第54話 牛鬼と濡女〈十一〉
重量感のある巨大な斧――大斧が、唸りを上げて九鬼の頚部に迫り来る。それを半歩退いてやり過ごそうとしたところ、極限まで研ぎ澄まされた本能が警鐘を鳴らした。
「!!」
九鬼はとっさに後方に跳んだ。
跳びながら必死に仰け反った顎の先を、妖気を纏った鋭利な刃が高速で掠っていく。
両手で柄を握っていたはずの野分が、片腕を伸ばして柄の先を支えているのを視界の端で捉えた。
(チャンスだ!)
つま先が岩場に触れるや否や、すかさず前に出て野分の手から大斧を叩き落とそうとする。
突き出した手は、虚しく空を切った。
(やはり、そう甘くはないか)
九鬼は小さく舌打ちをすると、今度は真上から迫ってきた刃を半身になって捌き、大斧を踏みつけようと試みた。
「……あの男、本当に人間か? 私も長く生きてきたが、体術のみで牛鬼と渡り合う人間など、見たことも聞いたこともないぞ」
那智が、その常識外れな戦いを目の当たりにして絶句している。愛する男を人間の術者が追い詰めるこの状況に本来はやきもきするところであるが、あまりの光景に一時、純粋な驚きに呑まれている。
「うちも、ここまでとは思っとらんかったわ……」
同じく戦いを見守っている楓も、上司の戦闘技術の異常さに言葉を失っている。体術に疎い楓とて、武器を持った相手に徒手空拳で挑むのが無謀極まりないということくらいは知っている。
このように感心の的となっている九鬼だったが、当の本人には余裕など微塵も無かった。
(……強い。見た目や気質だけでなく、孫悟空の好敵手としての実力までもが〈変質〉によって備わったとでもいうのか)
これが並の妖だったなら、今頃とっくに武器を取り上げて無力化できていたことだろう。しかし、牛魔王へと変質した野分の実力は、まさしく「王」を名乗るに相応しい達人級のものだった。
「チィ!」
軽快なステップを踏んで一旦間合いから外れると、眼球だけを動かして明の様子を確認する。陀羅尼の詠唱による霊力の充填は、半ばを過ぎようとしていた。
(せめて、武器の破壊はしておかねば。今の菊池には荷が重過ぎる)
九鬼は、磯場の奥に目を走らせた。そこに大小の石が大量に転がっていることは、日があるうちに確認済みである。
即席の武器を得るために、海とは反対側に走り出そうとしたその時だった。
〈室長!〉
頭の中に、梗子の声が響いた。
九鬼はすかさず、思念を送り返す。
〈伊良部、どこだ!?〉
実は、梗子とは体術の特訓のついでに思念伝達の練習も行っていた。複雑なやり取りはできないものの、短く単純な言葉なら、かなり鮮明な「声」として相手の頭の中に響かせることが可能となっている。
〈いつでも大丈夫です!〉
九鬼の問いに対して、外れた答えが返ってくる。他人が聞いても訳が分からないところであるが、梗子の性格や思考の傾向を把握している九鬼には、すぐにその意図が理解できた。
〈分かった、合図する!〉
返すと同時に、海に向かって全速力で走り出した。
「逃げるな卑怯者がァ!!」
目論見通り、野分は明や楓には目もくれずに追いかけてくる。九鬼は力強く岩場を蹴ると、墨を流し込んだような真っ暗な海へと飛び出した。
続いて野分も、大斧を片手に海へと足を踏み出そうとする。
「なにィ!?」
驚愕の光景に、思わず潮だまりに足を取られてしまった。
「どうした? 何をそんなに驚いている」
勢い余って海中で転倒しそうになった野分を、海面に立った九鬼がせせら笑う。
九鬼は、余裕の表情で構えをとると野分を手招きした。
「来るがいい。海は、お前の本拠地だろ? それとも……牛魔王へと変質したことで、海が怖くなったか?」
「貴様ァ!!」
激昂した野分は同じく海面上に立ち上がると、大斧を振り上げながら俊敏な動きで九鬼に飛びかかる。
水飛沫を激しく撒き散らしながら、岩のような巨体を持つふたりの男が死闘を再開した。
「ここが幽世とはいえ、ただの人間が水の上に立って戦うとは……」
「あないなこと、かなりの修練を積まんとできへんわ」
暗い海の上で舞のごとき武闘を繰り広げる九鬼と野分を、楓と那智は引き続き固唾を呑んで見守る。
その一方、水晶は最初から明のことしか見ていなかった。
「『……アビシンシャトマン・ソギャタバラバシャナウ・アミリタ……』」
長く複雑な尊勝陀羅尼を淀みなく詠唱する明の声に、水晶は身体の芯がじんわりと暖かくなるような心持ちを覚える。
