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作者: 唯響-Ion
残酷な描写あり R-15
第二二話 奇襲策
 少数の軍勢で綿竹県を攻めるため、李雲は部隊を別けて、奇襲策に打ってでることにした。
 桟道を抜けた先の乱戦で、一際激しく動き回る男がいた。彼は支給された戟ではなく、自主的な特訓で使い慣れた槍を使っていた。
 男は一突きで防具を身につけていない敵兵の体を二つ同時に貫き、引き抜いた勢いそのまま後方から襲う敵の戟を弾き、素早く反転し首を斬った。
「さすがは公孫起様だ!」
「屯長は百人力だ!」
 回転斬りをして、甲冑のない敵の足の腱を斬る。素早く立ちあがった。そして、こちらに向かい走りながら剣を振りかぶった敵の剣を、槍で受け止め、気迫で鍔迫り合いを制した。剣を弾かれ体制を崩した敵を、容赦なく突き殺した。
「死にたい者から出てこい! 斬り伏せてくれようぞ!」

 公孫起らの攻撃で敵を押し、勢いそのままに追撃を加えると、綿竹県へ到達した。関所の門は固く閉ざされ、公孫起らは攻めあぐねた。
 李雲は思案した。高所からの弓や、梯子を登る兵への熱湯がけという妨害に、手も足も出なかった。大軍があれば力で押せるが、四人の将軍によって別行動となっているため、この任鄙軍は少数だ。さらに任鄙の部隊は狭く険しい道を効率よく攻めるため、数個に分けられていた。そのため、綿竹県の門を攻めているのは、わずか数千の兵であった。
 正攻法では攻められない。断崖絶壁を登り、森林を通って関所の裏に回る奇策に打って出るしかないと、李雲は考えた。
「この場の責任者は私だ。この場の数千の兵は、曲である私か韓章の命令にのみ従う。馬遂よ、奇襲のため、韓章に千の兵を率いて山登りさせることとする」
「御意」
「それから、馬遂。そなたも同道しろ。曲の韓章を補佐するのだ」
「御意!」

 千の兵を連れて、韓章は崖を登った。
「趙の武霊王が胡服騎射を取り入れてから、鐙(あぶみ)や鞍(くら)が発明された。蛮族のように力ずくで跨らずに済むようになったゆえ、乗馬は容易になった。とはいえ……かような崖は登りがたいな」
 呑気に呟く韓章。馬遂は笑って、韓章にいった。
「ここまで険しく危うい崖なら、伏兵の心配もありますまい」
「人も馬も、容易にここで待つことはできぬな」
「正(まさ)しく。物の怪の類でなければ、不可能でしょう──」
 それは、伏兵は不可能という意味で発した言葉であった。
 急に天気が崩れると、雨となった。道が泥濘(ぬかる)むと、進軍は不可となり、森林の中で立ち往生することになった。
「突然の悪天候とは、妙だな馬遂よ」
「ここは要害の地、巴蜀ですぞ韓章様。山頂でもありますし、天候は乱れるものです。曲として、堂々となさってください。配下の兵は冷えと空気の薄さから、不安になっております」
「そうだな。あの洞窟で雨風を防ぎながら、治まるのを待とう」
綿竹県……現在の中華人民共和国四川省徳用市北部。
竹が生い茂っていたことから名付けられた。古蜀、羌族が築いた仮面の青銅器文化の遺跡である三星堆(さんせいたい)遺跡が、発見されたことで有名。
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