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作者: 甲斐てつろう
#2
『ヒーローに、ならなきゃ。』
今日はチキン店の厨房は大して忙しくなかった。
そのためお喋りしながらスムーズに仕事が出来る。
しかし快は相変わらず一人で黙々とクッカーを拭いていた。

「………」

表情は苦しそうだ、何故なら先程までの辛いやり取りに加え今後ろにはかつてイジメて来た純希がいる。
その純希と先輩が仕事をこなしながら雑談もしている。

「そっか、お母さんが働けないからバイトしてんのか」

「はい、生活保護だけじゃ贅沢させてやれないから恩返ししたくて」

「めっちゃ良い息子じゃん」

まだ入ったばかりでもう先輩とプライベートな話が出来るほど仲良くなっている。
快もまだ先輩とは全然話せないというのに、流石のコミュ力だろう。
そう言った所でも純希の方が普通なのだと感じてしまう。

「(やっぱり純希の方が世間的にはいい奴なんだな……)」

どちらかと言えば自分の方がはみ出しモノなのだと実感してしまう。
それならばどうやってヒーローになればいいのだ。

それを裏付けるように純希はもう一人で厨房を任せられるほどにまで成長した。
特別仕事が出来る訳ではないと言うが明らかに快よりも早いため快の方が下だと見せつけられてしまう。

そんな所でも快は純希との差を感じてしまう。
彼は早く成長し沢山褒められるのを見た。
しかし快は未だ怒られてばかり、新人の純希の前でも何度も怒られた。

「そうだ、お前そろそろ創とダンボールの片付けして来いよ」

先輩がそう指示を出す。
因縁の相手純希と二人で作業だ、苦痛な時間となるのが予想できる。

「はい……」

「わかりやしたー」

そして二人は店裏のゴミ捨て場に行き、チキンを開封などしたダンボールの処理を行うのだった。





快と純希の2人は店の裏のゴミ捨て場でダンボールの処理をしていた。

「暇で助かったな、こんな早くダンボール片付けれるなんて」

「うん……」

褒められたい快と自然に褒められる純希。
快は今羨ましいと思って仕方なかった。
そんな相手と二人きりで仕事しなくてはならないとは苦痛だった。
しかし純希の方がいい奴であると分かっているのでそれを責めてしまっては余計に自分の立場が無くなってしまうと感じ心で叫ぶ事も出来なかったのだ。

「どーした元気ないぞ」

"自分をはみ出しモノだと認めてしまう"など複雑でネガティブな話は出来ずに黙々と作業を続ける。
今褒められたい快にとって純希の存在は天敵でしかなかった。
先ほど述べた理由の他にヒーローである事を認めさせたいという気持ちもあるからだ。

純希にヒーローとして褒められれば自信に繋がり更に夢を馬鹿にした純希に勝利したという事になる。
だがしかし今は到底届かない、だからそれまでは出来るだけ会いたくない人物であった。

「別にいいだろ……」

しかし純希は気にする事なく快に声をかけてきた。

「にしてもお前やっぱ変わったよなぁ〜」

「またかよ……」

彼の初日にも変わったと言われた事を思い出す。

「前は常に怒っててよ、誰も手ぇ付けられないって感じだったけど落ち着いたよなぁ」

「……」

快は覚えていた、小学生の頃だ。
怒りのあまりに純希を何度も殴りつけていた。
その後に瀬川と出会った。

「あれ結構根に持ってんだぜ?」

笑いながら言う純希だが快にはそんな余裕はなかった。
あの後祖母や姉と一緒に純希の家に謝りに行ったのだ、その時会った純希の母親はいい人だった。
何故こんないい人が育ててるのにこんな嫌な奴になったんだろうと思ったほどだ。

『子供のケンカですから』

その時の笑顔は忘れる事はない。
純希の頭を撫でながらそう言った母親を見て快は更に純希に嫉妬した、母親からの愛も知っているというのだから。
純希は愛されて育ち沢山の事が出来るため恐らく目一杯褒められて来たのだろう。

「っ……!!」

今になり嫌な記憶を思い出してしまった事によって手が震える。
そのせいで力がこもり持っていたダンボールを破いてしまった。

「おいおい気をつけてくれよ〜」

快とは打って変わってヘラヘラしている態度にまで腹が立ってきた。
快は親に愛されずはみ出しモノとなり純希は愛されて世間の言う普通になった。
その構図が憎たらしくて仕方がない。

