残酷な描写あり
第19話 『誰かの為の理想』、『ユートピアユー』!.2
踊り場の窓を突き破り、中庭へ飛び出す。パワーアップしたヒカリに僕はお姫様抱っこされ、難なく着地に成功した。
「これいざやられるとちょっと恥ずかしいね……」
「私は全然?」
「だろうねっ!?」
降ろしてもらい、大樹の月影に佇む二人を見据える。ニンフェア義姉妹だ。トコトコ歩いていた二人組はピタリと足を止め、ゆっくり振り返る。
「追ってくるか。せっかく日を改めようと思ったのに」
「だったら尚更逃がす訳にはいきませんよ。敵わないと分かるまで叩くか、丁度いる警察に突き出しますよ」
「それか病院送りね。十数体で血を出すなら、99体潰してギリギリ生かしてやるわ」
「えっ、怖っ……」
「四一〇さ」
「……え?」
暗号かな?
「言ってみたが、うん、伝わらないものだな。410体。私の『アイアンメイデン』の合計数だ。君に13体やられたから397体。ああ、その点については怒ってないよ。傷を癒せばすぐに復活す……」
ピーっ! 光線だ!
「痛てっ」
ヒカリ!? 弱いけど『ニンヒト』を撃てるように、でも勝手に!?
「話長い」
「……最後まで聞きなよ。今のでしっかり怒ったよ」
ほら良くないよそういうのー!
「ま、さっき再寧に連絡したのだから、時間が無いのは確かだ。やるならさっさと決着を付けよう」
次の瞬間、軽い空気の抜けた音と共に多方面から飛来してきた物体を、ヒカリは4つを弾いてガードする。銃弾だ!
サプレッサーで音を遮断してる! こんな風にってこと!? こういう時に限ってお喋りしないし!
「ニンヒト!」
即座に撃ち返し、設置された銃を破壊する。そして再びルビィさんへ向け構える!
「ニンヒ──」
やっぱりもう避けてる! しかも二手に分かれて! どっちを狙うか、当然この先読みを実現した方を──。
「──ト!」
──狙う! 司令塔を、一つ一つを確実に!
放たれる3本の太い光線。その行き先は、ルビィさんだ!
ルビィさんがトンっ、と踏み込むと、その目の前にブ厚い岩の壁が迫り上がり光を遮る。リンカー能力を使ったのだ、それを証明するかのように数体の『アイアンメイデン』が、壁の向かいになった僕達の方にも湧いていた。
「ニンヒト!」
ショットガンのように太く、そして拡散する光の束。細く残照を引いたそれらの線が、溢れた黒球たちを石壁へ打つ!
しかし敵は一人ではない。その僅か数秒の間にティナは素早く接近し、僕を直接狙ってきた!
「タマキ!」
「見えてる!」
少しのバックステップ。それでティナの払い攻撃を避ける。
「避けられた」
再度仕掛けられる払い、さらにもう一度。それら尽くを、自分で言うのもなんだけど、達人のような俊敏さでムダなく90度、90度と体を横に向けてかわしていく。
頭に真っ直ぐ──!
首を横へ倒すと、ナイフのエッジが月明かりを薙いで僕の髪を掠めた!
ただおかしい、上手い止め方が分からなかったので神輿担ぎみたくティナの腕を肩にかけてしまった。
「やっぱり来た!」
「やっぱり……?!」
「確かに君の攻撃は速い。しかも未来も読めるときた。けど身長の差によるリーチと、的確すぎる攻撃が予測しやすいのがウィークポイントだ!」
「違うっ!」
「改めて確信したよ! 君の未来予知は透視だ、流れが見えるだけ。見える時間は限られているって! それも確実じゃない!」
そうこう言ってる内に、左腕が空いていたティナに殴られた。
「いっ……痛い……!」
「タマキ!」
その間、石壁を挟んでルビィさんと銃撃戦を繰り広げていたヒカリ。その石壁は突如、土塊へと戻って崩れ去り、ルビィさんが真っ直ぐに銃身を向けていた。拳銃を斜めに持つ独特の構え方──C.A.Rシステムだ。その構えにより、反動を軽減して連射する!
