1
推し。
それは、この世界で最も私を萌えさせ、私を幸せにする、私の生きる糧である。
そして、最も応援したい存在である。
永く永く、頑張ってほしい存在である。
存在している事実だけで尊い存在である。
つまり推しとは、私にとって、最も生きていてほしい存在である。
***
緋王様こそ、私の推しである。
皇を「推せる」などと思ったのは、ファンサのせいで気が狂ったからだ。
緋王様にファンサを頂き、正常な精神に戻す!
私はハデスに有給を取ると電話を入れると、緋王様のライブに向かった。
来た。日本武道館! ニッポンDANJI20XX年アリーナツアー「MUROMACHI!」ファイナル!
何年も映像だけで我慢し、本場に行くのは叶わなかろうと落胆していた夢の場所にいる……。その実感が湧き上がり、思わず、涙が溢れた。
同士たちが推しグッズを抱え、ツアーシャツとタオルを纏い、幸せそうな笑顔で集まってきた。各々、推しのイメージカラーを身に纏っていた。あたりを見渡すと、緋王様のイメージカラーの赤がやはり多い印象だった。
私も、会場でゲットしたツアーシャツとタオルを身に纏い、昨晩必死に作った『こっち見て』のうちわを握りしめていたが、皆ライブに来慣れているのか、工夫がすごい。うちわの周りをきらきらしたふさふさのテープで囲んだり、髪や化粧を派手にしたり。推しに見てもらうために、命をかけているのが伝わってくる。
昨日見たファンサ一覧以外で、面白いものもたくさんあった。
『大好き』『愛してる』『いつもありがとう』――要求ではない、こちらからの愛のメッセージ。
『投げキスして』『彼氏になって』『結婚して』――あの辺は、ガチ恋勢というやつか。
『脱いで』――ん? つい、凝視してしまった。
でも、皇がやったら萌えそうなものがいくつかあった。明日学校に行ったら、早速ノートに書いて――。
って、今は皇のことはなしだ!
緋王様! 生緋王様に集中!!
時間になった。ライトが消え、キャア! と高揚した悲鳴が上がった。
これ以降は、絶対に皇のことは考えまい。緋王様のことだけを、推しに推しに推しまくるのだ!
「こんにちは―! ニッポンDANJIでーす!」
ギャ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!
ほほほほほほほほほほほほほほほほ本物! 本物本物本物本物ほほほほほ本物の緋王様――――――――――!!!!!!!!
「今日は、来てくれてありがとさん。皆に会えて嬉しいわぁ」
ギヤァアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!
ほほほほほほほほほほほほほほほほほほ本物の、本物の緋王様が、しゃ、しゃ、シャベッタァアアアアアアアア!!!!!!!!!!!
生きてる! 生きてる生きてる生きてる!! こんなかっこいい存在が、この世に存在するものなの!?
うう、かっこいい……っ!!
涙やら何やら、体中から歓喜の液体が噴射する。
――さ、さいっこうだった……!
生緋王様の美しい顔面と存在感、身体中から放たれる輝き……!
これが、ジャパニーズ・「尊い」……!
登場からずっと指を組んで涙を流し続けていた私は、「こっちをみて!」のうちわを振ることができず、ファンサをいただくことができなかった。惜しい気持ちもあるが、何より尊かったので、今日はいい。緋王様の存在に感謝。
来てよかった。やはり緋王様は私の推しだ。皇を「推せる」などと思った自分の愚かさに気づかされた。ファンサをもらえなくても、存在を崇めるだけで、これだけ幸福になるのだ。レベルが違う。緋王様は偉大。偉大な推し。唯一神。一生推す。
しかも……上裸のチラ見せ! 生裸! あぁ~~~~~~~~っ!!
もう、死んでしまうかと思った! 何もかもが最高だが、とりわけ、あの体の引き締まり方は最高すぎる! 理想の細マッチョ! 好きすぎる! あんなに美しい体はこの世に一つしかない! 緋王様こそ日本の宝。いや、世界の宝! おっと、よだれが……。
はぁ……。本当に、永遠に生きていてほしい。
いつかこの方に死神の鎌が向けられることがあれば、私がその死神を殺してやる。
最後に、7月にこのツアーの締めくくりとして、ドーム公演が行われることが発表されたのも興奮した……!
