残酷な描写あり
R-15
方舟へ
建物を出てそれぞれのアルマに向かう。クリオのアルマはオーソドックスなイヌ型だ。量産機なので価格も安い上に、この機体は中古である。駆け出しのエクスカベーターには分相応と言えるが、戦闘はからっきしという言葉が紛れもない真実であることを雄弁に語っている。
イヌ型のアルマはウシ型のナンディと違い、人が中に乗り込めるぐらい大きいことを除けば動物のイヌとよく似た姿をしている。イヌは現代においてもペットとして人気のある動物で、首都でも多くの人が散歩させている。このアルマはドーベルマンを模しているようだ。
「この遺構は方舟と呼ばれています。かつて地球という楽園を旅立った人間が乗ってきた空飛ぶ船だとか」
遺構の入口まで移動し、一旦準備と休憩のために目の前の広場でアルマから降りた。ここには発掘隊目当ての売店が立ち並び、祭りでも開催されているかのような盛況ぶりを見せている。なお周辺の『キャンプ』に住む者達はここにはいない。あくまで遠征してきた発掘隊と商人が物と金のやり取りをする場所だ。
「なんで楽園からこんな砂だらけのところに飛んできたんスかね?」
ミスティカの講釈にもっともな疑問を差しはさむクリオである。ミスティカも期待通りの反応とばかりに満足そうな顔で頷く。
「教団に伝わる神話では神の試練ということになっていますが、そんな試練を受ける理由の説明もありません。恐らく何らかの理由で地球にいられなくなったのだと思います。そういった現実の歴史を調べることで、大天回教の教えに込められた真意を知りたいと思っているのです」
宗教の教義というものは、小説のように話を創作するのではなく、現実に起こった出来事に対する教訓を信者が受け入れやすいように神の教えとして伝えていることが多い。本当に神の教えであったとしても、それは人々の生活を良くするための助言なのだから、結局は現実に起こった、あるいは起こり得る危険に対する警告や対策であると考えるのが妥当であろう。具体的に言えば「不浄であるから口に入れてはいけない」とされる生物などがあったら、過去にそれを食べて食中毒を起こし多くの人が亡くなっている可能性が高いということだ。
では、こんな星へ移住してきた古代の人類はどんな経験をしたのだろうか? 試練だから乗り越えろ、いつか楽園に帰ろうという教義の真意は?
「準備オッケーだぜ!」
雑談をしながらも荷物の積み込みを終えたクリオが元気よく合図をする。ナンディへの積み込みもクリオがやった。ミスティカは遠慮したが、「聖教徒様に働かせたらオイラが大変なことになる」と言って押し切った。これはクリオの言い分が正しい。この二人でいてミスティカが荷物を運んでいるところを周囲の者が見たらクリオは後で袋叩きにあうだろう。本当はミスティカに話しかける口調もよろしくないのだが、クリオだからな、と諦めの入った理由で見逃されている。
「では行きましょう、人類の歴史を知る旅へ!」
ミスティカも気分が高揚して、元気よく出発の言葉を口にして遺構を見上げた。古代よりこの地に佇む巨大な建造物は、数千年の時を経ても金属の光沢を放っている。至る所に砂が固着してずいぶん不格好になっているが、現代人には想像もつかない高度な技術で作られた機械は万年単位の稼働時間を見込んでいるのだろう、未だに機能を停止していない場所があちこちに見られる。何よりガーディアンと呼ばれる無人のアルマはずっと施設を守り続けているのだ。いったいエネルギー源は何なのか、多くの者達が疑問に思うところである。高度な太陽電池が常に発電を続けているとか、自律行動するオペラがせっせとタービンを回して自分自身の稼働に必要な分以上の電気を生み出している――つまり永久機関である――とか、様々な憶測が語られているが、大天回教すら未だ真実を突き止めることができずにいる。