明は今、硬い岩場の上で左膝を着き、右手で降魔印を結ぶことで簡単な結界を張っていた。また、左手の親指と人差し指の間には、108個の星月菩提樹と6個のラピスラズリ、紐房、銀輪で構成された数珠を掛けている。
「『……サマジンバサエンド・サラバタターギャタ・サマジンバサ・ジシュチテイ……』」
全ての悪業、魔障を浄化する力を持つ尊勝陀羅尼。それを明が詠唱することによって、明自身の霊力と絡み合いながら、星月菩提樹の数珠に浄化の力が蓄積されていく。
「『……キリダヤ・ジシュタナウ・ジシュチタ・マカボダレイ・ソワカ』!」
明は詠唱を終えると同時に、直刀を手に取って立ち上がった。その全身からは、幽世の闇を照らし尽くさんばかりの威光が放たれている。
(きれい……)
初めて目にする主の晴れ姿に、水晶は思わず魅入ってしまう。
(仏さまだけじゃない。我が主の……明様の優しさが満ち溢れている……)
明は、磯場から数メートル離れた海上に九鬼と野分の姿を認めた。一時的に神仏の力を得たことにより、昼間と同じように周囲の様子を認識することが可能となっている。明は慌てることなく、ゆったりとした足取りで波打ち際に近づいた。
同時に、九鬼と野分の勝負は帰結を迎えようとしていた。
「扮ッ!」
渾身のフルスイングを掻い潜り、九鬼はついに野分の懐に入ることに成功した。
大斧を持った腕を抑えるや否や、背負い投げの要領で鋭く海面に叩き付ける。
「ぐあっ」
盛大な水飛沫の合間から大斧をもぎ取ると、膝に叩きつけて真っ二つに折った上で遠く磯場へと投げ捨ててしまった。
九鬼は素早く野分から距離を取る。
「……まあ良い、ここからが本当の勝負だ。その腐りきった首、じっくりと時間をかけて引き千切ってやるぜ」
再び海面上に立ち上がった野分が、凶悪な笑みを浮かべて九鬼を睨めつける。
〈今だ!〉
九鬼が、思念を発した。
直後、野分の足元から青色の光芒が飛び出し、目にも止まらぬ速さで野分の身体に巻きついた。
「うぐっ!?」
青色と黒褐色の縞模様が目にも鮮やかな蛇の胴体が、筋骨隆々とした野分の巨体をギチギチと締め上げる。
「行っけえ、菊池! 俺には構うな!」
後ろから野分の角を掴んだ梗子が大声で叫ぶ。
「離しやがれ!」
「うるせぇ! 死んでも離すもんか!」
当然、野分は暴れようとするが、筋肉の塊たる蛇の胴体による拘束を解くことは並大抵のことでは無い。
波打ち際に辿り着いた明は、怒りの感情に染まり切った野分を凪いだ海のような静かな瞳で見つめていた。
(今、元の牛鬼に戻してやるよ)
無残にも引き裂かれた牛鬼と濡女への誓いを胸に、直刀と数珠を構えて腹の底から叫んだ。
「『愛染明王ニ祈願ス』!」
愛染明王。煩悩即菩提、愛欲を悟りへと浄化する、忿怒の形相を浮かべた神。かの存在ならば、数多の人間を手にかけてきた罪深き妖であろうと、互いに互いを愛する心に免じて救いの手を差し伸べるはずだと明は考えたのだ。
「『オン・マカラギャ・バザロウシュニシャ・バザラサトバ・ジャクウン・バンコク』」
愛染明王真言を唱えながら、数珠を刀身に翳してゆっくりと滑らせていく。仄かに赤い光を反射する刀身に、真言を表す梵字が力強く刻み込まれる。
唱え終わると、数珠を懐に仕舞ってから金属製の柄を両手で強く握った。
刹那、愛染明王の姿を観想する。
そして、明自身の純粋な願いを祈りの言葉として昇華させた。
「邪悪なる支配を打ち砕き、愛の心を取り戻せ!」
言い終えると同時に、固い岩場を蹴って跳躍する。
野分よりも高い宙で一回転すると、落下の勢いと共に脳天目がけて直刀を突き立てた。
「ぐあああっ!」
「うぎゃっ」
直刀が見事に兜を粉砕し、その衝撃で梗子はあっさりと戦闘から弾き出される。
「ひぎいぃ!」
振り落とされないように野分の肩に両足を突っ張り、直刀をズブズブと頭部に沈めていく。そこから一刀両断にしようと、真下に向けて直刀を動かそうとした。
「っ!」
野分の巨大な手が、明の頭部を左右からガッシリと鷲掴みにした。
「イキったガキが、調子乗りやがって……」
巨大な単眼に憎悪の念を込めて明を睨みつけながら、鷲掴みにした手で明の頭部を圧迫する。
「……ぐ」
明の顔が、苦痛に歪んだ。
頭蓋が軋み、下顎がミシミシと耳障りな音を立てる。
鉤爪が柔らかな皮膚に深く食い込み、明の顔があらぬ方向にジリジリと引っ張られていく。
(捻じ切るか、潰すつもりだ……!)