今回のアリーナツアーとはまた違う演出と興奮が得られるはず! 絶対行く! 今から楽しみだ!!
緋王様のおすすめの日本酒をたんまりと手に入れて帰った。
幸福感に浸ったままソファに寝そべり一升瓶を開けると、リン、と電話が鳴った。
パチンと指を鳴らし、留守電に変える。
どうせハデスからの明日の仕事の催促だろう。
今日は寝るまで余韻に浸る。
ぐっと日本酒を体に流す。
ああ、久しぶりの日本酒! 生き返る!
明日はいい仕事ができそうだ。
***
学校に行くと、皇がいなかった。
豚どもによると、昨日から熱が出たとかで休んでいるらしい。
私が一昨日仕込んだウィルスの効果が出たようだ。
頭痛、喉痛、咳、鼻水鼻づまり、腹痛等、全ての症状が死ぬほど強く、三日三晩高熱が続く、私特製の最強ウィルス。
これで死なないはずがない。
そうであるなら、学校にいる必要はない。
私はさっさと後にした。
ハデスに成果を報告するため、魂を持ち帰る必要がある。
私は皇の家の屋根に降り立った。
――なんて素晴らしい和風建築!
白い塀が取り囲む広大な敷地、つややかで重厚感のある瓦屋根、池にはジャパニーズ・錦鯉が泳いでいる。
ジャパニーズ・旅館のような大豪邸だ。
この仕事が終わったら、ジャパニーズ・温泉旅館に泊まりに行こう。
ひとまず、皇の気配を探す。
本館らしき大きな棟の右隣にある一棟の建物の中にいるようだ。
すっと中に入ると、大きな部屋の真ん中で、布団にくるまっている皇の姿があった。
ゲホゴホと激しく咳き込み、顔は真っ赤だった。氷枕を敷きながら、額にも濡れタオルを乗せている。
皇の横に、膝をついた。ぬるい濡れタオルを捲ると、苦しそうな皇の顔が顕になった。
――やっぱり、顔、好き……。
あんなに輝く緋王様のご尊顔を見たばかりなのに、心臓がきゅうんとする。
ハアハアと苦しそうな浅い吐息を繰り返すのも、額に玉のような汗が浮かんでいるのも、なんだかえっちだ……。
というかこの襟……ジャパニーズ・浴衣を着ている……?
――ゴクリ。
み、見たい。
そっと、掛け布団をずらした。
!!!!!!
や、やっぱり!! ジャパニーズ・浴衣!!
ににににに、似合いすぎる! 飾りたい! 部屋に! ポスターを!!
そうだ、写真を撮っておこう。
パシャリ。運命写真を撮った。帰ったら引き延ばして、緋王様の浴衣姿ポスターの隣に並べよう……。
浴衣姿の皇が、緋王様のようにいろいろなことをしてくれたら……!
うううぅ……! ありがたい……! ありがたすぎて拝んでしまう!
だが、それは叶うまい。
皇は、標的。魂を狩らねばならない相手……。
私は手に鎌を宿した。
……その前に。
「脱いで!」……ってファンサ要求、しても、いいい、いいだろうか……!
浴衣がはだけて、うっすらと胸板が覗いていて――もちろん緋王様に比べたら貧相なものに違いなかろうが……!
この世には、顔のいい男の上裸からしか得られない萌えがあるのだ……。
それに、何でもすると言ったわけだし……?
ごくり。
皇の横に膝をつく。
鎌を置いて、そっと、皇の襟をつまむ。
「……う………。………キルコ、さん…………?」
――え?
どう、して……。
うっすらと開いたうるんだ皇の瞳——そのまなざしの先には、確かに私の瞳があった。
だが、おかしい。私は今、人間に見えない死神の姿。死に至る寸前の、生と死のはざまにいる人間でも、死神を視認することはできない。それなのに、どうして……。
皇の手が、私の手の上に乗った。ひどく熱かった。
「……嬉しい……会えて……。
もう、死んでもいい……」
皇が、溶けるように笑った。
……も…………萌え――――っ!!!!
