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作者: 甲斐てつろう
#1
『ヒーローに、ならなきゃ。』
この日は強い雨だった。
教室では教師の声と黒板にチョークを滑らせる音、そして生徒たちがノートにシャーペンを走らせる音を窓に打ち付ける雨音が掻き消している。

「…………」

そんな中、快は一人授業を聞かず窓の外を見ていた。
何か思い吹けているような表情だが何を考えているのだろう。

ふと前を見ると教師に指され教科書の例文を読む愛里の姿が。

「心の貧しい人々は幸いである、天の国はその人たちのものである」

読み終わり座ったタイミングで視線に気付いたのか愛里がこちらを見た。

「……にこっ」

そして小さく手を振る。
それに呼応するように快の頬は赤く染まった。

先日から愛里と仲良くなった、お互いクラスのはみ出し者となってしまったからというのが大きいだろう。
愛里は快としか関われなくなってしまった。
クラスメイト達はそれほど気にしている訳では無さそうだが愛里が気まずくて仕方ないらしい。

授業が終わった後、愛里は談笑しているクラスメイト達を一瞬羨ましそうに眺めながらも唇を悔しそうに噛んですぐ快の所に来た。

「快くん、次体育だったよね?」

「う、うん……」

快は一部始終愛里の反応を見ていたので少しぎこちない返事になってしまう。

「体育館まで一緒に行こ?あ、でも瀬川くんと一緒に行くか……」

他の人と一緒だとやはり気まずいのかそんな事を言う。

「それは大丈夫だよ、だって瀬川は……」

快は視線を瀬川のいる方へ移した。
するとそこには他のクラスメイト達と楽しそうに談笑している瀬川の姿が。

「それウケるわっ……!!」

先ほどの愛里と同じように羨ましそうな目で見つめる快。

「陸上競技大会以降アレだよ、前までクラスメイト嫌いとか言ってたのに」

「快くんとは関わってないの……?」

「話したいんだけど基本周りに上手く話せない人たちがいるから……」

「それキツイね……」

いつにも増して孤独を感じる二人。
互いに傷を舐め合っているようだった。

「更衣室までだけど一緒に行こうか」

そして着替えるジャージを持ち立ち上がる快。

「ありがと」

そんな彼に感謝しながら共に教室を出て行く二人。
二人が居なくなった後、クラスメイト達は話題を変えた。

「アイツら最近感じ悪くね?」

「創は元からだけど愛里までね……」

「確かに言いすぎた所はあるけどさ、にしてもねぇ」

そんな事を言うクラスメイト達の中で瀬川と咲希も快たちの出て行った扉を見つめていた。

「快……」

瀬川は少し寂しそうな目をしている。

「ふん」

一方で咲希は何やら意味深な表情をしていた。





『XenoMessiaN-ゼノメサイアN』
第9界 カゾクアイ







体育の授業は男女に分かれて行う。
男子はバスケの時間だ。

「創、行ったぞ!」

瀬川がドリブルをしながら快に向かって来る。

「おわっ……」

そのまま突破されてしまい見事に瀬川がゴールを決めた。

「すげぇぞ瀬川ぁー!」

瀬川が周囲から讃えられる一方で快には冷たい視線が集まっていた。

「やっぱ創ダメかー」

この差が酷い。
快の親友であった瀬川にはあんなに人が集まっているというのに快に手を差し伸べる者はいない。
試合が終わった後そのまま快は逃げるように水飲み場へと向かった。



