残酷な描写あり
R-15
カエリテッラ
観察ファイルNo.1
大天回教徒ミスティカ
女性 23歳
人々の行き交う町は、活気に溢れている。中央にある大聖堂から放射状に伸びた道路は、それぞれが町を囲うフェンスの出入口に伸びていて、世界各地から巡礼に訪れる者と、この地から宣教・布教の旅に出る者とが毎日通り過ぎていく。
それら旅人や、町に住む多くの人々を目当てにした商店が立ち並び、店頭には客を呼び込むために店主達が工夫をこらした宣伝映像が映し出されている。だからどこの道もワイワイ、ガヤガヤと騒がしく、普段は聖堂内の静かな礼拝室で祈りを捧げているミスティカにとって、少々不快な騒がしさでもあった。
「旅する人は、やはり皆アルマに乗っているのですね」
誰にともなく、ポツリと呟く。戦闘用機械は広く危険な砂漠を移動する上で必要不可欠だが、物心ついた時から大聖堂で暮らしていたミスティカにとっては馴染みのない鉄の塊だ。
それでも、アルマを入手しなくてはならない。いつまでも籠の鳥ではいられない。揺らいだ信仰を取り戻すために、世界の果てまで見て回らねば。
樹木の一本も生えていない、綺麗に舗装された道路を歩く。町には石とガラスと金属でできた背の高いビルが斉整と立ち並んでいる。この町には、一切の植物が生息していない。正確には、この町の地上部分には、だが。
かつて、この星には邪悪な樹木が沢山生えていた。邪教徒が植え、増やしたのだという。その木は芳しい香りを放つ果実をぶら下げていて、その実を口にした人間は堕落し働かなくなった。気力を失い、向上心を捨て、朝から晩まで遊び、やがて野生の獣のようになってしまうのだ。
それに怒ったのが空に浮かぶ三天使である。ウルドが火を放ち、ヴェルダンディが木の生える大地を砕き、スクルドが撹拌して砂漠に変えてしまった。
だから、この星は砂漠に覆われている。その砂漠には旅人を襲う生物がいて、とても徒歩では移動できない。これは道を踏み外した人間への罰なのだ。
そんな教えを聞いて育ったミスティカは今、心の底からその話を信じることができなくなってしまった。真実を知りたい。教団が忌避する『悪魔の樹木』は、本当に人間を堕落させるのだろうか。地下の農業プラントで育てられている穀物や野菜は、それらとは何が違うのか。
「これは聖教徒様、アルマをお探しですか?」
目に入った機械販売店に足を踏み入れると、店員が摩擦で指紋を消し去ろうとでもしているかのように揉み手をしながら迎え入れた。ミスティカは大天回教の本部に所属している信徒だけが着ることを許されている、太陽と船の意匠をあしらったローブを着ている。大天回教徒は、このマークを身に着けた人間を無条件で敬い、最大級のもてなしをするのだ。そのため、身分を偽る者は例外なく極刑に処される。
「宣教の旅に出るのですが、不慣れな者でも扱えるアルマはありますでしょうか?」
嘘をついた。ミスティカがやろうとしているのは宣教の旅などではない。だが、前人未到の地を探る旅は危険度において宣教の旅と似たようなものである。
「ええ、ええ! もちろんございますとも! 聖教徒様の宣教にお使い頂ける最高のアルマをご用意いたします!」
聖教徒にアルマを提供したという実績は、この宗教国家カエリテッラにおいて最高の宣伝材料になる。ミスティカは代金を支払うつもりでやってきたが、店としては金を払ってでも使ってもらいたいぐらいだ。それに使用した聖教徒からの評価が高ければ、機体の人気はどこまでも高まるだろう。気合を入れて最も使いやすく、それでいて最高性能のアルマを用意する店主である。
その様子を、道を挟んだ別の店の主が羨望と嫉妬の入り混じった表情で見つめている。それに気付いたミスティカは、自分には想像していたよりもずっと権力があるということを突きつけられ、早くも打ちひしがれそうな気持ちになっていた。
自分は、自分の生まれ育った町のことにさえ、こんなにも無知な人間だったのだ。
用意されたのは、操作性と耐久性を重視した四脚のアルマだった。自分の背丈の三倍ほどの高さがある機械を見上げ、その存在感に圧倒されそうになる。