かかかか、可愛いっ! 可愛すぎる! いや色っぽい! いやでもかわ……色気と可愛さのマリアージュ!!!!
だが、ダメ! 死んだら! 死んだら――!
「だめです坊ちゃん!」
「お気を確かに!」
バーン! と横扉が開き、白装束の人間たちが十数名ほど入ってきた。
顔をガスマスクのようなもので覆っていて、男女もわからない。
一人の白装束が、私の横に座り、皇の手を握った。
「秀ちゃん! もう大丈夫よ!」
「キ……キルコ、さん……」
「秀英さんのおっしゃる通りに調合した薬ができました! これで前例のないウィルスの撃退ができます!」
……え?
白装束たちがぞろぞろと皇を取り囲み、医療器具を手にする。
注射をし、点滴を打ち、氷枕を変え、額のタオルを変え、二枚の毛布で体をぐるぐるに包まれた皇は、白装束たちが去ることろには、すうすうといつもの白い顔で眠っていた。
皇に病気が効かない理由は、これか……。皇の薬の調合力と、それを速攻実現できる財力……。
ウィルス以外の病気も、おそらく完治させられるだろう。
だが、「もう死んでもいい」という言葉……。
重い病気を患えば、「死んだら悔しい」という気持ちも削ぐことができる、ということがわかった。
そうであるなら、今回のように、意識がもうろうとするほどの症状がでるウィルスを忍び込ませ、薬が調合される前に鎌を振り下ろせば……。
いや。
だめだ。きっとまた可愛くも色気たっぷりなとろけ顔になる!
何だあの笑顔は! 今まで見たどんな顔のいい存在の笑顔より魅力的じゃないか!!
萌え! 萌えすぎる! あんな萌えの塊を手にかけるなんてできるわけがない!!
くっ……。
皇 秀英……。なぜ、こんなに私好みの顔に生まれてしまったんだ……。
もっと見ていたいと――死んでほしくないと、思ってしまったではないか……。
それは、この世界で最も私を萌えさせ、私を幸せにする、私の生きる糧である。
そして、最も応援したい存在である。
永く永く、頑張ってほしい存在である。
存在している事実だけで尊い存在である。
つまり推しとは、私にとって、最も生きていてほしい存在である。
***
緋王様こそ、私の推しである。
皇を「推せる」などと思ったのは、ファンサのせいで気が狂ったからだ。
緋王様にファンサを頂き、正常な精神に戻す!
私はハデスに有給を取ると電話を入れると、緋王様のライブに向かった。
来た。日本武道館! ニッポンDANJI20XX年アリーナツアー「MUROMACHI!」ファイナル!
何年も映像だけで我慢し、本場に行くのは叶わなかろうと落胆していた夢の場所にいる……。その実感が湧き上がり、思わず、涙が溢れた。
同士たちが推しグッズを抱え、ツアーシャツとタオルを纏い、幸せそうな笑顔で集まってきた。各々、推しのイメージカラーを身に纏っていた。あたりを見渡すと、緋王様のイメージカラーの赤がやはり多い印象だった。
私も、会場でゲットしたツアーシャツとタオルを身に纏い、昨晩必死に作った『こっち見て』のうちわを握りしめていたが、皆ライブに来慣れているのか、工夫がすごい。うちわの周りをきらきらしたふさふさのテープで囲んだり、髪や化粧を派手にしたり。推しに見てもらうために、命をかけているのが伝わってくる。
昨日見たファンサ一覧以外で、面白いものもたくさんあった。
『大好き』『愛してる』『いつもありがとう』――要求ではない、こちらからの愛のメッセージ。
『投げキスして』『彼氏になって』『結婚して』――あの辺は、ガチ恋勢というやつか。
『脱いで』――ん? つい、凝視してしまった。
でも、皇がやったら萌えそうなものがいくつかあった。明日学校に行ったら、早速ノートに書いて――。
って、今は皇のことはなしだ!
緋王様! 生緋王様に集中!!
