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作者: 水無月 龍那
残酷な描写あり
エピローグ:日々攻略、日々精進。
目を覚ます。
 やっぱりというか何というか。あまり寝た気はしなかった。
 時計の針は、ひとつ目のアラームが鳴る少し前。久しぶりに二度寝しても許されるだろうかと思ったけど。ドアの向こうから聞こえる包丁の音が耳に入った。
「……」
 やっぱり起きよう。
 アラームを切って布団を抜け出す。

 カーテンから漏れる日差しが、今日もいい天気だとを教えてくれる。
 携帯で気温を見る。季節はすっかり夏模様だった。
 着替えてドアを開けると、明るいリビングがそこにあった。
 キッチンには灰色の髪の女の子。
 ドアの音に気が付いたのか、その顔がふと上がる。
 綺麗な赤い目が嬉しそうに細められた。
「おはようございます」
「うん。おはよう」

 こうして僕と彼女の生活は穏やかに再開された。
 学校へ行って、柿原とどうでもいい話をして。昼食の席を確保して。授業を受けて家に帰って。夕飯を食べ、テレビを見て。その日あったことを話したりする。
 前と変わらないけれども、確かに何かが変わった気がする生活は、少しばかり胸に苦く、いくらか楽しい。

 後日、イギリスからポストカードが届いていた。
 観光客向けらしいポストカード。そこに写るロンドンの街並みは、僕の記憶にあるよりずっと綺麗で、テレビで見るより明るく楽しい場所に見えた。
 あの二人はまた遊びに来るつもりらしい。ポストカードに添えられたそんな言葉に喜んだのは、僕よりしきちゃんだった。
「次、お二人が来たら。ノイスさんとお菓子を作りたいです」
 そう言って、彼女はこれまで書き溜めたらしいレシピノートに付箋を貼っていた。
 今度はこちらから日本らしいポストカードでも送ってやろう。そんな話もした。
 そんな風に僕達は、僕達なりの日常を作っていく。

 今は、夜を生きる僕達にとって――いや、「人のようでいて人とは決して相容れない種族」にとって、住みにくい世界だ。
 未知を恐れ、解明し、安心して理解を放棄する人間達を見て。
 それなら「僕ら」を受け入れてくれた方がお互いの為なのに、なんて思って。
 まったく、この時代は生きにくい。そしてこれは、きっと更に加速していくんだ。と、先を少しだけ憂いて。僕達は過ごしていく。

 いつか共存できる、なんて事はあまり期待していない。けれども。隣人として溶け込める日くらいはは来るんじゃないかと思ってる。
 それはきっと、僕達が彼らに合わせた生活なのかもしれない。
 嗚呼生きにくいなんて言いながらも、それなりに過ごしていく日々かもしれない。
 
 未知を既知にしようとする人間の隣で。
 未知を未知のまま過ごしていけるように。
 日々攻略、日々精進。
 そんな試行錯誤の毎日を過ごすのだ。
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