体育館付近の水飲み場に行くとそこには先客がいた。

「あ……」

ミディアムヘアーを掻き分けながら水を飲む河島咲希の姿が。
愛里の友人であるため少し緊張してしまう。

「……何見てんの」

すると快の視線に気付いた咲希が怪訝そうに問いかける。

「別に何でもないよ……」

そして水を飲み終えた咲希は口を拭いてから快に尋ねる。

「そいえば最近やけに愛里と仲良いじゃん、付き合ってんの?」

「えっ、そういう訳じゃないよ……っ!」

急に恋愛の話を持ち出されたので思わず緊張してしまった。
焦りながら返事をしてしまったため余計に怪しまれる。

「アンタは意識しまくってる感じだね」

図星だった。
気持ちを当てられて黙ってしまう。

「良かったじゃん、ちょうど誰も愛里と関わろうとしないからアタックチャンスだよ」

しかし咲希のその言い方には少しカチンと来てしまった。

「いや、避けてるのそっちじゃないの……?与方さんやっぱ寂しそうにしてるよ、話してあげて……?」

最近の咲希の仕打ちはあまりに友人として酷すぎると感じたため勇気を出して聞いてみる。

「はぁ、ホント余計なお世話だよ」

そして体育館に戻ろうと歩き出す。
すれ違いざまに快にだけ聞こえるように囁いた。

「避けられる方にも原因があるって考えた事ないの?」

そして再び歩き出して言った。

「アンタには分からないか、昔からずっと被害者ヅラしてるもんね」

快と咲希は小学校では同級生だった。
その時の事を彼女は話して去ってしまった。

「何だよそれ」

そして快も虚空に向かって呟き体育館に戻った。



体育は二限続きなのでまだバスケの時間は続く。
咲希に言われた事を気にしながらも快は必死にボールを追いかけた。

『昔からずっと被害者ヅラしてるもんね』

その一言が胸に刺さって抜けない。

「(何だよ、少なくとも俺は俺なりに精一杯頑張ってるのに……!!)」

物凄い形相でボールを追いかけると力みすぎて思い切り転んでしまった。

「あふっ……」

その間にまた瀬川がゴールを決めて讃えられていた。
起き上がった快は鼻血を出しながらその光景を羨ましそうに眺める。

「ちょっと保健室行って来ます……」

ほとんどの者が瀬川に夢中で快が鼻血を流している事に気付かない。
瀬川自身も嬉しそうにしており気付く様子は無かった。

「……ん?」

そして女子サイドの方を通って快は保健室に向かう。
その様子と男子の方を見て状況を察した咲希はある光景を思い出していた。


その光景の中で咲希は小学校の教室の中で孤独に過ごしていた。
周囲には親たちが沢山来ており参観日という事が伺える。

皆が授業参観が終わった後に両親の所へ向かうが咲希は独りだった。
そして後ろを振り返ると快も両親に会っている。

『やめてよ……』

快に優しくしているように両親。
本人が語っている記憶とは多少違った雰囲気に見える。
優しそうな両親を拒絶するような態度を見せる快に咲希は憤りを感じていた。


そして現在。
咲希はその時の事を思い出して快を見つめる。

「(孤独のフリしてウザっ……)」

快に他の誰も抱いていない感情を抱いている咲希がそこには居た。

「アンタ、贅沢だよ」

今度は誰にも聞こえないような声で呟いた。





体育の授業も終わり放課後になった。
帰りの挨拶を終え部活に行く者はそちらへ向かい、その他の者は帰ろうとしている。

「よぉ快、帰ろうぜ……って」

鞄を手に取る快の所へ瀬川がやって来た。
帰りの方向は一緒なので帰る時間だけは話せる。
しかし快のその顔を見て驚きの声を上げた。

「お前鼻血出たのか?いつ?大丈夫か?」

全く気付いていなかったようで心配している。

「バスケの時にね……でも大丈夫、もうすぐ止まると思うし」

少しぎこちなく快は答えた。

「なら良かったけど……?」

瀬川は明らかにテンションの低い快に違和感を覚えている。
それを確かめるために話題を変えた。

「あのさ、帰りにコンビニ寄ろうぜ。新発売の限定コーヒー飲みたがってたろ」

あくまで瀬川は仲良くしたいらしい。
しかし快の回答は違った。

「ごめん、今日急いで帰るから寄り道できない」

「あれ、何か用事?」

キョトンとしている瀬川に快は悲しそうに告げた。

「……両親の命日だから」

その言葉を聞いて表情が強張る瀬川。

「そ、そうだったな……ごめん忘れてたよ」

「忘れるのも仕方ないよ。俺の話だし、最近アイツらと楽しそうにしてるし」

瀬川が忘れているのは友達が増えたからだというような言い方をする快。

「俺なんかと居るよりそっちが楽しいもんな……」

また卑屈になってしまう快。
少し言い過ぎてしまった。

「いやそんな事ねぇって、友達増えたからってお前を疎かにはしねぇよ!」

「じゃあ何で今日のこと忘れてた?今までこの日は気ぃ遣ってそんな態度にはならなかったのに……」

言い出してしまえば止まらない快。

「鼻血の事だって褒められるのに夢中で気づかなかったろ?お前はもうあっち側になっちまったから……!」

その言い方には流石に腹が立つ瀬川。
彼の口調も少し強くなってしまった。

「その言い方は流石にねぇだろ。確かに俺にも非はあったけどさ、こっちから歩み寄ってんだろ?」

そして核心に触れる一言。

「今分かったよ、お前に友達が出来ない理由。せっかく歩み寄ってんのにお前が拒否してんだ」

それだけ言い残し瀬川は新しく出来た友達と教室を後にした。

「……何だよそれ」

そのまま中々動けず、教室には快と心配そうな目をした愛里が二人だけ。

「快くん大丈夫……?」

歩み寄ってくる愛里。
しかし快はそれを無視してしまった。

「行かなきゃ、両親の墓参りだ」

"また"歩み寄ってくれた者を置いて快は先に行ってしまった。





つづく
つづきます
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