R-15
第11話 ライトって相手に見えればいいんじゃないのか?
「とりあえず、ついてないと怒られるんだっけ?警察に」
「ええ。5万円以下の罰金ですね」
「高ぇな」
ライトコーナー。いろんなライトがぶら下がっているが、どれがいいのかは分からない。見た目でいえば、小さいか大きいかくらいの差は理解できるが……
「大きい方が良いのか?」
「いいえ、人それぞれです。せっかくアルミフレームなどを使って軽量化した自転車を、ここで重くしない方が良いと、私は思います」
「そっか」
重さだけは手に取ればわかるが、それ以外に分かるところは少ない。やっぱり何でもいいやとアキラが思いかけたときだった。
ルリが、いくつかのライトの箱を開け始める。丁寧にテープを破り、あるいはビニールを剥がし……
「お、おいおい。開けちゃうのかよ」
「はい。店頭でお試しいただけるようにと、当店舗ではテストスペースを設けております。パッケージを傷つけずに開けられる商品に至っては、こうして開けても構いません。……もちろん、私どもが同伴の上なら、ですが」
店員の許可なしに開けられるのは困るが、聞いてくれれば最大限の努力はする。ということだろう。
さらにポケットを探り、いくつかのライトを取り出すルリ。店の制服となっている整備用エプロンは、そこかしこにポケットが付いた頑丈なものだ。その中から、数個のライトが出てくる。
「パッケージを傷つけないと開けられない商品に関しましては、こうしてテスターを用意しております。当店で在庫しているライトは、1000円以下の商品を除いてすべてお試しいただけますよ」
「なるほど。店の備品ってわけだな」
アキラはそのライトを手に取った。すべてのライトに、ご丁寧にこう書かれている。
『吉識瑠璃 私物』
「……なあ、これ、お前の名前が書いてあるんだが?」
「ええ。上司に『お客様のために、テスト用ライトを用意してください』と頼んだことがあるのですが、首を横に振られたので、勝手に私が用意しました。もちろんポケットマネーで」
「お前のバイト代って――」
「――半分ほどは、このお店に戻っていると思います」
美味しいものが食べたい。遊びに行きたい。おしゃれな服が欲しい。そういった欲望は、ルリにもないわけではない。ただ、それ以上に、
「この仕事、好きなんだな」
「というより、自転車が好きなだけですね。さあ、テストスペースはこちらです」
段ボールの箱を組み合わせ、光が届かないようにした空間……別名、おおきなだんぼーるばこ。
その側面には『ルリちゃんが作りました』と、おそらくルリ本人の筆致で書かれている。へたくそな似顔絵が添えられているのが痛々しい。
「可愛いでしょう?」
「お、おお……ああ、えっと。――おう」
もう何を言っていいかわからなくなるアキラは、適当にうなづく。
(一体、どこを目指してんだ?)
