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作者: 唯響-Ion
残酷な描写あり R-15
第百四話 斉西の戦い 五
 斉王は臨淄での籠城が終わるまで、蘇秦に疑いをもったまま泳がせることを決意する。
同時期、白起は野営地を築き、蒙驁とその中で茶を飲んでいた。
 斉 臨淄

 斉王は苦慮した後、孟嘗君の食客だという門番を、宮殿へ呼び寄せた。
「そなたの話は本当か? 蘇秦に怪しい所があるのか?」
「蘇秦丞相は賢いお方です。なかなか尻尾は出さぬ故、怪しい所は、既にお話した件のみです」
「蘇秦は家族もおらず、女にうつつを抜かすような男でもない。それが……合従軍が興る直前に、一人の女だけわざとらしく暇を出すというのは、確かに妙な話だ」
「薛公の指示で、丞相府で働く者の出自は調べてあります。国を追われた身でありながらそのような情報を調べたこと、お詫び申しあげます」
「今はその調べのお陰で、蘇秦の正体を暴けるやもしれぬ。敵を退けた後に、必ずや孟嘗君を、臨淄へ帰還させてやろうぞ」
「主人に代わり、お礼申しあげます!」
「それで、その女の出自はどうなのだ」
「燕の出身であり、その女の発言から推察するに、蘇秦丞相と同郷である可能性が高いです」
「そうか……。余が東帝を名乗ることを非難したのも薛公だった。余を宋桀同様の暴君だと思った商人が臨淄を離れたことで、税収に打撃を受け、余は称号を元の王号に戻したのだ。薛公の忠告に、耳を傾けるべきであったと後悔していたのだ」
「薛公からの伝言を、お伝えさせてください」
「申せ!」
「こうなった以上、合従軍が臨淄を包囲するまで、蘇秦丞相を泳がせるのです。もし逃げる素振りを見せれば、捕らえて刑に処すのです。もし蘇秦丞相が逃げる素振りをしなければ、丞相を陥れようとした罪で、私が薛公に代わり首を差し出します」
 斉王はその案を聞き、臨淄での篭城を決意した。伝令が伝えた前線の田達も、臨淄での籠城を進言していたからだ。
「よかろう……! そのようにしよう」


 斉 白起

 秦軍を率いる白起は趙、魏、韓の軍とも合流し、斉国の西側から斉の城を陥していった。
 連戦連勝で兵の士気は高い為、敢えて城には駐屯しなかった。白起率いる秦の本軍が駐屯する野営地は、各副将が侵攻する複数の城のあいだに築かれ、必要があれば迅速に駆けつけられるようにしたのだ。
 白起は幕舎の中にある総帥用の天幕で、蒙驁と茶を飲んでいた。白起は蒙驁の昇進を期待し、出撃前の激励として、茶を振舞っていた。
「白起殿は、此度の戦において各国の軍から勇猛な話を聞かないことについてどのように思いますか。自分は、実際に前線に出て感じたのですが、斉の兵はすこぶる士気が低いです。それ故、英雄が活躍する間もなく、城が陥ちてしまうからだと思っています」
「私は……政が理由だと思っている。降伏する兵は殺さず、力で強行突破をしようとはしない。全ての国が、斉を完全に滅ぼした後、その広大な領地を統治することを考えているのだ」
「変わられましたな。以前のあなたなら、政というものを嫌い、それを語ろうとはしなかったでしょう」
「私も、自分が変わってしまったと思う。だが、国尉として宮廷にも影響力を持つ存在である以上、否(いや)が応でも政というものについて考える機会が多くてな……」
「立場や環境に応じて変わっていかねばならぬのも、人生というものでしょう。故郷を離れ、子を育て、位が上がり姓を賜り、子に女ができる。その時々で、私も変わっていきました」
「蒙武殿にも女ができたか。もう大人だものな……」
 一瞬、白起は微笑んだ。その顔を見て、蒙驁も頬が緩んだ。顔を合わせる度に、白起は凄まじい剣幕で常に殺気立っていたから、少しでも肩の荷が下りたであろう姿に安堵したのだ。
 しかし白起はまたすぐに元の形相に戻った。
「楚軍が動かぬことについて、そなたはどう考えるか」
「分かりません。大国ですし、攻める余裕がない……などとは考え辛いです。策があるとすれば、合従軍を裏切り、臨淄を包囲する合従軍を斉軍とともに挟撃……というのもあるでしょうか」
「有り得るな……。政としても、我が秦が天下一の強国とならぬように、斉を助けようとしているとも考えられる。しかしそれよりも、ともに斉を叩き、割譲された地続きの斉の領地を支配する方が、より軍を整え安く、勢力を拡大させられるとと思うのだ。解せぬな……」
 白起は楚の動きが分からぬことに首を傾げることしか、できなかった。
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