神仏の威光を纏っているとはいえ、実体を持つ人間である以上、このままでは間違いなく取り返しのつかない結果になる。
(もっとだ。もっと霊力を、祈りを込めなければ)
ミシッ。
明の頭蓋が、一際大きく軋んだ。
野分の手のひらから邪悪な力がジワジワと染み込み、靄のように明の視界を覆い始める。
明の脳裏に、潰れたトマトの映像が浮かんだ。
「あっ……!」
水晶が、喉の奥で小さく悲鳴を上げた。
明の頭部が、鉤爪の生えた巨大な手で鷲掴みにされている。このままでは無事では済まされないことは、水晶にも容易に予測できてしまった。
(このままだと、明様が)
牛魔王・野分に、明が敗れる。
その光景を想像した途端、水晶を満たしていた暖かな気持ちが消え去り、腹の底が急速に氷のように冷えていった。
(明様が、居なくなる……?)
明が、この世界に存在しなくなる。
それは、ふたりで海を眺めながら歩くことも、現世の様々な知識を教えてもらうことも、永遠に叶わなくなるということ――
『これは、〈かもめの水兵さん〉という童謡だよ』
電子ピアノを前に、穏やかな顔で微笑む明の姿が鮮明に蘇る。
『でも、水晶はカモメじゃないもんな。怒らせちゃったらごめんな』
『そんなっ! これ、すっごく好きです!』
勢い込んでそう答えると、明は驚いたように目を見開いた。それから再び優しく微笑むと、楽譜を水晶に差し出したのだ。
『良かったら、歌ってみないか? 水晶なら、きっと上手く歌えると思う』
水晶の頭の中に、〈かもめの水兵さん〉の楽しげな旋律が響いて、すぐに消えた。
(まだ、ちゃんと歌えてないのに……もっと、たくさん聴きたいのに……)
こうしている間にも、鷲掴みにされた明の頭部がジワリジワリと捻じ曲げられていく。
命の灯火が、目の前で吹き消されようとしている。
(そんなの、嫌だ!)
かつて経験した事の無い、生きながらに翼をもがれるようなおぞましい恐怖が水晶を襲った。
恐慌状態に陥った水晶は、なりふり構わず飛び出そうとする。
「!?」
水晶の首根っこを、武骨な手がむんずと掴んで引き戻した。慌てて振り向くと、いつの間にか自分の背後に忍び寄っていた九鬼と視線がかち合う。
「離して!!」
九鬼の手を振り解こうと、滅茶苦茶に翼を振り回す。
(早く、早く助けないと!)
オオミズナギドリの力強い翼が、バサバサと九鬼の顔を連続で叩く。しかし、九鬼は嫌な顔をするでもなく、鋭く大きな声で一喝した。
「お前は、自分の主が信じられないのかっ!」
「……っ!」
水晶の動きが止まった。
そろそろと顔を上げて、九鬼の表情を確認してみる。
「……」
その厳つい顔からは、昼間のような冷淡さは一切感じられなかった。代わりに、凄まじい覚悟を秘めた瞳で、野分の攻撃を受ける明を直視している。
(この人、やっぱり……)
水晶は姿勢を正すと、今度は冷静な気持ちになって戦いの様子を観察してみる。
「あっ」
水晶は瞠目した。
命の瀬戸際に追い込まれてもなお、明の瞳には燃え盛るような闘志が漲っている。
劣勢に思われた戦いは今、拮抗を経て攻勢に転じようとしていた。
骨が軋む音を聞きながら、明は水晶の顔を思い浮かべる。
(まだ、死ねない。あんなに俺を慕ってくれているあの子を置いていくなんて、そんな酷いこと……)
あの日。曇天から差す陽光に柔らかな髪とトビウオのヒレを煌めかせながら、少女は誓いの言葉を口にした。
『これより後、我が命の尽きるまで。我が主の式神として、誠心誠意、務めさせていただくことを誓います』
これほどまでにひたむきで純粋な気持ちが、他に存在するだろうか。
(死なないというだけじゃ駄目だ。何がなんでも、この戦いに勝たなければ!)
今ここで野分に敗れることは、何の疑念も邪心もなく自分を信頼している少女への重大な背信行為に等しい。
この命も、人生も、最早自分だけのものでは無い。野分を牛鬼に戻した上で生還する以外の選択肢など、存在しない。
「がっ……」
掴まれた下顎から、ピキリと乾いた音が響いた。抵抗しようにも、頭部が万力で固定されたかのようにビクともしない。
(だったら、霊力で対抗するしかない。定められた手順なんかどうでもいい、とにかく極限まで絞り尽くせ!)
