俊介の才覚
端的に言ってしまおう。
俊介は、文章の書き方こそ完全に素人のそれだが、シナリオライターとしてはピカイチの才能を秘めている。彼の才能を見出した私は、小説家よりも、漫画原作者とか、ゲームシナリオなどを手掛けるシナリオライターを目指したほうがいいんじゃ? と助言した。これまで幾度となく小説の書き方を指南してきたのがすべて水泡に帰すが、それとこれとは別問題。
ところが彼の反応、「俺はあくまでも、小説を書きたいんだよ」だった。
シナリオライターのほうが向いている、と何度勧めたところで、絶対に首を縦に振らないのだ。頑固なのもここまでくると嘆かわしい。
蝉の声が大気を揺るがし、日差しが苛烈になる夏がきた。
八月の某日。親戚筋で不幸事があったこの日、両親は朝から実家に帰省しておらず、家の中には私と弟の二人だけしかいなかった。風呂上りの私がパジャマ姿でリビングに入ると、弟はソファに腰掛けテレビドラマを視聴していた。
「アイス、あんたも食う?」
冷蔵庫の中身を漁りながら声をかけると、「おう」と返答がする。
「ほい」
棒アイスを彼に手渡し、隣に腰掛けた。
「あんがと」
テレビに釘付けになっている端正な横顔。タンクトップの胸元から覗いた筋肉質な肌に異性を感じて、頬がたちまち熱くなる。相手は弟だというのに。
平常心。平常心。
「この場面さあ、演出が不自然だよね。ヒロインが攫われたとき、現場にスマホとか落ちたままにしておく? 安易に証拠を残すはずないじゃんね?」
ドラマは、クロロホルムを嗅がされたヒロインが、車で連れ去られる場面だった。彼女の持ち物であるスマホが不自然に地面に落ちていて、ここから情報がもれるぞと、これ見よがしに主張している。
「まあね。演出としてちょっと荒いかな。証拠隠滅のために周囲を確認するのが普通だろうし、ご都合主義感満載だね」
「だよね」
物語の設定作りに長けているからか、このように、弟はたびたびドラマの演出に不満を述べる。その大半は的を射た指摘であり、私も基本的に異論はない。
「どうして、小説にこだわるのよ?」
カップアイスの中身をしゃくりながら、何の気なしに問うた。
「藪から棒だな。俺は、小説のほうが好きだからだよ。それじゃあ、理由にならない?」
「いや、なるけどさ。それはそれでいいことだと思うけど」
向いてないんだよ、とまでは言えなかった。たとえ家族でも、言っていいことと悪いことがある。それくらいの分別はあるつもり。
そのまましばらく、俊介は沈黙した。沈黙が澱んで気まずさに変化し始めた頃、まるでカンペでも読み上げるみたいに、「たとえばの話だけど」と淡々とした声で彼が言う。
「俺と一緒に、合作をするというのはどう? 物語の構成とか設定を俺が考えて、お姉が実際に文章を書く」
「はあ?」
斜め上から降ってきた提案に、意図せず変な声が出る。その発想はなかった。確かに二人で分業したほうが、何かと効率はいいだろう。お互いの弱いところも補えるだろうし。でも――
「本気なの?」
そんなの、私のプライドが許さない。
「本気だよ」
「……やらないよ。私の考える物語は二線級だとでも言いたいわけ? 私にだってプライドがあります。今まで通り、お互いに作品の読みあいをしながら、切磋琢磨していくならいいけどさ。原作付きの作家になるつもりなんてないから」
「そっか」
再びの沈黙。どこか険しくなった彼の表情から、考えた末の提案なんだな、とか、本気度やらが伝わってきて、矛先を収めようとした精神が逆撫でされていく。
「誰か、好きな男がいるのか?」
「え?」
突飛な話題の転換に、毒気を抜かれたように脱力した。自分から話題を振っておいてなんだそれは。
「いないよ、そんなの。……というか、いきなり話を逸らさないでよ。私は、ゴーストライターみたいな真似をするのは嫌だと言ってんの」
改めてしっかりと拒絶する。近年、そういった事例があった。創作のあり方についてニュースでも散々叩かれていたのに、それと同じ轍を踏むなんてまっぴらごめんだ。
「第一、好きな奴がいるのはそっちでしょ? 可愛い後輩の女の子から、この間告白されたって――ンンッ!?」
言いかけていた皮肉を、強制的に遮られた。気がつくと、私の唇は彼の唇によって塞がれていた。
頭にカッと血が昇り、反射的に突き飛ばした。
「なに、やってんのよ……」
パジャマの袖口で、唇をぐいと拭った。
「私たち、姉弟なのよ! ……ノリでこういうことしないで!」
憤りをあらわにして、足音荒くリビングを飛び出した。俊介は俯いたままで何も言わない。
なに考えてんのよ。超えちゃいけない一線ってものがあるでしょ。
