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R-15
文学少女と天才ピアニスト その九
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 沙音とのデートを終えてからぼくたちは毎日のように放課後、音楽室で一緒に過ごしていた。

 二人ですることと言えば、ぼくの小説を読んでもらうか、沙音のピアノの演奏を聴くかのどちらかである。

 沙音はぼくの小説を本当に楽しんで読んでくれているようで、感想も毎回のように聞かせてくれる。

 逆もまた然りでぼくが沙音のピアノを聴く時は、ぼくが彼女に感想を伝えることにしていた。

 ぼくたちはお互いがお互いの趣味嗜好を共有し合うことで、より互いの創作意欲を駆り立てるような関係になっていた。

 彼女の演奏に触発されて、今日もまた新しい小説を書き終えてしまったくらいだ。

「ふぅ……やっと終わったよ……」

 自室で一人、今日の小説を書き終えたぼくはキーボードから手を離すと、大きく伸びをする。

「さて……今日分の更新作業を行うか……」

 ぼくはそう思い立ち、インターネットを開いて小説投稿サイトを開いた。そして自分の小説のページを開き、予め用意しておいた文章をコピーして貼り付ける。

 そして、それを投稿すると再び伸びをする。これで今日のぼくのルーティンは終わりだ。

「さて……そろそろ寝るか」

 ぼくはそう呟くとパソコンの電源を落として、ベッドの中に潜り込む。明日は学校があるので早く寝なければと思い目を閉じると、スマホから通知音がなった。

 どうやら誰かからメッセージが届いたようだ。ぼくは枕元にあるスマホを手に取り、画面を確認するとそこにはサイトの感想通知メールが届いていた。

 ぼくはそのメールの内容を確認すると、スマホで小説サイトを起動し、感想をくれた人のページを開く。

「ああ……この人か……相変わらずぼくが更新するとすぐに感想をくれるな……」

 ぼくはその人からの感想を見て思わず笑みがこぼれる。すると、今度はSNSのメッセージにも感想が来ていることに気づいた。

 ぼくはそのメッセージの送り主を確認すると、さっきサイトのほうでも感想をくれた人だった。

『三小葉せんせ~、今日も~更新おつかれさま~、とっても面白かったよ~』

 ぼくはそのメッセージを見て自然と笑みが溢れてくる。この人はぼくが初めて投稿してから、毎回必ず感想を送ってくれる人だ。

『今回も~面白かった~三小葉せんせ~に~こちらを~お納めしま~す』

 すると、今度は画像ファイルが送られてきたので、それをクリックして開く。するとそこに表示されたのはぼくが書いた小説を元にして描いたイラストだった。

 そのイラストを見て、ぼくは感動のあまり言葉を失う。この人が描いたイラストはぼくの作品に出てくるキャラや描写のイメージそのもの。しかも細部まで丁寧に描かれており、まさに完璧と言っていい出来栄えだった。