明は、食いしばった歯の隙間から唸り声を上げながら血走った目を見開いた。直刀を更に強く握り締めて、あらん限りの気力と筋力で何とか直刀を動かそうとする。
『――つまり、どんな系統の術を用いるにしても、そこにどれだけの強い想いを込められるかが一番大事ってことになるのかな』
朝霧まりかの澄んだ声が、濁りかけていた明の視界に一筋の光を投げかける。
(俺の、想い……)
明は、憤怒の形相で自分を睨みつける野分を見つめる。
幾多の人間を喰らってきた牛鬼が、今度はその人間によって罠にかけられ、利用されている。普通の術者ならば因果応報と断ずるのだろうが、明としてはあまり良い気分にはならない。
しかし、それよりも遥かに我慢のならないことがあるのだ。
(……そうか。俺は、怒ってるのか)
ようやくそれを自覚したことで、明の心にふつふつと怒りが湧いてくる。
巧妙な策略によって愛する女を取り上げられ、更には記憶を操作され、本当に愛しているはずの女が目の前に居るというのに認識することすら出来ない。
(許せない)
明は、那智の儚い笑顔を思い出す。
冷然とした蛇の女が、愛する男と添い遂げることを望むに至るまでの道程など、自分のような何かが欠けた人間にはとても想像の及ばない事だと思う。
それでも、これだけは理解出来る。
野分と那智、このふたりの愛は、真に尊いものであるということを。
「ぐぐっ……」
僅かに刀身が動いた。同時に、捻じ曲げられようとしていた頭部も、野分の怪力に抵抗してジリジリと正面に戻りつつある。
「!? この」
異変に気が付いた野分が、頭部を掴む手に一層力を込めようとした。
「野分ーーーッ!!」
那智の絶叫が、幽世の闇を切り裂いた。
胸が苦しくなるような悲痛な響きに、一瞬だけ野分の動きが止まる。
この機を逃さず、明は全力を振り絞って野分の手を振り払うと、全身全霊の怒りを込めて咆哮した。
「愛し合うふたりの、邪魔をするなァ!!」
想いの強さに呼応するように、固く握り締めた金属製の柄が、可聴領域限界の甲高い音を立てて振動した。
キィィィーーン……
野分の頭部に深く刺さった刀身が輝きを放ち、そこから火焔が巻き起こる。
あらゆる悪業と魔障を焼き尽くす炎が、明ごと野分を包み込んだ。
「――――――――ッ!」
壮絶な苦痛に、野分が声にならない悲鳴を上げる。
「チクショオオッ!」
最後の足掻きとして鉤爪で明の背中を引き裂こうとするも、清浄な炎がことごとく無力化してしまう。
(直刀に霊力が……というより、こいつが俺の霊力を吸い取ってるのか?)
明は、胃が引っ張られるような奇妙な感覚に身を委ねると、野分の身体から両足を離して、全体重を直刀に乗せた。
「うおおおおっ!!」
「あぎゃぎゃぎゃぎゃっ」
閃光が、野分の巨体を両断した。
裂け目から七色の光が迸り、野分を支配していた邪悪な力が浄化されていく。中国風の鎧は剥がれ落ち、野分の単眼から光が失せる。
「ごぷ……」
背中から海面に落下し、全身が海中に没したところで明の意識が遠のいた――
「菊池! おい、大丈夫か!」
「我が主よ!」
「げほっ、うえ…………うん……はい、なんとか」
鼻から気管支に入りかけていた海水を、涙目になってえずきながら吐き出す。
意識が消失していたのは、ほんの数秒間のことだったらしい。
(とはいえ、これって立派な溺水事案じゃねえか……)
明は情けない気持ちになりながら、自分を海中から引き揚げてくれた梗子に礼を言った。
「すみません、ありがとうございます……」
「気にすんなよ。お前は十分にやり切ったって」
梗子が励ますように笑いかけながら、少し離れた海中で呆然と座り込んでいる野分を顎で示した。しかし、すぐに笑みを消すと、断崖絶壁の彼方に顔を向ける。
「悪いけど、余韻に浸ってる暇はねえ。すぐに村上さんの応援に向かわねえと」
「っ!」
明はすぐに事情を察した。梗子がわざわざ戻ってきた理由など、ひとつしかない。
「水晶!」
「はい、いつでも!」
明の呼びかけに、水晶が力強く頷いた。その上で、梗子の背後に立つ九鬼に対して許可を求める。
「室長。水晶を先行させた上で、俺も向かいます」
「ああ、頼んだ」
話はすぐにまとまった。
水晶が飛び去ると、明も続いて磯場を歩き出そうとする。すると、蛇身姿の梗子がくるりと背中を向けてきた。
「菊池、乗れ。ただでさえ疲れてるんだし、俺が運んだ方が早いだろ」
「えっ……あの」
「つべこべ言わずにさっさと乗れ!」
「うわっ!?」
痺れを切らした梗子は強引に明を背中に乗せると、全速力で夜の岩礁地帯を這っていったのだった。
「!!」
九鬼はとっさに後方に跳んだ。
跳びながら必死に仰け反った顎の先を、妖気を纏った鋭利な刃が高速で掠っていく。
両手で柄を握っていたはずの野分が、片腕を伸ばして柄の先を支えているのを視界の端で捉えた。
(チャンスだ!)
