残酷な描写あり
第5回 旅路を守る 山路を越える:3-2
「似てるけどな。北の方の伝説で、太陽を憎んで年中追いかけ回してる〈日追い狼〉ってのがいるんだ。その双子の弟が兄貴と仲が悪いもんで、敢えてその太陽を先導して逃がしてやってるんだと。こっちが〈日導き〉な」
「前から気になってるんだけど、〈日喰い狼〉が追いかけてきたときは〈日追い狼〉はどうしてるのかな」
「兄貴に譲ってんじゃねえか? 知らねえけども」
「兄弟なの?」
「あの辺はみんな〈世界狼〉の子供だからな。……あー、兄弟順を全部は知らん。〈月喰い〉が一番上で、〈日喰い〉がその次だったとは思うが」
この〈世界狼〉も有名な伝説の狼だ。子供たちよりさらに、遙かに巨大で、これが飢えて大地を齧り取ったがために、東の大地はかなりの部分が失われてしまったという。世界の中央に位置する帝国の東に、西に比べて陸地が少なく、海が多くなっているのはそのせいであると。
狼にまつわる曲で思い出したのも、本当は〈狼からの逃走〉よりも〈世界狼の討伐〉が先だった。知名度は高いが、トシュが喜ぶとは思えなくて避けたのだ。主役が〈世界狼〉でなくそれを討伐する〈武神〉の方であることはともかく、普通は拘束されたと言われている〈世界狼〉を、討伐されたことにしてしまっているのだから。
「〈世界狼〉って狼としては憧れなの、コンプレックスなの?」
「神獣にコンプレックス持ってもな」
ジョイドの質問に、トシュは苦笑で返している。
「じゃあおまえは〈天頂の大鷹〉にコンプレックス持つのか?」
「あれは神獣っていうより最早概念じゃん」
「神獣って?」
「ああ、あんまり聞かない言葉かな? 太古の昔からいる、獣の姿をした神様、みたいなものなんだけど。飽くまで獣であって、神様には含まれないんだけどね」
鳥や蛇や亀なんかもひっくるめて「獣」ね、と補足がついた。
「例えば、鳳凰は霊獣とか霊鳥っていって、鳳凰っていう種類の鳥なのね。だから鳳凰は古今東西に何羽も何十羽もいるわけなんだけど、〈天頂の大鷹〉は〈天頂の大鷹〉がたった一羽だけいるんだ。〈金烏〉もそうかな。〈慈愛神〉とか〈武神〉みたいなものって言ってもいいかな、〈武神〉っていう種類の神様がたくさんいるわけじゃない」
「もう一個、天獣ってのがあってな。神に仕えて神の乗り物になってるやつだとか、特定の神に仕えるんじゃなくても天に役目を持ってるようなやつを言うんだ。神獣の子供なんかもな」
余計なことを喋りすぎるとジョイドに苦言を呈したにしては、トシュも大分、話したがりである。
いつの間にかいつもの講義が始まっていて、セディカはこっそり、三味を下へ置いた。ひょっとしたら、話の聞き役を務めることは、この二人に対しては十分恩返しになるのだろうか。……いや、それは虫のよすぎる考えだ。セディカの方もそこそこ興味深く聞いているのだから。
「天獣の位置づけは微妙だよねえ。神獣の子供が絶対天獣だとも限らないし、地上や冥界に役目がある場合はどうなのってところも曖昧じゃない?」
「〈世界狼〉の子供では、天獣に数えられるのは〈侍従狼〉ぐらいか。〈日喰い〉も〈月喰い〉も〈日導き〉も〈日追い〉も妖怪カウントだもんな」
「〈日導き狼〉は天獣なんじゃないの? あと、〈青天狼母〉は?」
「〈青天狼母〉は神だろ、民族一つの祖先だぞ。〈日導き〉は太陽のために先触れをやってんじゃなくて、〈日追い〉への嫌がらせって扱いだからなあ」
「あ、〈乳母狼〉っていうのもいたね。あれは、……あれ、子供じゃなくて孫だっけ?」
また知らない名前が出てきているが、触れると長くなりそうなので黙っておく。何なら先ほどの〈天頂の大鷹〉も聞いたことがなかったが、狼の話が続いている中では蒸し返しづらい。
「〈日導き〉より、〈日追い〉が化け物扱いされてることの方が気に食わねえな。あれが太陽を憎んでるのは、太陽が不公平で北をちゃんと照らさねえからだぞ」
「ちゃんと照らされてない、なんて思うのは北とよそとの照らされ具合を知っててこそだからねえ。北に住んでたらそれが普通だもの」
「……じゃあ、〈日追い狼〉は不公平に怒ってるんだ、っていうのは誰が言ってるの?」
口を挟むと、トシュは矛盾を衝かれたかのように固まった。確かに、とジョイドがさりげなく相棒を見捨てる。
「……親父に聞いたんだと思うが。狼関係の話は」
「じゃ、お父さんの個人的な見解かもしれないね」
知ったかぶりを暴かれたときのような調子で狼の息子は呻った。至って人間らしい呻り声であった。
そのような一幕はいささか不満足なものであったかもしれないが、
「珍しいもん聴いたわ。サンキュな」
