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作者: 神無城 衛
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スペースオペラというジャンルを築いてきたすべての人々、このジャンルを発展させるすべての人々、読者の皆様に敬意を表し、拙作ながらこの作品を世に送り出します。
グレゴリオ暦3850年4月1日
新地球連邦 経済特区日本 東京 21:46

3月末に地球政府の宇宙軍士官学校を卒業したセシリアは久しぶりの家族水入らずの団欒だんらんを楽しんでいた。
卒業式後一週間ほどあった在学中の休暇期間の今日が最終日で、この休暇の後、クラスメイト達は各々に決めた進路へと進んでいく。
セシリアは幼い時からその背中を見てきた父と、自分の育った宇宙への憧れを叶えるため、祖父の代から続いている武装商船の商売を継ぐことを決めていた。士官学校に入ったのもそのためで、ついに主席をとることは叶わなかったが、次席ながら学びを修め、士官学校を卒業した。彼女にとって士官学校とは武者修行の場だった。
そんな今夜は少しずつ進めていた父の船と商売の引継ぎが終わったため、家族で東京の行きつけにしているレストランで引継ぎ祝いも兼ねた豪華な夕食を楽しみ、宇宙港とのアクセスが良いエリアのホテルに帰るところだった。
 セシリアは翌日から早速仕事でエウロパに向かうこととなっており、父が面倒を見てくれるのは今日の手続きの段階までで、船に乗ってからは父の旧知で古株のヤマモト機関長を中心とするクルーの助けを借りて仕事をすることになっている。
 エウロパで受ける仕事を完了したらもう一度東京に戻り、父に仕事の報告をするのだが、その時のクルーからの評価や仕事の成否によって改めて船と仕事を任せてもらえるかが決まる。
「いいかセシリア、船はひとりでは動かせない。クルーがいてこそ船は動く。そこのところ忘れるんじゃないぞ」 
「分かってるわよ父さん、私だって生まれた時からあの船でお父さんの背中を見てるんだもん」
「そうよあなた、セシリアならきっとうまくやっていけるわ」
 自分で決めたこととはいえ、軍人寄りの士官学校の生活から抜け出した、こういう日常の家族との会話はなんだか心地よい。さらに軌道エレベーター上にある士官学校の施設とは違って、地上は都会でも空気まで美味しい感じがする。本物の惑星の重力下を歩くのも久しぶりなら惑星の空気を吸うのも久しぶりで、特に日本の暦に従ったまとまった休暇は地上に持ち家がなかったため、なんとなく地上に降りる機会もなかったことから、惑星上、こと地球の大地を踏みしめるのはずいぶん久しぶりのことだった。
 このあと両親はこの辺に買った家に暮らし、父とともに退職を決めたクルーと一緒に商会の地球支店を興すという。
「困ったことがあったらいつでも戻って来なさい。相談に乗るくらいはできるから」
「これから宇宙の果てに出るんだから戻ってくる方が大変だわ」
父のねぎらいに笑顔で返すセシリア、そんな他愛もない父のひとことを三人で笑った。
 無人操縦の、向かい合わせの座席のタクシーは自動運転に統制され、道路に渋滞はなく、タクシーはすいすいと目的地まで進んでいく。ひととおり笑って疲れたセシリアはタクシーの窓に頭を預けて明日からのことに漠然と思いを馳せながら街灯の明かりが白く尾を引いて流れていくのを眺めていた。
そうしているうちに静かに訪れる眠気を感じていた。

 ホテルに着くと両親と別れて隣の一室に入った。
 バートランド商会馴染のビジネスホテルで、東京での商談があると家族で泊まっていた。小ぢんまりとした広すぎない部屋に入り、電源にカードキーを差すとフロアライトが灯った。穏やかな温かみのある照明がどこか安心感を抱かせる。
セシリアは頭の後ろで結っている髪をほどいて靴を脱ぎ捨ててベッドに沈み込むと、眠気に任せてその日は静かに終わっていった。

 朝、時間に追われない自由になった時間の感覚でも士官学校と同じ、東京時間の6時に起床した。レースのカーテン越しに差し込む柔らかな東京の春の朝日に照らされながら目を覚ますと、着替えるのを忘れて眠っていたので正装で着ていた士官学校の制服そのままだった。士官学校だったら怒られるだろう、制服をだらしなく脱ぎ捨ててベッドに散らかして、そのまま熱いシャワーを浴びて目を覚まし、私服に着替えた。
部屋の机のそばには卒業とともに出てきた寮の一室から持ち帰った大きめのスーツケース1個分の私物と、クルーに挨拶するのに持っていくお土産がキャスター付きの大きな袋に入れて置いてある。
 隣の部屋を訪ねると両親も起きて支度を整えたところだった。父は得意先への挨拶があるということで特注のビジネススーツを着て、普段着の母は一足先に東京に買った家に行くという。そうして身なりを整えた三人は食堂へ向かう。
「それじゃあセシリア、あとで今回の仕事について改めて確認するから部屋に来るんだ。それが済んだらいよいよ初仕事だ」
 三人で朝食を済ませて食後のコーヒーブレイクを楽しんでいるところで父が言った。
この後は三人でチェックアウトして、セシリアはバスで宇宙港に向かう。