つま先が岩場に触れるや否や、すかさず前に出て野分の手から大斧を叩き落とそうとする。
突き出した手は、虚しく空を切った。
(やはり、そう甘くはないか)
九鬼は小さく舌打ちをすると、今度は真上から迫ってきた刃を半身になって捌き、大斧を踏みつけようと試みた。
「……あの男、本当に人間か? 私も長く生きてきたが、体術のみで牛鬼と渡り合う人間など、見たことも聞いたこともないぞ」
那智が、その常識外れな戦いを目の当たりにして絶句している。愛する男を人間の術者が追い詰めるこの状況に本来はやきもきするところであるが、あまりの光景に一時、純粋な驚きに呑まれている。
「うちも、ここまでとは思っとらんかったわ……」
同じく戦いを見守っている楓も、上司の戦闘技術の異常さに言葉を失っている。体術に疎い楓とて、武器を持った相手に徒手空拳で挑むのが無謀極まりないということくらいは知っている。
このように感心の的となっている九鬼だったが、当の本人には余裕など微塵も無かった。
(……強い。見た目や気質だけでなく、孫悟空の好敵手としての実力までもが〈変質〉によって備わったとでもいうのか)
これが並の妖だったなら、今頃とっくに武器を取り上げて無力化できていたことだろう。しかし、牛魔王へと変質した野分の実力は、まさしく「王」を名乗るに相応しい達人級のものだった。
「チィ!」
軽快なステップを踏んで一旦間合いから外れると、眼球だけを動かして明の様子を確認する。陀羅尼の詠唱による霊力の充填は、半ばを過ぎようとしていた。
(せめて、武器の破壊はしておかねば。今の菊池には荷が重過ぎる)
九鬼は、磯場の奥に目を走らせた。そこに大小の石が大量に転がっていることは、日があるうちに確認済みである。
即席の武器を得るために、海とは反対側に走り出そうとしたその時だった。
〈室長!〉
頭の中に、梗子の声が響いた。
九鬼はすかさず、思念を送り返す。
〈伊良部、どこだ!?〉
実は、梗子とは体術の特訓のついでに思念伝達の練習も行っていた。複雑なやり取りはできないものの、短く単純な言葉なら、かなり鮮明な「声」として相手の頭の中に響かせることが可能となっている。
〈いつでも大丈夫です!〉
九鬼の問いに対して、外れた答えが返ってくる。他人が聞いても訳が分からないところであるが、梗子の性格や思考の傾向を把握している九鬼には、すぐにその意図が理解できた。
〈分かった、合図する!〉
返すと同時に、海に向かって全速力で走り出した。
「逃げるな卑怯者がァ!!」
目論見通り、野分は明や楓には目もくれずに追いかけてくる。九鬼は力強く岩場を蹴ると、墨を流し込んだような真っ暗な海へと飛び出した。
続いて野分も、大斧を片手に海へと足を踏み出そうとする。
「なにィ!?」
驚愕の光景に、思わず潮だまりに足を取られてしまった。
「どうした? 何をそんなに驚いている」
勢い余って海中で転倒しそうになった野分を、海面に立った九鬼がせせら笑う。
九鬼は、余裕の表情で構えをとると野分を手招きした。
「来るがいい。海は、お前の本拠地だろ? それとも……牛魔王へと変質したことで、海が怖くなったか?」
「貴様ァ!!」
激昂した野分は同じく海面上に立ち上がると、大斧を振り上げながら俊敏な動きで九鬼に飛びかかる。
水飛沫を激しく撒き散らしながら、岩のような巨体を持つふたりの男が死闘を再開した。
「ここが幽世とはいえ、ただの人間が水の上に立って戦うとは……」
「あないなこと、かなりの修練を積まんとできへんわ」
暗い海の上で舞のごとき武闘を繰り広げる九鬼と野分を、楓と那智は引き続き固唾を呑んで見守る。
その一方、水晶は最初から明のことしか見ていなかった。
「『……アビシンシャトマン・ソギャタバラバシャナウ・アミリタ……』」
長く複雑な尊勝陀羅尼を淀みなく詠唱する明の声に、水晶は身体の芯がじんわりと暖かくなるような心持ちを覚える。
明は今、硬い岩場の上で左膝を着き、右手で降魔印を結ぶことで簡単な結界を張っていた。また、左手の親指と人差し指の間には、108個の星月菩提樹と6個のラピスラズリ、紐房、銀輪で構成された数珠を掛けている。