「邪魔っ」
ヒカリは放たれた銃弾を腕を振るって弾く。それほどのスピードとパワーを得たのだ。
さらに数体の『アイアンメイデン』が足元で蠢いているのも確認していた。地面を素早く踏みつけ、また僕は殴られすぎてヘトヘトになりながらも『ニンヒト』を唱え、宙を舞うそれらも確実に倒していく。
そこへルビィさんが、銃のグリップをトンファーのように握って殴りかかるのだ。それをヒカリは、殴りかかるルビィさんの手首を掴んで止めてみせた。よく見れば左腕だ。片方の利き腕に持っていたのはナイフだ。それを見逃さず同じく止める。
5秒にも満たない、僅かな時間で演じられた超スピードバトル──!
「忙しいね」
「おかげさまで」
掴んだルビィさんの腕を引き寄せキックをお見舞いしてやる。その離れ際、銃声が唸りヒカリの頬を銃弾が掠めて血が噴き出す。
「ぐえ……えっ?」
ダメージを受けたのはヒカリだ。しかし、僕も同時に頬から血を流した。同じ箇所、同じ傷。面食らっている隙に掴んでいたティナの腕がすっぽ抜け、ついでに足蹴にされた。
「ずっと痛い……」
「へぇ、ダメージが共有されるようになったのか。リンカーの性質が変わったという事か? 不思議だ」
ヒカリが僕に背中を預ける。ティナがルビィさんに寄り添う。互いのパートナーがポジションへ着いた。
「だったら何かしら」
「繋がりがあってよかった、本当にいい意味で」
銃弾が3発飛来する。この中庭での戦闘開始と同じ事だ、しかも1発分少ない。難なく弾き、返しの『ニンヒト』で素早くリンカーごと処理。慣れたものだと言いたげにルビィさんは感心していた。一瞬だけ。
「──っ!?」
「あがっ……!?」
爆発音。ヒカリの足元からだ。地雷、というには機能が違うが、目的はそれだ。ヒカリの脚を最低限の火力で攻撃し、膝をつかせる。そして感覚を共有している僕にも同じくダメージが通るのだ!
「動きは分かっていたよ。君がウィークポイントを語ったティナの未来透視でね」
向けられる銃口。
「足並み揃えて跪きな、リンカーと一緒に」
動けぬ僕とヒカリ。決着がつく──!
「ニンヒト!」
瞬間、眩しい光がニンフェア義姉妹の目を眩ませる。咄嗟の目潰しだ。
「位置はとっくについている!」
*
空気の弾ける音。目が眩んだルビィは確信していた。また吸いたくもないタバコを一本吸うことになる、と。
「──うっ、ばぁ……っ!」
彼女の横でうめき声がした。ティナの声だ。
なんだ?
ルビィの疑問は、一つ一つ積み重なり、そして紐解かれる。
「『ヒカリ』は僕のリンカーじゃない……。ヒカリは僕の相棒だ!」
タマキの声だ。否定ではなく、肯定に満ちた真っ直ぐな声色だ。
「なん、だ……?」
目の前でタマキが、左脚を負傷して尻餅をつきながらも、確実に、真っ直ぐに指を向けていた。すぐに気づいた。ヒカリがいない事に。
「僕のリンカーは『ヒカリと繋がる魔法』、だから『ニンヒト』という呪文がある。繋がりだけがある。僕のリンカー能力は他にある! 『僕らの理想を実現していく』能力! だから僕のリンカーは──」
振り向こうとすると、足元で小さな人型の何かが指先を光らせているのが見えた。三等身の、人形サイズに戻っていたヒカリだ。
「『誰かの為の理想』、『ユートピアユー』! それが僕のリンカー能力だ!」
「これは……そういう事なのか」
「そういう事よ」
ルビィはとっくに状況を理解していた。ティナは背後で気絶していた。それは咄嗟に小さくなったヒカリが突撃し、その小ささから想像つかない攻撃力を全身で与え、ティナをダウンさせたからだ。
対してそのヒカリは元の小ささになったからこそ、死角から指先でルビィを捉えられている。ホールドアップ。俗に言う「動くな」である。自分は武器を消費していて、それを生成する為の素材が既に手元に無い。リンカーを動かせず、向けるべき相手に銃口を構えられてすらいない。
「油断したのは、相違ない。私もティナも、勝利を確信していた。油断も含めて闘いだ。私達は──完全に敗北した」
「理解が早くて結構」
*
ハンドガンとナイフがカシャリと地面に落とされた。完全な降伏だ。
「それで? こうして脅すんだ、お二人は何がお望みで」
「じゃ、一つ聞きたいのだけど」
「なんだい?」
先に質問したのはヒカリだ。
「リンカーを出し切ってないのは何故なのかしら? まだ70体ぐらいしか倒してない。目立つダメージも確認できない。全部出し切って負けたら悔しいからかしら」
「全部を一度に潰されれば死ぬからね。死んだら、元も子もない」
「……そう。ナメられたみたいでムカつくわね」
「ああ、カッコつけちゃったね。ホントは潰し切る前に気絶するからだ。キツいんだ、410体も操って何十体もプチプチやられるのは」
「いらないフォローね」
なんで君こそ負けず嫌いを発揮するんだ、こんなとこで……!
