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作者: 甲斐てつろう
#3
『ヒーローに、ならなきゃ。』
ずぶ濡れになった快は美宇が持ってきた服に着替えた。

「濡れた時のために持ってきてたの、こんなに濡れるとは思わなかったけど……」

釣り堀のトイレの中で着替えをしていると首から下がっているグレイスフィアが気になる。

「(全然ダメじゃないか、俺のどこがヒーローだ……!)」

"託す"などと言っていた割に自分はダメだとゼノメサイアの力にまで不信感を募らせてしまった。

「ふぅ……」

そのまま着替えて出て行くと良の姿がなかった。

「あれ、良は?」

姉である美宇に尋ねる。

「着替え持ってないから近くのショッピングモールに買いに行くってスタッフさんと出て行ったよ」

「そっか……」

するとそこへ先ほど良に"手伝え"と言った若者がやってきた。

「なんか、ごめん……」

少し申し訳なさそうに謝るが快にはそんな事は今更どうでもよかった。

「もういいんだ……」

今はただヒーローになれなかった事がショックで仕方がない。
すると美宇がまた近付いて来て語りかける。

「ヒーローになれなかったからって落ち込まないで、今回の事は快には難しかったよ」

本人は慰めのつもりなのだろうが快にとっては傷口に塩を塗られるような言葉だった。

「何だよ、せっかくチャンスを手に入れたのに……」

快は本質の事を考えゼノメサイアの力を手に入れたのがチャンスだというつもりで語る。
しかし美宇は今回の良の件をそう言っているのだと勘違いしてしまった。

「ちょっと何その言い方?良くん危なかったんだよ、それを自分がヒーローになるいい機会みたいな言い方して……!」

少し怒りそうな口調で言うが快はすぐに勘違いだと分かった。

「違う、そういう意味じゃないんだ……」

そのままどうして良いか分からず美宇はずっと黙ってしまっていた。
そして快は心の中で叫んでいる。

「(何で分かってくれないんだよぉ……!!)」

しかし誰も分かってくれるはずは無かった。
ただ彼はヒーローとなり必要とされ愛されたいだけだと言うのに。





一方その頃、良は若者支援センターのスタッフに連れられショッピングモールに向かおうと中型バスの後部席に乗っていた。

「服のついでに新しいスケッチブックも買ってあげようか?」

虚な目をしていた良だったがスタッフのその一言で少し目の輝きを取り戻した。

「本当……?」

「うん本当」

「……やった」

少しだけ希望が見えた。
その時だった。

「えっ、なに……⁈」

トンネルに入ったタイミングで突如として地面が揺れ出したのだ。

「ひっ、こわい……!!」

揺れはどんどん大きくなる。
そして次の瞬間、二人の意識は途絶えた。ら

「グォォゴロロロ……」

ただ重たい鳴き声がひびいているだけ。
そのトンネルに扮した山のような罪獣"フォラス"は立ち上がりその姿を露わにした。





異変は快たちのいる釣り堀からも確認できた。
突如として地面が大きく揺れて見えていた山が動き出したからである。

「地震?」

「あっ、何アレ……⁈」

第三ノ罪獣フォラスが出現。
巨大な山に手足が生えたような姿をしている。
トンネル部分が口になっており山の頂上には謎の光る球が見えた。

「ゴロロロォッ……!!」

雄叫びを上げながら真っ直ぐ快たちのいる釣り堀に向かってゆっくりと歩いて来る。

「ちょっと、こっち来てない……⁈」

「早く逃げるぞ!!」

周りの者たちは慌てながらも逃げる準備を進めている。
荷物などは置いて釣り堀のものである小型バスに人々を乗せていた。

「あれ、快は⁈」

そんな中、美宇は快がいない事に気付く。
辺りを見回すと快は一歩も動かずフォラスの方をジッと睨んでいた。

「快!早く逃げるよ!!」

バスを指差して道を示すが快は美宇の方を一瞬見てすぐにまたフォラスに向き直った。

「(見ててくれ、俺がヒーローだって事を証明してやる……!!)」

自分の力を見せつける絶好のチャンスだと踏んだのだ。
首からグレイスフィアを取り手の中に強く握る。
その拳を前に突き出して変身しようとした。
すると。

「~~~っ⁈⁈」

突如としてグレイスフィアから快の意識に何らかのビジョンが流れ込んで来る。
初めて変身した時と似たような状況だが決定的に違う事があった。

「(何だコレ、苦しい……!!)」

何故か非常に苦しい感情が全面的に流れ込んで来る。
視界には以前見た夢、崩壊し引き寄せ合う二つの世界で人々が絶望する様子が映っていた。

「はぁ……っ⁈」

意識が飛びそうになっていると突然現実に引き戻される。

「ボーッとしないで!!」

美宇が快を無理やり引っ張りバスに乗せたのだ。

「よし、出るぞ!」

その場の全員が乗った事を確認しバスは出た。





山中の釣り堀から広い場所に出るまではかなり狭い川沿いの道を通らなければならない。

「ぐぅぅぅっ……⁈」

地面が大きく揺れる中、ドライバーは大勢を乗せて必死に運転していた。
しかし予想以上にフォラスによる地響きは大きくドライバーのハンドルを狂わせる。

「ゴオォォォッ!!!」

雄叫びが聞こえた途端、更に強く地面が揺れた。

「うわぁぁぁっ」

狭い山中が崩れてしまいタイヤが道からそれる。
思い切り下に落ちてしまった。
衝撃と共に一瞬意識が飛ぶのだった。



少しして快は目を覚ます。

「うぅん……」

どうやらそれほど高い所から落ちた訳ではないようで軽い怪我で済んだ。
しかし殆どの人が意識を失っておりこのままでは逃げられない。

「(やっぱり俺が何とかしなきゃ……!!)」

ヒーローとしての力と責任を感じ快は何とか横転したバスから出て変身しようとする。
下流の川沿いでグレイスフィアを取り出して掲げようとする。

「っ……」

しかし先程の恐ろしい感情が流れて来た事を思い出し躊躇ってしまった。
あまりの無力さに自分でも呆れてしまい地面に項垂れる。

「何でこんなにも俺は……っ!」

すると視線の先の川に何かが浮かんでいるのが見える。

「(あれって……)」

近付いて手に取ってみるとそれはまさしく"良のスケッチブック"だった。
あれから下流まで流されて来たらしい。

「…………」

無言で表に出ていた絵を見てみる。
川で濡れて滲んでしまっているがそこには釣りで活躍する瀬川の姿の他に描きかけのもう一人の姿があった。
その服装などから考えるともしかするとこの人物は。

「俺……?」

まるでヒーローのようだと言っていた瀬川と同じくらいの大きさで笑顔で描かれている。

「……ははっ」

そこで思い出した。
自分が先ほど良に話しかけた時の様子、それは瀬川が初めて快に声をかけ友達になった時と似ていたのだ。

「(良にとっては俺も……)」

少しだけ自信が持てた気がした、心が温かくなるのを感じる。
するとそれに呼応するかのようにグレイスフィアが輝き出したのだ。

「……っ!」

温かくも眩い光を放つグレイスフィア。
もう怖くはなかった。

「よし、これなら俺は……!」

輝くグレイスフィアを握り締め拳を前に突き出す。
指の隙間から更なる光が溢れ快の全身を包み込んだ。

「おおぉぉぉぉっ!!!」

そして変身。
ゼノメサイアが出現したのである。

『セアァァァッ!!!』






つづく
つづきます
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