残酷な描写あり
第3回 虎が遮る 大蛇が塞ぐ:2-1
戦闘シーン(暴力描写)が含まれます。苦手な方はご注意ください。
「ジョー。先に行くか」
「そうね。なるべく戻るよ」
自分の頭越しに交わされた短いやり取りの、意味を取れずに見上げるとほとんど同時、
「セディ、ちょっと全速力ダッシュするから、悪いけどまた荷物扱いされてくれない?」
「な、何?」
「後でね」
昨夜ほど唐突ではなかったものの、昨夜のように有無を言わせず、青年は少女を抱え上げた。
と思うや一気に前方へと連れ去られた少女は、同時に後方へと駆け出した今一人の青年が見えなくなる寸前、その向こうにぬうっと現れた姿を辛うじて捉えた。遠目にも毒々しい色の、数匹の大蛇を。
「蛇?」
カーブを二つ曲がったところで地に下ろされたから、息を弾ませたまま、一言だけで問う。一匹ならまだしも、少なくとも三匹は、ひょっとしたら五匹ばかりいたはずだ。何故トシュはわざわざ残ったのだろう、食い止めるより一緒に逃げればよいものを!
「あ、見えた? そう、多分ね。ただの大蛇ならあいつの敵じゃないし、化け蛇で手に負えないようなら逃げてくるから大丈夫」
ジョイドの返答は、本当はもう少し続くはずだったのかもしれない。が、
「——っとごめんねもう一回!」
叫ぶなり再び、セディカを引っ攫って走り出す。今の今まで自分たちがいた場所に、道の横から獣が飛び出してきた。瞬く間に遠ざかったが、二頭いたのはわかった。二本の足で立っているのと、二本の角を生やしているのと。
先ほどより幾らか長く走った後で、振り切ったか確かめたのだろう、後ろを向いてからジョイドは止まった。腕の力が緩んだのを察して自分から滑り下りたセディカを前に、口に手を当てて二、三秒考え、
「あのね、この先に昨日泊まったのと同じような小屋があるから、そこに隠れててちょうだい。念のためトシュのフォローに——」
言い終わらなかった。ジョイドはさっと振り向きざまにあの杖を握って、襲いかかろうとしていた虎の前足を受け止めた。
「冗談! いつからここはこんな物騒になったの!?」
怯む気配もなく牙を剥く虎をジョイドは迎え討ち、セディカは慌てて飛び下がった。
「——左にもう一匹いるわ!」
「さんきゅっ」
二頭目の虎の爪が空を切る。行く手を塞がれたのでは、とセディカは青くなった。二頭の虎を躱して先へは逃げられないし、さりとて戻るわけにもいかない、二本足の何かと二本角の何かと大蛇が待ち構えているだろう。戦うのは得意ではないとジョイドは言っていなかったか——。
背後から矢のように飛んできた何かが虎の頭に一撃を加えた。勢い余って行きすぎてから引き返してきて、雲から飛び下りながら棒で二撃目を打ち込んだのはトシュだった。
「隠れてろ! きりがねえ!」
「——五分、頼んだ!」
ジョイドは今度はセディカの手をつかんで来た道を引き返した。虎が一飛び二飛びでは追いつけない程度に離れてから立ち止まり、背負い袋をさっと下ろす。来し方から行く先に転じた道の向こうから、土埃を立てて野牛が突進してくるからぎょっとした。二本の角を生やした獣。
野牛の到着など勿論待たず、荷物から取り出した何かをジョイドが地面に投げつける。小箱か木片のように見えたそれが転がるや、道を塞ぐように小屋が出現した。昨日の小屋と、そっくり同じものが。
「そうね。なるべく戻るよ」
自分の頭越しに交わされた短いやり取りの、意味を取れずに見上げるとほとんど同時、
「セディ、ちょっと全速力ダッシュするから、悪いけどまた荷物扱いされてくれない?」
「な、何?」
「後でね」
昨夜ほど唐突ではなかったものの、昨夜のように有無を言わせず、青年は少女を抱え上げた。
と思うや一気に前方へと連れ去られた少女は、同時に後方へと駆け出した今一人の青年が見えなくなる寸前、その向こうにぬうっと現れた姿を辛うじて捉えた。遠目にも毒々しい色の、数匹の大蛇を。
「蛇?」
カーブを二つ曲がったところで地に下ろされたから、息を弾ませたまま、一言だけで問う。一匹ならまだしも、少なくとも三匹は、ひょっとしたら五匹ばかりいたはずだ。何故トシュはわざわざ残ったのだろう、食い止めるより一緒に逃げればよいものを!
「あ、見えた? そう、多分ね。ただの大蛇ならあいつの敵じゃないし、化け蛇で手に負えないようなら逃げてくるから大丈夫」
ジョイドの返答は、本当はもう少し続くはずだったのかもしれない。が、
「——っとごめんねもう一回!」
叫ぶなり再び、セディカを引っ攫って走り出す。今の今まで自分たちがいた場所に、道の横から獣が飛び出してきた。瞬く間に遠ざかったが、二頭いたのはわかった。二本の足で立っているのと、二本の角を生やしているのと。
先ほどより幾らか長く走った後で、振り切ったか確かめたのだろう、後ろを向いてからジョイドは止まった。腕の力が緩んだのを察して自分から滑り下りたセディカを前に、口に手を当てて二、三秒考え、
「あのね、この先に昨日泊まったのと同じような小屋があるから、そこに隠れててちょうだい。念のためトシュのフォローに——」
言い終わらなかった。ジョイドはさっと振り向きざまにあの杖を握って、襲いかかろうとしていた虎の前足を受け止めた。
「冗談! いつからここはこんな物騒になったの!?」
怯む気配もなく牙を剥く虎をジョイドは迎え討ち、セディカは慌てて飛び下がった。
「——左にもう一匹いるわ!」
「さんきゅっ」
二頭目の虎の爪が空を切る。行く手を塞がれたのでは、とセディカは青くなった。二頭の虎を躱して先へは逃げられないし、さりとて戻るわけにもいかない、二本足の何かと二本角の何かと大蛇が待ち構えているだろう。戦うのは得意ではないとジョイドは言っていなかったか——。
背後から矢のように飛んできた何かが虎の頭に一撃を加えた。勢い余って行きすぎてから引き返してきて、雲から飛び下りながら棒で二撃目を打ち込んだのはトシュだった。
「隠れてろ! きりがねえ!」
「——五分、頼んだ!」
ジョイドは今度はセディカの手をつかんで来た道を引き返した。虎が一飛び二飛びでは追いつけない程度に離れてから立ち止まり、背負い袋をさっと下ろす。来し方から行く先に転じた道の向こうから、土埃を立てて野牛が突進してくるからぎょっとした。二本の角を生やした獣。
野牛の到着など勿論待たず、荷物から取り出した何かをジョイドが地面に投げつける。小箱か木片のように見えたそれが転がるや、道を塞ぐように小屋が出現した。昨日の小屋と、そっくり同じものが。