「アルマで一番よく使われているのはもっと小さいイヌ型ですが、長い旅では耐久性に不安があります。そこで労働用機械として信頼性の高いウシ型を改良し、安定性と戦闘力のバランスを取ったこちら『ナンディ』をご用意しました」
ナンディと呼ばれたそのアルマは、ミスティカの長い銀髪と同じ色をした眩く光る少し縦長の四脚機械だ。動物のウシを知っている者が見ればどこがウシなのかと思うような、大型の肉食獣を思わせるフォルムをしている。頭から伸びる二本のねじれ角が、辛うじてウシ要素を持っているぐらいだ。だが、この星の人間達はきっとこれがウシなのだろうと納得しているのである。
「お気に召されましたか。それでは聖教徒様のマークを胴体の両側にペイントしますので、少々お待ち下さい」
ミスティカがナンディを気に入った様子を見せると、何も言わないうちに店主が話を進めていく。絶対にこの客を逃さないという揺るぎない意思を感じたミスティカは、苦笑を隠せなかった。
白銀の胴体に大きくペイントされた太陽と船の印は、遠目にもはっきりとわかるほどに目立つ。これは、間違ってもこのアルマを攻撃してはならない、もし危害を加えれば世界最大国家カエリテッラが全力でお前を滅ぼす、というメッセージを砂漠の盗賊や他国の人間に伝えるためだ。よほどの大馬鹿者でもなければ、このアルマを目にした瞬間、物陰に隠れてやり過ごすだろう。人間の社会が分からないプアリム達ですら、このマークを見れば恐怖を感じて砂に潜る。マーニャは百キロ先からでも寄ってきて友好の歌を歌うだろう。カエリテッラとは、大天回教とは、〝そういう存在〟なのだ。
「スコーピオンにだけは、お気をつけください。あいつらは神をも恐れぬ化外の蛮族ですから」
「ありがとうございます。代金はこちらから」
ミスティカが自分の左腕に着けた腕輪を触れると、空中に幾何学模様の映像が浮かぶ。店主は深くお辞儀をしながらその模様に自分の腕輪を向けた。ピッという音がして、代金の支払いが完了する。
「よろしくね、ナンディさん」
ミスティカは自分のものになった巨大なアルマに挨拶をして、操縦席へと乗り込むのだった。
大天回教徒ミスティカ
女性 23歳
人々の行き交う町は、活気に溢れている。中央にある大聖堂から放射状に伸びた道路は、それぞれが町を囲うフェンスの出入口に伸びていて、世界各地から巡礼に訪れる者と、この地から宣教・布教の旅に出る者とが毎日通り過ぎていく。
それら旅人や、町に住む多くの人々を目当てにした商店が立ち並び、店頭には客を呼び込むために店主達が工夫をこらした宣伝映像が映し出されている。だからどこの道もワイワイ、ガヤガヤと騒がしく、普段は聖堂内の静かな礼拝室で祈りを捧げているミスティカにとって、少々不快な騒がしさでもあった。
「旅する人は、やはり皆アルマに乗っているのですね」
誰にともなく、ポツリと呟く。戦闘用機械は広く危険な砂漠を移動する上で必要不可欠だが、物心ついた時から大聖堂で暮らしていたミスティカにとっては馴染みのない鉄の塊だ。
それでも、アルマを入手しなくてはならない。いつまでも籠の鳥ではいられない。揺らいだ信仰を取り戻すために、世界の果てまで見て回らねば。
樹木の一本も生えていない、綺麗に舗装された道路を歩く。町には石とガラスと金属でできた背の高いビルが斉整と立ち並んでいる。この町には、一切の植物が生息していない。正確には、この町の地上部分には、だが。
かつて、この星には邪悪な樹木が沢山生えていた。邪教徒が植え、増やしたのだという。その木は芳しい香りを放つ果実をぶら下げていて、その実を口にした人間は堕落し働かなくなった。気力を失い、向上心を捨て、朝から晩まで遊び、やがて野生の獣のようになってしまうのだ。
それに怒ったのが空に浮かぶ三天使である。ウルドが火を放ち、ヴェルダンディが木の生える大地を砕き、スクルドが撹拌して砂漠に変えてしまった。
だから、この星は砂漠に覆われている。その砂漠には旅人を襲う生物がいて、とても徒歩では移動できない。これは道を踏み外した人間への罰なのだ。
