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作者: 神無城 衛
*4*
 二日目の夜は船で休んだ。前日は宿をとったが、自分の家でもある船の方が落ち着く。寄港した時の習慣でその日の晩は船内のクルーにお菓子を配ったり喫煙所に煙草を置いたりした。
 今日も特にやることはなかったが定時に起きて髪をまとめる。髪型には特に頓着しているわけではないが、まとめた髪の毛先が癖のあるウェーブがかかっているのが地味に気になりどころだ。ユカは幼い頃から私のこの癖毛が好きらしく、時々櫛ですいては可愛いと褒めてくれる。その点についてはこの髪質で良かったのかもしれないと思っていて、なかなか髪を切れずにいる理由でもある。
朝食をとりに食堂に行くとヤマモト機関長がいた。機関長は和食が好みで、今日は非番のユカに代わってルナが朝食を作っていた。宇宙港にいる間の食事は基本的に食べやすいものを用意するのが習慣で、今日は塩おにぎりらしい。
ヤマモト機関長はおにぎりをお茶漬けにして、ほぐした鮭を混ぜている。
「よう、セシリア。調子は…前より良くなったみたいだな」
「おかげさまでね」
セシリアに気がついたヤマモト機関長が気さくに声をかけてくれた。
「やっぱりお前は変に肩肘張ってやってるよりその方がずっといい」
「あらあなた、また子供にお説教したの」
「ん、あぁ…、そうなるのかな」
「ルナお母さん、お説教じゃなくてアドバイスをもらっただけよ」
 奥方に指摘されて困っている機関長にフォローを入れると、三人そろってこらえきれずに笑ってしまった。
「セシリアは何にする?白身魚のフライのサンドと塩おにぎりがあるけど」
「ヤマモト機関長が食べてるのが美味しそうだからお茶漬けにしようかな」
「いいわよ、けどちょうど今鮭茶漬けのパックは切らしてるから、梅か天茶、あとは海苔があるわね」
「それじゃあ天茶にするわ」
 
 しばらく待つとルナが湯気の立つお茶漬けを持ってきた、天茶のお茶漬けにほぐした焼き鮭がトッピングしてある。飲み物は冷たい麦茶だ。
 天茶のお茶漬けをひとさじ口にするとだしの香りが口いっぱいに広がる。後に続いて海苔の香ばしさと細かくほぐされた鮭の塩気とうまみが感じられる。
「天茶に鮭の切り身をほぐして入れたのだけど、どうかしら?」
「おいひい」
セシリアのほくほく顔に満足してルナはキッチンへ戻ろうとすると、ヤマモト機関長に呼び止められて何か話していた。多分夕飯のメニューに何かを頼んだのだろう。
「ごちそうさま」
 最後に麦茶を飲み干してセシリアは席を立つ。食器をカウンターに戻すと艦内を見回りに出かけた。
 レーダー室に行くと電子兵装を見ながら何やら会議中のようだった。外部からの電子戦を受けているわけではなく、設備の更新について話しているようだ。

 電子戦装備はソフトウェアもハードウェアも常にアップグレードが必要で、セシリアもその辺は当然知っているが、ナイアガラ号はもともとアナログな船で、機関部やライフラインは電子制御が施されておらず、ヤマモトをはじめとする機関手が手動で動かすのでプラズマ兵器による致命傷を負わない限り船が機能不全に陥ることはない。だがレーダーの性能はそのまま船の目となり耳となり、特に先の戦闘で空間戦闘機との戦闘はなかったとはいえ、それらの爆撃から船を守る近接防衛システムのレーダーも十分に備えておきたいと思っていた。クルーもその辺は承知しているので予算と能力のバランスについて検討しているところだった。出入り口で聞き耳を立てているのもあまりていが良くないのでクルーが諸資料を上げてくるのを待つとして、他の部署に行くことにした。

 次に機関部に向かう、途中非番で寝坊していたユカがついてくるというので一緒に行くことになった。

「セシリアにユカ、視察はいいが服が汚れないか?」
 機関部の作動点検をしているところだったヤマモト機関長が心配して言った。
「触らなければ大丈夫でしょ、それに汚れたら私がクリーニングしてあげる」
「その水を浄水するのも俺たちなんだがなぁ…」
「なぁに、きこえなぁい」

 一瞬黙った後、こらえきれずに親子で笑った。
 仲のいい親子にセシリアも笑顔になった。
 
 ユカとひととおり笑った後、今度はアウレリオを訪ねた。機関部に併設するライフラインの工場を訪ねたところ今日は点検くらいしかやることがなく、半休にしたのでルイーサのところへ行っているのではないかとのことだった。

