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作者: NO SOUL?
残酷な描写あり R-15
10.― DOUBLE KILLER ―
10.― DOUBLE KILLER ―
「一体、何があったんだ……」

 思わず声になって漏れてしまう。此処へ辿り着いた時にはホテルの最上階からは炎が噴き出していた。今も町灯りが黒煙を照らしている。
 ホテル前の広場は既に野次馬と非難した宿泊客で溢れ返り、数台のパトカーと消防車両がひしめき合って、赤橙の光が荒ぶっていた。
 林組の組長を始め、十数名が謎の襲撃に遭い、全滅。オペレーターがそう言っていたが確かにあの有様では、生き残りは期待できそうにない。随分と派手なやり口だ。
 その後、オペレーターからの情報は気にかかる。ホテルのシステムが何らかの異常で、ロックダウンしていたのにも関わらず、火災が起きると同時に、正常化したと言う状況だった。出来過ぎている様に思えた。
 林組の連中を人目に付かず皆殺しにするなら、ロックダウンの状況は好都合と言える。その後の逃走には、火災の混乱も好都合だ。何者かがコントロールしていたと考えるのが妥当だ。
 事務所にいた幹部は急な取引と言っていたが、一体何処の組織と。或いは誰と、どんな取引をしていたのか。それとも、荒神会が勘付いての報復。否、それはないか。何にしても、一部屋に密集した数十人を数分の内に殲滅させた。余りにも手際が良い。その手のプロのチームでない限り、この動きは難しいだろう。それ故に謎めいている。

「鉄志さんがここへ来るって連絡がありました。大丈夫ですか?」

 厳つい防弾ベストを着込んだ警官が話しかけてきた。正確には警察に成りすましている“組合”のスパイ、通称――“役者”の警官役だった。
 “組合”と言う組織の性質上、対立するであろう警察や正規軍等の組織には、常に彼の様なスパイが送り込まれている。彼等の流す情報が“組合”とオペレーターに吸収され、現場で行動する俺達のサポートになる。
 若い“役者”だった。誠実そうで精悍な顔立ちをしていて、警察官を見事に演じている。
 警官役が頭の怪我を気遣う。事務所でサイボーグに投げ飛ばされた時の傷だ。出血はとりあえず止まったが、まだズキズキと疼いていた。

「大した事ない、それよりどうなっているんだ?」

「あちらでお話しましょう。こちらで手に入れた情報をお話します」

 そう言って警官役がバリケードテープを上げて、野次馬達から遠ざける。ホテル前の避難客と、野次馬の中間の辺りを逸れた場所に案内される。

「林組の連中がいたスイートルームの状態です。火元はライターの火がカーテン引火した物ですが、連中は皆、短機関銃の類いで射殺されてました」

 警官役が携帯端末で部屋の様子を見せる。火災は確かに外から見ていた程、酷くはなさそうだった。窓側だけが焦げて黒ずんでいる。
 死体の有様は無残な物だ。狙って撃った場合、ほとんどは身体の中央に銃創が集中するものだが、画像の死体は彼方此方に何発も被弾していた。無差別に大量の弾丸をばら撒いた様に見えるが、やはりどこか違和感を感じる。複数犯に思えない雰囲気。何か情報はないだろうか、目を凝らし画像を隅々まで探る。

「警察側の見解は? 複数犯による無差別発砲の可能性か?」

「そう、結論付け難い雰囲気もあるようです、これを見てください」

 警官役が次の画像へスライドする。引きの画像、右側は窓、左側が出入口の位置関係で部屋の様子を見渡せる。もどかしい、今すぐにでも現場を直接見る事ができれば。
 おそらく現場の方にも“役者”がいるのだろう。この警官役は情報の橋渡しだ。

