残酷な描写あり
R-15
奈落の底へ
「どうしよう、あれじゃスピラスを見つけても帰れないよ」
どういうつもりかは分からないが、マーニャが中央の垂直通路を塞いでいる。一応隙間はあるが、横を通って上に行く勇気はない。向こうが身じろぎ一つしただけで全滅だ。
「ん? 帰り道の心配はいらないだろ」
だがホワイトはなんてことはないといった口調でクリオの懸念を否定した。
「どうやって帰るのさ?」
なんだか馬鹿にされたような気がして、クリオが語気を強めて聞く。そんな搭乗者の気持ちに反して、ラタトスクは前脚で自分の頭を撫でて、毛づくろいのような動きをしている。こいつは間違いなく馬鹿にしている。それに対してホワイトよりも早くミスティカが答えた。
「メルセナリア軍が入ってきた通路を探すんですね?」
あの連中はここにずっといたわけではない。強奪した物品の地上への輸送をしているはずだし、犠牲者を処理機械にかけたと言っていた。アルマの充電が持つことから考えても、定期的に地上とここを行き来していたのは間違いない。
「そういうこと。まあ、そんなのは目的のものを見つけてから考えようぜ」
ホワイトはもとより、ミスティカも難なく脱出口の心当たりを述べたことで、クリオはまた自分だけが取り残されているような気持ちになった。ラタトスクは尻尾を左右に振ってリズムを取っている。なんだか不愉快な感じだが、さっきの言葉の真意を聞いてみようと思った。
「なあ、ここからが本当の地獄って、この先に何があるか知ってるの?」
『なぜこの遺構が地下深く潜っていると思います? 単なる時の流れで沈むにはちょっと不自然すぎませんかね』
予想通り答えは語らなかったが、何やら考えるヒントのようなものを伝えてきた。この遺構が地下深くに沈んでいるのはこの先に待つ何かが原因らしい。
「満足したなら先に進むぞ。本当の地獄ってやつを見せてもらうじゃないか」
ホワイトの言葉を合図に、今度こそ三人は通路の奥へと歩を進めた。構造は上層と同じだ。壁の光源も変わらないはずだが、精神状態が影響しているのか、なんとなく暗く感じる。
「この先を調査した発掘隊は少なそうですが、今回はクラーケンの位置まで到達することを優先しましょう」
上層でのやり取りを思い出し、先手を打ってクリオに声をかける。その気遣いが嬉しくて、クリオは自分のことばかり考えて仲間に嫉妬までしている己の未熟さを恥ずかしく思った。性格に難はあれど戦闘面でも非常に優秀なアルマであるラタトスクを手に入れたのだ、自分も自分の役割を果たすことに意識を向けなければと考える。方舟の時のような油断で仲間を危険な目にあわせないことが大切なのだ。ホワイトのような目立った活躍をすることを求めても仕方ない。発掘行を少しでも安全に、少しでも実り多くすること、それがエクスカベーターである自分の役目なのだ。
「扉は全部調べていくよ。何かが潜んでいたらいきなり襲われるかもしれないし」
「ああ、頼む」
短い言葉のやり取りで、確かな信頼感が伝わる。自分達の命がかかっていることを人に任せるという重さを、重く感じさせないのがホワイトの凄さだ。実際に多少のトラブルは切り抜けてみせるという自信の表れでもあるが、それ以上に〝任せる〟ということの大切さが身に染みて分かっているのだ。
クリオがいくつもの扉を開けて中を確認し、垂直に降りる道にはタマが足場を作り、ナンディに積んだ資材もずいぶん用途不明の発掘品と入れ替わってきた頃。ついにそれが姿を見せ始めた。
「なんだこれ?」
ある部屋の奥に、見たことのないケーブルのようなものがあった。それは木の根なのだが、三人とも見たことがないために正体が分からない。ただ、無機質な構造体ばかりの遺構において有機物の何かがある、ということに強烈な違和感を持った。
「もしかして……」
植物の一種なのではと予想したミスティカがナンディから降り、恐る恐る近づいていく。以前クラーラの町で接触した植物と同じように身体が反応するほどの敵意を向けてきたら、予想が確信に変わるはずだ。そしてその考えは木の根が肯定する。ミスティカが予想もしなかったほどに激しい反応で。
