残酷な描写あり
R-15
八話：レギオン結成①
マネッティアは部屋に戻ると先ほどの言葉を思い出していた。
『あの女は自分の姉妹誓約した姉を操って特攻させたんだから！』
『死に掛けの衛士や防衛軍に特攻させる冷徹な扇動者』
クローバーの良い面しか聞いてこなかったマネッティアにしてはショックな出来事だった。しかしあの優しいクローバーのことだ。何か理由があるに違いない。
「マネッティアさん、上級生がお呼びよ」
「え？」
同室の女の子に呼ばれて、マネッティアはベットから出る。そこには緑髪の上級生。訓練の監督をしていた梅がいた。その手にはお菓子の袋が入っている。
「おーい、マネッティア。こっちだこっち。遅くに呼び出して悪かったなー」
「夜分にお越して頂いて恐縮です」
「ほらこれ、手土産だ。マネッティアは夜にお菓子食べる派か？」
「ありがたくいただきます。それでお話というのは？」
「あー、そう。そうだった。忘れないうちに話をしないとな。いざ話すと何を話せば良いか」
梅自身も迷っているようだった。
「いや、単刀直入に言う。レギオンを作らないか？」
「レギオン、ですか？」
「見たよ、週刊魔導士新聞」
「ああ、あの」
「クローバーと姉妹誓約の契りを結びたいって話、本気か？」
「はい。本気です」
「薄々わかっていたけどな、今のクローバーには仲間が必要だ。一緒に戦う仲間が。ただの仲間じゃない。思想に共感してくれる仲間が必要なんだ。姉妹誓約には抵抗があるだろうが、レギオンになら入ってくれるかもしれない」
「本当ですか？」
「梅も説得する。クローバーは仲間を求めてる。自分で守れる範囲を広げる為に。それでも他人を支配するのは気が咎める。だからレギオンに入らない。近しい人ほど自由でいて欲しいって矛盾が生じてるんだ。だからクローバーを慕い、了承したレギオンなら、ユグドラシル学園の流儀にも合うし、クローバー自身も断らないと思う」
梅は気まずそうに頬をかく。
「これには梅の個人的な事情も都合も入ってる。マネッティアには面倒をかける事にはなるけどやってくれないか？」
「それでクローバー様に認めてもえるなら、私はやります。クローバー様のレギオンを作ります」
マネッティアは静かに断言した。
翌日、教室でルドベキアとフミにその相談をしていた。
「と言う事なんだけど、レギオンを作るってどうしたら良いのかしら」
レギオンというのは魔導士の戦闘単位であり、基本的に9人1組で結成されるチームのことだ。レギオンが重視されるのは対大型モンスター戦の切り札、マギスフィア戦術が可能になるからである。
レギオンは集まる衛士によって気風や戦術も異なるものとなる。
中でも名高いのは初代アールヴヘイム。
クローバーが所属していた今もなお最強と謳われる精鋭レギオンである。
「細かい事は追々わかってくるかと。まずはとにかくクローバー様とマネッティアさんと志を共にする仲間を集める事ですわ」
「レギオンを作るなんて梅様に言われなきゃ考えもしなかったわ」
「個々の衛士の実力と役割分担も大切ですが、レギオンで最も大切なのは信頼関係と聞きます。まずクローバー様と信頼を得ようという事でしょうね」
「クローバー様との信頼関係」
「お互いを慈しみ背中を預け合う戦友ですもの。無論、私もそのうちの一人としてクローバー様のレギオンに入らせてもらいますわ」
「じゃあこれで四人だね」
「あれ？ ルドベキアさんを加えて三人ではないですか？」
「何か認識に齟齬がございませんこと？」
「梅様、ルドベキアさん、マネッティアさん」
「そしてフミさん、貴方もよ」
その言葉にフミは慌てる。
「私も！？」
「何を驚くことがありますの。私達はもう仲間でしょう」
「光栄です！ 幸せです!！ 私が綺羅星如き魔導士の皆様と同じレギオンに入れるなんて」
フミは懐から丸秘と書かれたノートを取り出した。
「では！ 誰を勧誘しましょう！」
「なんですのこれ」
「魔導士の個人情報です」
「いつか訴えられますわよ、貴方」
マネッティアは周囲を見渡すと、教室の隅で外を見ている生徒を見つけた。
「ごきげんよう。タツナミさん。私達レギオンを作ろうとしているのだけれど、入る気はないかしら？」
「悪いけどレギオンには興味ないから」
「そう、わかったわ。時間をいただいて悪かったわね」
ルドベキアは目を細めた。
「タツナミさんね」
クローバーと梅は校舎の廊下から勧誘に勤しむマネッティア達を見下ろしていた。
「マネッティアちゃん……」
「レギオンを作るなら、一緒に戦っても良いだろう？」
「私は……臨時補充隊員としての方が戦えるよ」
「だけどそれだとクローバーが辛いだろ。見知らぬ魔導士、見知らぬ防衛隊だろうと洗脳して支配して死ぬまで生きる為に戦わせる。そんな事を繰り返して、クローバーの心が傷つかないはずがない。クローバーは優しいからな」