残念な美人店員の、無表情ながら自信ありげな態度。見ているアキラが恥ずかしい。
「で、この段ボールの中に向かって、ライトをつければいいわけだな」
「はい。そうすれば、どのくらい見やすいかを比較できると思います。まあ、距離が足りないので、あくまで目安ですが……」
奥行1メートル程度の箱の中では、そういうしかあるまい。せめて10倍の大きさがないと夜道のシミュレーションにはならないが、さすがにスペースをとりすぎる。
「しかし、よく作るよな。こういうの……」
アキラが手元のライトを照らすと、箱の奥に手書きのイラストが見える。吹き出し付きで『ぼくがみえるかな?』と書かれた――
「……狸?」
「ウサギです」
「誰が描いたんだ?」
「私ですが何か?」
絵の出来はともかく、よく見える。ライトの角度を変えると、端まで何かの生き物がいるのが確認できた。何の生き物なのかは確認をとらない方針で。
「うん、これでもよさそうだな。安いし」
値段は2000円ほど。妥当だろう。
「アキラ様。こちらも試してみてください」
ルリがそう言って差し出してきたのは、先ほどのライトとよく似た機体。
「お、おう。それじゃあ行くぜ」
アキラがスイッチを押す。が、つかない。
「ああ、それ、いたずら防止ですね。2秒ほど押し続けないと点きません」
「先に言えよ。壊したかと思ってびっくりしたじゃないか」
「仮に壊れても、私物だから大丈夫ですよ」
「だから心配してんだよ」
ボタンを押すこと2秒。何も起きないので、指を離すと、
「うおっ!?」
その瞬間、まぶしいほどの光が箱の中からあふれる――とは言いすぎだが、そう錯覚させるほどの光が点いた。
「すごいパワーでしょう?先ほどのライトが400カンデラ。一方、今回のライトが2000カンデラ。その強さはざっと5倍です」
「たしかにすごいな。これなら数十メートル先まで照らせるんじゃないか?」
「ええ。実際に照らせますよ。スピードを出したい人にお勧めです」
カンデラ……聞きなれない単語かもしれないが、明るさの単位である。表記は2000cdだ。
「こちらもお勧めですね。なんと、300ルーメンもあるんです」
「へえ……って、さっきのは2000カンデラだったのに、今度は300って、パワーダウンしてないか?」
「いいえ。先ほどのライトは160ルーメンです。なので、今度はさらに2倍くらいのパワーを出せますよ」
「……」
どうやら、ルーメンとカンデラはそれぞれ違う単位らしい。なぜ使い分けるのかは分からない。
「じゃあ、つけるけどさ……」
アキラがつけたその時、光が――
「……ショボいんだが?」
「そうですね」
箱の中全体を照らすものの、先ほどの眩しさがない。むしろ、パワーは下がっているように思える。
「まあ、ルーメン数こそ上がりましたが、カンデラ数は下がっているので、当然かもしれません」
「待て。どっちも明るさの単位じゃないのかよ」
「明るさの単位ですよ?」
「じゃあ、どうして片方が上がったのに、もう片方が下がったんだよ?つーか、なんで明るさの単位が二種類あるんだよ?どっちかに換算してくれよ」
まるで、ミリメートルとインチを混ぜられえたようなやりづらさを感じる。そんなアキラに、ルリは頭を下げた。
「申し訳ありませんが、それはできません。計測方法が違うことになるので」
「計測方法?」
「はい。例えば、アキラ様がショボいと言った今のライト、何か気づくところがありませんか?」
そう言われても、やっぱりショボい。あとは、端までびっしり書かれた動物のイラストが良く見えることくらいだ。端から端まで、ずっと――
「あ」
そうだ。さっきは照らした正面しか見えなかったから、動物も一匹ずつしか見えなかった。それが、今は全部を同時に照らしているんだ。
「お気づき頂けたようですね。そう。いちばん右の猫さんから、一番左のくまさんまで、しっかり見えるでしょう?」
「そっか。あれは熊だったのか!……いや、あははは。わ、わかってたぞ」
じとーっ。という擬音が付きそうな彼女の視線を、アキラは愛想笑いでかわす。すると、ルリもため息を吐き、話をライトに戻した。