「危ないっ!」
ホワイトがミスティカの身体を後ろから抱きかかえ、一気に後ろへ引き戻す。その一瞬後に、ミスティカがいた空間を伸びた木の根が貫いた。あのまま進んでいたらあっという間に命を奪われていただろう。クリオの乗ったラタトスクが二人の前に割り込み、木の根を引き千切って部屋の隅に放り投げた。
「まさか、ここまで危険だとは……すいませんホワイトさん」
「学のない俺にもわかったぜ。あれが悪魔の樹木ってやつだな」
『あれは木の根っこですね。あれで栄養を吸い取るんです。刺されていたら養分になっていましたね』
恐らく秘匿レベルの高い情報を語るラタトスクである。ラタトスクの秘匿情報開示条件は何だったか、と思い出そうとするクリオだったがあの時もよく聞いていなかったので覚えていない。
木の根をサンプルとして持ち帰りたい気がしたが、本能が生命の危険を告げているように感じる。悪魔の樹木はやはり危険だ。未だ堕落させるという教えの意味が分からないが、少なくとも人間の敵であることは疑いようもない。
「植物を敵視する大天回教……彼等はこれのことを知っているのですね」
「思い出した! ラタトスクが使ったあの必殺技、対原生植物なんたら兵器って言ってたよね。ラタトスクはこういうのと戦ってたの?」
『私が戦っていた、というよりこんなのが沢山生えていたから生きていくために当時の人間が開発したんですよ』
妙にあっさりと答える。ラタトスクは今が昔の話をする時だと判断しているのだろう。ミスティカは方舟で手に入れた過去の日記データに書かれていた情報を思い出す。
「そういえばそんなことが記録されていましたね。植物と戦うために伐採機や火炎放射器を作ったとか」
「木の根っこか……土の中に伸びるんだよな。これから先、至る所にこんなのがあるって考えた方がいいな」
ラタトスクが前脚から出した火炎放射器で木の根を焼き尽くすのを見ながら、この先の道中がいかに危険なものかを想像し頭を振る二人だった。
どういうつもりかは分からないが、マーニャが中央の垂直通路を塞いでいる。一応隙間はあるが、横を通って上に行く勇気はない。向こうが身じろぎ一つしただけで全滅だ。
「ん? 帰り道の心配はいらないだろ」
だがホワイトはなんてことはないといった口調でクリオの懸念を否定した。
「どうやって帰るのさ?」
なんだか馬鹿にされたような気がして、クリオが語気を強めて聞く。そんな搭乗者の気持ちに反して、ラタトスクは前脚で自分の頭を撫でて、毛づくろいのような動きをしている。こいつは間違いなく馬鹿にしている。それに対してホワイトよりも早くミスティカが答えた。
「メルセナリア軍が入ってきた通路を探すんですね?」
あの連中はここにずっといたわけではない。強奪した物品の地上への輸送をしているはずだし、犠牲者を処理機械にかけたと言っていた。アルマの充電が持つことから考えても、定期的に地上とここを行き来していたのは間違いない。
「そういうこと。まあ、そんなのは目的のものを見つけてから考えようぜ」
ホワイトはもとより、ミスティカも難なく脱出口の心当たりを述べたことで、クリオはまた自分だけが取り残されているような気持ちになった。ラタトスクは尻尾を左右に振ってリズムを取っている。なんだか不愉快な感じだが、さっきの言葉の真意を聞いてみようと思った。
「なあ、ここからが本当の地獄って、この先に何があるか知ってるの?」
『なぜこの遺構が地下深く潜っていると思います? 単なる時の流れで沈むにはちょっと不自然すぎませんかね』
予想通り答えは語らなかったが、何やら考えるヒントのようなものを伝えてきた。この遺構が地下深くに沈んでいるのはこの先に待つ何かが原因らしい。
「満足したなら先に進むぞ。本当の地獄ってやつを見せてもらうじゃないか」
ホワイトの言葉を合図に、今度こそ三人は通路の奥へと歩を進めた。構造は上層と同じだ。壁の光源も変わらないはずだが、精神状態が影響しているのか、なんとなく暗く感じる。
