残酷な描写あり
幕間:星はないけどまぶしい街
「やーっとついたあー!」
地面にトランクを置いた少女がぐっと伸びをしながら声を上げた。背中に流れる金髪とコートから零れるワンピースの裾が揺れる。
ついでにあくびをして開かれた瞳は琥珀色に潤んでいた。
「長旅だったからねえ。お疲れさま、ノイス」
穏やかに彼女をねぎらう声は、どこかのんびりとしている。ノイスと呼ばれた少女は背後に立つ声の主を振り返り、見上げる。
そこに立っていたのは背の高い青年。声の温和さとは正反対の冷たさを持つ榛色の目は、黒く重い前髪の隙間から空を見ていた。首にはマフラー。ベージュのロングコートから伸びる足は長い。全体的に細長いシルエットを持つ彼は、重そうなブーツで地面に縫い付けられているようにも見えた。
「ホント、長かったわ。飛行機ってこんなに退屈なものなのね」
「窓からの景色にはしゃいでた気もしたけど」
「それとこれとは話が別よ」
「そうかあ」
私は列車の方が好きかもー、とノイスが溜息をつくように言うと、青年は「まあまあ」と彼女が置いたトランクを手にする。
「おかげで移動時間は短くなったし、退屈さはその代償だよ」
「まあ……そうね」
それにしても、と少女は空を見上げる。
「テオ。星がないわ」
「本当だねえ」
二人で空を見上げる。高いビルに区切られた夜空に瞬く星は、片手で足りる程しかなかった。空の色は夜を告げているのに、どこからともなくふんわりと照らされているようにも見える。
「そのかわりみたいに地上がチカチカしてて、とても眩しい国ね」
「そりゃあそうだよ」
と、テオが横断歩道へと向かう。ノイスもその靴音に付いていく。
「この国は今も昔も眩しいよ。だって、宇宙から見ても分かる黄金の国ジパングだからね」
でも、と赤信号で足を止めた彼は、青になった方の横断歩道を渡っていく人達を眺めながら呟く。彼らは黙々と連なる影のようで、一つの意志を持ったように道を急いでいく。
一方待ち人達は一様に手元の小さな携帯を覗き込んでいる。
それぞれの持つ小さな世界に没頭するその様はまるで、その手の平の世界に項を垂れているようにも、祈りを捧げているようにも見える。顔だけが仄かに照らされているのは、夜の空と変わらない。彼らの顔面はこの夜空と繋がっているのかもしれない。もしかしたら見向きもされなくなった昏い星々が地上に降りてきた端末なのだろうか。
しかし。
「ここの人達は自分達の持つ輝きに気付いてないみたいだ」
テオは彼らから視線を外して自分が待つ信号を見た。
「もったいないわね」
ノイスも頷くように呟いて、テオの持っていたトランクに手をかける。
「トランク。私が持つわ」
「ああ。悪いねえ」
「こんな所で腕を壊されちゃたまらないもの」
ノイスの真直ぐな言葉にぎこちなく苦笑いをする。そんなテオにノイスは「事実だもの」と、小さく息をつく。
信号がちかちかと瞬き、交差点が赤く照らされる。
「さて、ホテルまでもう少しだから、今日はゆっくり休もう」
青に変わった信号を確認して、テオが歩き出す。
「うん。ホント、今日は疲れたわ。――に、しても」
「うん?」
「本当にこんな所に居るの?」
明かりに照らされた広告を見上げながら歩くノイスに、テオは「大丈夫」と頷く。
「俺の魂が覚えてる匂い。この国に来てから強くなったから」
きっとこの国に居る。と彼は断言する。
「そう。テオがそう言うなら間違いないわね」
探しましょう。と彼女は言う。
探そう。と彼も言う。
そうしてトランクを持った二人は、夜の雑踏へと消えていった。
地面にトランクを置いた少女がぐっと伸びをしながら声を上げた。背中に流れる金髪とコートから零れるワンピースの裾が揺れる。
ついでにあくびをして開かれた瞳は琥珀色に潤んでいた。
「長旅だったからねえ。お疲れさま、ノイス」
穏やかに彼女をねぎらう声は、どこかのんびりとしている。ノイスと呼ばれた少女は背後に立つ声の主を振り返り、見上げる。
そこに立っていたのは背の高い青年。声の温和さとは正反対の冷たさを持つ榛色の目は、黒く重い前髪の隙間から空を見ていた。首にはマフラー。ベージュのロングコートから伸びる足は長い。全体的に細長いシルエットを持つ彼は、重そうなブーツで地面に縫い付けられているようにも見えた。
「ホント、長かったわ。飛行機ってこんなに退屈なものなのね」
「窓からの景色にはしゃいでた気もしたけど」
「それとこれとは話が別よ」
「そうかあ」
私は列車の方が好きかもー、とノイスが溜息をつくように言うと、青年は「まあまあ」と彼女が置いたトランクを手にする。
「おかげで移動時間は短くなったし、退屈さはその代償だよ」
「まあ……そうね」
それにしても、と少女は空を見上げる。
「テオ。星がないわ」
「本当だねえ」
二人で空を見上げる。高いビルに区切られた夜空に瞬く星は、片手で足りる程しかなかった。空の色は夜を告げているのに、どこからともなくふんわりと照らされているようにも見える。
「そのかわりみたいに地上がチカチカしてて、とても眩しい国ね」
「そりゃあそうだよ」
と、テオが横断歩道へと向かう。ノイスもその靴音に付いていく。
「この国は今も昔も眩しいよ。だって、宇宙から見ても分かる黄金の国ジパングだからね」
でも、と赤信号で足を止めた彼は、青になった方の横断歩道を渡っていく人達を眺めながら呟く。彼らは黙々と連なる影のようで、一つの意志を持ったように道を急いでいく。
一方待ち人達は一様に手元の小さな携帯を覗き込んでいる。
それぞれの持つ小さな世界に没頭するその様はまるで、その手の平の世界に項を垂れているようにも、祈りを捧げているようにも見える。顔だけが仄かに照らされているのは、夜の空と変わらない。彼らの顔面はこの夜空と繋がっているのかもしれない。もしかしたら見向きもされなくなった昏い星々が地上に降りてきた端末なのだろうか。
しかし。
「ここの人達は自分達の持つ輝きに気付いてないみたいだ」
テオは彼らから視線を外して自分が待つ信号を見た。
「もったいないわね」
ノイスも頷くように呟いて、テオの持っていたトランクに手をかける。
「トランク。私が持つわ」
「ああ。悪いねえ」
「こんな所で腕を壊されちゃたまらないもの」
ノイスの真直ぐな言葉にぎこちなく苦笑いをする。そんなテオにノイスは「事実だもの」と、小さく息をつく。
信号がちかちかと瞬き、交差点が赤く照らされる。
「さて、ホテルまでもう少しだから、今日はゆっくり休もう」
青に変わった信号を確認して、テオが歩き出す。
「うん。ホント、今日は疲れたわ。――に、しても」
「うん?」
「本当にこんな所に居るの?」
明かりに照らされた広告を見上げながら歩くノイスに、テオは「大丈夫」と頷く。
「俺の魂が覚えてる匂い。この国に来てから強くなったから」
きっとこの国に居る。と彼は断言する。
「そう。テオがそう言うなら間違いないわね」
探しましょう。と彼女は言う。
探そう。と彼も言う。
そうしてトランクを持った二人は、夜の雑踏へと消えていった。