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作者: こむらまこと
【IF時空】菊池明と水晶 佐渡島にて狢たちと邂逅す
※菊池明と水晶が佐渡島の狢たちと接触したらどんな展開になるのかというIFネタです。
※本編の展開とは一切関係ありません。
※若干ネタに走ってます。


―― ―― ――


 菊池あきらが八大龍王神社の小さな鳥居を潜り抜けた途端、水晶が叫びながら明の前に飛び出した。
「危ない!」
 直後、薄暗い木立の中から金属製の鎖が飛び出し、水晶の細い脚に固く巻き付く。
「鎖!?」 
「動くな」
 冷ややかな声が、別の方向から響いた。明は目だけを動かして、声の主を確認しようとする。
「確かに、お前らを呼びつけたのはこっちだけどよお」
 狛犬の背後から、狢の耳と尻尾を生やした中年の男が現れた。無精髭を生やした野暮ったい印象の見た目に似合わぬ鋭い眼光が、明と水晶を的確に射抜いている。
「……困るんだよなあ。そんな物騒なガキンチョを連れて、この島をうろつかれるのは」
「!!」
 男の言葉に、明は一気に背筋が冷え込むのを感じた。
(まさか、最初から水晶を狙っていたのか?)
 海鳥と魚の姿をした式神の少女・水晶は、元々は戦勝神・毘沙門天の護法童子として生み出された存在だった。見た目こそ可愛らしい少女の姿をしているが、ひとたび本気を出せば、一瞬のうちに怪異を葬り去ってしまう規格外の力をその内に秘めている。
 そのため、小さな妖たちを怖がらせないように普段から気配を抑えてるようにしているという話を、水晶は以前、明に語ったことがあった。
(つまり、こいつらは水晶の本質を見破っていると考えて間違いない。流石は、佐渡島の幽世を支配する大狢といったところか)
 明は、鎖を投げつけてきた男にもそろりと視線を移してみる。
 裾が擦り切れた袈裟と、狢らしき獣の顔が描かれたお面。その無骨な手に構えるのは、陣鎌じんかまの先に長い鎖が付いた鎖鎌くさりがまと呼ばれる武器と見られた。
「このっ……!」
 水晶が、狢面の男をキッと睨みつけながら鎖を振り解こうとした。
「待て!!」
「ッ!」
 明の命令により、水晶はすんでのことで全ての動作を停止した。
「…………ッ」
 発動しかけた術を収束させつつも、敵意を込めて狢面の男を睨み続ける。
 一発触発の空気が漂う中、明は腕時計として右手首に収まっている妖刀の名を口にした。
「〈水薙〉!」
 明の呼びかけに応え、〈水薙〉が輝きを放ちながら変形し、吸い込まれるようにして明の手の中に収まる。反りのない刀身に、同じく反りのない切先きっさき。金属製の柄には龍の姿が彫り込まれており、柄の先に付いた環状の透かし彫り細工もまた龍の姿をしている。
 狢たちから発せられる殺気が更に膨れ上がるのを肌で感じながら、明は誠心誠意を込めて、ゆっくりと狢たちに話しかけた。
「……この妖刀・〈水薙〉は、横浜港の龍神・蘇芳から授けられた龍神の宝具です」
 〈水薙〉の柄ではなく刀身を両手で保持することにより、自身に戦意が無いことを示す。
「佐渡島に滞在する間、我が式神・水晶に一切の力を行使させないことを、この〈水薙〉に誓います」
 明の言葉に、中年男の姿をした化け狢が訝しげに目を細めた。狢面を付けた化け狢は、何の反応も示さない。明はごくりと唾を飲み込むと、怯む事なく更に言葉を続ける。
「また、水晶のとった行動によって生じた結果にかかる全責任を、あるじである俺が引き受けることも誓います。だから…………どうか、この子を放してやってもらえませんか」
「……」
「……」
 狢たちは、何の反応も示さない。
 そのまま耐え難い沈黙が続き、張り詰めた空気が限界に達しようと思われた時だった。
「もう充分だろう! 早く放してやらぬか!」
「そうだよ、放してやりなって」
 ふたり分の声が割って入ると同時に、宵闇に沈んでいた小さな境内が暖色系の優しい光で照らされた。突然の事に思わず上を見た水晶が、つぶらな瞳をパチクリとさせる。