「照射角度、というのがあります。要するに、その光をどれだけ広い範囲に放出するのか、という角度ですね。広ければ広いほど、光が分散します。逆に狭ければ狭いほど、光は一か所に集まります」
「それで?」
「カンデラ、とは、光源から離れたところで計測される単位です。なので、照射角度が広ければ広いほど、カンデラ数は落ちます。同じルーメン数でも」
「逆に、ルーメン数が少なくても、照射角度が狭ければカンデラ数が上がる?」
「正解です」
それならば、ルーメン数とカンデラ数を比較すれば、照射角度の目安も解るということになる。
「つまり、照射角度が狭い奴を選べばいいってことか?」
「いえ。好みによるという話です。確かに、狭い方が明るく感じますし、遠くを照らせます。でも、照らせる角度は狭くなりますし、相手が自分を視認する角度も狭くなります。一長一短ですね」
理屈としては案外簡単。しかし実際に選ぶとなると迷うところだった。アキラは大量のライトのパッケージに目を落としながら、悩む。
「省エネなのは?」
「狭い方……と言いたいですが、エネルギー消費量はルーメン数に関係するだけですので、カンデラ数や照射角度で決まることではありません」
「安いのはどれだ?」
「アキラ様。ご予算がないなら仕方ありませんが、できれば少し高価でも、質の良いものを購入してください。事故でも起こしたら、元も子もありません」
「わ、悪い」
パッケージを見ているだけでは、カンデラ数しか書かれていないものや、ルーメン数しか書かれていないもの。中には光量について書かれていないものさえあった。
「なあ、ルリ。これってどのくらい明るいんだ?」
「それは……実際に比べてみるしかありませんね。今開けますので、お待ちください」
瑠璃が丁寧に箱を開ける。慣れた手つきだ。
「なあ、明るさ以外だと、どこを見ればいいんだ?」
アキラがそう言うと、ルリは手元から目を離さずに答えた。
「そうですね……電源と持続時間ですね。乾電池の場合だと、電池が切れてもコンビニで補充できます。が、空になった電池の処分が面倒ですね。一方のUSB充電式なら、ご家庭でも充電できますが、旅先ですぐに充電は出来ないでしょう」
「でも、スマホ用の充電器で充電できるんだろ?だったら充電器を持ち歩くとか、その辺のスマホショップから拝借することもできるんじゃないか?」
「うーん……私の場合は、夜間の長距離走行も致します。そして、電池切れになるタイミングは決まって深夜ですね。そのころには、どこのお店も空いてません」
「持ち運び用のバッテリーチャージャーは?」
「充電しながら点灯させられるモデルが少ないですね。翌朝までに帰らないといけないときなどは、時間も制限されてしまいます」
「どっちも不便だな」
ママチャリに乗っていた時は、ライトなど発電機で動かしていたアキラ。だからこそ、電源を人力以外に頼るという感覚が分からない。
「ん?……ところで今の話だと、ルリが夜通し走って朝帰りするみたいな事になっているけど」
話に出てきた情報から、整理してみる。案の定、
「はい。時々は……眠れない夜や、休日の前夜など、遠くに行きたい気分の時もあるんです」
「えっと、誰かを同伴して?」
なんとなく心配になって訊いてみると、ルリは軽く目を背けた。
「いいえ。私のサイクリングに付き合ってくれる人など、いませんよ。特に夜は……」
「危ないだろ」
「ライトはきちんとつけていますし、夜間の走行にも慣れています」
「そうじゃなくて、女の子が夜中に、って……」
アキラ自身、何を言っているのかと思う。余計なお世話だろうし、そんなことまで心配しあう仲でもないのかもしれない。ただ、それでも……
「……では、今後はアキラ様と一緒に走りましょうか」
「え?」
「お付き合い願えますか?私のサイクリングに――」
どことなく挑発的に、ルリは言った。前髪を指で分け、その下から視線を送る仕草。斜め下方向から差すような眼光。
ルリ自身は、自転車乗りとしてのプライドから言ったのだろう。まだ素人に毛が生えた程度のアキラが、自分の走りについて来れるかと……
その自信は伝わらないまま、なんとなくの挑発的な態度だけを、アキラは受け取る。
(え?俺、試されてる?)
試されている。
(ルリを守り切れる男かどうか……いや、そもそも俺が狼にならないかって意味か?)