時間になった。ライトが消え、キャア! と高揚した悲鳴が上がった。
これ以降は、絶対に皇のことは考えまい。緋王様のことだけを、推しに推しに推しまくるのだ!
「こんにちは―! ニッポンDANJIでーす!」
ギャ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!
ほほほほほほほほほほほほほほほほ本物! 本物本物本物本物ほほほほほ本物の緋王様――――――――――!!!!!!!!
「今日は、来てくれてありがとさん。皆に会えて嬉しいわぁ」
ギヤァアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!
ほほほほほほほほほほほほほほほほほほ本物の、本物の緋王様が、しゃ、しゃ、シャベッタァアアアアアアアア!!!!!!!!!!!
生きてる! 生きてる生きてる生きてる!! こんなかっこいい存在が、この世に存在するものなの!?
うう、かっこいい……っ!!
涙やら何やら、体中から歓喜の液体が噴射する。
――さ、さいっこうだった……!
生緋王様の美しい顔面と存在感、身体中から放たれる輝き……!
これが、ジャパニーズ・「尊い」……!
登場からずっと指を組んで涙を流し続けていた私は、「こっちをみて!」のうちわを振ることができず、ファンサをいただくことができなかった。惜しい気持ちもあるが、何より尊かったので、今日はいい。緋王様の存在に感謝。
来てよかった。やはり緋王様は私の推しだ。皇を「推せる」などと思った自分の愚かさに気づかされた。ファンサをもらえなくても、存在を崇めるだけで、これだけ幸福になるのだ。レベルが違う。緋王様は偉大。偉大な推し。唯一神。一生推す。
しかも……上裸のチラ見せ! 生裸! あぁ~~~~~~~~っ!!
もう、死んでしまうかと思った! 何もかもが最高だが、とりわけ、あの体の引き締まり方は最高すぎる! 理想の細マッチョ! 好きすぎる! あんなに美しい体はこの世に一つしかない! 緋王様こそ日本の宝。いや、世界の宝! おっと、よだれが……。
はぁ……。本当に、永遠に生きていてほしい。
いつかこの方に死神の鎌が向けられることがあれば、私がその死神を殺してやる。
最後に、7月にこのツアーの締めくくりとして、ドーム公演が行われることが発表されたのも興奮した……!
今回のアリーナツアーとはまた違う演出と興奮が得られるはず! 絶対行く! 今から楽しみだ!!
緋王様のおすすめの日本酒をたんまりと手に入れて帰った。
幸福感に浸ったままソファに寝そべり一升瓶を開けると、リン、と電話が鳴った。
パチンと指を鳴らし、留守電に変える。
どうせハデスからの明日の仕事の催促だろう。
今日は寝るまで余韻に浸る。
ぐっと日本酒を体に流す。
ああ、久しぶりの日本酒! 生き返る!
明日はいい仕事ができそうだ。
***
学校に行くと、皇がいなかった。
豚どもによると、昨日から熱が出たとかで休んでいるらしい。
私が一昨日仕込んだウィルスの効果が出たようだ。
頭痛、喉痛、咳、鼻水鼻づまり、腹痛等、全ての症状が死ぬほど強く、三日三晩高熱が続く、私特製の最強ウィルス。
これで死なないはずがない。
そうであるなら、学校にいる必要はない。
私はさっさと後にした。
ハデスに成果を報告するため、魂を持ち帰る必要がある。
私は皇の家の屋根に降り立った。
――なんて素晴らしい和風建築!
白い塀が取り囲む広大な敷地、つややかで重厚感のある瓦屋根、池にはジャパニーズ・錦鯉が泳いでいる。
ジャパニーズ・旅館のような大豪邸だ。
この仕事が終わったら、ジャパニーズ・温泉旅館に泊まりに行こう。
ひとまず、皇の気配を探す。
本館らしき大きな棟の右隣にある一棟の建物の中にいるようだ。
すっと中に入ると、大きな部屋の真ん中で、布団にくるまっている皇の姿があった。
ゲホゴホと激しく咳き込み、顔は真っ赤だった。氷枕を敷きながら、額にも濡れタオルを乗せている。
皇の横に、膝をついた。ぬるい濡れタオルを捲ると、苦しそうな皇の顔が顕になった。
――やっぱり、顔、好き……。
あんなに輝く緋王様のご尊顔を見たばかりなのに、心臓がきゅうんとする。
ハアハアと苦しそうな浅い吐息を繰り返すのも、額に玉のような汗が浮かんでいるのも、なんだかえっちだ……。
というかこの襟……ジャパニーズ・浴衣を着ている……?