「この先を調査した発掘隊は少なそうですが、今回はクラーケンの位置まで到達することを優先しましょう」
上層でのやり取りを思い出し、先手を打ってクリオに声をかける。その気遣いが嬉しくて、クリオは自分のことばかり考えて仲間に嫉妬までしている己の未熟さを恥ずかしく思った。性格に難はあれど戦闘面でも非常に優秀なアルマであるラタトスクを手に入れたのだ、自分も自分の役割を果たすことに意識を向けなければと考える。方舟の時のような油断で仲間を危険な目にあわせないことが大切なのだ。ホワイトのような目立った活躍をすることを求めても仕方ない。発掘行を少しでも安全に、少しでも実り多くすること、それがエクスカベーターである自分の役目なのだ。
「扉は全部調べていくよ。何かが潜んでいたらいきなり襲われるかもしれないし」
「ああ、頼む」
短い言葉のやり取りで、確かな信頼感が伝わる。自分達の命がかかっていることを人に任せるという重さを、重く感じさせないのがホワイトの凄さだ。実際に多少のトラブルは切り抜けてみせるという自信の表れでもあるが、それ以上に〝任せる〟ということの大切さが身に染みて分かっているのだ。
クリオがいくつもの扉を開けて中を確認し、垂直に降りる道にはタマが足場を作り、ナンディに積んだ資材もずいぶん用途不明の発掘品と入れ替わってきた頃。ついにそれが姿を見せ始めた。
「なんだこれ?」
ある部屋の奥に、見たことのないケーブルのようなものがあった。それは木の根なのだが、三人とも見たことがないために正体が分からない。ただ、無機質な構造体ばかりの遺構において有機物の何かがある、ということに強烈な違和感を持った。
「もしかして……」
植物の一種なのではと予想したミスティカがナンディから降り、恐る恐る近づいていく。以前クラーラの町で接触した植物と同じように身体が反応するほどの敵意を向けてきたら、予想が確信に変わるはずだ。そしてその考えは木の根が肯定する。ミスティカが予想もしなかったほどに激しい反応で。
「危ないっ!」
ホワイトがミスティカの身体を後ろから抱きかかえ、一気に後ろへ引き戻す。その一瞬後に、ミスティカがいた空間を伸びた木の根が貫いた。あのまま進んでいたらあっという間に命を奪われていただろう。クリオの乗ったラタトスクが二人の前に割り込み、木の根を引き千切って部屋の隅に放り投げた。
「まさか、ここまで危険だとは……すいませんホワイトさん」
「学のない俺にもわかったぜ。あれが悪魔の樹木ってやつだな」
『あれは木の根っこですね。あれで栄養を吸い取るんです。刺されていたら養分になっていましたね』
恐らく秘匿レベルの高い情報を語るラタトスクである。ラタトスクの秘匿情報開示条件は何だったか、と思い出そうとするクリオだったがあの時もよく聞いていなかったので覚えていない。
木の根をサンプルとして持ち帰りたい気がしたが、本能が生命の危険を告げているように感じる。悪魔の樹木はやはり危険だ。未だ堕落させるという教えの意味が分からないが、少なくとも人間の敵であることは疑いようもない。
「植物を敵視する大天回教……彼等はこれのことを知っているのですね」
「思い出した! ラタトスクが使ったあの必殺技、対原生植物なんたら兵器って言ってたよね。ラタトスクはこういうのと戦ってたの?」
『私が戦っていた、というよりこんなのが沢山生えていたから生きていくために当時の人間が開発したんですよ』
妙にあっさりと答える。ラタトスクは今が昔の話をする時だと判断しているのだろう。ミスティカは方舟で手に入れた過去の日記データに書かれていた情報を思い出す。
「そういえばそんなことが記録されていましたね。植物と戦うために伐採機や火炎放射器を作ったとか」
「木の根っこか……土の中に伸びるんだよな。これから先、至る所にこんなのがあるって考えた方がいいな」
ラタトスクが前脚から出した火炎放射器で木の根を焼き尽くすのを見ながら、この先の道中がいかに危険なものかを想像し頭を振る二人だった。