そんな教えを聞いて育ったミスティカは今、心の底からその話を信じることができなくなってしまった。真実を知りたい。教団が忌避する『悪魔の樹木』は、本当に人間を堕落させるのだろうか。地下の農業プラントで育てられている穀物や野菜は、それらとは何が違うのか。
「これは聖教徒様、アルマをお探しですか?」
目に入った機械販売店に足を踏み入れると、店員が摩擦で指紋を消し去ろうとでもしているかのように揉み手をしながら迎え入れた。ミスティカは大天回教の本部に所属している信徒だけが着ることを許されている、太陽と船の意匠をあしらったローブを着ている。大天回教徒は、このマークを身に着けた人間を無条件で敬い、最大級のもてなしをするのだ。そのため、身分を偽る者は例外なく極刑に処される。
「宣教の旅に出るのですが、不慣れな者でも扱えるアルマはありますでしょうか?」
嘘をついた。ミスティカがやろうとしているのは宣教の旅などではない。だが、前人未到の地を探る旅は危険度において宣教の旅と似たようなものである。
「ええ、ええ! もちろんございますとも! 聖教徒様の宣教にお使い頂ける最高のアルマをご用意いたします!」
聖教徒にアルマを提供したという実績は、この宗教国家カエリテッラにおいて最高の宣伝材料になる。ミスティカは代金を支払うつもりでやってきたが、店としては金を払ってでも使ってもらいたいぐらいだ。それに使用した聖教徒からの評価が高ければ、機体の人気はどこまでも高まるだろう。気合を入れて最も使いやすく、それでいて最高性能のアルマを用意する店主である。
その様子を、道を挟んだ別の店の主が羨望と嫉妬の入り混じった表情で見つめている。それに気付いたミスティカは、自分には想像していたよりもずっと権力があるということを突きつけられ、早くも打ちひしがれそうな気持ちになっていた。
自分は、自分の生まれ育った町のことにさえ、こんなにも無知な人間だったのだ。
用意されたのは、操作性と耐久性を重視した四脚のアルマだった。自分の背丈の三倍ほどの高さがある機械を見上げ、その存在感に圧倒されそうになる。
「アルマで一番よく使われているのはもっと小さいイヌ型ですが、長い旅では耐久性に不安があります。そこで労働用機械として信頼性の高いウシ型を改良し、安定性と戦闘力のバランスを取ったこちら『ナンディ』をご用意しました」
ナンディと呼ばれたそのアルマは、ミスティカの長い銀髪と同じ色をした眩く光る少し縦長の四脚機械だ。動物のウシを知っている者が見ればどこがウシなのかと思うような、大型の肉食獣を思わせるフォルムをしている。頭から伸びる二本のねじれ角が、辛うじてウシ要素を持っているぐらいだ。だが、この星の人間達はきっとこれがウシなのだろうと納得しているのである。
「お気に召されましたか。それでは聖教徒様のマークを胴体の両側にペイントしますので、少々お待ち下さい」
ミスティカがナンディを気に入った様子を見せると、何も言わないうちに店主が話を進めていく。絶対にこの客を逃さないという揺るぎない意思を感じたミスティカは、苦笑を隠せなかった。
白銀の胴体に大きくペイントされた太陽と船の印は、遠目にもはっきりとわかるほどに目立つ。これは、間違ってもこのアルマを攻撃してはならない、もし危害を加えれば世界最大国家カエリテッラが全力でお前を滅ぼす、というメッセージを砂漠の盗賊や他国の人間に伝えるためだ。よほどの大馬鹿者でもなければ、このアルマを目にした瞬間、物陰に隠れてやり過ごすだろう。人間の社会が分からないプアリム達ですら、このマークを見れば恐怖を感じて砂に潜る。マーニャは百キロ先からでも寄ってきて友好の歌を歌うだろう。カエリテッラとは、大天回教とは、〝そういう存在〟なのだ。
「スコーピオンにだけは、お気をつけください。あいつらは神をも恐れぬ化外の蛮族ですから」
「ありがとうございます。代金はこちらから」
ミスティカが自分の左腕に着けた腕輪を触れると、空中に幾何学模様の映像が浮かぶ。店主は深くお辞儀をしながらその模様に自分の腕輪を向けた。ピッという音がして、代金の支払いが完了する。
「よろしくね、ナンディさん」
ミスティカは自分のものになった巨大なアルマに挨拶をして、操縦席へと乗り込むのだった。