最後はしっかり三味に戻ってきて、トシュは白い歯を見せた。この選曲は当たりだったようだ、とセディカも微笑んだ。
「前から気になってるんだけど、〈日喰い狼〉が追いかけてきたときは〈日追い狼〉はどうしてるのかな」
「兄貴に譲ってんじゃねえか? 知らねえけども」
「兄弟なの?」
「あの辺はみんな〈世界狼〉の子供だからな。……あー、兄弟順を全部は知らん。〈月喰い〉が一番上で、〈日喰い〉がその次だったとは思うが」
この〈世界狼〉も有名な伝説の狼だ。子供たちよりさらに、遙かに巨大で、これが飢えて大地を齧り取ったがために、東の大地はかなりの部分が失われてしまったという。世界の中央に位置する帝国の東に、西に比べて陸地が少なく、海が多くなっているのはそのせいであると。
狼にまつわる曲で思い出したのも、本当は〈狼からの逃走〉よりも〈世界狼の討伐〉が先だった。知名度は高いが、トシュが喜ぶとは思えなくて避けたのだ。主役が〈世界狼〉でなくそれを討伐する〈武神〉の方であることはともかく、普通は拘束されたと言われている〈世界狼〉を、討伐されたことにしてしまっているのだから。
「〈世界狼〉って狼としては憧れなの、コンプレックスなの?」
「神獣にコンプレックス持ってもな」
ジョイドの質問に、トシュは苦笑で返している。
「じゃあおまえは〈天頂の大鷹〉にコンプレックス持つのか?」
「あれは神獣っていうより最早概念じゃん」
「神獣って?」
「ああ、あんまり聞かない言葉かな? 太古の昔からいる、獣の姿をした神様、みたいなものなんだけど。飽くまで獣であって、神様には含まれないんだけどね」
鳥や蛇や亀なんかもひっくるめて「獣」ね、と補足がついた。
「例えば、鳳凰は霊獣とか霊鳥っていって、鳳凰っていう種類の鳥なのね。だから鳳凰は古今東西に何羽も何十羽もいるわけなんだけど、〈天頂の大鷹〉は〈天頂の大鷹〉がたった一羽だけいるんだ。〈金烏〉もそうかな。〈慈愛神〉とか〈武神〉みたいなものって言ってもいいかな、〈武神〉っていう種類の神様がたくさんいるわけじゃない」
「もう一個、天獣ってのがあってな。神に仕えて神の乗り物になってるやつだとか、特定の神に仕えるんじゃなくても天に役目を持ってるようなやつを言うんだ。神獣の子供なんかもな」
余計なことを喋りすぎるとジョイドに苦言を呈したにしては、トシュも大分、話したがりである。
いつの間にかいつもの講義が始まっていて、セディカはこっそり、三味を下へ置いた。ひょっとしたら、話の聞き役を務めることは、この二人に対しては十分恩返しになるのだろうか。……いや、それは虫のよすぎる考えだ。セディカの方もそこそこ興味深く聞いているのだから。
「天獣の位置づけは微妙だよねえ。神獣の子供が絶対天獣だとも限らないし、地上や冥界に役目がある場合はどうなのってところも曖昧じゃない?」
「〈世界狼〉の子供では、天獣に数えられるのは〈侍従狼〉ぐらいか。〈日喰い〉も〈月喰い〉も〈日導き〉も〈日追い〉も妖怪カウントだもんな」
「〈日導き狼〉は天獣なんじゃないの? あと、〈青天狼母〉は?」
「〈青天狼母〉は神だろ、民族一つの祖先だぞ。〈日導き〉は太陽のために先触れをやってんじゃなくて、〈日追い〉への嫌がらせって扱いだからなあ」
「あ、〈乳母狼〉っていうのもいたね。あれは、……あれ、子供じゃなくて孫だっけ?」
また知らない名前が出てきているが、触れると長くなりそうなので黙っておく。何なら先ほどの〈天頂の大鷹〉も聞いたことがなかったが、狼の話が続いている中では蒸し返しづらい。
「〈日導き〉より、〈日追い〉が化け物扱いされてることの方が気に食わねえな。あれが太陽を憎んでるのは、太陽が不公平で北をちゃんと照らさねえからだぞ」
「ちゃんと照らされてない、なんて思うのは北とよそとの照らされ具合を知っててこそだからねえ。北に住んでたらそれが普通だもの」
「……じゃあ、〈日追い狼〉は不公平に怒ってるんだ、っていうのは誰が言ってるの?」
口を挟むと、トシュは矛盾を衝かれたかのように固まった。確かに、とジョイドがさりげなく相棒を見捨てる。
「……親父に聞いたんだと思うが。狼関係の話は」
「じゃ、お父さんの個人的な見解かもしれないね」
知ったかぶりを暴かれたときのような調子で狼の息子は呻った。至って人間らしい呻り声であった。
そのような一幕はいささか不満足なものであったかもしれないが、
「珍しいもん聴いたわ。サンキュな」
最後はしっかり三味に戻ってきて、トシュは白い歯を見せた。この選曲は当たりだったようだ、とセディカも微笑んだ。
「神獣」「天獣」「霊獣」の定義は作中世界においてのものです。