「…………金魚さん?」
 明もまた、光源の正体に戸惑いの表情を浮かべる。
「これは、青森の金魚ねぷただな。あっちは、山口の金魚ちょうちんだ。でも、どうして……」
 いくつもの金魚ねぷたや金魚ちょうちんが宙を漂う可愛らしくも奇妙な光景を眺めていると、木立の方から、それぞれ老人と女の姿をした化け狢ふたりがこちらに近づいてきた。
「怖い思いをさせて、すまなかったね」
 老人の姿をした化け狢が、鎖から解き放たれた水晶の前に立って優しく微笑みかけた。
「我ら佐渡島の狢は、島や仲間を想う気持ちが強すぎて、いかんせん余所者への警戒心が強過ぎるきらいがあるのだよ。どうか、許してやってくれないか」
 申し訳なさそうにそう言うと、近くを漂っていた金魚ちょうちんを引き寄せる。
「私は、〈湖鏡庵の財喜坊さいきぼう〉。この通り、幻術を得意としている。これで、少しでも心を和ませてくれると嬉しいのだが」
「色ジジイが、毎度毎度オイシイところだけ持っていきやがって。つうか、そこは佐渡の名物を出すところだろうが」
 中年男の狢が、横からボソッと突っ込みを入れた。ついさっきまで発していた刺すような殺気は完全に消失し、今は眠そうな目でポリポリと髪を掻くなどしている。
 その眠そうな目が、ひょいと明の顔に向けられた。
「俺が、〈重屋の源助〉だ。まだ完全に信用したわけじゃねえが、あんちゃんが本気マジなことは、よーく理解できたぜ。まあ、いっちょよろしく頼むわ」
 中年男――源助はそう言うと、今度は狢面の男を見る。
「…………〈徳和の禅達〉だ」
 狢面の男が、ぶすっとした声で名乗った。鎖鎌は既にどこぞへと収め、代わりに撞木杖を地面に着いている。
「少しでもおかしな真似をしたら、この俺が許さぬからな」
「禅達ちゃん、いつまでもピリピリし過ぎだって!」
 源助の言葉に、狢面の向こうから再び殺気が膨れ上がった。剣呑な雰囲気を感じて距離を取ろうとしたところで、女の化け狢が待ってましたとばかりに明に迫ってくる。
「あたしは、〈関の寒戸〉だよ! あたしのことは『お杉』って呼んでね!」
 〈関の寒戸〉――お杉の服装は、お世辞にも神社という神聖な場に相応しいものとは言えなかった。ショート丈のノースリーブシャツに、マイクロミニ丈のデニムパンツ。おしゃれに編み込まれた茶髪と、引き締まったウエスト、極めつけに狢の耳と狢の尻尾という、渡辺隼人が見たら感激のあまり卒倒しそうな格好をしている。
 そのお杉が、スイカ大の乳房をムニッと明の背中に押し付けながら、明の制服をまさぐろうとしてきた。
「こんなに霊力が強くて、おまけに式神想いの優しい男の子がいるなんてねえ。お姉さん、感激のあまり涙がちょちょ切れそうだよお。ねえねえ、仕事が終わったらさ、あたしとふたりで――」
 お杉の声が途絶えた。
 明の手が、お杉の手をガッチリと捕えている。
「……この数珠は、亡くなった師からいただいた大切な品です。返してもらえませんか」
 一切動揺することなく静かに諭してくる明に、お杉の目が大きく見開かれる。
「ぶはっ!!」
 黙ってやり取りを見ていた源助が、たまらず吹き出した。
「最高だぜ、あんちゃん! そんだけ霊力が強けりゃ、本性を見破るくらいわけねえだろうな! 何せ、お杉は御年ウン百歳のお、ごぶっ」
 お杉の拳を鳩尾に受ける源助を呆れた顔で眺めていると、今度は禅達が明に迫ってきた。
「小僧! その数珠!」
「こ、この数珠が何か……?」
 先程までとはまるで別人のような異常な食い付きっぷりに、明はタジタジになりながらも誠実に応じようとする。
 しかし、それが間違いだった。 
「禅問答は分かるか!?」
「?? は、はい。少しなら」
「来い!!」
「!?」
 禅達は明の手をむんずと掴んで引っ張ると、一同から少し離れた地面に明を正座させて、自身も明と向かい合う形で胡座をかいた。
「我が主よ!」
「待ちなさい、お嬢さん」
 明を追おうとした水晶を、財喜坊がやんわりと引き止める。
「あんな偏屈者の趣味に、小さな女の子が付き合うことはないよ。話が終わるまで、わしの幻術で退屈を紛らわせてあげよう」
