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作者: 軟体ヒトデ
残酷な描写あり R-15
目覚めはラッキースケベを伴う


 意識が覚醒して目を開けると同時に圧迫感を覚えた。
 上面がガラス張りになっている長方形のポッドに剣也は入っていた。底面には柔らかいマッドのような素材が敷き詰められており、いつも寝泊まりしている硬いベッドとは大違いな心地よさだ。

(ここは、どこだ?)

 なぜ自分がこんなところにいるのか、まどろんだ頭で考えるがまったく答えが見つからない。
 とにかく何とか出られないかと手でガラスを何度か叩くと、ピーっと言う電子音と共に目の前のガラスがせり上がり、新鮮な空気が送り込まれる。
 上半身を起こしてポッドから出る。カビ臭いプレハブ小屋とは違って清潔感のある部屋には自分が入っていたものも含めて複数のポッドが所狭しと並んでいる。
 ふと今の自分の状態に違和感を覚えて腹部を触ると、コマンダーに抉られたはずの傷がすっかり塞がっている。
 そんなバカな、どう考えても助かるような傷ではなかったはず。誰が、どうやって治してくれたというのだ。
 
「あの子がここまで送ってくれたのか?」

 自分をホワイトアントから助けてくれた青いロングをなびかせた凛々しい顔とその身長に見合った爆乳を持つ美女へと思いを馳せる。健全な青少年の心をかき乱す巨大なスイカと、反比例して細い腰回りは思い出すだけで顔がにやけてしまう。

「っていかん! 命の恩人に何を考えてるんだ俺は」

 ブンブンと首を振る。失礼なんてものじゃない。清廉潔白を心がけているわけではないが、命の恩人に対してよこしまな感情ばかりを向けるのは人としての一線を超えている。
 自制しなければと改めて己を律して周囲を確認すると、部屋の隅に電子扉が見えた。
 近づいて取っ手に手をかざすが、エラー音がなる以外に反応はない。どうやら外からロックが掛けられているらしい。取っ手部分よりもさらに外側にロックを解除するためのカードキー差込口があるが、もちろん剣也にそんなものはない。

「クソ、こっちからは何もできないのか? ここにあの子はいるのか」

 さっきまで自制を心がけていたのにもう頭の中はあの女性の事で頭がいっぱいだった。煩悩まみれのまま何気なく差込口を触ると、鋭い痛みと一緒にバチッという音が鳴る。

「っ痛、何だこれ!?」

 静電気か? と言いかけたところで電子文字が『OPEN』に変わる。

「は? 何でだ?」

 妙な現象だ。別に弄ったわけではないのにひとりでにロックが解除されてしまった。どういうことなのか、自分が何かをしたという自覚はない。故障か? と訝しみながらドアの前に立つ。

 プシューッ。

「よし、もうちょっとしたら目覚める頃ね。頑張りなさい私……」

 自動的にドアが開かれた先には、何かをブツブツとつぶやきながらバスタオルで髪を拭う美女がいた。

「……は?」
「へ?」

 間の抜けた声を上げる。本来ならそこにいないはずの誰かがいきなり現れて思考が追いついていない状態。しかしそのバスタオルから覗き見る照りのある黄色い髪、自分よりも頭ひとつ分小さいその背丈に見合った幼さの残る童顔を見た瞬間、剣也は我に返った。

「れ、レモンちゃんっ!?」

 まだ渡米して間もなかった頃、頼りになる人間もいない、今更日本に戻れない中で親身になって助けてくれて、いつの間にかいなくなってしまった同い年の女の子の名前を口にする剣也。見間違えるハズがないという根拠のない自信は確かに当たっていた。

「け、剣君!? 何で!? まだ完治するのに一時間はかかるはずなのに!」

 想定外のことが起こると両目の焦点が合わずに目線が泳ぐ癖。聞いてるこっちが痛くなる甲高い声。間違いなく幼い頃に自分を助けてくれたレモン・ビーだった。
 唖然となって固まる剣也。しかしそれは再会の喜びでも、ましてや勝手にいなくなったことへの怒りではなかった。