「本当にこの人は毎回すごいな……」

 ぼくに感想をくれる人は毎回、こうしてイラストを描いて送ってくれる。しかも毎回クオリティが高いため、ぼくはこの人の描くイラストを見るたびに感動していた。

『ありがとうございます。今回も素晴らしい絵をありがとうございます』

 ぼくがメッセージを送るとすぐに返信が返ってきた。

『いえいえ~三小葉せんせ~に喜んでもらえるなら~いくらでも描いちゃうよ~』

『いやいや、人気イラストレーターの浅見マギ先生が、ぼくの作品のために時間を使ってもらうなんて申し訳ないです』

『三小葉せんせ~の作品だから~描いてるんだよ~最近は~特に~そう思うよ~』

 浅見マギ先生からのメッセージを見て、ぼくは思わずドキッとしてしまう。

 ぼくの作品に感想を送ってくれているのは浅見マギというペンネームの女性イラストレーターだ。

 この人はぼくが初めて投稿した小説の感想をくれた人で、それからもぼくの作品を読んでくれて感想を送ってくれる。

 その上、彼女はぼくが投稿した小説のイラストをいつも描いてくれるというオマケ付き。

 そんな彼女はかなりの人気作家らしく、新進気鋭のイラストレーターとして有名らしい。

 彼女の描くイラストはどれも素晴らしく、特に女性キャラのイラストが人気でファンも多い。

 そんな人がぼくの作品に時間を割いてくれていることに申し訳なく思ってしまう。

『何か~ここ最近~創作意欲が~刺激されることあった~? 三小葉せんせ~の作品から~とくにそう感じるんだけど~』

 そのメッセージを見て、ぼくは沙音との沙音の演奏を思い出す。

 ここ最近はずっと彼女の演奏を聴いて自分の創作意欲を駆り立てられている。

 それをぼくの小説から読み取ることができるとは、さすがはプロとして活躍するイラストレーター。

『実は最近、ぼくに友人ができまして……その友人の影響で創作意欲が刺激されているんだと思います』

『へぇ~そうなんだぁ~なんか良いねぇ~友だちどうしで~切磋琢磨できるって~』

『そうですね、ぼくの小説を読んでくれたり、感想をくれたりして本当にありがたいと思っています』

『そっかぁ~その友だちは~どんな人なのぉ~?』

『とても明るくて元気な子ですよ、一緒に居て楽しいと思えるような子です』

 浅見マギ先生はその文章を読んだあと、少し間を置いてメッセージを送ってくる。

『三小葉せんせ~その子のこと好きなんだねぇ~』

『え? いや……別にそういう意味ではないですよ!!』

 ぼくは慌てて否定するが、浅見マギ先生の文章には『そうなのぉ~?』と書かれている。どうやら信じてもらえていないらしい。

「まったく……」

 ぼくは苦笑しながらも、沙音のことを思い浮かべた。彼女は本当に明るくて元気な子だ。一緒にいるだけで元気をもらえるし、彼女の笑顔を見るだけで心が癒される。

 彼女と出会えたことは本当に幸運だと思っているし、これからもずっと仲良くしていきたい。

『まあ~三小葉せんせ~がそう言うなら~そういうことにしようかなぁ~』

 浅見マギ先生はぼくの返事を見て一応納得してくれたようだ。ぼくはホッと胸を撫で下ろす。

 それからぼくたちは他愛もないやりとりをしてから、やり取りを終える。

 そしてぼくはスマホの電源を落とすと、眠りにつくことにした。

 次の日の放課後、ぼくはいつものように音楽室で沙音のピアノの演奏を聴いていた。

 やっぱり沙音のピアノは最高だな……。

 彼女の奏でる音色は美しくて心地良い。ぼくは目を閉じながら、その音色から広がる世界へと没入していく。

 彼女の奏でる旋律はどこか寂しさと切なさを感じさせる。まるで一人の少女が孤独に怯え、涙を流しているかのようだ。

 暗い闇が少女を包み込む。

 少女の周囲には誰もいない。彼女を支えてくれる人はいない。

 少女は一人、孤独に押し潰されそうになりながらも必死に耐えている。

 その姿を想像するだけで心が締め付けられそうになる。まるでここから脱け出したいのに脱け出せないような、そんな感覚に襲われる。

 籠の中で飼われた鳥のように、囚われて自由を奪われた少女。
 彼女は泣きながら助けを求めている。
 少女の儚げな声が、ピアノの音色としてぼくの耳に届く。
 ああ……なんて悲しんだ……。少女はただ、誰かに助けて欲しいだけなのに……。

 彼女の願いは届かない。誰も彼女を助けることはできない。

 彼女の孤独を癒せるのは誰もいない……。

 そんな情景を感じたところで彼女の演奏は終わる。

「ふぅ……」

 そう息を吐くと、沙音はゆっくりと鍵盤から手を離す。

「今日の演奏も素晴らしかったよ」

「そう……まあ、あーしの腕がいいからね」

 沙音はそう言って誇らしげに胸を張る。しかし、なぜだろうか……今日の彼女はどこなく元気がないように感じる。

 彼女の演奏を聴いたせいかもしれないが、何かいつもと違う違和感を感じる。

「どうかしたのかい? なんだか今日は元気がないように見える……」

 ぼくがそう尋ねると、沙音は驚いた表情を浮かべる。どうやら図星のようだ。

「別に……そんなことないけど?」

 沙音は少し動揺しながらも平静を装っているように見えるが、やはりどこか無理しているように見える。

「そうかい? 今日の沙音の演奏からは何か落ち込んでいるような雰囲気を感じたんだけど……」

 ぼくがそう言うと、沙音は黙り込んでしまう。やはり図星だったようだ。

「まあ、話したくないなら無理に聞き出すつもりはないよ、ただ、君の力になれることがあればいつでも言ってくれ」

 ぼくはそう言って優しく微笑むと、沙音は俯いてしまう。

 そしてしばらく沈黙が続いたあと、沙音が静かに口を開いた。

「ねえ、サヨサヨ……」

「ん? なんだい?」

 ぼくは優しく聞き返すと、沙音は少し間を置いてから言葉を発した。

「今日……あーしを家に泊めてくれない?」

 沙音の口から発せられた言葉と共に彼女の顔は少し暗くなり、不安げな表情を浮かべていた。

「構わないさ、君なら大歓迎だよ」

 そんな彼女に対して理由は聞かずに即答し、彼女の目の前に手を差し伸べる。すると沙音はとても驚いた顔を浮かべていた。

「本当に……いいの? 理由とか聞かなくても……」

 沙音は戸惑いながら尋ねてくる。そんな彼女に対してぼくは優しく微笑みかける。

「ああ、さっきも言ったように君が言いたくないのなら無理には聞かないよ、だから君が話したくなった時に話してくれればいい」

 ぼくがそう言うと沙音は一瞬戸惑った表情を浮かべるも、すぐに少しだけ微笑んでくれた。

「ありがとう……じゃあお言葉に甘えて……」

 そう言って彼女はぼくの手を取ると立ち上がる。ぼくの手に触れている彼女の手は、微かに震えていた。

 沙音がこんなに弱っているところを見るのは初めてだ。きっと何か大きな悩みを抱えているのだろう。

 それに彼女のこんな顔は見たくない。ぼくの勝手なワガママだが彼女には笑顔でいて欲しい。

 ぼくは沙音の手を取りながら、彼女を安心させるように優しく微笑む。

「さあ、行こうか?」

「うん……」

 沙音は素直に頷くと、ぼくと共に音楽室を出てぼくの家へと向かうことにした。
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