「あっ、なら僕から質問があります」
「今度は?」
余裕の表情を崩さぬルビィさん。警戒を緩めず人差し指を立て、話を進める。
「……僕らを襲った白いリンカーの事です。それと、噂になってる二人組や、宗教団体。そういう連中との関わりは」
「二人組って、まさか私達の事かい? こりゃ参った、あまり有名になっては困る立場なんだけど」
「イエスかノーかで答えて下さい」
「二人組の事なんて知らないね。初めて聞いたし興味も無い。ただ──」
「ただ?」
勿体ぶるルビィさん。僕の目を見つめ、吟味するように頷く。その行動に一瞬目を逸らしてしまうが、しかしと目を凝らして見つめ返す。
「あのリンカーは『ドグラマグラ』。ヤツと関係してる宗教団体といえば『超克の教団』。その名前を覚えておくといい」
「ええ、名前は聞いてます。それで?」
「おしまい」
ヒカリが『ニンヒト』を放った。だが大きい時より鈍いその光線は、ルビィさんが少し仰け反っただけで避けられ、その隙にバックステップで大きく距離を離されてしまった。ティナを抱え、ルビィさんは僕らの方へ振り向く。
「これ以上踏み込むのは止めときな。それが君らの為だ。良い夜を、タマキさん、ヒカリさん」
右腕からワイヤーが伸び、病院屋上へ引っ掛けて瞬時に上がっていく。そうしてニンフェア義姉妹は姿を消した。そのすれ違いで現れた再寧さんが、エスカレーターのように、不自然にゆっくり落ちるガラス片を足場に降りてきた。『トータルリコール』のリプレイ能力の応用ということか。
「上に行ったり飛び降りたりと……! 私のリンカーで追ったのが逆に無駄骨になってしまったぞ……!」
「あっ、再寧さーん! います、います僕です! 天道さんも自分の部屋で無事で……」
あっ、なんか怪訝な顔で見てる。「お前らは無事じゃないよな?」ってそんな感じの……。
「スマナイ。私が不注意なばかりに、度々君を危険な目に合わせて……」
再寧さんは『いい人』である。とても真っ直ぐな人なのである。なのでしんみりと謝られると、フツーに困るのだ。
「えうっ! あっ、いえいえいえ今回は僕がワザと黙ってこんな事をしただけで再寧さんに非はないといいますか僕がコミュ症なばっかりに再寧さんの顔に泥を塗るような……」
「敵を欺くにはまず味方から、を実践したのよこの子。再寧さんが見当たらなかったらルビィは警戒してただろうし」
ヒカリのフォロー助かる……!
「次はムチャしないでくれ。いや、次が無い事を祈るよ」
「あっ、ハイ」
ホントカッコつかないなぁ、僕……。
ふと、再寧さんが気づいた。ヒカリと僕、両者の足を交互に見て。
「君ら……同じ箇所にダメージを?」
「あっ、ハイ」
「君のリンカーは自立稼動の特殊スタイル。ダメージの共有も無いものだと考えていたが……」
「あっ、その、『ユートピアユー』です!」
「……なんだって?」
なんか遮ってしまった。いや、僕自身でよく分かってる。特殊なのは確かにそうだけど、僕のリンカーには大事なポイントがある。
「ヒカリは僕のリンカーじゃないんだと思います。僕のリンカー能力は『ユートピアユー』。ヒカリは僕の心とは違う、そう確信したんです。僕の心が、ヒカリという友達を望んだ。『僕達の理想を叶えていく』、それがきっと能力。だから僕のリンカーは──『ユートピアユー』です」
「──そうか。いい名前じゃないか」
気づけば僕は、再寧さんに頭を撫でられていた。片足をケガして座り込んだ僕を、140センチぐらいの彼女が撫でられるのは当然だった。僕は物凄く恥ずかしかった。
なのでヒカリをギュッとしようとした。けど逆にヒカリに抱きつかれた。さっきの同じ等身になった状態にいつの間にかなっていた。
「立てる?」
「できれば一緒に」
僕らは二人三脚で歩み始めた。
「これいざやられるとちょっと恥ずかしいね……」
「私は全然?」
「だろうねっ!?」
降ろしてもらい、大樹の月影に佇む二人を見据える。ニンフェア義姉妹だ。トコトコ歩いていた二人組はピタリと足を止め、ゆっくり振り返る。
「追ってくるか。せっかく日を改めようと思ったのに」
「だったら尚更逃がす訳にはいきませんよ。敵わないと分かるまで叩くか、丁度いる警察に突き出しますよ」
「それか病院送りね。十数体で血を出すなら、99体潰してギリギリ生かしてやるわ」
「えっ、怖っ……」
「四一〇さ」
「……え?」
暗号かな?