「『……サマジンバサエンド・サラバタターギャタ・サマジンバサ・ジシュチテイ……』」
全ての悪業、魔障を浄化する力を持つ尊勝陀羅尼。それを明が詠唱することによって、明自身の霊力と絡み合いながら、星月菩提樹の数珠に浄化の力が蓄積されていく。
「『……キリダヤ・ジシュタナウ・ジシュチタ・マカボダレイ・ソワカ』!」
明は詠唱を終えると同時に、直刀を手に取って立ち上がった。その全身からは、幽世の闇を照らし尽くさんばかりの威光が放たれている。
(きれい……)
初めて目にする主の晴れ姿に、水晶は思わず魅入ってしまう。
(仏さまだけじゃない。我が主の……明様の優しさが満ち溢れている……)
明は、磯場から数メートル離れた海上に九鬼と野分の姿を認めた。一時的に神仏の力を得たことにより、昼間と同じように周囲の様子を認識することが可能となっている。明は慌てることなく、ゆったりとした足取りで波打ち際に近づいた。
同時に、九鬼と野分の勝負は帰結を迎えようとしていた。
「扮ッ!」
渾身のフルスイングを掻い潜り、九鬼はついに野分の懐に入ることに成功した。
大斧を持った腕を抑えるや否や、背負い投げの要領で鋭く海面に叩き付ける。
「ぐあっ」
盛大な水飛沫の合間から大斧をもぎ取ると、膝に叩きつけて真っ二つに折った上で遠く磯場へと投げ捨ててしまった。
九鬼は素早く野分から距離を取る。
「……まあ良い、ここからが本当の勝負だ。その腐りきった首、じっくりと時間をかけて引き千切ってやるぜ」
再び海面上に立ち上がった野分が、凶悪な笑みを浮かべて九鬼を睨めつける。
〈今だ!〉
九鬼が、思念を発した。
直後、野分の足元から青色の光芒が飛び出し、目にも止まらぬ速さで野分の身体に巻きついた。
「うぐっ!?」
青色と黒褐色の縞模様が目にも鮮やかな蛇の胴体が、筋骨隆々とした野分の巨体をギチギチと締め上げる。
「行っけえ、菊池! 俺には構うな!」
後ろから野分の角を掴んだ梗子が大声で叫ぶ。
「離しやがれ!」
「うるせぇ! 死んでも離すもんか!」
当然、野分は暴れようとするが、筋肉の塊たる蛇の胴体による拘束を解くことは並大抵のことでは無い。
波打ち際に辿り着いた明は、怒りの感情に染まり切った野分を凪いだ海のような静かな瞳で見つめていた。
(今、元の牛鬼に戻してやるよ)
無残にも引き裂かれた牛鬼と濡女への誓いを胸に、直刀と数珠を構えて腹の底から叫んだ。
「『愛染明王ニ祈願ス』!」
愛染明王。煩悩即菩提、愛欲を悟りへと浄化する、忿怒の形相を浮かべた神。かの存在ならば、数多の人間を手にかけてきた罪深き妖であろうと、互いに互いを愛する心に免じて救いの手を差し伸べるはずだと明は考えたのだ。
「『オン・マカラギャ・バザロウシュニシャ・バザラサトバ・ジャクウン・バンコク』」
愛染明王真言を唱えながら、数珠を刀身に翳してゆっくりと滑らせていく。仄かに赤い光を反射する刀身に、真言を表す梵字が力強く刻み込まれる。
唱え終わると、数珠を懐に仕舞ってから金属製の柄を両手で強く握った。
刹那、愛染明王の姿を観想する。
そして、明自身の純粋な願いを祈りの言葉として昇華させた。
「邪悪なる支配を打ち砕き、愛の心を取り戻せ!」
言い終えると同時に、固い岩場を蹴って跳躍する。
野分よりも高い宙で一回転すると、落下の勢いと共に脳天目がけて直刀を突き立てた。
「ぐあああっ!」
「うぎゃっ」
直刀が見事に兜を粉砕し、その衝撃で梗子はあっさりと戦闘から弾き出される。
「ひぎいぃ!」
振り落とされないように野分の肩に両足を突っ張り、直刀をズブズブと頭部に沈めていく。そこから一刀両断にしようと、真下に向けて直刀を動かそうとした。
「っ!」
野分の巨大な手が、明の頭部を左右からガッシリと鷲掴みにした。
「イキったガキが、調子乗りやがって……」
巨大な単眼に憎悪の念を込めて明を睨みつけながら、鷲掴みにした手で明の頭部を圧迫する。
「……ぐ」
明の顔が、苦痛に歪んだ。
頭蓋が軋み、下顎がミシミシと耳障りな音を立てる。
鉤爪が柔らかな皮膚に深く食い込み、明の顔があらぬ方向にジリジリと引っ張られていく。
(捻じ切るか、潰すつもりだ……!)
