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作者: 甲斐てつろう
#3
『ヒーローに、ならなきゃ。』
愛の海の中でまるでかつての宿敵に再会したかのような様子を見せるルシフェル。
その対象であるグレイスフィアから聞こえる幻聴は彼の登場を恐れていたかのような反応をした。

『憑依の力を使ったんだね……』

『あぁ、神から与えられた気に食わねぇ力だが有効なんで使わしてもらってるぜ』

『それは神様が君に人の心を知るために与えた力、そんな使い方は良くないのに……』

『てめぇこそ俺の本体に宿っておいて何言ってやがる』

お互い一歩も譲らずに互いを否定して行く。

『もう"樹の剣"は君の本体じゃないよ、神に背いた君は切り離されたんだ』

『だからてめぇの物になったってのかぁ?』

この会話の内容が彼らの仲の悪さを表していると言えよう。
しかしこのままでは埒が明かないため両者は話を進める事にした。

『いけない、こんな話をしてる場合じゃないよね?』

『チッ、てめぇが仕切るのかよ……』

『私を止めに来たんでしょ?』

『あぁ、デモゴルゴンの邪魔はしないでもらおうか……』

こうしてルシフェルと幻聴による精神世界でのやり取りが幕を開けた。





「……ん?」

先程ベッドに入ったまま目を閉じた快は夢の中で夢を見るような感覚に陥っていた。

「誰だ……?」

そこはかつて快が両親と来ていた"カナンの丘"だった。
そこのベンチにルシフェルともう一人、ボンヤリと見える誰かが座って会話していた。

『アイツらはお前みてぇなバケモンとは違う、理想の夢からは抜け出せねーよ』

『違う、私みたいに彼らも理想の在り方に気付いてるはず……!!』

その声を聞いて何となくだが理解した。
ルシフェルともう一人の人物は幻聴の声の主であるという事。

「(幻聴の人?もう一人は誰だっけ、見た事ある気がするけど……?)」

ルシフェルに関しても夢を見ている状態なので覚えていない。
しかし何処か記憶の片隅にボンヤリと浮かんでいる気がする。

「(何だ、頭が痛い……!)」

思い出せない記憶に頭痛を感じながらも快は側から二人のやり取りを聞いていた。

『アイツら全員、特に創 快だ。憧れのヒーローになれて親からも愛されてんなら覚めねぇ方が良いだろ?』

『理想は溺れるためにあるんじゃ無い、辛い現実を生きる希望を抱くために見るものなんだよ……!』

二人の話している内容は正直よく分からない。
しかし何故か自分の名前が出たり深く関係しているような気がして胸騒ぎがした。

『それに理想を見せて今ある幸せを忘れさせるなんて、酷いやり方だよ……!!』

幻聴の主らしき存在が声を震わせている。

『神の定めた幸せなんてクソ食らえだぜ、理想を掴む事に意味があんだろ』

しかしルシフェルはそれにすら反論している。

『もうお終いだ、せっかく託したのに残念だったな』

そう言った所で快の意識はどんどん遠のいて行く。
そして気が付くとまたあのベッドの上に居た。

「何の話だったんだ……?」

夢の中の夢から覚めて元の理想の中に戻って来たのである。

「でも何だろう?胸が痛い、ここは理想のはずなのに……」

理想の世界だと言うのに虚無感を覚えていた。
更に痛む頭を押さえる。

「頭痛い、何を忘れてる……?」

その虚無感の正体を探るためベッドから立ち上がった。
するとある事に気付く。

「……あれ?」

何と自分の部屋に別人の影があるのだ。
あぐらで座りテレビゲームをしている。

「おっと危ねぇ……!!」

そのテレビゲームをしている人物。
快は見覚えがあった。

「まさか……」

そして彼が振り向く。

「よぉ快、クリアしといたぜ」

瀬川抗矢。
快の親友だった。





瀬川を前にした快は思わず彼の隣に正座をしてしまう。