「……」

 まるで捕食者が獲物を捉えたときの鋭い眼光の先、一糸まとわぬ姿はかつての年相応の体つきとは全く違っていた。
 昔から年齢よりも小さいという印象はあったが、16歳らしからぬ低身長。何よりも手足は棒きれのように細いのに大きく円を描いた2つの双丘の存在。あわわと体を震わせるたびにブルンブルンと揺れる絶景をこれでもかと堪能していたのだった。

「? あの、剣君? どうしたの? やっぱりまだ傷が完治してなくて傷んだり……」

 一方のレモンは未だに反応が遅れていた。しかし剣也のイヤラシイ視線。何よりもだらしなく伸び切った鼻に違和感を覚え、今の自分がどういう姿なのかを忘れておもむろに目線を下げた。

「……っ!!?」

 ようやく気づき、おそらく風呂上がりでほんのりと赤みがかっていた体がより真っ赤になっていく。普通の男性であればこんな状況になればまず建前だけでも謝罪を口にして目をつぶるなり目線を別の方向へと向けるものだが。

「……デカい」

 デリカシーの欠片もないアホな発言が代わりに紡がれる。

「きゃあああっ~!」

 男に裸を見られたという羞恥心、何よりも非常識極まりない感想からレモンは甲高い叫び声をあげて右手をかざす。手のひらの植物用と思われる小さな種が突如発芽した。巨大な大木となって直撃する。

「ごほぅおっ!?」

 圧倒的質量による物理攻撃に剣也の体は吹き飛ばされ、壁へと叩きつけられる。異常自体に反応して室内に緊急アラームの音が頭を叩くように鳴り響く。

「きゃあっ!? 剣君ごめんなさい! いきなりでびっくりしちゃって!」

 タオルを体に巻いたレモンは涙目になりながら剣也に駆け寄って体を抱き寄せる。巨木はいつの間にかねずみ色に風化し、灰となっていた。

(嘘だろ、レモンちゃんがナノヒューマンだったなんて!?)

 小さい頃は体にロボットを入れるなんて怖いと言うくらい臆病だった女の子が適合者だったとは、偶然にしてはできすぎているが荒唐無稽というわけでもない。運動以外では同年代の誰よりも優等生だったレモンだ。選ばれた戦士の素質を持っていたとしてもまったく不思議ではない。
 そう、顔に伝わる柔らかいメロンに魅了されている剣也にとっては些細な問題に過ぎなかった。

「どうしよう、鼻が伸びたまま動かなくなってる。しっかりして剣君!」

 ぎゅっと顔を胸元に密着させながら嘆くレモン。スライムのようにぐにゅりと変形するメロンの感触がたまらない。7年前はどこも平坦だった幼馴染の成長ぶりは驚愕に値する。

(うおぉぉぉっ! レモンちゃんのおお、おっぱいが顔全体にぃっ!!)

 天は二物を与えず、などということわざがあるが、小さな頃から顔良し性格良し、成績優秀でさらに7年も立ってこんな魅力的なおっぱいまで兼ね揃える存在を前にすればそんなことわざは当てにならないと言っていいだろう。

(頼む、もう少し、もう少しだけこの幸せを謳歌させてくれ。決して下心からではなく、大事な幼馴染の成長を肌で感じさせてくれ!)

 このまま天に召されても後悔はない。少しでも胸に触れる面積を増やそうと顔を動かしていると。

「代表! 何があったの! 敵襲!?」

 奥の扉から見知らぬ女性が血相を変えて飛び出してきた。

「……っ!?」

 警告音だけが鳴る部屋に静寂が生まれた。スケベ根性の赴くままに堪能している剣也は冷や汗を流しながら第三者の少女を見る。
 色素の薄いピンクの髪をうなじが見えるくらい短くしたショートヘアに、鋭いというほどでもないが他人と距離を感じる細い目。背丈から年はレモンと変わらないがふりる付きのゆったりとした黒いブラウスにピンクのミニスカからオシャレを感じさせる。
 間違いなく美少女と呼んで差し支えない少女は目の前の光景を真顔になりながら見つめる。