「言ってみたが、うん、伝わらないものだな。410体。私の『アイアンメイデン』の合計数だ。君に13体やられたから397体。ああ、その点については怒ってないよ。傷を癒せばすぐに復活す……」
ピーっ! 光線だ!
「痛てっ」
ヒカリ!? 弱いけど『ニンヒト』を撃てるように、でも勝手に!?
「話長い」
「……最後まで聞きなよ。今のでしっかり怒ったよ」
ほら良くないよそういうのー!
「ま、さっき再寧に連絡したのだから、時間が無いのは確かだ。やるならさっさと決着を付けよう」
次の瞬間、軽い空気の抜けた音と共に多方面から飛来してきた物体を、ヒカリは4つを弾いてガードする。銃弾だ!
サプレッサーで音を遮断してる! こんな風にってこと!? こういう時に限ってお喋りしないし!
「ニンヒト!」
即座に撃ち返し、設置された銃を破壊する。そして再びルビィさんへ向け構える!
「ニンヒ──」
やっぱりもう避けてる! しかも二手に分かれて! どっちを狙うか、当然この先読みを実現した方を──。
「──ト!」
──狙う! 司令塔を、一つ一つを確実に!
放たれる3本の太い光線。その行き先は、ルビィさんだ!
ルビィさんがトンっ、と踏み込むと、その目の前にブ厚い岩の壁が迫り上がり光を遮る。リンカー能力を使ったのだ、それを証明するかのように数体の『アイアンメイデン』が、壁の向かいになった僕達の方にも湧いていた。
「ニンヒト!」
ショットガンのように太く、そして拡散する光の束。細く残照を引いたそれらの線が、溢れた黒球たちを石壁へ打つ!
しかし敵は一人ではない。その僅か数秒の間にティナは素早く接近し、僕を直接狙ってきた!
「タマキ!」
「見えてる!」
少しのバックステップ。それでティナの払い攻撃を避ける。
「避けられた」
再度仕掛けられる払い、さらにもう一度。それら尽くを、自分で言うのもなんだけど、達人のような俊敏さでムダなく90度、90度と体を横に向けてかわしていく。
頭に真っ直ぐ──!
首を横へ倒すと、ナイフのエッジが月明かりを薙いで僕の髪を掠めた!
ただおかしい、上手い止め方が分からなかったので神輿担ぎみたくティナの腕を肩にかけてしまった。
「やっぱり来た!」
「やっぱり……?!」
「確かに君の攻撃は速い。しかも未来も読めるときた。けど身長の差によるリーチと、的確すぎる攻撃が予測しやすいのがウィークポイントだ!」
「違うっ!」
「改めて確信したよ! 君の未来予知は透視だ、流れが見えるだけ。見える時間は限られているって! それも確実じゃない!」
そうこう言ってる内に、左腕が空いていたティナに殴られた。
「いっ……痛い……!」
「タマキ!」
その間、石壁を挟んでルビィさんと銃撃戦を繰り広げていたヒカリ。その石壁は突如、土塊へと戻って崩れ去り、ルビィさんが真っ直ぐに銃身を向けていた。拳銃を斜めに持つ独特の構え方──C.A.Rシステムだ。その構えにより、反動を軽減して連射する!
「邪魔っ」
ヒカリは放たれた銃弾を腕を振るって弾く。それほどのスピードとパワーを得たのだ。
さらに数体の『アイアンメイデン』が足元で蠢いているのも確認していた。地面を素早く踏みつけ、また僕は殴られすぎてヘトヘトになりながらも『ニンヒト』を唱え、宙を舞うそれらも確実に倒していく。
そこへルビィさんが、銃のグリップをトンファーのように握って殴りかかるのだ。それをヒカリは、殴りかかるルビィさんの手首を掴んで止めてみせた。よく見れば左腕だ。片方の利き腕に持っていたのはナイフだ。それを見逃さず同じく止める。
5秒にも満たない、僅かな時間で演じられた超スピードバトル──!