神仏の威光を纏っているとはいえ、実体を持つ人間である以上、このままでは間違いなく取り返しのつかない結果になる。
(もっとだ。もっと霊力を、祈りを込めなければ)
ミシッ。
明の頭蓋が、一際大きく軋んだ。
野分の手のひらから邪悪な力がジワジワと染み込み、靄のように明の視界を覆い始める。
明の脳裏に、潰れたトマトの映像が浮かんだ。
「あっ……!」
水晶が、喉の奥で小さく悲鳴を上げた。
明の頭部が、鉤爪の生えた巨大な手で鷲掴みにされている。このままでは無事では済まされないことは、水晶にも容易に予測できてしまった。
(このままだと、明様が)
牛魔王・野分に、明が敗れる。
その光景を想像した途端、水晶を満たしていた暖かな気持ちが消え去り、腹の底が急速に氷のように冷えていった。
(明様が、居なくなる……?)
明が、この世界に存在しなくなる。
それは、ふたりで海を眺めながら歩くことも、現世の様々な知識を教えてもらうことも、永遠に叶わなくなるということ――
『これは、〈かもめの水兵さん〉という童謡だよ』
電子ピアノを前に、穏やかな顔で微笑む明の姿が鮮明に蘇る。
『でも、水晶はカモメじゃないもんな。怒らせちゃったらごめんな』
『そんなっ! これ、すっごく好きです!』
勢い込んでそう答えると、明は驚いたように目を見開いた。それから再び優しく微笑むと、楽譜を水晶に差し出したのだ。
『良かったら、歌ってみないか? 水晶なら、きっと上手く歌えると思う』
水晶の頭の中に、〈かもめの水兵さん〉の楽しげな旋律が響いて、すぐに消えた。
(まだ、ちゃんと歌えてないのに……もっと、たくさん聴きたいのに……)
こうしている間にも、鷲掴みにされた明の頭部がジワリジワリと捻じ曲げられていく。
命の灯火が、目の前で吹き消されようとしている。
(そんなの、嫌だ!)
かつて経験した事の無い、生きながらに翼をもがれるようなおぞましい恐怖が水晶を襲った。
恐慌状態に陥った水晶は、なりふり構わず飛び出そうとする。
「!?」
水晶の首根っこを、武骨な手がむんずと掴んで引き戻した。慌てて振り向くと、いつの間にか自分の背後に忍び寄っていた九鬼と視線がかち合う。
「離して!!」
九鬼の手を振り解こうと、滅茶苦茶に翼を振り回す。
(早く、早く助けないと!)
オオミズナギドリの力強い翼が、バサバサと九鬼の顔を連続で叩く。しかし、九鬼は嫌な顔をするでもなく、鋭く大きな声で一喝した。
「お前は、自分の主が信じられないのかっ!」
「……っ!」
水晶の動きが止まった。
そろそろと顔を上げて、九鬼の表情を確認してみる。
「……」
その厳つい顔からは、昼間のような冷淡さは一切感じられなかった。代わりに、凄まじい覚悟を秘めた瞳で、野分の攻撃を受ける明を直視している。
(この人、やっぱり……)
水晶は姿勢を正すと、今度は冷静な気持ちになって戦いの様子を観察してみる。
「あっ」
水晶は瞠目した。
命の瀬戸際に追い込まれてもなお、明の瞳には燃え盛るような闘志が漲っている。
劣勢に思われた戦いは今、拮抗を経て攻勢に転じようとしていた。
骨が軋む音を聞きながら、明は水晶の顔を思い浮かべる。
(まだ、死ねない。あんなに俺を慕ってくれているあの子を置いていくなんて、そんな酷いこと……)
あの日。曇天から差す陽光に柔らかな髪とトビウオのヒレを煌めかせながら、少女は誓いの言葉を口にした。
『これより後、我が命の尽きるまで。我が主の式神として、誠心誠意、務めさせていただくことを誓います』
これほどまでにひたむきで純粋な気持ちが、他に存在するだろうか。
(死なないというだけじゃ駄目だ。何がなんでも、この戦いに勝たなければ!)
今ここで野分に敗れることは、何の疑念も邪心もなく自分を信頼している少女への重大な背信行為に等しい。
この命も、人生も、最早自分だけのものでは無い。野分を牛鬼に戻した上で生還する以外の選択肢など、存在しない。
「がっ……」
掴まれた下顎から、ピキリと乾いた音が響いた。抵抗しようにも、頭部が万力で固定されたかのようにビクともしない。
(だったら、霊力で対抗するしかない。定められた手順なんかどうでもいい、とにかく極限まで絞り尽くせ!)