「あ、フレム。実は剣く、んん。救助者が目を覚ましたんだけどその、手違いで攻撃しちゃって」

 レモンはごまかすように咳き込み、取り繕いながら説明するが、フレムと呼ばれた少女は黙ったままだ。彼女の視線はレモンの胸に顔を埋める剣也を離さない。

「……あの、フレム? どうしたの?」

 異様な空気に気づいたレモンは問いかけると、フレムは太もものホルスターから2丁の拳銃を引き抜く。
 スライドからグリップに至るまで銃を構成するパーツが黒一色。護身用として普及している拳銃というカテゴリーに収まるとは思えないバカでかいそれは、アメリカとイスラエルで製造されたデザートイーグルだ。女性が撃てば反動で肩が脱臼するなんて都市伝説すら存在する大型拳銃をこともあろうに両手に1丁ずつ装備している。

「ちょ、ちょっと待った、これは誤解……」
「こんのドスケベ野郎がっ! なにウチの代表を襲ってんのよ!!」

 剣也の使うリボルバーとは比較にならない轟音が部屋に響いた。

 ◆

「大石剣也。5歳まで日本の文明維持地域である北海道で暮らしてたけど、親類を頼ってアメリカのワシントンに渡米。13歳で政府の救援物資を難民に届けるランナーとして3年間活動。中々立派じゃない。死んだ両親も鼻が高いと思うわ。今日までは」

 明度の低い蛍光灯に照らされた尋問室。鉄製の机を挟んで向かいにいるフレムはどす黒いオーラを放ちながらも淡々と資料に書かれた経歴を音読していた。薄いピンクのショートヘアは薄暗い取調室でも鮮やかに目立っている。
 その隣には同行者としてレモンの姿もある。時折対面の剣也と目が合うが頬を赤らめるながらすぐに逸してしまう。

「あ、あの~つかぬことをお伺いしたいのですけど、ここはどこ? それと俺が背負ってたリュックは?」

 状況的に質問が許される立場でないことは承知していたが、それでもランナーとしての責任を全うしたかった。自分には物資を集落まで運ぶ義務があり、それを放棄して見知らぬ場所で事情聴取を受けているのは後味が悪い。
 
「ここはベヌウっていう私たちが拠点にしてる輸送機。アンタがぶっ倒れてる地点から数時間でたどり着く場所よ。リュックなら他の救援物資と一緒にウチの部隊が集落に届けてる最中だから安心しなさい」

 ギロリとフレムの鋭い眼光が剣也を捉えるが、すぐに目線を資料に戻しながら質問に応える。
 淡々と必要な情報のみを提示してくれるのはありがたいが、色素の薄いピンク色の髪もあって少し冷淡な印象を受けた。

「バンデットですら食料と武器と労働力が優先で女なんて眼中にない連中ばっかりのご時世で、幼馴染の立場を利用して代表を襲うなんてとんだエロ男爵ね。頭の中には脳みその代わりにお色気DVDでも詰まってるんじゃないの?」

 おまけにスキあらばチクチクと嫌味をぶつけてくる。
 いくら問題があったとはいえ、ここまで批判されるいわれはないと剣也は意を決して反論しようとする。

「ず、ずいぶんな物言いだな。さっきも言ったけどあれは誤解だって」

 それ以上の言い訳を封じるようにデザートイーグルのグリップを机にぶつけるフレム。鼓膜を叩く重低音に剣也はビクリとなって萎縮してしまう。

「嬉しそうに胸に頬ずりしておいて何が誤解よこの猿、何なら監視カメラでも見てみる? まるで赤ん坊のように胸を堪能してるバカザルの間抜けな姿が鮮明に」
「いい加減にしなさい!」

