
「ありがとよ、ヒカリちゃん! んで、お前はもっと胸張って良いんだぜって、オレは言いたいんだ!」
「セクハラ……じゃないよね?」
「ああ、セクハラじゃない! もっとオレにお前の世界を教えて欲しいんだ! オレはバカだからさ、バカ騒ぎして、なんも考えずブラブラして、そーゆー事で楽しんでたんだよ! けどお前の豆知識聞いて思ったぜ! なんか色々聞いて、スゲェ面白いって思って! あぁ~、まとまんねぇなぁ! オレの知らない世界を知ってて、スゲェ面白いって思ったんだって!」
「…………そう。2回も言うなって」
なんだよ、それ。陽キャが陰キャに憧れ抱いちゃってるの? そんな訳がない。僕の方が憧れてるに決まってる。僕は変わりたいんだ。何者かになりたいんだ。僕の陽キャに対する偏見の正体は『嫉妬』だったんだ、そうなのかもしれない。……僕までまとまらなくなってきた。
「僕は……ボソボソ言ってるだけだよ。クラスの端っこにいることすら出来ない取るに足らないヤツだよ。話を聞いてて楽しいの?」
真秀呂場は鼻でフフンと笑い、ただ一言告げた。
「ああ、だからなれよ。オレの友達にさ!」
心が澄んでいく。優しい雨に打たれ、心まで洗われていくかのようだった。
そうだ、友達に──。
──ダンッダンッ!!
それを口に出そうとした、その時だった。銃声が雨中を遮り、弾丸が目の前を横切る。
「来たぞ上にぃっ!!」
真秀呂場が叫んだ。ティナが落ちてくるなりして仕掛けたのだろう、このまま闇の中を凝視する。
「ニンヒト! こっちは任せろ! 牽制して……っ!?」
突然だった。
左腕と腿が熱くなり、膝をついて痙攣する。体感した事のない感覚。見ると左手のひらと、ニーソごと腿にポッカリと穴が空き、血が溢れていたのだ。
──撃たれた。一瞬にして、胸の内から震えが込み上げ喉が潰れそうになる。
「ひっ……!?」
「タマキ!」
「我妻!?」
角度がおかしい……! 発射地点が壁側だぞ!? それにいつ移動した、夜露の闇だって完全な深淵じゃ……!
「あっ……」
ニンヒトの光で捉えたのは、黒い球体の群れだった。床を、壁を、コロコロと粗末な音が這っていた。ルビィさんがいた筈の階段下にも。
『Trap』『Trap』
『Traaaaaap!!』
深淵を覗くと、壁に埋め込まれた黒いハンドガンが、闇に溶け込んで僕達を睨んでいた。
「──っ!? 上から……ミリオタねーちゃんも来ただとッ!?」
トラップだったんだ。とっくに仕掛けられていた。ルビィさんのリンカーは『作る』能力。その場にある物質を素材として『造り変える』んだ。壁を造り変えて容易く移動し、ハンドガンを設置し、人の手もなしに撃った。それが出来る。あの複数のリンカーを自在に操って。……盲点だった!
「僕のせいだっ!! ニンヒトォ!!」
振り返る。上へ体を向けてヒカリにニンヒトを5本も放たせる。ルビィさんとティナが落ちてきていた。放たれた光線は真っ直ぐに、しかし義姉妹の前に生成された簡素な石壁に防がれた。周囲には『アイアンメイデン』群体が惜しげも無く浮遊し、リンカー能力をいつでも発動できる態勢にあった。これじゃダメだ。
ティナに至っては落ちながら体を傾け、2本を簡単に避けてしまっていた。ダメだ。
ティナが分かりきっているように、淡々と告げる。
「光は真っ直ぐ。向きさえ分かれば避けられる」
「死にたくない死なせたくない死にたくないっ!!」
「タマキっ!」「我妻っ!」
「「冷静に……!」」
ドジュッ。
透明な雨に赤いものが混じって降り注ぐ。顔に熱く赤い液体が塗りたくられる。落ちてきたティナに真秀呂場の右腕が切りつけられたんだ。
噴き出した……血……!
「うわあぁぁぁぁぁっ!!! ニンヒトニンヒトニンヒトォ!!」
ニンフェア義姉妹は生成したマットに着地してる、とっくに距離を取ってる。ティナが合図するまでもなく、廃ビルからバキリと生えてきた壁がバラバラの光を遮る。銃声と共に、壁の下から跳弾する弾丸が襲いかかってる。
死にたくない、死なせたくない、もう誰にも死んで欲しくない……!