なお、現代人が使用している機械は太陽電池を併用した充電式だ。一回の充電で一ヶ月は動き続けるので不便はない。充電を忘れても日中その辺に置いておけば半日で数日は動ける分のエネルギーが得られる。凄まじい高効率の発電だが、これほどの技術を古代の人間が持ち込んだからこんな星でも人類が生活していけるのだ。それでいて、この程度では遺構が稼働し続けるために必要な無尽蔵のエネルギーを賄うことはできない。
「ここら辺はオイラの庭みたいなもんだから心配はいらないぜ!」
クリオが張り切って前を進む。アルマの中だから表情は見えないが、乗っているイヌの短い尻尾がぶんぶんと振られていることから搭乗者の精神状態を反映しているのだろうとミスティカは考察した。アルマは操縦手の思考をいくらか読み取ることができるので、戦闘モードではシンクロ率の高さと乗り手の実力が掛け合わさって戦闘力に反映されるのだ。
しばらくは何もない道を進む。無数のエクスカベーター達が発掘しつくした場所だ。ネジ一本すら落ちていない。もっと深いところにいかないと、何の成果も得られないだろう。
だからか、クリオは無警戒に曲がり角を進み、最初の敵と遭遇するのだった。
『キシャアアア!』
「ぎゃあああ、プアリムが出た!」
角を曲がった先には、人間の背丈と同じぐらいの幅がある大きな頭を持ち上げて威嚇する、手足の退化したトカゲがいた。
「これはビッグ・ジョー! クリオさん、戦闘モードに移行してください」
大きさ、居場所、威嚇する態度から考えて、このプアリムの食料は発掘のおこぼれにあずかろうとアルマに乗らずにやってくる貧民だろう。それでいてアルマにも怯まず立ち向かってくる。つまりこいつはビッグ・ジョーと呼ばれる危険なプアリムだ。すぐにナンディを戦闘モードに移行させると、クリオの前に躍り出た。
「ミスティカさん、お願いしまっす!」
クリオは宣言通り戦わずに後方で待機するつもりだ。ミスティカにとっても、まだ慣れていない戦闘で小型のアルマに近くをウロチョロされてはたまらない。任せておけとばかりに了解のサインを送ると、プアリムに目をやる。相手は既に攻撃を開始していた。ナンディの眼前に迫る大きな口に、ミスティカが操作をするより早く二本の角から電撃を放つ。
『ピキィ!』
予想外の電気ショックに弾かれ、驚きの声を上げるプアリム。この機を逃してはならない。ミスティカはすぐに操縦桿を倒し、攻撃の合図を出すトリガーを引いた。
「ウォォォーン!」
ナンディが吠える。プアリムは巨体とはいえ、遺構の通路はなお広い。ジャンプしてトカゲの頭を飛び越えると、細長い胴体を爪でひっかき牙を突き立てた。
『ギィイイイ!』
悲鳴を上げて暴れるプアリムにナンディの身体が揺さぶられる。必死で操縦桿にしがみつくミスティカが、思わず両手を手前に引いた。それに呼応したナンディは四肢を広げて地面を掴み、踏ん張るとプアリムの胴体に噛みついた顎を勢いよく上に向ける。これによってプアリムの巨体が空中に投げ上げられ、そのまま背後の壁にぶつかると必死に逃げ出した。勝てる相手ではないと悟ったのだろう。あるいは痛みと恐怖で混乱したのかもしれない。いずれにせよ、ミスティカはプアリムを殺害するためにここに来たのではないし、逃げてくれるならありがたい。逃げていく後ろ姿を見送ると、戦闘モードを解除した。
「ふう、何とかなりましたね」
「すっげええええ!」
観戦していたクリオが興奮している。ミスティカは必死に操縦桿を動かしていただけだが、傍から見た戦闘の様子はナンディがプアリムの不意打ちを電撃で防ぎ、目にも止まらぬ速さで捕まえて壁に投げつけたというものだ。巨大生物をあっさり蹴散らしたように見えるだろう。