「死体の大体が窓側を向いてます。普通ならドアから押し入ってきた相手を見る筈です。その場合、反対方向になります」

「なるほど、となると窓ガラスの破片が部屋に入ってるのも気になるな。ドア側から発砲して窓が割れるなら、外へ散開する筈だ」

 警官役の携帯端末を手に取って、じっくり眺める。倒れている死体の位置、壁に刻まれた銃痕。そこから射角をイメージする。この際、襲撃の人数や、どんな人間かも一度無視して、純粋にヤクザ達が倒されていく様をイメージする。
 部屋に散らばる窓ガラスの破片、有り得ない事に思えるが、窓の外から発砲してる。その時点で部屋の全員の位置を“コレ”は把握している。正面に立つ者に弾丸を浴びせ、そこから右側に向かって発砲。この時点で部屋の中に“コレ”はいる。
 かなりの近距離、不意打ちになった事は間違いない。ヤクザ達が怯み、慌てる様が浮かぶ。
 そのまま、左側に向かって発砲し続けた。引き金は引きっぱなしと言わんばかりに、絶え間ない連射にヤクザ達が倒れて行ったのだろう。
 画像の中にいる、一際無残な死体に目が行く。真っ黒な両腕、ここにも用心棒のサイボーグがいた様だが、後頭部が吹き飛び、両腕はグニャグニャに捻じ曲げられている。大口径の弾丸で怯ませるのが精一杯だった、あの忌々しいサイボーグが見事なまでのスクラップ状態だ。まさか、こいつ等を襲ったの奴と言うのは、とんでもない化物なのかと非現実的な考えも過るが、今は俺の理解を超えた先にある、からくりがあのだろうと、片付けておく。
 依然、謎が多い状況である。煙草の箱から最後の一本を取り出す。

「他には?」

「組合長からは警察内で知ってる限りの、林組に関する情報を鉄志さんに渡す様に言われています。後日、現場検証と押収品も確認頂くようにセッティングします……」

 煙草に火を着けて、警官役の話を聞く。
 勢い任せに此処に行くと言ったが、河原崎も先手をとって方々に手を回していた様だ。この警官役も此処で俺が現れるの待っていた。未だ混乱が収まっていない事件現場で、本物の警官の目を掻い潜って情報を用意していた。俺に伝える為に。
 それが意味する物――任務は続行されると言う事だった。

「金の徴収の次は、事件調査か、何時から俺は便利屋になったんだ……」

 煙草の箱を握り潰し、ポケットに突っ込む。河原崎め。
 この十年少々、殺し屋と言う仕事にだって、これと言った遣り甲斐もなく淡々と時間が流れていると言うのに、今度は探偵紛いの事まで俺にさせようと言うのか。
 大体、今回の任務だって単純なものだった筈だ、たかだかヤクザを仕留めるだけの、何て事ない任務だった筈なのに。何時の間にかずるずると、見えない何かに流されて行ってる気がする。そして河原崎は、その何かに興味を持っている。或
いは“組合”そのものが欲しているだろうか。
 一体何が起きてる。俺は今、確実に複雑で厄介な事に首を突っ込んでしまったらしい。
 警官役は苛立つ俺の姿に困惑していた。皮肉を言う相手を間違えているのは分かっている。
 咥えたままの煙草を吸い込み、溜息と共に吐き出す。

「分かった、やるよ。河原崎に伝えておいてくれ。それで、どんな情報が?」

 厄介な事になった。ぼやきたい思いも止まらないが、一先ず警官役が回収してきた情報をもらっておくか。
 思い返してみれば、標的である荒神会の幹部が、輝紫桜町の高級クラブに出入りしてると言う情報も、林組の物だった。そんなお膳立てをしてまで、外部に暗殺を頼みたかった理由は何か。わざわざ“組合”なんかに頼まなくても、それなりに腕の立つフリーランスの殺し屋でも出来るレベルだと、その時に感じていたのを思い出した。

「この数ヶ月、林組の動きが活発化していました。目的は不明ですが、組合への暗殺依頼、そして韓国の民間セキュリティー会社を通して用心棒を数人、そしてサイバーディテクティブを雇っていた様です」

