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作者: 甲斐てつろう
#1
『ヒーローに、ならなきゃ。』
謎の聖杯が聳え立つ空間で咲希はイライラしていた。

「デートとかふざけないでよ……」

先ほど愛里と会った際に直接純希とデートに行く事を聞かされたのだ。
その時のやり取りを思い出す。


『純希くんにお出かけ誘われてさ、行く事にしたんだ』

『え、それってデートじゃん……!』

『うん、でも断る理由もないし私もちょっと行きたいし……』

『はぁ?会ったばっかでしょ?』

『純希くんってレスキュー隊目指してるって言ってたでしょ?人助けしたい所とか英美ちゃんと重なってさ……』

愛里は純希が英美と重なると言った。
その言葉がまた彼女の心を抉る。

「また英美……」
 
そんな咲希の様子を眺めているルシフェルがいる。

「たーっく、その女がそんなに大事かね?」

ルシフェルはソファに寝転がりながら咲希の感情を理解できずにいた。

「何言ってんの、アンタにとっても愛里は大切でしょ……?」

「俺にとっては大切な"鍵"だ」

そんなやり取りをしていると咲希は立ち上がる。

「阻止しなきゃ、アタシのためにも……」

するとルシフェルが。

「聖杯のためにも?」

そのような事を口に出す。

「ゼノメサイアと愛し合う存在が必要だもんなぁ?」

ウザい口調で言ってくるため余計に腹が立つ咲希。
しかしルシフェルの言っている事は正しい事なのだ。

「そうだよ、辛いけど一度その段階を越えれば……」

そして溜めてから言った。

「愛里と永遠に一緒にいられる……!」

そんな咲希を見たルシフェルは空間の外へ向かおうとした。

「……ま、頑張れよ」

外に出て行こうとするルシフェルを咲希は一度止めた。

「何、どこ行くつもり?」

「お前が直接阻止する訳にもいかねーだろ、俺が手ぇ貸してやる」

そう言ったルシフェルはニヤリと笑って空間を出て行った。

「(嫌な予感がする……)」

しかしルシフェルには出来るだけ関わりたくない咲希は仕方なく見過ごす事にした。






『XenoMessiaN-ゼノメサイアN-』
第5界 ダイギャクサツ






学校で快から衝撃の事実を聞いた瀬川は思わず声を上げた。

「純希と与方さんがデートぉっ⁈」

「しーっ!声デカいよ!」

この日は二人のデート前日だった。
いつもの渡り廊下の隅で話している。

「マジなのかよソレ……」

「明日、高円寺で遊ぶんだってさ」

快と同様、純希には悪い印象が強い瀬川もいい気分では無かった。

「うわぁ、てか純希のどこがいいのかね……」

「前と比べて嫌な事は言って来なくなったけどさ……」
 
そんな話をしていると瀬川はある事に気付く。

「てか何でお前そんな残念そうなんだ?」

「え、そんな風に見える……?」

すると更に何かに気付いたようで。

「お前まさか与方さんの事……!」

そこまで言いかけて快が静止した。

「ちょっ、そんな事はないって!!」

慌てふためく姿を見て瀬川は"分かりやすい"と感じた。

「まぁそれは置いといてもよろしくねぇ状況ってのは事実だな」

突然かしこまる瀬川。

「よし、行くぞ!」

「どこに?」

そしてカッコつけながら決めポーズを取って言った。

「尾行だ!」

その発言を聞いた快はどう答えたのだろうか。





そして遂にデート当日、愛里は少しお洒落をして高円寺に来ていた。
待ち合わせ場所のガラスに映る自分の姿を見ている。

「(変じゃないかな?)」

今日は久々に男の子とお出掛けをする。
細かい着崩れを直していると顔が赤くなっている事に気付いた。

「(あ、でも……)」

しかし報告した際に咲希から放たれた一言、それが今になって思い出されてしまった。


『創のこと支えたいとか言ってる癖に他の男と遊ぶのどうなの?』


その言葉が少し引っかかる。

「……っ」

しかし愛里は心の中で必死に否定した。

「(別に快くんはそんなんじゃないし、デートするくらい……)」

快には特別恋愛感情がある訳ではない、それならこのようにデートをするのも悪くないはずだ。

「(うん、今は純希くんに失礼のないようにしないと……っ)」

化粧もしてみたがその上からも分かるほど顔が赤い。

『アンタ、創と仲良くしたいって言ってるのに他の男と遊んでいいの……?』

咲希の言葉がまた脳を過ぎる。