 顔全体を赤くに染めながらレモンが叫び、両手で机を叩く。本人的には力強く叩きつけたつもりであろうが、残念ながらその非力さは小さい頃から据え置きのようである。

「治療室でのあれこれは私の不注意の結果であって彼は何も悪くありません! フレムの言っている状況はその、久しぶりの再会でお互いに気が動転しちゃったから咄嗟に突き放せなかっただけなのよ。そうよね剣君?」

 男の下心を疑うことができない少女らしい言い訳だった。しかし問いかける顔にはそうであってほしいという願望が色濃く出ており、内心は不安でいっぱいであることがよく分かる。

「も、もちろんだよ! まさかあのレモンちゃんがこんな可愛くなってるなんて想像もできなかったからさ。もう見惚れちゃって」

 嘘ではない。離れ離れになってしまった幼馴染は当時の面影を残しつつも見違えるような美少女へとなっていたのだ。何よりも16歳の女の子が持つべきでないたわわに実った2つのメロンの存在を間近で見れば見惚れるのも当然と言える。

「か、可愛い。……剣君が私をかわ、はぅ……」

 両手で顔を隠しながらブツブツとうわ言のように呟く姿に、自分がとんでもないことを暴露したことに気づいて同じく赤くなる剣也。すっかり蚊帳の外に置かれてしまったフレムはバカでかいため息をひとつついて仕切り直す。

「ったくスーリのやつもこんな女の敵を運ぶためにターゲットを見失うなんて甘ちゃんも良いところね」
「スーリって俺をここまで運んでくれた人?」

 また聞き慣れない名前に問いかけると、フレムは心底めんどくさそうに応える。

「そうよ。スーリ・ボウ、凄腕エージェントだけど、どっかのエロ男爵を優先するようなロクでなし。ふん、あんな女でも一応は憧れてるんだからもうちょっとシャキッとしなさいよね」

 多分に嫌味を込めた物言いは、たとえ自分に非があるとしても剣也に気持ちのいいものではなかった。それはフレムの隣にいたレモンも同じだったらしくわざとらしく咳き込みながら割って入る。

「フレム、スーリさんは我が社の理念を尊んでいるからこそ優先順位を変えたの。自分のほうが立場が上だからって彼女に対する暴言は許しません」
(我が社?)

 彼女たちの立場をいまいち把握していない剣也は疑問を覚える。
 一見するとフレムは自分やレモンと同年代くらいの女の子だ。しかし彼女はレモンのことを代表と呼んで、少なくとも建前では目上として扱ってるように見える。7年前に突然顔を見せなくなったことと関係があるのか。

「あの、仕事って二人は何をしてるの?」

 いつまでも分からないままにしておくわけにもいかない。このベヌウという施設に来てから分からないことの連続だ。せめてそれだけははっきりさせないと。
 二人は顔を見合わせる。何か気まずいような。ここから先のことを話すべきかを悩んでいるかのようだ。

「フレム、検査で彼がただの救助者じゃないのは分かってるでしょ。話してあげましょう」
「……ふん、代表がそう言うなら従うわよ」

 フレムが鼻を鳴らし、降参とばかりに両手の平を見せながら剣也に向き直す。

「エロ男爵。アンタはオシリス・コミュニティって名前に心当たりはある?」

 もう自分に対する呼び方はそれで固定されているらしい。愛称と受け取るにはあまりにも悪意に満ちているが、ここで反論しても話がブレるだけなので剣也がぐっと堪える。

「知ってるも何も、今のアメリカで一番活躍してるPMCだろ? もしかしてレモンちゃんたちもメンバーとか?」

 軍隊の代わりに武力を背景に活動し、他にもインフラの整備や兵站確保、治安維持や軍事教練のような後方任務も手広くおこなう傭兵会社。PMCに対する認識はそれで間違ってはいない。
 そこにレモンが所属しているのは意外ではあるが驚きはしない。宇宙からの侵略者であるインベーダーが現れるよりも前の旧時代に犯罪国家が行った大量虐殺のせいでバンデットと大差のない悪党の集まりというイメージが先行してしまっているが、オシリスは大陸に取り残された難民の支援活動やホワイトアントの生態調査という比較的まともな活動をしていることはランナーである剣也もよく知っている。平和主義の彼女がこの世界で生きていくならうってつけの組織と言える。
 