「……ごめん、気をつけるよ」

しかしそんな事は言えずただ自分の否を認めた。
その構図にも腹が立ってしまう。
イジメをした者が上手くやり褒められイジメられた者が上手く出来ずに褒められない。
そのような社会にすら絶望してしまう。

「(くそっ、くそっ)」

ただ真面目に仕事をしているだけの純希と裏腹に卑屈な考えをしながら快は仕事をしていた。
するとそこへ"ある人物"がやって来る。

「あれ⁈快くんじゃん!」

なんとそこには飼い犬であるシベリアンハスキーのロンの散歩をしていた愛里とその友人である咲希が立っていたのだ。





私服姿の女子二人に少し緊張してしまう。
しかし快は愛里ばかり見ていた、そして緊張してしまい顔を赤くしてしまう。

「えっと、何でここに……?」

何とか緊張を隠そうとするが全く隠し切れていない。

「ロンの散歩してたらさっちゃんとチキン食べたいねって話になったの、それで快くんがバイトしてるのも思い出したからついでに」

"さっちゃん"とは咲希の事だろう。
あだ名で呼び合う仲らしい。

「そうなんだ……あ、俺作ってるから良ければ……」

当人たちは買うつもりでここに来たと発言からも分かるというのに"良ければ"だなどと言ってしまう。
しかしこのような言葉しか思いつかなかった。
そこへ純希が割って入る。

「どうも、快と一緒にバイトさせてもらってる横山純希と言います……!!」

突然畏まり頬を赤らめていた。
快以上に分かりやすかった。
そのまま一度快に耳打ちをする。

「おい、誰だよこの子……⁈」

小声だが力強い。

「ただの同級生だよ……」

純希をウザく感じながらもそう答える。
今の彼女らはその程度の関係だ。
すると愛里が純希に頭を下げた。

「いつも快くんがお世話になってます〜!」

この可愛らしい仕草を見て純希は更に胸が打たれたようだ。

「いえいえこちらこそお世話になってますよ〜、ここのチキン俺も揚げてますんで食べる時は俺を思い出して下さい」

サムズアップを決めてカッコつけている。

「あはは、面白いね快くんのお友達!」

「……っ⁈」

今、愛里は純希の事を友達だと言った。
そんな事は考えたくないというのに。

「俺もう上がりなんで案内しますよ!おススメとかも教えちゃいましょうか!」

「良いの?助かる〜、ねぇさっちゃん?」

「え、まぁ……」

咲希は若干二人の空気感について行けてないようだが。
しかし快はすぐに分かる、とてつもなくいい感じなのである。

「(マズいぞ……)」

何がマズいのだろうか。
せっかく応援してくれる女性を取られてしまうからか、それとも。



そして純希は上がった後、愛里たちを案内して愛里と咲希は見事に純希のおすすめを買って行った。
その間にも楽しそうに会話をしているのが聞こえて来る。

「実は俺レスキュー隊目指してて〜」

「えー凄い!ヒーローじゃん!」

そのような会話が作業中の快の耳に入ってしまい参加できない不満と純希をヒーローと言う愛里の言葉に嫉妬心すら芽生えていた。

「私の友達がヒーローだったからさ、重なるなぁ」

恐らく愛里は英美の話をしているのだろうが英美には快が託されたと彼女も言っていたというのにそう言われてしまい傷付いた。

「〜〜っ……!」

完全に傷付いて動悸が止まらなくなる快。
怒りと焦りと嫉妬が溢れ出ていた。
そしてそのまま彼らの会話は終わる。

「じゃあねバイバイ〜!」

「………」

そして二人は帰っていった。

「……じゃあ」

快と純希はしばらく無言だったが。

「……あの子めちゃくちゃ可愛いな」

「え?」

そして純希はスマホの画面を見せて来る。
そこには驚きの表示があった。

「じゃーん!なんとLINE交換しました!」

「!!!」

そこには愛里とのLINEトーク画面が開かれていた。

「お、スタンプきた!」

そして純希のもとに愛里から可愛らしいハスキーのスタンプが送られてきた。
快にLINEをしてくれた時はあんなに嬉しかったというのに他の人にもしている所を見ては嬉しくない。