「……」
 水晶が、迷うように明を見た。老人が自分に向ける優しさや丁寧さが嘘偽りのないものであることは感じているものの、化け狢たちに対する警戒を未だ解く気になれないのも事実である。
 そんな水晶の心情を察した明は、安心させるように笑ってみせた。
「何かあったら、すぐにくれればいい。せっかくの幻術なんだ、心置きなく楽しんでくれ」
「……はい!」
 水晶は力強く返事をすると、財喜坊と改めて挨拶を交わして、めくるめく美しい幻術の世界を楽しみ始めた。
「あーあ、可哀想に。禅達ちゃんの話って、一度始まると三時間は止まらねえんだよなあ」
 源助が、お杉に打たれた腹をさすりながら同情の目で明を見る。
 ちょうどそこへ、鳥居を潜って団三郎が現れた。
「おう、親分」
 挨拶もそこそこに、源助は団三郎に対して状況説明を行う。
「――――ってな感じなんだけどよ。禅達のあれを止められるの、親分だけだぜ。どうにかしてくれねえか」
「うむ……」
 話を聞きながら明や水晶を観察していた団三郎だったが、源助の説明が終わると、近くで不機嫌そうに腕を組んでいるお杉にギョロリと視線を向けた。
「……お杉。そのチャラチャラした格好は一体どうした?」
「はあ? 別に?」
 お杉がツンとそっぽを向いた。
「誰かさんが囲碁を打つのに夢中であたしとの約束をすっぽかすから、若い男の子を揶揄からかって遊んでみようと思っただけですけど??」
「止めろ、お杉!!」
 源助は慌てて叫ぶと、冷や汗をかきながら明と団三郎を交互に見る。
(島の外の、それも役人だぞ。傷ひとつでもつけたら、どんな報復を受けるか分かったもんじゃねえ)
 かなり昔の話だが、団三郎には、お杉とねんごろになった船頭の男を半殺しの目に遭わせた前科がある。未遂に終わったとはいえ、団三郎が明に対して激昂しないでいられるとは言い切れない。
 しかし、団三郎の口をついて出たのは意外過ぎる言葉だった。
「…………たまには、そういうのも悪くねえな」
「は?」
「あ?」
 巨大な狢の姿をした団三郎が、若い女の姿をしたお杉を軽々と肩に担ぎ上げた。
「ち、ちょっと!?」
「え、親分!?」
 お杉の抗議の声には全く耳を貸さず、そのまま境内を離れてズシズシと木立の中に入っていく。
「ちょっと、あんた! あたしはひと言も許しただなんて…………って、聞いてんのかい! ねえ!? だから離せって何度も――」
 お杉と団三郎が木立の闇の中へと消えゆくのを見送ると、源助は空を仰いでため息をついた。
「子供がいるっつうのに、勘弁してくれよ……」 
 呟きながら首を振ると、その「子供」の様子を盗み見てみる。
「この蝶はアサギマダラと呼ばれていてね、佐渡島には毎年夏頃に、本土から海を渡ってドンデン高原にやって来るのだよ」
「蝶々さんが海を? すごい!」
 水晶は、財喜坊が幻術で創り出した美しい蝶たちに夢中になっていた。
「…………」
 ついでに、禅達と明の様子も確認してみる。
「――いぬに仏性が無いのに、狢に仏性が有るというのでは道理が通りません。俺はあらゆる存在に仏性があると考えます」
「では意思を持たぬ怪異や、式神にも仏性はあると申すか」
「当然ですよ!」
 こちらも意外なことに、白熱した議論となっている。頼りなさ気な第一印象とは異なり、数百年を生きた大妖に対して持論を展開する程度の気概は持ち合わせているらしい。
「…………あっちもこっちも取り込み中か」
 ぽつねんと残った源助は変化へんげを解いて狢の姿に戻ると、トテトテと鳥居まで歩き、鳥居に背中を預けてだらりと座った。
 源蔵徳利を出して、小さな身体にぐびっと酒を流し込む。
「ぷはー。今日も酒がうまい!」 


 菊池明の長い夜は、まだまだ始まったばかりである。



―― ―― ――
※続きません。IF時空はこれにて閉幕です。お付き合いいただき誠にありがとうございました。 
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