「(だから快くんはそんなんじゃないっ……!)」

脳内で必死に咲希の言葉を否定しようとするがどうしても否定し切れない。
そのタイミングで彼がやって来る。

「お、愛里ちゃん?」

「!!」

やって来た純希は愛里に気付いた。
考え事をしていた愛里は思わず驚いてしまう。

「めっちゃお洒落してくれてんじゃん、凄げぇ可愛くてビックリした」

純粋にそう言ってくれる純希の姿を見て悩んでしまった事に少し罪悪感を覚える。

「本当に?……よかったぁ」

しかしその気持ちを悟られてはいけないと何とか合わせるのだった。
こうして二人のデートはスタートしたのだ。



一方その頃。

「うわ、やってるわぁ」

快と瀬川は近くの電柱に隠れながら様子を見ていた。
結局快も尾行に着いてきたのだ。

「あんなに髪染めてピアス開けて、ザ・陽キャって感じだな……」

今の純希を初めて見る瀬川はその姿に呆れていた。
一方で快はと言うと。

「(与方さん、いつにも増してお洒落してる……)」

今日の愛里の姿に少し見惚れていた。

「(でも純希のためのお洒落なんだよな……)」

そのお洒落さが純希に向けられたものである事も感じて複雑な気持ちになってしまう。

「お、移動するぞ」

そのタイミングで二人が移動したため彼らも隠れながら着いていく事にした。





まず二人はファッションを見始めた。

「あ、これ可愛い〜」

気に入った服を手に取る愛里。

「似合うと思うよ!」

そして合わせる純希。

「そ、そうかなぁ……?」

何でも可愛いと言って来る純希に多少違和感はあるが肯定されて嫌な気はしなかった。
一方、その店のガラス窓から快と瀬川は中の様子を伺っていた。

「うわ、これ絶対テキトーに似合うとか言ってる奴だぞ」

「なんか典型的だな」

冷静そうにそんな事を言うが快の心は当然穏やかではない。

「(与方さん、笑ってる……)」

咲希が危惧した事が起こってしまっている。
愛里はそんなつもりで無くとも快は傷付いてしまうのだ。



続いて二人はアクセサリーショップにやって来た。

「綺麗だな……」

十字架のイヤリングを見て目を輝かせる愛里。

「これ欲しいの?」

まさか。

「はいどうぞ」

なんという太っ腹、純希は愛里が欲しそうにしていたイヤリングをプレゼントしたのであった。

「わぁ、ありがとう……」

少し不安だったが徐々に目を輝かせていく愛里、既に純希へ心が傾きつつあった。
そして純希は中身を取り出し愛里の耳に付けてみせた。

「ほらよく似合ってる、可愛いよ」

髪をよけて耳につけてあげた。

その様子を見て快と瀬川の二人は驚く。

「!!!」

快はとてつもないショックを受けるのだった。

「(うわぁ、触るなぁぁぁーー!!!)」

まだ付き合ってもいない身で愛里の耳に触れる純希の指にとてつもない怨念を送った。

「(何か頼れる感じの人だな……)」

愛里も無意識下で快と純希の違いを感じていた。



まだまだ純希と愛里のデートは続く。
快と瀬川も後ろから様子を見ている。

「あはは、面白〜い!」

流石は純希のコミュ力である、全く愛里を飽きさせる様子がない。

「(良い人なのに変わりはないよね……!)」

もう純希への罪悪感はほとんど無かった、完全に好印象を抱いている表情だ。
この時点では非常に楽しそうにしている彼女の様子を見て快は更に心を痛めた。

「(俺にはあんな顔見せてくれてない……)」

典型的な陽キャである純希と楽しそうに話している彼女もどちらかと言えば陽キャ側なのではないかと考える。
快と話している時は少し作っている感じがするのだ、自然さを感じない。
そんな風に劣等感を感じていると瀬川が発言。

「つまんね、何も起こらないから俺帰るわ」

突然帰るなどと言い出した。
言い出しっぺだと言うのに気まぐれすぎやしないかと思った。

「お前も適当に切り上げな、尾行は立派な犯罪ですよ〜」

そう言ってポケットに手を突っ込んで本当に帰ってしまった。

「ちょっと……」

高円寺の街にポツンと独りぼっちになってしまう快。
周りを見てみれば自分の苦手な陽キャというカテゴリに属している者たちが多く歩いている。

「ぁ……」

前方に目をやると楽しそうにお洒落して歩いている純希と愛里が妙にお似合いに見えた、そして見事に他のカップル達の群勢に溶け込んでいる。
自分に優しくしてくれた愛里も結局は苦手な陽キャの一部なんじゃないかと考えてしまい一人悲しくなる快であった。