――ゴクリ。
み、見たい。
そっと、掛け布団をずらした。
!!!!!!
や、やっぱり!! ジャパニーズ・浴衣!!
ににににに、似合いすぎる! 飾りたい! 部屋に! ポスターを!!
そうだ、写真を撮っておこう。
パシャリ。運命写真を撮った。帰ったら引き延ばして、緋王様の浴衣姿ポスターの隣に並べよう……。
浴衣姿の皇が、緋王様のようにいろいろなことをしてくれたら……!
うううぅ……! ありがたい……! ありがたすぎて拝んでしまう!
だが、それは叶うまい。
皇は、標的。魂を狩らねばならない相手……。
私は手に鎌を宿した。
……その前に。
「脱いで!」……ってファンサ要求、しても、いいい、いいだろうか……!
浴衣がはだけて、うっすらと胸板が覗いていて――もちろん緋王様に比べたら貧相なものに違いなかろうが……!
この世には、顔のいい男の上裸からしか得られない萌えがあるのだ……。
それに、何でもすると言ったわけだし……?
ごくり。
皇の横に膝をつく。
鎌を置いて、そっと、皇の襟をつまむ。
「……う………。………キルコ、さん…………?」
――え?
どう、して……。
うっすらと開いたうるんだ皇の瞳——そのまなざしの先には、確かに私の瞳があった。
だが、おかしい。私は今、人間に見えない死神の姿。死に至る寸前の、生と死のはざまにいる人間でも、死神を視認することはできない。それなのに、どうして……。
皇の手が、私の手の上に乗った。ひどく熱かった。
「……嬉しい……会えて……。
もう、死んでもいい……」
皇が、溶けるように笑った。
……も…………萌え――――っ!!!!
かかかか、可愛いっ! 可愛すぎる! いや色っぽい! いやでもかわ……色気と可愛さのマリアージュ!!!!
だが、ダメ! 死んだら! 死んだら――!
「だめです坊ちゃん!」
「お気を確かに!」
バーン! と横扉が開き、白装束の人間たちが十数名ほど入ってきた。
顔をガスマスクのようなもので覆っていて、男女もわからない。
一人の白装束が、私の横に座り、皇の手を握った。
「秀ちゃん! もう大丈夫よ!」
「キ……キルコ、さん……」
「秀英さんのおっしゃる通りに調合した薬ができました! これで前例のないウィルスの撃退ができます!」
……え?
白装束たちがぞろぞろと皇を取り囲み、医療器具を手にする。
注射をし、点滴を打ち、氷枕を変え、額のタオルを変え、二枚の毛布で体をぐるぐるに包まれた皇は、白装束たちが去ることろには、すうすうといつもの白い顔で眠っていた。
皇に病気が効かない理由は、これか……。皇の薬の調合力と、それを速攻実現できる財力……。
ウィルス以外の病気も、おそらく完治させられるだろう。
だが、「もう死んでもいい」という言葉……。
重い病気を患えば、「死んだら悔しい」という気持ちも削ぐことができる、ということがわかった。
そうであるなら、今回のように、意識がもうろうとするほどの症状がでるウィルスを忍び込ませ、薬が調合される前に鎌を振り下ろせば……。
いや。
だめだ。きっとまた可愛くも色気たっぷりなとろけ顔になる!
何だあの笑顔は! 今まで見たどんな顔のいい存在の笑顔より魅力的じゃないか!!
萌え! 萌えすぎる! あんな萌えの塊を手にかけるなんてできるわけがない!!
くっ……。
皇 秀英……。なぜ、こんなに私好みの顔に生まれてしまったんだ……。
もっと見ていたいと――死んでほしくないと、思ってしまったではないか……。