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作者: 神無城 衛
*1*
グリニッジ標準時5月25日9時

 アシハラ星系の外縁よりはるか後方、人類が住まうことが不可能とされた赤色超巨星のフレアの吹き荒れるエリアに反乱軍は隠れていた。反乱軍の頼み、機動要塞ヨトゥンヘイム、直径60キロメートルの人口天体にしてワープ航法を擁する宇宙要塞に反乱軍は戦力を集めていた。
烏合の衆に過ぎない傭兵団に最高指導者を失った反乱軍だが、亡きCEOを推し立てた幹部たちは勝てなくとも簡単には負けないと思い込んでいるようだ。
「老人どもは何をしている」
「今後の戦略について会議中です」
「馬鹿が、ぐずぐずしている間に連合艦隊が攻め寄せるぞ」
 反乱軍の今後の作戦会議に向かう艦隊司令、エックハルトは苛ついていた。
「それほど慌てなくても、この要塞が陥落することは万が一にも…」
言い終わる前にきつい視線でエックハルトににらみつけられて副官はカエルのような悲鳴を上げて黙った。
「あのジジイどももこの要塞のやつらも何もわかっちゃいない」
 エックハルト上級大将は焦っていた。
この状況は非常に悪い、四方から恐怖が迫っている。ギルドの下に団結したアダルヘイム、共同戦線を張るユニオン艦隊、無策に攻めたことで反転攻勢に出たヤマト国と新台国、カネタ級戦艦を持ち逃げしたロートヒュンフリッターの精鋭に、ギルド連合軍によって押さえられたヴァルキュリア星系の本社、さらに各国が旧アダルヘイム不支持を決定し、資産凍結などの圧力をかけている。自分に艦隊司令という立場が無かったらさっさとどこぞの辺境惑星にでも亡命しているところだ。なぜそうしないのかといえば、戦災孤児だった自分には亡くなったCEOに能力を買われ先代と入れ替わった今も登用された恩があることと、大切な部下をこの馬鹿馬鹿しい戦争で死なせたくないというところにあった。
難攻不落とされるこの要塞も実戦経験はなく、同盟国との演習で連戦連勝したのみである。しかもその時の指揮官は自分でも、ましてや死んだCEOでも、ここでのうのうと会議をしている老人でもなかった。

 孤高の要塞司令官オスヴァルト上級大将とその妻であり、ロートヒュンフリッターの最高指揮官にしてカネタ級戦艦「グラム」座上の鉄血の総司令官エルフリーデ上級大将、この二名は前CEOの代々守ってきたピースオーダー条約への挑戦に批判的で、この情勢を見越してか、新台国、ヤマトに仕掛けた当初からロートヒュンフリッター諜報部を使って巧妙に自分たちの事故死を偽装し、真っ先にギルドに付き、前CEOの幽閉についての情報を先んじて掴み、ギルドの判断により新台国にいた老虎の力を借りて奪還させた。
先に知り合いとして知らされた彼らの考えとしては、この戦争における主力となりうる自分たちが先に戦線離脱し、ギルドに付けばパワーバランスが崩れて主戦派の勢いを弱め、平和的にアダルヘイムを元の秩序ある軍門に戻すことができると踏んでのことだった。しかし状況はそうはならず、うるさい反対派がいなくなったことでますます勢いを強めた新CEOはついに新台国、ヤマトを侵略し、殺害されて今の状況になった。
 軍人として冷静な彼らだが、無情とは違う彼らもこの状況に心を痛めているだろう。
 それを思うと今の状況に至っても何もできない、聞く耳を持たない上層部とその命令を命がけで完遂せんとする練度も足りていない戦闘員との間で上級大将という階級に座る自分の無力を感じずにはいられない。

しかも、エックハルトの指揮下、準備を進めている艦にしても学徒動員を全力で投入することが勝手に決められており、戦線に並べたところで弾除け程度の役にしか立たない。上層部は恐らく自分たちを足止めのための捨て駒にして他の宙域に逃げるつもりであろうことは明白だ。

 頭に手をやって苦々しい気持ちに耐えながら会議室に向かっていると、幕僚ばくりょうが駆けてきた。
「恒星宙域外縁、アンチドライブ網に連合艦隊が侵入しました」
 非生産的な会議をキャンセルする言い訳は、最悪な形で降ってきた。
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