俊介は、文章の書き方こそ完全に素人のそれだが、シナリオライターとしてはピカイチの才能を秘めている。彼の才能を見出した私は、小説家よりも、漫画原作者とか、ゲームシナリオなどを手掛けるシナリオライターを目指したほうがいいんじゃ? と助言した。これまで幾度となく小説の書き方を指南してきたのがすべて水泡に帰すが、それとこれとは別問題。
ところが彼の反応、「俺はあくまでも、小説を書きたいんだよ」だった。
シナリオライターのほうが向いている、と何度勧めたところで、絶対に首を縦に振らないのだ。頑固なのもここまでくると嘆かわしい。
蝉の声が大気を揺るがし、日差しが苛烈になる夏がきた。
八月の某日。親戚筋で不幸事があったこの日、両親は朝から実家に帰省しておらず、家の中には私と弟の二人だけしかいなかった。風呂上りの私がパジャマ姿でリビングに入ると、弟はソファに腰掛けテレビドラマを視聴していた。
「アイス、あんたも食う?」
冷蔵庫の中身を漁りながら声をかけると、「おう」と返答がする。
「ほい」
棒アイスを彼に手渡し、隣に腰掛けた。
「あんがと」
テレビに釘付けになっている端正な横顔。タンクトップの胸元から覗いた筋肉質な肌に異性を感じて、頬がたちまち熱くなる。相手は弟だというのに。
平常心。平常心。
「この場面さあ、演出が不自然だよね。ヒロインが攫われたとき、現場にスマホとか落ちたままにしておく? 安易に証拠を残すはずないじゃんね?」
ドラマは、クロロホルムを嗅がされたヒロインが、車で連れ去られる場面だった。彼女の持ち物であるスマホが不自然に地面に落ちていて、ここから情報がもれるぞと、これ見よがしに主張している。
「まあね。演出としてちょっと荒いかな。証拠隠滅のために周囲を確認するのが普通だろうし、ご都合主義感満載だね」
「だよね」
物語の設定作りに長けているからか、このように、弟はたびたびドラマの演出に不満を述べる。その大半は的を射た指摘であり、私も基本的に異論はない。
「どうして、小説にこだわるのよ?」
カップアイスの中身をしゃくりながら、何の気なしに問うた。
「藪から棒だな。俺は、小説のほうが好きだからだよ。それじゃあ、理由にならない?」
「いや、なるけどさ。それはそれでいいことだと思うけど」
向いてないんだよ、とまでは言えなかった。たとえ家族でも、言っていいことと悪いことがある。それくらいの分別はあるつもり。
そのまましばらく、俊介は沈黙した。沈黙が澱んで気まずさに変化し始めた頃、まるでカンペでも読み上げるみたいに、「たとえばの話だけど」と淡々とした声で彼が言う。
「俺と一緒に、合作をするというのはどう? 物語の構成とか設定を俺が考えて、お姉が実際に文章を書く」
「はあ?」
斜め上から降ってきた提案に、意図せず変な声が出る。その発想はなかった。確かに二人で分業したほうが、何かと効率はいいだろう。お互いの弱いところも補えるだろうし。でも――
「本気なの?」
そんなの、私のプライドが許さない。
「本気だよ」
「……やらないよ。私の考える物語は二線級だとでも言いたいわけ? 私にだってプライドがあります。今まで通り、お互いに作品の読みあいをしながら、切磋琢磨していくならいいけどさ。原作付きの作家になるつもりなんてないから」
「そっか」
再びの沈黙。どこか険しくなった彼の表情から、考えた末の提案なんだな、とか、本気度やらが伝わってきて、矛先を収めようとした精神が逆撫でされていく。
「誰か、好きな男がいるのか?」
「え?」
突飛な話題の転換に、毒気を抜かれたように脱力した。自分から話題を振っておいてなんだそれは。
「いないよ、そんなの。……というか、いきなり話を逸らさないでよ。私は、ゴーストライターみたいな真似をするのは嫌だと言ってんの」
改めてしっかりと拒絶する。近年、そういった事例があった。創作のあり方についてニュースでも散々叩かれていたのに、それと同じ轍を踏むなんてまっぴらごめんだ。
「第一、好きな奴がいるのはそっちでしょ? 可愛い後輩の女の子から、この間告白されたって――ンンッ!?」
言いかけていた皮肉を、強制的に遮られた。気がつくと、私の唇は彼の唇によって塞がれていた。
頭にカッと血が昇り、反射的に突き飛ばした。
「なに、やってんのよ……」
パジャマの袖口で、唇をぐいと拭った。
「私たち、姉弟なのよ! ……ノリでこういうことしないで!」
憤りをあらわにして、足音荒くリビングを飛び出した。俊介は俯いたままで何も言わない。
なに考えてんのよ。超えちゃいけない一線ってものがあるでしょ。