それは違う。
「分かった。俺、ルリに認めてもらえるような男になるぜ」
「……そうですか。頑張ってくださいね。アキラ様」
お互いに深刻な誤解をしているが、まあ、いい。
「やっぱり、これだな」
アキラが選んだのは、
「SERFAS USL-200ですね。3000円未満の価格帯としては、破格の性能だと思います」
USB充電式で、ハイパワーなモデル。ルーメン数の多さと照射角度の少なさゆえに、遠くに光を飛ばす強力なライトだった。
さらに、状況に合わせて4段階の出力調整が可能。バッテリを優先するのか、明るさを優先するのかを任意で選べる。
「こちらの商品ですが、夕暮れ時には点滅灯として使っていただいてもいいと思います。それならバッテリの消費も少なく、それでいて相手から視認しやすい目立ち方をするので」
ルリが言うと、アキラはうなづいた。がしかし――
「夜中でも点滅モードでいいんじゃないか?」
そんなことを言うと、ルリはずいっと一歩前に出た。アキラが驚いて下がると、さらに一歩詰め寄る。
「夜中に点滅モードだったら、チカチカして見づらいです。アキラ様が前方を見るにしても煩わしいでしょうし、この明るさだと対向車にも迷惑です。少しは考えてください」
「ご、ごめんなさい」
あくまでも、ヘッドライトは周囲を見るためにある。それが点滅したままだと、視界が点滅した状態になる……という解説はさておき、
(怒られているんだろうけど、なぜか嬉しいんだよな)
と、アキラが思ってしまうのは、ルリが美人だからか、怒った顔も無表情に近いからか、はたまた無表情なりに普段見せない表情を見せてくれているからだろうか。
反省の様子がないアキラを見て、ルリは「むーっ」としたが、言いたいことは伝わったとみて機嫌を直す。
「それでは、フロントは決定ですね。
次はリアライトをご紹介します。
自転車にとって、後ろから自動車に抜かされるのは宿命のようなものです。せめて、気持ちよく安全に抜かされたいところですね。間違っても、お互いの走りを邪魔したくはありません。そうでしょう?
何より、前に進み続ける自転車にとって、相手によく見られるのは後ろです。
背中で語れるかっこよさを、一緒にコーディネイトしていきましょう」
「ええ。5万円以下の罰金ですね」
「高ぇな」
ライトコーナー。いろんなライトがぶら下がっているが、どれがいいのかは分からない。見た目でいえば、小さいか大きいかくらいの差は理解できるが……
「大きい方が良いのか?」
「いいえ、人それぞれです。せっかくアルミフレームなどを使って軽量化した自転車を、ここで重くしない方が良いと、私は思います」
「そっか」
重さだけは手に取ればわかるが、それ以外に分かるところは少ない。やっぱり何でもいいやとアキラが思いかけたときだった。
ルリが、いくつかのライトの箱を開け始める。丁寧にテープを破り、あるいはビニールを剥がし……
「お、おいおい。開けちゃうのかよ」
「はい。店頭でお試しいただけるようにと、当店舗ではテストスペースを設けております。パッケージを傷つけずに開けられる商品に至っては、こうして開けても構いません。……もちろん、私どもが同伴の上なら、ですが」
店員の許可なしに開けられるのは困るが、聞いてくれれば最大限の努力はする。ということだろう。
さらにポケットを探り、いくつかのライトを取り出すルリ。店の制服となっている整備用エプロンは、そこかしこにポケットが付いた頑丈なものだ。その中から、数個のライトが出てくる。
「パッケージを傷つけないと開けられない商品に関しましては、こうしてテスターを用意しております。当店で在庫しているライトは、1000円以下の商品を除いてすべてお試しいただけますよ」
「なるほど。店の備品ってわけだな」
アキラはそのライトを手に取った。すべてのライトに、ご丁寧にこう書かれている。
『吉識瑠璃 私物』
「……なあ、これ、お前の名前が書いてあるんだが?」
「ええ。上司に『お客様のために、テスト用ライトを用意してください』と頼んだことがあるのですが、首を横に振られたので、勝手に私が用意しました。もちろんポケットマネーで」
「お前のバイト代って――」
「――半分ほどは、このお店に戻っていると思います」
美味しいものが食べたい。遊びに行きたい。おしゃれな服が欲しい。そういった欲望は、ルリにもないわけではない。ただ、それ以上に、
「この仕事、好きなんだな」
「というより、自転車が好きなだけですね。さあ、テストスペースはこちらです」
段ボールの箱を組み合わせ、光が届かないようにした空間……別名、おおきなだんぼーるばこ。
その側面には『ルリちゃんが作りました』と、おそらくルリ本人の筆致で書かれている。へたくそな似顔絵が添えられているのが痛々しい。
「可愛いでしょう?」
「お、おお……ああ、えっと。――おう」
もう何を言っていいかわからなくなるアキラは、適当にうなづく。
(一体、どこを目指してんだ?)
