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作者: 甲斐てつろう
#2
『ヒーローに、ならなきゃ。』
空が赤色に染まる空間、空の向こうには紫色に輝いた"もう一つの地球"が見える。
まるでこの地球と互いに吸い寄せ合っているかのようだ。

「きゃぁぁぁ!!!」

人々の悲鳴が響く。
その原因は明確だった。

「フォオオオオン」

謎の翼の生えた巨大な人型生物が街を蹂躙しているのだ。
一体ではない、何体も無数に空から舞い降りて来る。
その天使のような生命体が地上を攻撃し人々を殺していた。

「助けてぇぇ!」

「死にたくないっ!」

そのような声が響く中、吸い寄せ合っている二つの地球は中心に"ある形"を造っていく。
それはまるで星のように巨大な"赤子"であった。

「…………」

産声一つあげない巨大な赤子。
天使たちはその臍の緒から出現しているように見える。
そして赤子はこちらの方に向いてから目をカッと開いた。
そして。


「またやっちゃった」






「はっ……」

そこで快は目が覚める。
どうやら夢を見ていたようだ。

「何だこの夢……」

気分が悪い、鬱病だからこんな夢も見てしまうのか。
そう無理やり納得させ絡まった付けっぱなしのイヤホンを解いて外す。

『いいこいいこ〜』

イヤホンを繋げたスマホからは女性が頭を撫でてくれるASMRの動画が流れていた。
それを止めて時計を見ると快は驚きの声をあげる。

「八時、……遅刻じゃん!」

慌てて準備し家を出ようとする。
制服も髪も適当だ、朝のコーヒーも飲んでない。

「ヤバっ、ごめん起こすの忘れてた!」

姉の美宇は忙しそうに準備しながら快を起こさなかった事に気付く。

「急いで行くからっ!」

靴をかかとで踏んだまま家を飛び出す。

「ちょっとお弁当は⁈」

用意した手作り弁当を持って玄関に行くが既に快は家を出てしまっていた。

「……何なの、せっかく準備したのに」

少し不貞腐れた美宇は悲しそうに準備に戻った。



なんとか学校の前まで着くが、既に一限目は始まっている時間だ。

「(やばい、どうしよう……)」

またまたパニ障がやって来る。
心が霧に包まれるような感覚もあった。
このまま教室に入ったら一気に注目の的となる。そして怒られるのを教室中の人間に見られるのだ。
それを恐れた快が下した決断は。

「……サボろう」

静かに学校を後にする事だった。
連絡も無しにサボる事となるが仕方がない、今の快にとっては精神を保つ事の方が優先事項だ。

「ゴクッ……はぁ」

歩きながら頓服薬を飲む。
頓服薬はそんなに多くは貰えない、このままのペースでは次の診断までに薬は無くなってしまいそうだな。





学校をサボった快は自宅付近に戻り近所の広い梅林公園の中にある丘、通称"カナンの丘"にやって来ていた。
一本の大きな樹が中心に立つカナンの丘でベンチに座り自販機で買ったコーラの缶を開ける。