「うん、正確には私は総責任者なの。死んだ両親が立ち上げてた会社で、書類上は私が代表ということになってるわ」
「へえ、代表っていうのはあだ名とかじゃなくて本当にその役職だからなのか……はあっ!? レモンちゃんが!?」

 スルーしてしまいそうになった事実に声を荒げてあまり立ち上がる。ワシントンにいた頃の彼女は祖父母と一緒に暮らしていて両親の話は聞いたことなかったが、暴力や争いから縁遠い存在であった幼馴染が、まさかPMCの代表だったなんて。
 剣也の反応を侮辱と受け取ったのか、フレムは一層不機嫌な顔つきになりながらデザートイーグルのグリップを再び机に叩きつける。

「何よそのありえないってニュアンスを含んだ言い方。説明してあげるけどそれまで埋没してたオシリスが優良企業として活躍してるのは代表が方針転換したおかげなのよ。他のPMCがやりたがらない難民支援を率先してやって信用を得て、各国とのコネクション確保だって嫌な顔を1つせずにやってきたのよ。当時10歳の女の子がよ? アンタみたいなその場しのぎの生き方しか知らないガキなんかが」
「フレム」

 まくし立てるように語り続けるフレムをレモンが大人しい声で静止させる。そこには企業の看板を背負う人間としての責任感と、若干の怒りを含ませていた。

「オシリスや政府の物資がバンデットに流れず行き届いているのは、剣君たちが危険を顧みずに送り届けてるからなのよ。私をフォローしてくれてるのはわかるけど、他人を侮辱してまでされても嬉しくないわ」
「……冗談よ。いちいち真に受けないで」

 無骨なデザートイーグルのスライドにレモンの小さな両手が重なる。同年代とは思えない包容力に剣也は舌を巻く。

(さすが企業の代表、部下の嗜め方も堂に入ってるな)
「じゃあ2人は救助活動するためにワシントンまで?」

 剣也の質問に落ち着きを取り戻したフレムが応える。

「そういうことよ。お得意先であるアメリカ様にとって首都ワシントンはニューヨーク以上に重要な場所。ここを開放して、アメリカ政府の復活をアピールすることが当面の目標になってるわ」

 なるほど。今でこそ政府機能を海洋に浮かぶ空母とアラスカ州に移しているが、ワシントンDC。正式名称コロンビア特別区はアメリカ合衆国の中枢だった場所。対ホワイトアント対策の先頭に立っているアメリカにとっては国の象徴であるワシントンを取り戻したいと考えるのは当然の話だ。
 大陸北部のカナダだって何十年もアラスカまで後退したアメリカの壁として扱われている現状は不服であり、ワシントンの奪還は利害が一致している。

「でもそういった業務はあくまでも表向き。オリシスには両親が立ち上げた頃から掲げてる大きなな目的があるの」
「表向き? これ以上の目的なんて何があるの?」

 首都の奪還以上に重要な目的なんてあるのだろうか。まともな軍人と政治家をアメリカとカナダに吸収されて麻薬カルテルに実効支配されてしまっているメキシコ関連か、もしくは反米勢力と合流してからずっと静観している南米同盟への対処か。頭の悪い剣也にはこれ以上の考えなど及ばなかった。