残念な美人店員の、無表情ながら自信ありげな態度。見ているアキラが恥ずかしい。
「で、この段ボールの中に向かって、ライトをつければいいわけだな」
「はい。そうすれば、どのくらい見やすいかを比較できると思います。まあ、距離が足りないので、あくまで目安ですが……」
奥行1メートル程度の箱の中では、そういうしかあるまい。せめて10倍の大きさがないと夜道のシミュレーションにはならないが、さすがにスペースをとりすぎる。
「しかし、よく作るよな。こういうの……」
アキラが手元のライトを照らすと、箱の奥に手書きのイラストが見える。吹き出し付きで『ぼくがみえるかな?』と書かれた――
「……狸?」
「ウサギです」
「誰が描いたんだ?」
「私ですが何か?」
絵の出来はともかく、よく見える。ライトの角度を変えると、端まで何かの生き物がいるのが確認できた。何の生き物なのかは確認をとらない方針で。
「うん、これでもよさそうだな。安いし」
値段は2000円ほど。妥当だろう。
「アキラ様。こちらも試してみてください」
ルリがそう言って差し出してきたのは、先ほどのライトとよく似た機体。
「お、おう。それじゃあ行くぜ」
アキラがスイッチを押す。が、つかない。
「ああ、それ、いたずら防止ですね。2秒ほど押し続けないと点きません」
「先に言えよ。壊したかと思ってびっくりしたじゃないか」
「仮に壊れても、私物だから大丈夫ですよ」
「だから心配してんだよ」
ボタンを押すこと2秒。何も起きないので、指を離すと、
「うおっ!?」
その瞬間、まぶしいほどの光が箱の中からあふれる――とは言いすぎだが、そう錯覚させるほどの光が点いた。
「すごいパワーでしょう?先ほどのライトが400カンデラ。一方、今回のライトが2000カンデラ。その強さはざっと5倍です」
「たしかにすごいな。これなら数十メートル先まで照らせるんじゃないか?」
「ええ。実際に照らせますよ。スピードを出したい人にお勧めです」
カンデラ……聞きなれない単語かもしれないが、明るさの単位である。表記は2000cdだ。
「こちらもお勧めですね。なんと、300ルーメンもあるんです」
「へえ……って、さっきのは2000カンデラだったのに、今度は300って、パワーダウンしてないか?」
「いいえ。先ほどのライトは160ルーメンです。なので、今度はさらに2倍くらいのパワーを出せますよ」
「……」
どうやら、ルーメンとカンデラはそれぞれ違う単位らしい。なぜ使い分けるのかは分からない。
「じゃあ、つけるけどさ……」
アキラがつけたその時、光が――
「……ショボいんだが?」
「そうですね」
箱の中全体を照らすものの、先ほどの眩しさがない。むしろ、パワーは下がっているように思える。
「まあ、ルーメン数こそ上がりましたが、カンデラ数は下がっているので、当然かもしれません」
「待て。どっちも明るさの単位じゃないのかよ」
「明るさの単位ですよ?」
「じゃあ、どうして片方が上がったのに、もう片方が下がったんだよ?つーか、なんで明るさの単位が二種類あるんだよ?どっちかに換算してくれよ」
まるで、ミリメートルとインチを混ぜられえたようなやりづらさを感じる。そんなアキラに、ルリは頭を下げた。
「申し訳ありませんが、それはできません。計測方法が違うことになるので」
「計測方法?」
「はい。例えば、アキラ様がショボいと言った今のライト、何か気づくところがありませんか?」
そう言われても、やっぱりショボい。あとは、端までびっしり書かれた動物のイラストが良く見えることくらいだ。端から端まで、ずっと――