「はぁー!」

一気に半分近く飲み込んでため息を吐く。
自分だって出来る事なら普通に上手くやりたいのに上手くやれないのだ。
それが発達障害を持って生まれた者の運命。

「ん……?」

そして丘から下の方を見るとそこには三人家族が手を繋いで公園内を歩いている姿があった。
とても幸せそうだ、愛を感じているように見える。

「(家族か、いいな幸せそうで……)」

その光景を見て快は自分の家族の事を思い出していた。
まるでフラッシュバックのように鮮明に記憶が蘇る。

「はぁっ、はぁ……」

それは目の前の彼らのような幸せなものではない。
息が苦しくなるほど辛い記憶だった。





快のフラッシュバックに写ったのは両親の姿だった。

『何でもっと普通に出来ないの!!』

泣き叫ぶ母親。

『母さんの気持ちを考えてやれ!』

そんな母親に味方する父親。

『この子には心がないっ、他は普通なのに……!!』

『そういう障害だって言われても家族はキツいよ……』

彼らは何かある度に何度も泣きながら快を罵倒し酷い時には頬を叩いたりもした。
まだ幼稚園児だというのに。

「はぁ、はぁ……」

傷付きながら両親への憎しみを募らせていく快。
そして小学校に上がる頃には完全に両親が嫌いになっていた。

『"ただいま"も言ってくれないの……?』

学校から帰っても無視して自室に向かっていたため挨拶をしない事に母親は悲しそうにしていた。
しかし知った事ではない、そうさせたのは彼女らなのだから。

「助けて、ヒーロー……」

そんな日々から抜け出したくて快はヒーローに助けを求めた。
毎日ビデオテープが擦り切れるほど同じ番組を見続けては皆んなから愛されるヒーローに憧れたのだ。

「(いいな、ヒーローは愛されて。俺もこんな風に……)」


そしてそんな日々が続いたある日、快は何故だか知らないが両親に連れられて三人で外を歩いていた。

『どうしても快に話したい事があるんだ……』

そう言って話題を振ろうとする父親。

『あのね……?』

そして母親が話し始めようとしたその時だった。
向こうから包丁を持った男が突撃して来たのである。

『うっ……』

快を庇うように刺される父親。
そしてそのまま母親も刺されてしまった。

『ごめん、ごめんね快……』

腹部から血を流しながら母親は最期に快を抱き締める。
何故今まであんな扱いをして来たのに最期だけこんな事を言うのか訳がわからなかった。

「助けて、ヒーロー……!」

しかし目の前にまだ犯人がいる。
ほっそりとした男は包丁を持って快に迫る。

『ガキ、ヒーローが来てくれると思うのか?』

そして決定的な一言。

『ヒーローなんてこの世に居ねぇんだよ!!』

その言葉を聞いた途端、快の心は完全に閉ざされた。
両親の最期の理解不能な言動、そして唯一の救いだったヒーローの否定。
鬱病を患うのには十分すぎる仕打ちだった。
この瞬間から涙も消えたのである。

『何で泣かないの?心がないの⁈』

両親の葬儀では目を赤く腫らした姉から罵倒された。
人を想う余裕がなくなり泣けないのだ。
そして学校では薄情なやつと罵られ更に愛への飢えは募っていく。

『はぁ、はぁ……他人のこと考えろなんて、そんな余裕ないんだよっ……!!』

自宅に飾られている両親の遺影。
それを見ても苛立ちしか得られなかった。

『絶対ヒーローになってやるっ、そして二人からも愛されるような存在に……っ!!』

両親への負の感情を爆発させて彼らから得たかった愛を求めるようになってしまったのだ。





フラッシュバックが終わっても快の頭は両親の事でいっぱいだった。

『どうしても快に話したい事があるんだ』

何よりも気になるのはそれだ。
両親は死ぬ前に何を言おうとしたのだろう。

「分かんねぇよ……」

泣きたいのに泣けない。
顔を押さえてまるで泣いているような素振りを見せるがどうしても涙は出なかった。

「(泣けねぇ……)」

そんな風にしているとスマホに着信が入る。
プルルルル……
画面を見るとそこには"瀬川"と書いてあった。

「……もしもし」

仕方なく電話に出ると明るい声が聞こえる。

『あ、出た!お前今日休み?先生が連絡してないって言ってたけど!』

"瀬川抗矢/セガワコウヤ"、快の唯一と言ってもいい友人である。

「別にいいだろ。あ、みう姉には言わないで」

『いいけどよ、お前なんかテンション低くね?カルシウム足りてるか?』

辛い過去を思い出していたためテンションが下がっていたのだ。

「あいにく牛乳は好きじゃないんで」

『てかどうしたのよ今日』

快はサボった理由を説明した。

『なるほどなぁ…』

瀬川は快の障害とうつ病については理解してくれている。なのでこの話はすぐわかってくれた。

「だって俺クラス中から嫌われてんじゃん?隣の女子とかに一瞬休みだって期待させといて来たらすんごいガッカリされるだろうし……」

『お前ネガティブすぎだって、多分そんな事は……』

瀬川がそう言おうとした瞬間、後ろから女子の声が聞こえる。

「何か今日落ち着くなと思ったら創休みじゃん」

「いつも何か落ち着かないもんねー」

それは快の隣に座る女子とその友人のものだった。
その事を聞いて瀬川は黙ってしまう。

「ん、どうした?」

『いや何でもない……』

快と電話するそんな瀬川の様子を見ている女子の姿が教室にあった。

そして2人の話題は変わる。

『俺お前以外に友達いないからよー、1人で寂しいんだぞ!』

「明日は行くよ、だから安心しろ」

『何言ってんだ、明日休みだぞ』

「は?平日だろ?」

『"創立記念日"だよ!忘れたのか?』

「あーそうだった……!じゃあさ、明日映画観に行こう!そこで埋め合わせするから…!」

『オーケー、その方が学校より気楽に色々遊べるしな』

明日新宿に映画を観に行く約束をして電話を切る。
なんとか明日はいい日になりそうだ。




つづく
つづきます
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