 携帯端末で時計を見るとそろそろ休憩をとる時間だったので、もう一度食堂に向かった。
「ルイーサせんせー、いる?」
 先に意気揚々と食堂に飛び込むユカに続いてセシリアも普通に入ると、ちょうどルナがルイーサにお茶を出しているところだった。
「お母さん、私たちも休憩にするからお茶ちょうだい」
「はいはい、待っててね」
しばらくしてルナはセシリアたちにお茶を運んできた。今日は冷たいミントティーだ。
「お母さん、おやつは?」
「ユカはさっき起きて食べたたばっかりでしょ」
「えへへ」
 苦笑いするユカの横でミントティーを一口飲む。ルナの趣味で艦内に設置したプランターで栽培している新鮮なミントの放つ刺激的な香りが楽しい。アイスにしても美味しいのは何か工夫があるのだろうか。
「ユカはともかく、船長は何か食べる?」
「いいえ、私もさっき食べたばかりだから。今度はお昼にお邪魔するわ」
斜め向かいのテーブルにルイーサとアウレリオ、それに子供たちが座っている。今日のおやつは地球で見る満月のようなミルククッキーで、これはセシリアの好きなお菓子でもある。昨日の搬入で少し多めに発注してもらった。
「ルイーサ、子供たちはどう?」
「簡単な計算と、自分の名前を書いたり、簡単な児童書なら読めるようになったわ」
「それは良いわね、アウレリオは?」
「おれは…、メカのことは分かるようになった。名前も書ける」
 アウレリオはおぼつかない調子で言う。
 新しいクルーの成長にセシリアはほっこりしたのだった。

午後は食堂で各部門長を交えて船の今後の改装について話し合うこととなった。
今回の補給に合わせて入手した最新の装備のカタログについて検分したクルーがそれぞれの部門における意見交換をする。
船務科から新型レーダーの打診が上がってくるかと思っていたが、今回は見送ると報告を受けた。船務科長曰く、既存の瑞雲Ⅱとの連携をより緊密にすることで既存の設備でも十分に火力を発揮できるとのことだった。ただし新しく加わった803戦術飛行隊と連携した戦闘行動をするなら補助的なアップグレードが必要だろうとも報告した。
主計課からはクルーが増えたことで食料を多めに積みたいとのことで、それは入港した時に主計長と話して承諾していたので各部門への報告になった。
航海長からはこれから向かうアシハラ星系について最新の情報が必要とのことだった。
現在聞き及んでいるアシハラ星系の情報としてはアダルヘイムがもたつきながらも思いのほか早く海上封鎖網を展開しつつあるということで、ここ数日でそれがどれだけ進んでいるのか予測できず、現状ではギルドの戦闘員であるアダルヘイムとの同士討ちは避けたいというのが航海長の見解だった。

ここでナイアガラ号とギルドの関係性を整理すると、ナイアガラ号は先々代から続く武装商船であると同時に、当時の購入当初にギルドに予備役よびえきとして登録することで購入に補助金を得ていた。昨今の情勢不安に合わせてこの戦闘員の募集は続けており、所属する船への補助は続いている。予備役には定期的な訓練参加、戦時における指定の宙域への参集が義務付けられており、その見返りとして新しい船を購入したり近代化改修を行った際に助成金を受けられる。
そこで、ギルドの正式な通達がない現状で同じ軍門であるアダルヘイムとことを交えるのは立場を危うくする可能性がある。

次に803戦術飛行隊のコリントが具申したのはレーダーシステムの更新で、艦の索敵システムを空間戦闘機と同期して直ちに戦闘に取り掛かれるようにしたいとのことだった。
これはナイアガラ号のシステムと瑞雲Ⅱのシステムを同時に更新する必要があり、同期したシステムの微調整をどこかで行う必要があり、さらに2日シリウス星系に滞在する期間が欲しいとのことだ。
各長とそれぞれ話し合った結果、コリントの具申と航海長の提案が承認された。
ナイアガラ号のクルーから情報収集の人員を出し翌日中に集められるだけの情報を集めること、本隊はその間にシステムアップデートを行い明後日に許可された領域で航宙訓練を行ってからアシハラ星系に向かうこととなった。積み荷の配送予定が少し遅れるが、得てして星系間での配送業務は多少前後することはよくあることで、今回も誤差の範囲内である。
そうして必要なことを確認して会議は終了した。
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