「あ」
そうだ。さっきは照らした正面しか見えなかったから、動物も一匹ずつしか見えなかった。それが、今は全部を同時に照らしているんだ。
「お気づき頂けたようですね。そう。いちばん右の猫さんから、一番左のくまさんまで、しっかり見えるでしょう?」
「そっか。あれは熊だったのか!……いや、あははは。わ、わかってたぞ」
じとーっ。という擬音が付きそうな彼女の視線を、アキラは愛想笑いでかわす。すると、ルリもため息を吐き、話をライトに戻した。
「照射角度、というのがあります。要するに、その光をどれだけ広い範囲に放出するのか、という角度ですね。広ければ広いほど、光が分散します。逆に狭ければ狭いほど、光は一か所に集まります」
「それで?」
「カンデラ、とは、光源から離れたところで計測される単位です。なので、照射角度が広ければ広いほど、カンデラ数は落ちます。同じルーメン数でも」
「逆に、ルーメン数が少なくても、照射角度が狭ければカンデラ数が上がる?」
「正解です」
それならば、ルーメン数とカンデラ数を比較すれば、照射角度の目安も解るということになる。
「つまり、照射角度が狭い奴を選べばいいってことか?」
「いえ。好みによるという話です。確かに、狭い方が明るく感じますし、遠くを照らせます。でも、照らせる角度は狭くなりますし、相手が自分を視認する角度も狭くなります。一長一短ですね」
理屈としては案外簡単。しかし実際に選ぶとなると迷うところだった。アキラは大量のライトのパッケージに目を落としながら、悩む。
「省エネなのは?」
「狭い方……と言いたいですが、エネルギー消費量はルーメン数に関係するだけですので、カンデラ数や照射角度で決まることではありません」
「安いのはどれだ?」
「アキラ様。ご予算がないなら仕方ありませんが、できれば少し高価でも、質の良いものを購入してください。事故でも起こしたら、元も子もありません」
「わ、悪い」
パッケージを見ているだけでは、カンデラ数しか書かれていないものや、ルーメン数しか書かれていないもの。中には光量について書かれていないものさえあった。
「なあ、ルリ。これってどのくらい明るいんだ?」
「それは……実際に比べてみるしかありませんね。今開けますので、お待ちください」
瑠璃が丁寧に箱を開ける。慣れた手つきだ。
「なあ、明るさ以外だと、どこを見ればいいんだ?」
アキラがそう言うと、ルリは手元から目を離さずに答えた。
「そうですね……電源と持続時間ですね。乾電池の場合だと、電池が切れてもコンビニで補充できます。が、空になった電池の処分が面倒ですね。一方のUSB充電式なら、ご家庭でも充電できますが、旅先ですぐに充電は出来ないでしょう」
「でも、スマホ用の充電器で充電できるんだろ?だったら充電器を持ち歩くとか、その辺のスマホショップから拝借することもできるんじゃないか?」
「うーん……私の場合は、夜間の長距離走行も致します。そして、電池切れになるタイミングは決まって深夜ですね。そのころには、どこのお店も空いてません」
「持ち運び用のバッテリーチャージャーは?」
「充電しながら点灯させられるモデルが少ないですね。翌朝までに帰らないといけないときなどは、時間も制限されてしまいます」
「どっちも不便だな」
ママチャリに乗っていた時は、ライトなど発電機で動かしていたアキラ。だからこそ、電源を人力以外に頼るという感覚が分からない。
「ん?……ところで今の話だと、ルリが夜通し走って朝帰りするみたいな事になっているけど」