「あはは……ナンディさんの性能に頼りっきりなんですけどね」
通信を切って誰にも聞こえないように独りごちるミスティカだった。
イヌ型のアルマはウシ型のナンディと違い、人が中に乗り込めるぐらい大きいことを除けば動物のイヌとよく似た姿をしている。イヌは現代においてもペットとして人気のある動物で、首都でも多くの人が散歩させている。このアルマはドーベルマンを模しているようだ。
「この遺構は方舟と呼ばれています。かつて地球という楽園を旅立った人間が乗ってきた空飛ぶ船だとか」
遺構の入口まで移動し、一旦準備と休憩のために目の前の広場でアルマから降りた。ここには発掘隊目当ての売店が立ち並び、祭りでも開催されているかのような盛況ぶりを見せている。なお周辺の『キャンプ』に住む者達はここにはいない。あくまで遠征してきた発掘隊と商人が物と金のやり取りをする場所だ。
「なんで楽園からこんな砂だらけのところに飛んできたんスかね?」
ミスティカの講釈にもっともな疑問を差しはさむクリオである。ミスティカも期待通りの反応とばかりに満足そうな顔で頷く。
「教団に伝わる神話では神の試練ということになっていますが、そんな試練を受ける理由の説明もありません。恐らく何らかの理由で地球にいられなくなったのだと思います。そういった現実の歴史を調べることで、大天回教の教えに込められた真意を知りたいと思っているのです」
宗教の教義というものは、小説のように話を創作するのではなく、現実に起こった出来事に対する教訓を信者が受け入れやすいように神の教えとして伝えていることが多い。本当に神の教えであったとしても、それは人々の生活を良くするための助言なのだから、結局は現実に起こった、あるいは起こり得る危険に対する警告や対策であると考えるのが妥当であろう。具体的に言えば「不浄であるから口に入れてはいけない」とされる生物などがあったら、過去にそれを食べて食中毒を起こし多くの人が亡くなっている可能性が高いということだ。
では、こんな星へ移住してきた古代の人類はどんな経験をしたのだろうか? 試練だから乗り越えろ、いつか楽園に帰ろうという教義の真意は?
「準備オッケーだぜ!」
雑談をしながらも荷物の積み込みを終えたクリオが元気よく合図をする。ナンディへの積み込みもクリオがやった。ミスティカは遠慮したが、「聖教徒様に働かせたらオイラが大変なことになる」と言って押し切った。これはクリオの言い分が正しい。この二人でいてミスティカが荷物を運んでいるところを周囲の者が見たらクリオは後で袋叩きにあうだろう。本当はミスティカに話しかける口調もよろしくないのだが、クリオだからな、と諦めの入った理由で見逃されている。
「では行きましょう、人類の歴史を知る旅へ!」
ミスティカも気分が高揚して、元気よく出発の言葉を口にして遺構を見上げた。古代よりこの地に佇む巨大な建造物は、数千年の時を経ても金属の光沢を放っている。至る所に砂が固着してずいぶん不格好になっているが、現代人には想像もつかない高度な技術で作られた機械は万年単位の稼働時間を見込んでいるのだろう、未だに機能を停止していない場所があちこちに見られる。何よりガーディアンと呼ばれる無人のアルマはずっと施設を守り続けているのだ。いったいエネルギー源は何なのか、多くの者達が疑問に思うところである。高度な太陽電池が常に発電を続けているとか、自律行動するオペラがせっせとタービンを回して自分自身の稼働に必要な分以上の電気を生み出している――つまり永久機関である――とか、様々な憶測が語られているが、大天回教すら未だ真実を突き止めることができずにいる。