「ん、どうした?」

何故か彼の事が分からない。

「(誰だっけ、でも何でだろう……)」

今の快の心にはある感情が渦巻いていた。

「(すごく会いたかった気がする……)」

心に空いた虚無感を埋めてくれるような感覚があったのだ。

「なんか初めて話した時もこんな感じだったな?」

すると瀬川は笑顔で快に言ったのだ。

「え……?」

「俺が助けてやった時だよ、その時もお前こんな顔してた」

その言葉で快は全てを思い出した。

「〜〜っ!」

フラッシュバックのように景色が蘇る。

「瀬川……?」

彼だけではない。
愛里や美宇なども思い出した。
すると景色がどんどん変わって行きそれぞれの記憶を映し出す。

「みんな……」

快の出会って来た大切に思う人達が頷いてくれる。

「……ありがとう」

そして快は走り出した。
その先にあるものを信じて。





快が走り出した瞬間、カナンの丘にいる幻聴とルシフェルがそれに気付いた。

『まさか……!』

『有り得ねぇ……っ』

幻聴は歓喜の声をあげルシフェルは歯軋りをした。



そして快は記憶の中を走って行く。
最中、ルシフェルの声が邪魔をして来た。

『現実は夢のように上手くは行かねぇぞ⁈』

そう言いながら記憶の景色を偽りの夢で埋めて来る。
その甘い囁きに快は目が眩みそうになった。

『君は素晴らしいヒーローだ!』

『これからも人々を救って!』

両親の優しい声に心振るわされながらも快は走るのをやめない。

「違う、こんなのじゃない……!!」

そして走りながら語り出す。

「この夢の中には瀬川とか与方さんみたいな人達が居ない……っ!!」

『ソイツらが何だってんだ⁈』

「現実の俺に歩み寄ってくれた人達だ!!」

姉である美宇に言われた事、瀬川にも言われた事。
歩み寄ってくれる彼らとの関係を大切にするのだ。

「みう姉は俺を想って育ててくれた……」

まずは姉である美宇の顔を思い浮かべる。

「与方さん、彼女は俺のヒーローって夢を肯定してくれた……!!」

次に愛里が浮かんで来た。
そして次は。

「純希だ、アイツも嫌な所はあるけど歩み寄ってくれてたんだ……」

最後に思い浮かんだのは。

「瀬川、お前は……」

親友である瀬川が自分に何をしてくれたかを思い出す。
ただ親友として側に居てくれただけではない。

「そうだ、やっと思い出した……!!」

初めて彼と話した時の事を思い出す。
純希のイジメから助けてくれた時の事だ。

「あのとき俺はお前を好きになった……!俺がなりたかった愛されるような存在、その理想をお前に見たんだ……!!」

自分に向かって歩み寄り手を差し伸べてくれた瀬川。
他にも快がヒーローだと感じた人々は快自身が心の奥底で愛してしまったからというものがあったのだろう。

「俺の目指すべきヒーロー、それはお前だったんだ……!!」

そして思い切り手を伸ばす。

「俺を育ててくれた人、夢を応援してくれた人、少しずつ後押ししてくれた人、その夢の意味に気付かせてくれた人……」

覚悟を決めて叫んだ。

「その人たちにヒーローになった姿を見せたい!そうすればこの力の意味も分かるかも知れないから……!」

そんな快の目の前にある存在が現れる。
その正体を一瞬で理解した。

「みんなの想いに応えるんだ、だろ?ゼノメサイア!!」

現れたのはゼノメサイアだった。
まるで快を待っているかのように立っている。

「おぉぉっ!!」

思い切りゼノメサイアと一体化しその姿を変えた。

『俺はっ!ヒーローになるっ!!!』

愛の海の中へ飛び込んで行く。
理想の夢に引き込んでくる元凶を倒し現実で夢を叶えるために。





つづく
つづきます
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