*
連続使用、どこまでいけるか──。真秀呂場はそんな刹那の迷いを振り切り、能力の名を叫んだ。
「『ロード・オブ・ザ・スピード』っ!!」
真秀呂場の視界が減速し、横切るニンヒトの残照がハッキリと見える。空気を纏ってこちらへ向かう弾丸をともかく弾き、即座に駆け出そうと踏み込む。
「ぐぅぅ……! 邪魔な壁だなクソッタレ! 殴りゃあいい、ともかくダウンさせるんだ! もう今しかチャンスはねぇ!!」
脚に刻まれた二点の弾痕から、腕を深く抉った挫創から、その傷穴からどれほどの血を噴き出そうとも、彼は歯を食いしばって、ゆっくりと落ちていく雨粒をその身で遮り、ニンフェア義姉妹へ向かう。
「ちっちゃい子は心が痛むけどよぉ、いや美人のねーちゃんでも痛むけどよぉ! 何よりオレの友達傷つけたヤツぁ許せねぇ!! それに勝つんだろ、そうだろだからビビった顔すんな、がさ──!?」
真秀呂場の心臓が飛び跳ねる。必死で、雨と涙でグチャグチャな顔のタマキ。その彼女の前にはヒカリが、三等身の小さな体で指を構え守っていた。
そして──彼女達の背後に、白い異質な影が迫っていたのだ。
「な……なんだとぉぉぉッ!!」
包帯が顔を覆い、口元と右目を覗かせ包帯のスキマからボサボサの髪が一部分飛び出した出で立ち。右目はギョロッとし、瞳はレンズが外れてるように真っ白だ。細くて筋の浮き出た白い肉体は、入院患者のようでいて、囚人のような、それらを模しているものと思わせ、胸には真反対の色をした黒い穴が、吸い込まれそうなほどにポッカリと空いていた。ヒトの形を成していながら、ヒトならざるもの。
「リンカーだ……そうだリンカーだ! ミリオタねーちゃんやお嬢ちゃんのものじゃない、第3のリンカー! そうとしか考えらんねぇ!」
何より不気味たらしめていたのは、リンカーの状態だ。上半身だけが飛び出し、白く、この暗い世界から浮いていた。それも文字通り宙に浮いていたのだ。穴だ。異空間から、いいや何処と繋がっているか検討つかない穴から上半身を出し、タマキの背後に現れているのだ。
今の真秀呂場は、世界を百分の一に減速させている。その速さで謎のリンカーが取っている行動は、タマキへその手を徐々に向けている事。元のスピードなら、相当の速さでタマキに魔の手を伸ばしているのだ。
「どっから出てきてんだ……!? なんで我妻に襲いかかってる!? 我妻はたまたま巻き込まれたんだぞ、狙ってるわきゃねぇ! オレか……いや考えたくねぇが、ずっと我妻を付け狙ってたのか!? ……なんでだよ!?」
真秀呂場は迷っていた。このまま敵の女を倒せば勝機はある。それは我妻を見捨て、新しいリンカーの好きにさせる行為だ。だったら新しいリンカーを倒すか? そしたら敵の女とちっちゃい子はどうする?
今の自分のボロボロ具合じゃ、どっちかしか選べない。感覚からタイムリミットが分かっていた。
減速した世界で、引き伸ばされた銃声が鳴り渡る。
自分の取るべき行動も、運命も、全部。彼は理解していた。
──どんな状況だろーが、命を捨てて勝利できようが──!
「オレはヒーローだっ!! ダチを見捨てるワケねぇだろうがっ!!」
足を踏み込み、軋むような痛みを堪え。彼は友達を選んだ。傷のない左脚で飛び上がり、全身をひねってせめてものパワーで、新たな敵の顔面を殴り抜ける。真秀呂場の拳を離れた敵は、スローカメラで撮ったボクサーのようにゆっくりと顔を歪ませ穴から吹っ飛んでいく。
真秀呂場の身が地に落ち泥をまき散らす。泥がゆっくり飛び跳ね、その中で彼は早く、早くと腕を支えに立ち上がる。
「3秒……! 備えろ、友達を守って──!」
*
目の前に、いつの間にか『フラッシュマン』が立っていた。
「うおりゃああああぁぁぁッ!!」
血を滲ませ、空を殴りつけるかのように腕を振っていて、キンキンッ、と金属音がした。弾丸を弾いているのだ。その胸に1発、受けながら。
「ぐふっ……!」
壁がパラパラと崩れ、その向こうではニンフェア義姉妹が構えていた。だが、彼女らは行動を取らなかった。取る前から、終わっていた。
──フォン、グシャアッ
空を裂いて、生々しい破裂音がした。思考は追いついていなかった。それほど、一瞬の出来事。
「…………え」
口から動揺が漏れた。『フラッシュマン』の腹を、白い拳が貫いていた。それが『フラッシュマン』から引き抜かれると、ヒーローはそのまま後ろ向きに、受け身も取らずに倒れる。アーマーが、音もなく崩れていく。
「真秀……呂場……?」
真秀呂場の目が、合う。少年は口角を震わせて、笑みを浮かべようとしていた。
「へへっ……。カッコわりぃなぁ……オレ。けど、お前が……無事で…………良か、っ………………」
真秀呂場の目から、光が消える。
「あっ……あぁぁっ……っ!!」
嗚咽を漏らし、僕は嘔吐した。