話に出てきた情報から、整理してみる。案の定、
「はい。時々は……眠れない夜や、休日の前夜など、遠くに行きたい気分の時もあるんです」
「えっと、誰かを同伴して?」
なんとなく心配になって訊いてみると、ルリは軽く目を背けた。
「いいえ。私のサイクリングに付き合ってくれる人など、いませんよ。特に夜は……」
「危ないだろ」
「ライトはきちんとつけていますし、夜間の走行にも慣れています」
「そうじゃなくて、女の子が夜中に、って……」
アキラ自身、何を言っているのかと思う。余計なお世話だろうし、そんなことまで心配しあう仲でもないのかもしれない。ただ、それでも……
「……では、今後はアキラ様と一緒に走りましょうか」
「え?」
「お付き合い願えますか?私のサイクリングに――」
どことなく挑発的に、ルリは言った。前髪を指で分け、その下から視線を送る仕草。斜め下方向から差すような眼光。
ルリ自身は、自転車乗りとしてのプライドから言ったのだろう。まだ素人に毛が生えた程度のアキラが、自分の走りについて来れるかと……
その自信は伝わらないまま、なんとなくの挑発的な態度だけを、アキラは受け取る。
(え?俺、試されてる?)
試されている。
(ルリを守り切れる男かどうか……いや、そもそも俺が狼にならないかって意味か?)
それは違う。
「分かった。俺、ルリに認めてもらえるような男になるぜ」
「……そうですか。頑張ってくださいね。アキラ様」
お互いに深刻な誤解をしているが、まあ、いい。
「やっぱり、これだな」
アキラが選んだのは、
「SERFAS USL-200ですね。3000円未満の価格帯としては、破格の性能だと思います」
USB充電式で、ハイパワーなモデル。ルーメン数の多さと照射角度の少なさゆえに、遠くに光を飛ばす強力なライトだった。
さらに、状況に合わせて4段階の出力調整が可能。バッテリを優先するのか、明るさを優先するのかを任意で選べる。
「こちらの商品ですが、夕暮れ時には点滅灯として使っていただいてもいいと思います。それならバッテリの消費も少なく、それでいて相手から視認しやすい目立ち方をするので」
ルリが言うと、アキラはうなづいた。がしかし――
「夜中でも点滅モードでいいんじゃないか?」
そんなことを言うと、ルリはずいっと一歩前に出た。アキラが驚いて下がると、さらに一歩詰め寄る。
「夜中に点滅モードだったら、チカチカして見づらいです。アキラ様が前方を見るにしても煩わしいでしょうし、この明るさだと対向車にも迷惑です。少しは考えてください」
「ご、ごめんなさい」
あくまでも、ヘッドライトは周囲を見るためにある。それが点滅したままだと、視界が点滅した状態になる……という解説はさておき、
(怒られているんだろうけど、なぜか嬉しいんだよな)
と、アキラが思ってしまうのは、ルリが美人だからか、怒った顔も無表情に近いからか、はたまた無表情なりに普段見せない表情を見せてくれているからだろうか。
反省の様子がないアキラを見て、ルリは「むーっ」としたが、言いたいことは伝わったとみて機嫌を直す。
「それでは、フロントは決定ですね。
次はリアライトをご紹介します。
自転車にとって、後ろから自動車に抜かされるのは宿命のようなものです。せめて、気持ちよく安全に抜かされたいところですね。間違っても、お互いの走りを邪魔したくはありません。そうでしょう?
何より、前に進み続ける自転車にとって、相手によく見られるのは後ろです。
背中で語れるかっこよさを、一緒にコーディネイトしていきましょう」