 仕事の詳細としては、木星衛星群もくせいえいせいぐん自治区、エウロパの工廠で荷物を受領し、そこから太陽系を超えてさらに奥、シリウス自治星系を中継してさらに外縁にあるアシハラ星系のヤマト国に荷物と人を運ぶということで、我が家ではよくあるちょっと面倒な客と荷物の輸送だった。敢えて普段と変わらないが緊張感のある仕事を初仕事に選ぶあたりに父からの私に対する信頼を感じる。

 人類が宇宙に進出して数百年、太陽系外で初めてシリウスを開拓したところから始まった宇宙開拓産業は、人類が太陽系以外で居住可能な惑星を発見し統治するまでになった。新たな発見者の属する国がその星の自治権を獲得し、あるいは自治権を太陽系圏内の自治政府に売買して惑星を開拓するようになると惑星国家が乱立し、資源や領域を巡って紛争や訴訟が起こるようになった。それらを仲裁したり自治権を明確にするための国連組織として“ギルド”が創設されたのがつい200年ほど前のことで、これから私が仕事をするバートランド商会はシリウス独立戦争の後、150年ほど前に祖父、ダグラス・バートランドが興した運送会社である。

 武装商船としては老舗に入る私たちの会社、バートランド商会は民間の荷物だけでなく、国際法に触れない限りの試作兵器なども超法規的ちょうほうきてきに運ぶことを国際機関であるギルドから認められており、今回の仕事もその超法規的貨物の輸送だった。
 知る限りの最近の情勢を整理すると、アシハラ星系にあるヤマト国は強権的なギルドの軍事力であるアダルヘイムが軍事侵攻を行い、他星系軍もその動向を注視している段階だ。
 一方で銀河開拓通商連盟ことギルドはこの軍事行動はアダルヘイムの新CEOの独断によるもので、ギルドの方針ではないとして政治的に圧をかけて抑止に働きかけているという。
 そのことを踏まえて考えるに、ヤマト国はアダルヘイムに対抗するだけの新兵器の開発を急がせ、それを実装することでアダルヘイムに対する抵抗力にしようと考えているのだろう。
「初仕事としては少し荷が重いが、今のうちに慣れておけば必ずためになる、頑張れよ」
 父の激励に背中を押されながら、セシリアは先に部屋を出た。
 今日の東京は雲一つない晴れだった。

 東京の端の、海の近くの地区にあるホテルを出て一時間ほどシャトルバスに乗ると、宇宙港の地上ステーションに着いた。この宇宙港はかつての国際空港に併設される形で建っており、新しく埋め立てた土地に建っている。
エントランスの大きな時計を見ると時間は東京時刻の9時で、シャトルの発進の2時間前だった。
 宇宙港は元々国際空港と似た構造で建てられていて、こんな早朝でも旅行者やビジネスマンの往来でエントランスロビーはそこそこに混んでいる。携帯端末に入れた自動決済のパスポートを通して預かり手荷物の荷物票を受け取り、鞄の持ち手に付けて手荷物検査に並んだ。
 荷物には特に危険なものはないが、今回は初仕事なので改めてクルーに挨拶するためにいくつもの菓子箱やお茶、2~3銘柄の煙草をカートンで持ち込んでいるため、荷物が大きくなっている。あらかじめ荷物をステーションに送っておくこともできたが敢えてそうしなかったのは直接手渡しする方が気持ちを伝えやすいと思ったからで。目に見える形で気持ちを示すことも重要だと、私はそう思っている。
「おはようセシリア、調子はどう?」
 ちょうど同じ列にユカが並んでいて、セシリアを見つけて声をかけてきた。
 ユカはバートランド商会の船、宇宙装甲巡洋艦そうこうじゅんようかんナイアガラ号の主計課の幼馴染でセシリアにとって姉のような存在だ。前下がりボブにまとめた父親譲りの黒髪が今日の日差しに輝いて見える。ユカは特にこの髪色が気に入っているそうで、いつも丁寧な手入れを欠かさない。
「運ぶの大変そうね、手伝おうか?」
「ありがとう、けど大丈夫。」
「そう、ところで初仕事、私も食堂から応援してるから。何かあったらみんなに相談するのよ」
 ユカのひと言を聞いて温かい気持ちになったところで順番が来て、ユカとも一旦お別れだ。
 久しぶりにクルーの顔を見ると安心する。船乗りである私たちにとって船は大きな家で、クルーは家族も同然である。だからこそ父も、ユカも、他のみんなも気にかけてくれる。

 すべての手続きが済んでシャトルの席に着くと、あとから隣の席にユカが来た。最近のシャトルも定員まではカウントしているが指定席制ではなく、シャトルそのものも絶えず往復しており、少し値が張るがシャトルより速く快適に移動する手段として赤道に沿って建造されている軌道エレベーターを利用する客の方が多いことから、シャトルの定期便が満席になることはなく、座席は好きに座れる。

 二人は久々の再会を喜びながら宇宙港に着くまでとりとめもなく話し続けた。
ずっと書きたかった宇宙モノをこうして書いてみて、いろいろな課題を感じながらも世に送り出す。言わば僕にとっても船出のような作品です。
自分の作品を家族以外の人に披露するのはとても緊張し、こうしてあとがきを書く手も緊張に震えています。
ですがこうして自分の作品を人の目に触れていただく機会を得たこと、作品をご覧くださったあなたに深く感謝します。
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