「私は、優しくなんてないよ。人をモノのように扱う酷い魔導士」
「クローバーの参加した作戦の難易度と生還率を知っているか？」
「知らない」
「作戦難易度80%。つまり作戦に参加した魔導士、防衛隊合わせて80%が死亡する確率だ。それに対しクローバーの参加した部隊の作戦難易度20%まで下がる。方法は邪道だ。だけど成果はちゃんと出てる。もう自分を痛めつけるのはやめろ。ちゃんとした仲間と、ちゃんとした戦術で戦うんだ」
「それで誰か死ぬ。サブとして入らなかったレギオンの魔導士が死ぬ。私がいれば死ぬまで戦わせて、生きる人を増やせる」
「クローバーは信頼できる仲間と組んだ方が良い。このレギオンには梅もいるんだ。アールヴヘイムみたいに戦おう」
その言葉がきっかけになったのか、クローバーの顔が少し和らぐ。
「そうだね、人が集まれば、そうしようかな。私も少し、疲れたから」
「そうだ、そうしろ。一人で抱え込んだって良い事ない！」
ユグドラシル学園の鐘が鳴る。
これはモンスター襲来を告げる鐘の音だ。
ユグドラシル学園ではモンスターを襲来に備えて担当するレギオンをローテーションで決めている。今回担当なのはフリーの魔導士。つまりレギオンに所属してない魔導士達だ。
「フリーの魔導士は沿岸部に集合しろ！ 迎撃態勢！ 急げ！」
梅はクローバーの手を掴む。
「行くぞ」
「うん。フリーの魔導士じゃあ連携ができない。守らなきゃ。魔導士は全部、私が」
防衛線に配置された魔導士はマネッティアやフミを筆頭にまだレギオンに入っていない一年生のメンバーだった。二年生のメンバーは梅、クローバー、そして工房魔導士しかいない。
工房魔導士とは、武器製造の技術がありながらも、魔導士として戦える者である。
クローバーはマネッティア達の元に降り立ち、告げる。
「マネッティアちゃん、フミちゃん、無理はしなくて良いからね。基本は私達実践経験がある者がやる。二人は距離をとって射撃に専念して」
「はい、わかりました」
「お任せします！」
「うん、ゆっくり慣れていこう。ルドベキアちゃん、期待してるね」
「お任せくださいクローバー様！ ご期待に添えるように頑張りますわ！」
海が割れて、巨大なモンスターの姿が露わになる。
数は50ほど。中にはラージ級も混ざっているが、十分対処できる範囲だ。
「総員！ 射撃開始！ まずは遠距離からモンスターの数を減らす！！」
その声と共に高所に位置取った衛士達が一斉に銃口から火を噴かせる。魔力の弾丸はモンスターを瞬く間に殲滅して駆逐していく。しかし一部のラージ級には致命打になっていない。
距離はおよそ10メートルほど。
「近接戦闘に自信がある者は近接攻撃に移行！ 射撃は味方に当てないようにラージ級の遠くのモンスターを狙って！ それでは突撃！」
近接に切り替えた魔導士達がラージ級に飛び掛かっていく。魔力の弾丸と近接攻撃では近接攻撃の方が火力が高い。ラージ級の装甲を紙のように切り裂いていく。
「よし、あとは」
ドスン、と海からギガント級が姿を見せた。
その体には無数の魔導杖が突き刺さり、傷が修復されたような痕が見える。
「あれ、レストアね」
「レストア？」
「レストアード。傷ついたモンスターが生き残り巣で修繕された姿。戦闘経験を蓄積しているから手強いわ」
クローバーはそのギガント級を見て、脳が焼けるのを感じた。
ギガント級に突き刺さっている無数の魔導杖。それはやつに殺された魔導士の数に他ならない。何故なら魔導士が魔導杖を手放す時は死ぬ時だから。
「殺したな、魔導士を。たくさん！ 貴方は、今ここで必ず始末するッッ！！ ラプラス発動！ レアスキル強制発動。全照準ギガント級に固定。現在ある最高の火力を叩き込んでッッ！！ 一片残らず消滅させるのッッ！！」
ラプラスの発動により、味方の攻撃力と防御力が大きく向上する。更にレアスキルの強制発動によって全ての魔導士の能力効果が重複して一時的にマギスフィア戦術に匹敵する火力を引き出した。
魔導士達はクローバーのラプラスの洗脳支配戦意向上効果によって、ギガント級にそれぞれが持つ最大火力を向ける。そして一人、狂乱のスキルを持つ者もまたスキルの強制発動によって意識が狂気に染まっていた。
「う、あああああああ！！」
「マネッティアちゃん！？ まさか、あれはアサルト……ッッ！？」
「ああああああ！！」
マネッティアはスキル・アサルトバーサークは、自身をトランスモードに強制的に突入し周囲に破壊と殺戮を撒き散らすスキルだ。それを強制発動させてしまえば、何もわからぬままモンスターに向かって突撃することになる。それ同時に魔導士達の最大火力が発射され、マネッティアごとモンスターをを撃ち貫いた。
巨大な爆発が起きて、マネッティアは吹き飛ばされる。そのまま壁に叩きつけられ、ぐしゃりと、地面に落下した。そこには大量の血がついていた。