「(帰ろう……)」

ここにいても辛いだけだと快は高円寺の街を後にして駅へと向かった。





快が帰っても二人のデートは続く。
高円寺駅前の広場にやってきた。

「ふぅ〜、いっぱい歩いたねぇ……!」

少し疲れた素振りを見せる愛里。

「じゃあそこのベンチで少し休む?」

気遣いを見せる純希。

「賛成ー!」

そして広場にあったベンチに2人は腰掛けた。
そこで他愛もない会話を続ける。
その内容は純希の夢についてだった。

「前に話したけどさ、レスキュー隊目指してんだよね」

「うん、言ってたね。人助けしたいなんて凄い事だと思う」

「確かに凄い褒めてくれてたもんね」

そこで純希は夢を持った理由を語る。

「中学の頃ビルの火災に巻き込まれた事があってさ、そこで母ちゃんが怪我したんだよね。俺は何も出来なくて辛かったけどレスキュー隊員が助けてくれたんだ」

その怪我が残り母親は未だに上手く働けず生活保護を貰っている。

「その姿がカッコよくてさ、同時に自分のカッコ悪さにも気づいて何とかカッコいい男になるぞって思ったのが目指したきっかけなんだよね」

その話を聞いて愛里は英美の事を思い出した。
彼女もかつて自分を火事から救ってくれた。

「(やっぱ英美ちゃんと重なるな……)」

明るい表情、性格。
人を助けるという夢、そして何よりそれが出来そうな頼りがいのあるオーラ。
彼といると英美といるような感じがして自然と目が潤んでしまう。

「ん?どした?」

「ごめんね、目にゴミが……」

慌てて誤魔化し涙を拭うが純希はそれが嘘だとすぐにわかった。

「ごめん、俺がなんかしちゃったかな……?」

精一杯の配慮を見せて謝るが。

「ううん、純希くんのせいじゃないの、前に言ったヒーローだった友達のこと思い出して……」

ここから愛里は快にも話した英美の話を純希にもした。

「その友達、死んじゃったんだ」



「………っ」

純希は絶句した。
自分はお気に入りのビリヤードバーが破壊されたが彼女は親友が亡くなったのだ。
レベルの違う辛さを味わった彼女を見て胸が痛くなる。

「翼を広げて羽ばたいて、英美ちゃんは散ってったんだと思う……」

明らかに落ち込む素振りを見せる愛里に純希は正直に思った事を聞いた。

「ねぇ愛里ちゃん」

「……ん?」

「罪獣が憎いとは思わない……?」

恐る恐るその名を口に出す。

「あんな風に街で暴れてさ、大勢亡くなっただろ?その遺族の気持ちとか考えるとちょっと辛くなってさ……」

「……」

「火事に巻き込まれた時に死の恐怖は味わってる、その恐怖をもっと大勢が感じたんだと思うとね……」

すると愛里は真剣な目で答えた。

「憎んでなんかないよ」

その発言に純希は驚く。

「英美ちゃんは自分のやりたい事を全うして死んだんだ、だから私もそれを受け入れる事にしたの」

そして首から下げているグレイスフィアを手に取りもう一つの感情を伝える。

「手を離した事を後悔してないかって言われたら嘘になるけど……」

純希はそのグレイスフィアを見て驚いた。