「あのサイボーグか……」

 民間のセキュリティー会社でも、あれだけの高性能な戦闘型サイボーグを用意できるのか。戦場を離れてから随分経つが、今回一戦やりあってみて、痛いほど思い知らされた。――サイボーグの恐ろしさを。
 俺が戦場にいた頃は、サイボーグの兵士なんて、戦線に復帰できても並みか、少し下ぐらいの動きをしてる連中だったのに。
 その時から、その手の情報が止まっていた俺には、恐ろしい程の進歩だと痛感する。その技術が民間レベルにまで降りてきてるとなると、今後、“組合”から渡させる任務も困難なものが増えていくのだろうか。

「サイバーディテクティブは何の為に?」

「雇われていたサイバーディテクティブは、数年前まで警察のサイバー課に所属していた者です。あの部屋で蜂の巣になっていました。調査対象のハッカーやクライアントの情報も警察へ売っていた食えない男です」

 ハッカーを見つける専門のハッカー、確かそう言う雰囲気の連中だった筈。リサーチの対象が変わっただけで、同じ穴の狢にも思えるが。ヤクザに雇われていながら、敵対する警察にも情報を売り付けると言うのは、商魂たくましいのか、節操が
ないのか、確かに食えない奴だったようだ。
 この短期間に林組は、殺し屋に用心棒、サイバーディテクティブと、その道のプロを方々から雇い招いていた。やはり林組には、確実に成功させたい目的を持っていたと言う事は、間違いないらしい。
 
「輝紫桜町の落ち目のヤクザ連中にしては、随分と用意周到だな。しかし、それだけでは、まだ林組の企てが何なのかは分からないな」

「サイバーディテクティブの調査対象は“CrackerImp”と言うハッカーとだけ分かっていますが、そいつにどの様な繋がりがあるのかは、分かっていません。ただ、そのハッカーが六連合内に潜伏している。と言う情報までは警察に売っていました」

 クラッカーインプ、ふざけた名前だな。ハッカーは元々、コンピューターにおける深い知識と技術を誇示する連中を差す言葉だったと言うが、クラッカーになると不正や破壊が目的の者となる。何にしても、悪戯者か小悪党な印象しか受けない。
 林組、荒神会、“組合”の殺し屋。そして、ハッカーCrackerImp。
 散らかった情報の断片を組み立てるのに、幾つの繋ぎが必要となるだろうか。今はまだ、見当もつかない。
 今のところ、興味深い情報と思えるのは、そのCrackerImpを見つける為に、わざわざサイバーディテクティブを雇っていると言う点だった。
 林組の一連の企みの中において、かなり重要な鍵を、CrackerImpが握っていた。でなければ、林組がハッカー如き一人に執着する筈がない。そんな気がする。
 上唇に伝わる熱、煙草はもう根元まで燃えている。残り僅かを吸い込み、足元へ捨てた。
 周囲は依然として人々の喧騒と共に、赤橙が荒振っていた。ホテルを出入りする警察は、どんどん増えていき、消防員は撤収の準備に入っていた。
 ホテルの最上階を見上げると、赤橙を回す数台のドローンが囲んでいた。この騒ぎは夜通し続きそうだ。あの部屋には、まだ手掛かりがある。それは後日、回収する事にしよう。
 大した緊張感はないが、俺のやる事は変わらない。多勢に無勢、孤軍奮闘で任務に臨む。その為に必要な段取りと、設計図の書き込み。準備を怠らず備えるのみ。
 ガキの頃からそう言う性分だった。だからこそ、海の向こうのおぞましい戦場だって、壊れた母国の狂った裏社会も、今日まで生き残れたんだ。――河原崎が俺を使った理由を理解した。

「クラッカーインプ……先ずは、そいつからだな」

 考えに耽る俺を怪訝そうに見る警官役に、心配するな、と表情で応えた。気乗りはしていないが、やるしかなさそうだ。薄々、感じていた。この案件は単純では済まされないと。
 歓楽街と港区のヤクザ共、ハッカーと殺し屋。この街の裏側に身を伏せながら、俺達を手の平で踊らせているのは、何処の誰であろうか。
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