明は、食いしばった歯の隙間から唸り声を上げながら血走った目を見開いた。直刀を更に強く握り締めて、あらん限りの気力と筋力で何とか直刀を動かそうとする。
『――つまり、どんな系統の術を用いるにしても、そこにどれだけの強い想いを込められるかが一番大事ってことになるのかな』
朝霧まりかの澄んだ声が、濁りかけていた明の視界に一筋の光を投げかける。
(俺の、想い……)
明は、憤怒の形相で自分を睨みつける野分を見つめる。
幾多の人間を喰らってきた牛鬼が、今度はその人間によって罠にかけられ、利用されている。普通の術者ならば因果応報と断ずるのだろうが、明としてはあまり良い気分にはならない。
しかし、それよりも遥かに我慢のならないことがあるのだ。
(……そうか。俺は、怒ってるのか)
ようやくそれを自覚したことで、明の心にふつふつと怒りが湧いてくる。
巧妙な策略によって愛する女を取り上げられ、更には記憶を操作され、本当に愛しているはずの女が目の前に居るというのに認識することすら出来ない。
(許せない)
明は、那智の儚い笑顔を思い出す。
冷然とした蛇の女が、愛する男と添い遂げることを望むに至るまでの道程など、自分のような何かが欠けた人間にはとても想像の及ばない事だと思う。
それでも、これだけは理解出来る。
野分と那智、このふたりの愛は、真に尊いものであるということを。
「ぐぐっ……」
僅かに刀身が動いた。同時に、捻じ曲げられようとしていた頭部も、野分の怪力に抵抗してジリジリと正面に戻りつつある。
「!? この」
異変に気が付いた野分が、頭部を掴む手に一層力を込めようとした。
「野分ーーーッ!!」
那智の絶叫が、幽世の闇を切り裂いた。
胸が苦しくなるような悲痛な響きに、一瞬だけ野分の動きが止まる。
この機を逃さず、明は全力を振り絞って野分の手を振り払うと、全身全霊の怒りを込めて咆哮した。
「愛し合うふたりの、邪魔をするなァ!!」
想いの強さに呼応するように、固く握り締めた金属製の柄が、可聴領域限界の甲高い音を立てて振動した。
キィィィーーン……
野分の頭部に深く刺さった刀身が輝きを放ち、そこから火焔が巻き起こる。
あらゆる悪業と魔障を焼き尽くす炎が、明ごと野分を包み込んだ。
「――――――――ッ!」
壮絶な苦痛に、野分が声にならない悲鳴を上げる。
「チクショオオッ!」
最後の足掻きとして鉤爪で明の背中を引き裂こうとするも、清浄な炎がことごとく無力化してしまう。
(直刀に霊力が……というより、こいつが俺の霊力を吸い取ってるのか?)
明は、胃が引っ張られるような奇妙な感覚に身を委ねると、野分の身体から両足を離して、全体重を直刀に乗せた。
「うおおおおっ!!」
「あぎゃぎゃぎゃぎゃっ」
閃光が、野分の巨体を両断した。
裂け目から七色の光が迸り、野分を支配していた邪悪な力が浄化されていく。中国風の鎧は剥がれ落ち、野分の単眼から光が失せる。
「ごぷ……」
背中から海面に落下し、全身が海中に没したところで明の意識が遠のいた――
「菊池! おい、大丈夫か!」
「我が主よ!」
「げほっ、うえ…………うん……はい、なんとか」
鼻から気管支に入りかけていた海水を、涙目になってえずきながら吐き出す。
意識が消失していたのは、ほんの数秒間のことだったらしい。
(とはいえ、これって立派な溺水事案じゃねえか……)
明は情けない気持ちになりながら、自分を海中から引き揚げてくれた梗子に礼を言った。
「すみません、ありがとうございます……」
「気にすんなよ。お前は十分にやり切ったって」
梗子が励ますように笑いかけながら、少し離れた海中で呆然と座り込んでいる野分を顎で示した。しかし、すぐに笑みを消すと、断崖絶壁の彼方に顔を向ける。
「悪いけど、余韻に浸ってる暇はねえ。すぐに村上さんの応援に向かわねえと」
「っ!」
明はすぐに事情を察した。梗子がわざわざ戻ってきた理由など、ひとつしかない。
「水晶!」
「はい、いつでも!」
明の呼びかけに、水晶が力強く頷いた。その上で、梗子の背後に立つ九鬼に対して許可を求める。
「室長。水晶を先行させた上で、俺も向かいます」
「ああ、頼んだ」
話はすぐにまとまった。
水晶が飛び去ると、明も続いて磯場を歩き出そうとする。すると、蛇身姿の梗子がくるりと背中を向けてきた。
「菊池、乗れ。ただでさえ疲れてるんだし、俺が運んだ方が早いだろ」
「えっ……あの」
「つべこべ言わずにさっさと乗れ!」
「うわっ!?」
痺れを切らした梗子は強引に明を背中に乗せると、全速力で夜の岩礁地帯を這っていったのだった。