「忙しいね」
「おかげさまで」
掴んだルビィさんの腕を引き寄せキックをお見舞いしてやる。その離れ際、銃声が唸りヒカリの頬を銃弾が掠めて血が噴き出す。
「ぐえ……えっ?」
ダメージを受けたのはヒカリだ。しかし、僕も同時に頬から血を流した。同じ箇所、同じ傷。面食らっている隙に掴んでいたティナの腕がすっぽ抜け、ついでに足蹴にされた。
「ずっと痛い……」
「へぇ、ダメージが共有されるようになったのか。リンカーの性質が変わったという事か? 不思議だ」
ヒカリが僕に背中を預ける。ティナがルビィさんに寄り添う。互いのパートナーがポジションへ着いた。
「だったら何かしら」
「繋がりがあってよかった、本当にいい意味で」
銃弾が3発飛来する。この中庭での戦闘開始と同じ事だ、しかも1発分少ない。難なく弾き、返しの『ニンヒト』で素早くリンカーごと処理。慣れたものだと言いたげにルビィさんは感心していた。一瞬だけ。
「──っ!?」
「あがっ……!?」
爆発音。ヒカリの足元からだ。地雷、というには機能が違うが、目的はそれだ。ヒカリの脚を最低限の火力で攻撃し、膝をつかせる。そして感覚を共有している僕にも同じくダメージが通るのだ!
「動きは分かっていたよ。君がウィークポイントを語ったティナの未来透視でね」
向けられる銃口。
「足並み揃えて跪きな、リンカーと一緒に」
動けぬ僕とヒカリ。決着がつく──!
「ニンヒト!」
瞬間、眩しい光がニンフェア義姉妹の目を眩ませる。咄嗟の目潰しだ。
「位置はとっくについている!」
*
空気の弾ける音。目が眩んだルビィは確信していた。また吸いたくもないタバコを一本吸うことになる、と。
「──うっ、ばぁ……っ!」
彼女の横でうめき声がした。ティナの声だ。
なんだ?
ルビィの疑問は、一つ一つ積み重なり、そして紐解かれる。
「『ヒカリ』は僕のリンカーじゃない……。ヒカリは僕の相棒だ!」
タマキの声だ。否定ではなく、肯定に満ちた真っ直ぐな声色だ。
「なん、だ……?」
目の前でタマキが、左脚を負傷して尻餅をつきながらも、確実に、真っ直ぐに指を向けていた。すぐに気づいた。ヒカリがいない事に。
「僕のリンカーは『ヒカリと繋がる魔法』、だから『ニンヒト』という呪文がある。繋がりだけがある。僕のリンカー能力は他にある! 『僕らの理想を実現していく』能力! だから僕のリンカーは──」
振り向こうとすると、足元で小さな人型の何かが指先を光らせているのが見えた。三等身の、人形サイズに戻っていたヒカリだ。
「『誰かの為の理想』、『ユートピアユー』! それが僕のリンカー能力だ!」
「これは……そういう事なのか」
「そういう事よ」
ルビィはとっくに状況を理解していた。ティナは背後で気絶していた。それは咄嗟に小さくなったヒカリが突撃し、その小ささから想像つかない攻撃力を全身で与え、ティナをダウンさせたからだ。
対してそのヒカリは元の小ささになったからこそ、死角から指先でルビィを捉えられている。ホールドアップ。俗に言う「動くな」である。自分は武器を消費していて、それを生成する為の素材が既に手元に無い。リンカーを動かせず、向けるべき相手に銃口を構えられてすらいない。
「油断したのは、相違ない。私もティナも、勝利を確信していた。油断も含めて闘いだ。私達は──完全に敗北した」
「理解が早くて結構」
*
ハンドガンとナイフがカシャリと地面に落とされた。完全な降伏だ。
「それで? こうして脅すんだ、お二人は何がお望みで」
「じゃ、一つ聞きたいのだけど」
「なんだい?」
先に質問したのはヒカリだ。
「リンカーを出し切ってないのは何故なのかしら? まだ70体ぐらいしか倒してない。目立つダメージも確認できない。全部出し切って負けたら悔しいからかしら」
「全部を一度に潰されれば死ぬからね。死んだら、元も子もない」
「……そう。ナメられたみたいでムカつくわね」
「ああ、カッコつけちゃったね。ホントは潰し切る前に気絶するからだ。キツいんだ、410体も操って何十体もプチプチやられるのは」
「いらないフォローね」
なんで君こそ負けず嫌いを発揮するんだ、こんなとこで……!