「エロ男爵、アンタは世界からホワイトアントを絶滅させて、もう一度人類を繁栄させるって答えはないの? 意外に鈍いのね」

 何度目かのため息をつくフレムの言葉の意味を、剣也は理解できなかった。

「はは、フレムだっけ? 人類にもうそんな力はないよ」

 剣也は笑う。失礼な行為であるとしても。おかしくてしかたなかったのだ。
 地球を支配している怪物を絶滅。なんと素晴らしい響きだろうか、叶うのならどんな犠牲を払ってでも成し遂げたいと全人類が思うことだろう。
 だが荒唐無稽と言わざるを得ない。ホワイトアントは人間がこれまで培ってきた常識の埒外にいる存在だ。
 雑兵であるスレイブでさえグリズリーを一対一で苦もなく倒してしまう戦闘力。
 生きる上で食事と排泄を必要としない。それでも平均で50年以上は生きる生命力。
 雌雄がなく、剣也は見たことないが世界中に存在するクイーンが一度に200~300匹も生み出し、約一ヶ月で成体となってしまう繁殖力。
 インベーダーが侵略する前の地球の軍事力であればまだ可能性があっただろうが、人口が4億にまで激減している今の人類に文明を再建させる力はもう残っていない。
 たとえアメリカがすべての州を奪還し、旧時代に近い軍備を再編したとしても不可能だ。今後の人類は無許可で持ち込まれた宇宙からの外来生物を相手にうまく付き合いながら細々と生きていく以外に道は存在し得ないのだから。

「……そうね。今の人類にそこまでの力はないわ」

 想定通りの反応だと言わんばかりにフレムは無表情を貫いた。よく見ると眉間に小さく怒りマークが浮き出ており、内心は怒り心頭であることを表しているが、その程度ならば許す大らかさも持ち合わせていた。

「でもインベーダーの力を使えばどうかしら」
「インベーダーの力?」

 予想すらできなかった回答だった。その反応を待っていたと言わんばかりににんまりと笑うフレムに若干の苛つきを覚えるが、己の無知が原因であるのだから、ここは素直に詳細を聞くことにする。

「アンタはインベーダーがどうやって滅んだか知ってる?」
「確か、ホワイトアントに襲われて自滅したって」

 自信はなかった。連中は自分どころか祖父母が生まれる前からとっくに滅んでいて、ホワイトアントとの戦いが中心になっていたのだ。

「正確には地球側の奇襲攻撃で航宙船を落とした後ね。平和的な解決を一切拒否した宇宙人どもを相手に降伏派と抗戦派が争ってる最中のことだったから当時はお祭り騒ぎだったみたいね」

 奴隷にするには地球人は多すぎるので1万分の1まで人口を間引きする。同じ知的生命体への対応とは思えない提案がインベーダーからもたらされたという話は聞いたことがある。我が身可愛さにその案を飲もうとした犯罪国家の独裁者たちの名前もよく覚えている。
 フレムは懐から出した数枚の写真を取り出した。空力を無視した四角い長方形の航宙船が黒煙を吹き出しながら落下している写真だ。

「コードネームは『ペンケース』。全長100mの中型サイズだけど、こいつが落ちたときに連中の兵器をホワイトアントが襲ったという情報からインベーダーの旗艦、もしくはホワイトアントを制御するための司令塔と思われるわ」
「制御、ってもしかして!?」

 都合の良すぎる妄想であると自覚している。しかしフレムの口ぶりは専門家でない剣也に淡い希望を抱かせるには十分だった。剣也の予想を察してフレムは小さくうなずく。

「侵略戦争の初期、いち早く恭順を示したユーラシア大陸の犯罪国家周辺でホワイトアントが一斉に絶命したっていう情報から、あいつらの航宙船にはホワイトアントを従わせる以外にも、消滅させる機能がるんじゃないかって見解を示してたわ。でも考えてみれば当然よね。地球を征服するためにあの化物を放ったのなら、地球を手に入れたあとのあいつらの対策を講じてないなんてありえないもの」
「それはそうだけど、そんなテクノロジー、人類が使えるの?」

 正直半信半疑ではある。剣也はランナーとしてホワイトアントと対峙してきたからその恐ろしさはよく知っている。あの化物を苦もなく殲滅できるなんて目の前で証明してくれなければ納得できるものではない。仮に真実だとして、地球の科学力など及びもつかない宇宙人のテクノロジーを利用できるのか。
 眉間にシワを寄せながら黙り込む剣也に、レモンが応える。

