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作者: 春待ち木陰
残酷な描写あり
第31話
「犯人はこの中に居るわ!」

 重苦しかった場の雰囲気が一撃でぶち壊される。一気に空気が軽くなる。

 大輔は思わず呟いた。

「長崎」

 その声は主は勿論――と言ってしまって良いだろう、長崎知世だった。

 財布を無くした南河利夫ばかりか大輔を含めたクラスメートの皆が神妙な顔をしていた中、知世は一人だけ悠然としていた。余裕たっぷりであった。

 その姿を見て、皆がほっと息を吐く。もしくは続く言葉に耳を澄ました。

 知世は胸を張り、あごを上げて、

「南河君のお財布を盗んだ人物。それは――」

 と意外な人物を指差した。

「――南河君。アナタ自身よ!」

「えッ!?」と大輔は素直に驚いた。知世がくすりと小さく笑った。

 確かにちょっとリアクションは大きかったかもしれないが驚いてしまったのだから仕方が無い。

 声は出ていなかった皆も気持ちは大輔と同じだったようで、

「いや。真田じゃなくても驚くぜ」

「流石は長崎さん……だけど」

「南河自身が犯人て、どういうこと?」

 と戸惑うばかりで知世以外は誰も大輔の事を笑わなかった。

 皆の視線を集めた南河利夫は、

「なんだよ。財布を盗んだのが俺自身て……俺の自作自演だって言いたいのかよ」

 しょぼくれた顔を知世に向けた。知世が答える。

「『盗んだ』って言い方をしたら語弊があるわよね。ごめんなさい」

「じゃあ……」

「ただアナタのお財布を今持っているのはアナタよ」

「……どういう意味だ?」

「今度は言葉通りよ。南河君。穿いてるズボンのポケットに入ってるモノは何?」

「何ってスマホだけど……――あッ!?」

 南河利夫は自分のポケットから出てきた「モノ」を皆に見せながら、

「……ワルイ。財布、あったわ。ケツポケットに入ってた。スマホじゃなかった」

 とバツが悪そうに謝った。

「ふっざけんなよ! お前!」

「アホか! マジでアホか!」

「このスカポンタンッ!」

 友人たちと一緒に大輔も南河利夫の頭を叩いてやった。

 ツッコミは愛だ。これで「騒動」を「冗談」のレベルに落とす事が出来なかった場合、一蓮托生でツッコんだ者までもワルモノにされてしまうリスクがあった。

「愛」が無ければツッコめない。

「……人騒がせな。もう少しでオオゴトになるところだったし」

 つまりはまだ「大事にはなっていない」と誰かが言ってくれた。

「でもまあ良かったじゃん。ドロボーされてなくて」

「ふぅ」とか「ほっ」とか皆がそれぞれに息を吐き出していた。

「長崎さんに感謝しなさいよね」

「何で分かったの? 凄いね。長崎さん」

「ポケットが少し膨らんでるの見ただけで? 良く分かったよねえ」

 自然となのか多少は意図が働いたか皆の話題は「南河利夫の無くなった財布」から「長崎知世の名推理」へと移っていった。

「驚きのスピード解決だったな」

「名探偵トモヨの事件簿は一話完結どころか5分番組か」

「頭脳は大人とじっちゃんの孫が混ざってるぞ」

「てか意味わからんし」

「いや。すべきツッコミは『ドサクサにまぎれて長崎さんを下の名前で呼んでんじゃねえぞ、くらぁ!?』じゃね」

 状況はすでにシリアスからコミカルに変わっていた。嫌な緊張が賑やかに緩和されている。

 こうなる事を予期して、彼女は「犯人はこの中に居る」などとセンセーショナルな台詞を口にしたのだろうか。とすれば、たいした役者だ。実に素晴らしい。

 大輔は感服してしまう。

「本作の主演である長崎さんに拍手をー!」

 謎の司会進行役に促されたクラスの皆がノリ良くやんやと手を叩く。

「続きまして。被害者と犯人の一人二役を見事にこなされました南河・アホ・利夫にブーイングをー!」

「Boo! Boo!」

 冗談だ。ブーイングも拍手も100%の本気ではない。

 大輔もクラスの皆も長崎知世も「アホ」ですらその事を分かっていながら楽しんでいた。

 そんな中、

「凄いな。長崎さんは」

 宮下ワタルだけは純粋に拍手をしていた。100%の本気だ。表情を見れば分かる。

 宮下ワタルのその顔をちらりとでも見てしまった連中は、

「あー……」

 と軽く苦笑う。

 ノリに乗って楽しく浮かれていた気分が少しだけシラケてしまった。

 身勝手な言い分になるが――冗談半分でふざけ合っている輪の中に、本気も本気の人間に一人でも混ざられてしまうと途端に「半分」の自分が気恥ずかしく思えてきてしまうような……何だろうか、このココロの動きは。きょーかんせーしゅーちしん? ――とはまた別か。

「でもまあ。アレだ。うん。クラスから犯罪者が出なくて本当に良かった」

 見ていられなくなる。居心地が悪い。目を逸らす。話題を変える。

 頼むから一人だけそんな素直な心で参加しないでほしい。

 悪ノリが過ぎる――がゆえに喰らった「恥ずかしさ」もひとしおだったのだろうか――数名のクラスメートが、

「ウチのクラスにドロボーとか。居たとしても宮下くらいだろ」

「あ。さっきまで俺も一瞬、思ってた。ゴメンなあ。宮下」

 本気で純粋なオコチャマの清らかさに耐え兼ねてジョークを押し付けてしまった。冗談の輪に無理矢理、引き入れてしまおうとしてしまった。

 だがそれは悪手だ。大輔にはそう感じられた。

 宮下ワタルが真面目過ぎるからと二人はイジった。ある種の荒療治だ。だが真面目過ぎる宮下ワタルはそれをイジメと受け取るかもしれない。

 大輔は慌てて、

「ナンデダヨ!!」

 と悪ノリの二人にツッコんだ。

 シンプルで明らかなツッコミを強く入れる事で二人の発言はジョークであると強調したかったのだが果たして宮下ワタルには大輔の「愛」が伝わっただろうか。

 大輔は不安に押されて蛇足を加える。

「宮下が盗むとしたら『あなたの心』ぐらいなもんだろ」

「とんでもないものを盗んでいくヤツだな」

「ミヤシタ・ザ・サードだ」

 二人がそれに乗っかった。

 宮下ワタルは、

「はは……しないよ。泥棒なんて」

 と苦笑いを浮かべた。

 取り敢えずは笑ってくれたが……どうだろう。

 これでイジメと捉えられていたら大輔も「イジメっ子C」となるのか。

 まあ、それは自ら手を出した大輔の自己責任としても。

 何の落ち度も無いはずの宮下ワタルが同じクラスの仲間から悪意や敵意を向けられていると誤解して傷付いていたら、それはとても可哀想だと思う。

 悪意も敵意も無ければ、何もしていない相手を「泥棒」呼ばわりしても良いのかと言われるとそんな事はなくて、二人の悪ノリは「ジョーク・ハラスメント」と言えるようなものだが、大輔も二人も宮下ワタルもまだ16歳、17歳だ。

 この年頃の精神的成長期は「何を言われたか」よりも「何のつもりで言われたか」の方が気になったりするものではなかろうか。

 大輔が昔からの癖であるオトナぶった俯瞰的物思いにふけっていると、

「真田君」

 誰かに話し掛けられた。

「ん?」と振り向いてみるとそこに居たのは先の主演の長崎知世だった。


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