快が同じものを持っているのを見た事があるから。

「英美ちゃんは最期に快くんを助けてくれたんだ。それにはきっと意味がある、私の見解だけど英美ちゃんの夢は快くんに受け継がれたんだよ。」

"受け継がれた"。
その言葉を聞いた純希は少し納得した。

「だから私も精一杯それを応援するんだ!」

力強く宣言する愛里。

「なるほど、アイツも退けなくなっちまったな」

純希は快が夢からは逃れられない責任を背負っている事に気付いたのだった。

「でも責任なら俺にも……」

そこで純希は快との過去を思い出す。

「俺さ、小学校のころ同じクラスで快のこと少し友達と揶揄ってたんだ。変な所あったしそれがちょっとムカついて……」

愛里に自分の罪を自白した。

「そんな中で快は両親を亡くしたんだ、目の前で通り魔に殺されて……」

「うそ……」

快の両親がそんな目に遭っていたのは初耳だった。

「それでめっちゃ辛いはずなのに今更揶揄うのもやめられなくて、友達に嫌われる方が怖くて酷いこと言っちまったんだ。ヒーローって夢を否定するような言葉……」

そして彼らは再会した。

「そんで中学で別々になってこの間バイトで再会してさ、もっと暗い感じになってたから俺にも責任あんのかなって感じてて」

純希が快と絡む理由。

「何とか明るくしようと思って絡んだけど俺の事やっぱ避けてる感じあるし謝るチャンスも中々ない、だから愛里ちゃんにちょっとお願いがあるんだ」

「何?」

「アイツの事、支えてやって欲しい。俺より君の方が適任だ」

真剣にお願いをして来る純希。
愛里はもちろん承諾した。

「もちろんだよ、だから応援してね」

「ありがとう……!でも俺の事もしっかり構って欲しいな」

「ふふっ、そうだよね」

そんな純希の優しい表情を見て少し胸が温かくなる愛里。
この気持ちの正体が何なのかはまだ分からなかった。





一方ここは高円寺方面へ向かう電車の中。
優先席に一人の男が堂々と座っていた。

「ヒヒヒヒ……」

オーバーサイズのパーカーを着てフードを深く被っているその男。

『次は高円寺〜』

そして電車は高円寺駅に到着する。
その男もそこで降りた。

「よぉし、いっちょやってやるか」

その正体はルシフェルだった。
人が多い辺りを見回している。

「お、いいの見つけたぜ」

背の高いアフリカ系アメリカ人男性を見つけたルシフェル。
その男の前に立ちはだかった。

「What?」

その男性もルシフェルに気付く。
そして次の瞬間。

「身体貸せよブラザー」

そう言って力を発現させるルシフェル。

「!!」

男性の意識はそこで途絶えた。

「…………」

気が付くとルシフェルの姿はその場にはない。
アフリカ系アメリカ人の男性が一人で立ち尽くしていた。
そして彼が顔を上げると。

「ヒヒヒ……」

まるでルシフェルのような不敵な笑みを浮かべるのだった。





つづく
つづきます
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