「あっ、なら僕から質問があります」
「今度は?」
余裕の表情を崩さぬルビィさん。警戒を緩めず人差し指を立て、話を進める。
「……僕らを襲った白いリンカーの事です。それと、噂になってる二人組や、宗教団体。そういう連中との関わりは」
「二人組って、まさか私達の事かい? こりゃ参った、あまり有名になっては困る立場なんだけど」
「イエスかノーかで答えて下さい」
「二人組の事なんて知らないね。初めて聞いたし興味も無い。ただ──」
「ただ?」
勿体ぶるルビィさん。僕の目を見つめ、吟味するように頷く。その行動に一瞬目を逸らしてしまうが、しかしと目を凝らして見つめ返す。
「あのリンカーは『ドグラマグラ』。ヤツと関係してる宗教団体といえば『超克の教団』。その名前を覚えておくといい」
「ええ、名前は聞いてます。それで?」
「おしまい」
ヒカリが『ニンヒト』を放った。だが大きい時より鈍いその光線は、ルビィさんが少し仰け反っただけで避けられ、その隙にバックステップで大きく距離を離されてしまった。ティナを抱え、ルビィさんは僕らの方へ振り向く。
「これ以上踏み込むのは止めときな。それが君らの為だ。良い夜を、タマキさん、ヒカリさん」
右腕からワイヤーが伸び、病院屋上へ引っ掛けて瞬時に上がっていく。そうしてニンフェア義姉妹は姿を消した。そのすれ違いで現れた再寧さんが、エスカレーターのように、不自然にゆっくり落ちるガラス片を足場に降りてきた。『トータルリコール』のリプレイ能力の応用ということか。
「上に行ったり飛び降りたりと……! 私のリンカーで追ったのが逆に無駄骨になってしまったぞ……!」
「あっ、再寧さーん! います、います僕です! 天道さんも自分の部屋で無事で……」
あっ、なんか怪訝な顔で見てる。「お前らは無事じゃないよな?」ってそんな感じの……。
「スマナイ。私が不注意なばかりに、度々君を危険な目に合わせて……」
再寧さんは『いい人』である。とても真っ直ぐな人なのである。なのでしんみりと謝られると、フツーに困るのだ。
「えうっ! あっ、いえいえいえ今回は僕がワザと黙ってこんな事をしただけで再寧さんに非はないといいますか僕がコミュ症なばっかりに再寧さんの顔に泥を塗るような……」
「敵を欺くにはまず味方から、を実践したのよこの子。再寧さんが見当たらなかったらルビィは警戒してただろうし」
ヒカリのフォロー助かる……!
「次はムチャしないでくれ。いや、次が無い事を祈るよ」
「あっ、ハイ」
ホントカッコつかないなぁ、僕……。
ふと、再寧さんが気づいた。ヒカリと僕、両者の足を交互に見て。
「君ら……同じ箇所にダメージを?」
「あっ、ハイ」
「君のリンカーは自立稼動の特殊スタイル。ダメージの共有も無いものだと考えていたが……」
「あっ、その、『ユートピアユー』です!」
「……なんだって?」
なんか遮ってしまった。いや、僕自身でよく分かってる。特殊なのは確かにそうだけど、僕のリンカーには大事なポイントがある。
「ヒカリは僕のリンカーじゃないんだと思います。僕のリンカー能力は『ユートピアユー』。ヒカリは僕の心とは違う、そう確信したんです。僕の心が、ヒカリという友達を望んだ。『僕達の理想を叶えていく』、それがきっと能力。だから僕のリンカーは──『ユートピアユー』です」
「──そうか。いい名前じゃないか」
気づけば僕は、再寧さんに頭を撫でられていた。片足をケガして座り込んだ僕を、140センチぐらいの彼女が撫でられるのは当然だった。僕は物凄く恥ずかしかった。
なのでヒカリをギュッとしようとした。けど逆にヒカリに抱きつかれた。さっきの同じ等身になった状態にいつの間にかなっていた。
「立てる?」
「できれば一緒に」
僕らは二人三脚で歩み始めた。