なお、現代人が使用している機械は太陽電池を併用した充電式だ。一回の充電で一ヶ月は動き続けるので不便はない。充電を忘れても日中その辺に置いておけば半日で数日は動ける分のエネルギーが得られる。凄まじい高効率の発電だが、これほどの技術を古代の人間が持ち込んだからこんな星でも人類が生活していけるのだ。それでいて、この程度では遺構が稼働し続けるために必要な無尽蔵のエネルギーを賄うことはできない。
「ここら辺はオイラの庭みたいなもんだから心配はいらないぜ!」
クリオが張り切って前を進む。アルマの中だから表情は見えないが、乗っているイヌの短い尻尾がぶんぶんと振られていることから搭乗者の精神状態を反映しているのだろうとミスティカは考察した。アルマは操縦手の思考をいくらか読み取ることができるので、戦闘モードではシンクロ率の高さと乗り手の実力が掛け合わさって戦闘力に反映されるのだ。
しばらくは何もない道を進む。無数のエクスカベーター達が発掘しつくした場所だ。ネジ一本すら落ちていない。もっと深いところにいかないと、何の成果も得られないだろう。
だからか、クリオは無警戒に曲がり角を進み、最初の敵と遭遇するのだった。
『キシャアアア!』
「ぎゃあああ、プアリムが出た!」
角を曲がった先には、人間の背丈と同じぐらいの幅がある大きな頭を持ち上げて威嚇する、手足の退化したトカゲがいた。
「これはビッグ・ジョー! クリオさん、戦闘モードに移行してください」
大きさ、居場所、威嚇する態度から考えて、このプアリムの食料は発掘のおこぼれにあずかろうとアルマに乗らずにやってくる貧民だろう。それでいてアルマにも怯まず立ち向かってくる。つまりこいつはビッグ・ジョーと呼ばれる危険なプアリムだ。すぐにナンディを戦闘モードに移行させると、クリオの前に躍り出た。
「ミスティカさん、お願いしまっす!」
クリオは宣言通り戦わずに後方で待機するつもりだ。ミスティカにとっても、まだ慣れていない戦闘で小型のアルマに近くをウロチョロされてはたまらない。任せておけとばかりに了解のサインを送ると、プアリムに目をやる。相手は既に攻撃を開始していた。ナンディの眼前に迫る大きな口に、ミスティカが操作をするより早く二本の角から電撃を放つ。
『ピキィ!』
予想外の電気ショックに弾かれ、驚きの声を上げるプアリム。この機を逃してはならない。ミスティカはすぐに操縦桿を倒し、攻撃の合図を出すトリガーを引いた。
「ウォォォーン!」
ナンディが吠える。プアリムは巨体とはいえ、遺構の通路はなお広い。ジャンプしてトカゲの頭を飛び越えると、細長い胴体を爪でひっかき牙を突き立てた。
『ギィイイイ!』
悲鳴を上げて暴れるプアリムにナンディの身体が揺さぶられる。必死で操縦桿にしがみつくミスティカが、思わず両手を手前に引いた。それに呼応したナンディは四肢を広げて地面を掴み、踏ん張るとプアリムの胴体に噛みついた顎を勢いよく上に向ける。これによってプアリムの巨体が空中に投げ上げられ、そのまま背後の壁にぶつかると必死に逃げ出した。勝てる相手ではないと悟ったのだろう。あるいは痛みと恐怖で混乱したのかもしれない。いずれにせよ、ミスティカはプアリムを殺害するためにここに来たのではないし、逃げてくれるならありがたい。逃げていく後ろ姿を見送ると、戦闘モードを解除した。
「ふう、何とかなりましたね」
「すっげええええ!」
観戦していたクリオが興奮している。ミスティカは必死に操縦桿を動かしていただけだが、傍から見た戦闘の様子はナンディがプアリムの不意打ちを電撃で防ぎ、目にも止まらぬ速さで捕まえて壁に投げつけたというものだ。巨大生物をあっさり蹴散らしたように見えるだろう。
「あはは……ナンディさんの性能に頼りっきりなんですけどね」
通信を切って誰にも聞こえないように独りごちるミスティカだった。