「んじゃ俺も帰るわ、お疲れー!」

そして純希は嬉しそうにスキップしながら帰っていった。

「……っ」

この感情は何だろうか、愛里に対してはただ夢を応援してくれる人なはずだ。
しかし何かまた純希に負けた気がした。
ヒーローになって純希を見返すどころか愛里の事で更に黒星が増えた気がした。





その後、愛里と咲希はチキンを食べた後に解散した。

「じゃあさっちゃんバイバイ!」

「ん、じゃね」

そのまま咲希は真っ直ぐ帰路に着いた。
そして自宅に入る。

「……ただいま」

「おかえり咲希」

奥のリビングから"叔母"である多恵子の声が聞こえて来る。
しかしその声には反応せず咲希は真っ直ぐに自室へ入っていった。


なんとその部屋は真っ暗な闇のような空間が無限に広がっていて何やら"巨大な聖杯"のようなものがあった。
そこにある椅子に座ってリラックスする。

「あの男、愛里に近づいた……」

先ほどの純希の事を思い出す。
気安く愛里に話しかけたと思えばLINE交換までした事に腹が立つ。

「どうした、また困り事か?」

すると闇の奥から声が聞こえて来る。
コツコツという足音と共に"スカジャンを纏った白髪の男"が現れた。

「……ルシフェル」

"ルシフェル"。
そう呼ばれた男は空間に置かれていたソファにドカッと座った。

「大好きな愛里ちゃん、男に取られちまうのかぁ?」

咲希を煽るような言い方をするルシフェル。

「何言ってんの、そんな事させない……!」

中央にそびえ立つ巨大な聖杯に手を当てる。

「愛里はアタシが守るって決めたから……!」

その様子を見てルシフェルは笑う。

「ヒヒヒヒ、それじゃあ………」

「………」

「殺っちゃう?」

「……殺っちゃおう」

二人は意気投合しお互いを見合った。

「ヒヒ!そうこなくっちゃなぁ!」

そして咲希はスマホを開いて謎の"SINNER"と書かれたアプリを開いた。
そこには大量の罪獣のリストがカタログのように載っている。

「行くよ、"サブノック"……!」

そしてその第四ノ罪獣サブノックをタップし"召喚ボタン"を押した。





場所は都会、そこでバイト終わりの純希は高校の友人たちと会っていた。

「うぇいお待たせ〜」

「遅いぞ〜」

そしてブラブラ歩いている。

「どこ行く?」

「やっぱダーツとかビリヤード出来る所がいいよなぁ」

そんな呑気な事を話していると突然辺りの空気が凍りついた。

「急に寒気が……」

するとどこかの方角から雄叫びが聞こえる。


「ガァァァァキイィィィンッ!!!」


まるで金属音のような音が大音量で響いた。

「うるせぇーーっ!!」

周りの人々は皆耳を押さえている。

「おいアレ!」

友人が指さした方向を見るとそこには驚きの光景が。

「……マジかよ」

そこにいたのはまさに第四ノ罪獣サブノック。

「ガァァァァキイィィィン!!!」

猿が木を伝うようにビルを軽々しく伝っている。

「罪獣だぁーー!!!」

街にいた人々は一斉にパニックになって逃げ惑う。

「ぐっ……!」

純希は人混みに呑まれ友人たちとはぐれてしまった。

「ヤバい……!」

するとすぐ目の前にサブノック。

「キィィィンッ」

耳をつん裂くような音が響き渡る。
突然の死という恐怖が彼の目の前まで迫っていた。





「えっと残り50ピース……」

一方快はチキン店で在庫を数えていた。
計算機代わりにスマホの電卓を利用している。

「ん?」

そんな快のスマホに通知が。

『またもや罪獣出現』

「!!」

そのニュースを見て快は慌てた。
今はバイト中なので行けば抜け出す事となる。
しかし行かなければならない、ヒーローにならなければいけないのだ。

「そーっと……」

先輩の動向を伺いながら静かにバイト先の外に出た。

「よし、ここなら」

誰もいない先程まで純希や愛里たちと一緒にいた店の裏でグレイスフィアを取り出す。
それに合わせてグレイスフィアは輝き始めた。

「行くぞ、ハァァッ!」

溢れる光を握り締めゼノメサイアに変身を遂げる。

「セアァッ!!」

純希のいる街へ飛んで行く、ヒーローになるために。





つづく
つづきます
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