「それは部分的だけど私たちはもう使ってるわ。インベーダーを解剖した結果、彼らはナノサイズの機械を使って改造した自分たちの体を通して、テクノロジーを活用していたの」
「ナノサイズの機械? あ、じゃあ!」
「エロ男爵のくせに冴えてるじゃない。アンタや私たちナノヒューマンが宿してるナノマシン、通称『セイヴィア』はインベーダーの体を構成していたナノサイズの機械を参考に改造したものなの」

 嘘だろ、剣也は絶句して何度目か目眩に見舞われる。
 インベーダーの正体、ナノヒューマンとの関係、新事実のオンパレードにただでさえ鈍い頭の回転がさらに鈍くなってしまう。ただの機械に救世主なんて名前が付けられていた理由が文字通り地球の環境を元通りにする祈りを込めていたものだったとは、ただのランナーに過ぎない自分がこんな事実を知ってどうなのだという話でもあるが。

(ん、待てよ、おかしくないか?)

 ふと、フレムの口から出た単語に違和感を覚えた。『アンタや私たちナノヒューマン』。まるで剣也もひっくるめたような言い方だったが。

「ちょっと待って。誤解があるようだけど俺はナノヒューマンじゃないよ。日本で適性検査を受けたってレモンちゃんにも話しただろ?」

 苦々しいと思いつつも、真実を口にする。本州をまるごと失い、いつ陥落するかわからない北海道で少しでも人の役に立ちたくて受けたセイヴィアの適性検査の結果はまさかの不合格。幼いながらも人を救うヒーローになりたかった当時の自分にとって絶望の瞬間だった。
 剣也を見て二人は難しい顔をする。バカにしているとも同情しているとも言えない顔色に。まずいこと言ったのかと冷や汗をかくと、レモンが重い口を開く。

「……剣君。実はここで治療するときに精密検査をしたんだけど、貴方の体にセイヴィアが定着していたの」
「はっ?」

 ガタリとパイプ椅子から転げ落ち、ありえないと自分の体を凝視する。
 自分の体のことは自分が一番良く知っている。セイヴィアに適合し、ナノヒューマンになった人間は超能力を使えるだけでなく、ホワイトアントと正面から戦えるように人体を文字通り改良されるのだ。だが今日まで生きてきて剣也にはそんな兆候はまるでない。
 走る速度が時速60kmにもなってないし、腕力だって平凡。リボルバー拳銃を愛用してるのも嗜好からでなく貧弱な体格でも扱いやすいからという情けない理由からだ。コマンダーから受けた傷が完治しているのだってレモンたちからの治療を……。

「っそういえばここに運ばれる前、すごい綺麗な女の子に助けられたんだ! 背が高くて腰まで届く長い髪が綺麗でタンクトップを履いて、レモンちゃんよりも胸が大きくて見てるだけで触りたくなるような……っ!?」

 両手で口をふさぐが時すでに遅し、自分を助けてくれた女の子の情報がほしいあまり見たままの感想を口にしてしまった。熟したトマトのように紅潮するレモンと、眉間にシワを寄せながら憤怒の形相で睨みつけるフレムの視線が痛い。

「あ、あの。今はオシリスの代表として働かないといけない時期だからダメだけど、も、もしも私が必要なくなるようなときがあったら、そのときは」
「死ぬほどどうでもいい情報提供に感謝するわエロ男爵。アンタの犠牲者になる女の子を増やさないためにもすぐにでも去勢手術を執行したいところだけど、その前に質問に答えるわ」

 フレムは再び懐から写真を取り出した。

「こ、この子はっ!?」
「そう、アンタの言ってた女よ。ファーストコンタクトでエコ・ローズと名乗ってた女。何らかの方法でアンタにセイヴィアを定着させたと思わしき女で」

 そして、とフレムは一度区切り、多分に憎悪を込めて口を開く。

「ここ数ヶ月、この周辺でホワイトアントを活発化させてる元凶と目されてるセイヴィア・オリジンの保有者よ」
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