残酷な描写あり
第二十一話 神苑の瑠璃 ―紅の大地―
近隣の街にて馬を調達した五人、夜通し馬を走らせて封印の洞窟へと急いでいた。
封印の洞窟はカルナックの家から馬で五日程、帝国本部から部隊を率いているという情報から徒歩と推測するに三週間は掛かる。帝国が動き出したと情報をキャッチしたのは今から二週間と数日前、ギリギリ同着かレイ達が少し遅れて到着するような日数だった。
しかし初日に夜通し走ったお蔭で時間の短縮は出来ただろう、このままのペースで走っていくべきなのだろうがそれでは馬が疲弊しきってしまう。なので二日目の夜は野宿をして馬共々一緒に休むことになった。野宿と言ってもキャンプと言っても過言ではないかもしれない。カルナックの荷物の中にテントが幾つか用意されている。それと同時にこの寒い冬の時期に外で寝泊まりをすることを考えたカルナックはとっておきをカバンから取り出した。それは何時しか見た陽光石だ、それもかなり純度の高い陽光石で一週間は使い続けても壊れない代物である。しかし彼らはもはや驚くことはなかった、レイ達四人はもうカルナックが何を取り出しても驚くだけ疲れると知っていた。貴重品や骨董品等々様々な希少アイテムを所持するカルナックにその都度突っ込みをするのも野暮な話である。
再び雪が舞い始める、レイ達にとって今年三回目の雪だ。帝国軍の拠点がある北部に行けば積雪量も増えたりするがここ南部で大量な降雪はあまり記憶にない。温暖な南部では年に一度雪が降れば珍しいとも言われる、今年の冬は何か特別に寒い気もする。それは五人が感じていることでもある。雪は夜通し降り続き積雪は観測史上最高を記録した。
三日目の朝、最初にテントを出たのはレイだった。辺り一面銀世界だった昨夜から引き続き驚いたのはその積雪量だった。膝下まで積もった雪はレイの瞳には異常事態ともとれる程に見えていた。先ほども述べたがこれ程の降雪量はこの地方にしては珍しい、まして南部の平地でこれ程ともなれば北部は一体どうなっているだろうと考えてしまっていた。続いて出てきたアデルも同じように驚く、だがこの積雪が彼らの足を止める結果となってしまう。昨夜まではそれほど積もっていなかったからこそ馬で駆け抜けてくることが出来たがこれでは馬はもう走れない。ショートカットするために山を越えようとした事が裏目に出てしまった。急いでカルナックのテントに向かい外を見る様に促す、するとカルナックは表情を曇らせてしまった。
「困りましたね、これでは馬は使えません」
試しに積もった雪を踏みつけてみる、ずっぽりと足が埋まるほど柔らかい雪だった。やはりここから先馬で移動することは適わない。まだ山頂付近、下手に下りれば雪崩も引き起こす可能性も出てくる。困り果てたカルナックは懐から煙草を取り出して指で火をつけた。それを見たアデルがカルナックに自分の分もとすり寄ってくる、思えばレイと出会ってからずっと吸っていなかった煙草に我慢が出来なかったようだ。しかしカルナックはそれを拒んだ。子供が吸っていいものではないと説教じみた事を言いながら自分はプカプカと煙を吐き出している。それがアデルは悔しくて仕方がなかった。しかめっ面で悩んでいるところにレイが一つ提案をする。それは以前に一度だけ使ったスカイワーズ使用の提案だ。人数分は無いものの一台につき二人までなら乗ることが出来る。それは以前にメルと山を滑空した時に実証済みだ。すっかり忘れていた存在を思い出して準備をする。その間朝食の支度を整えて調理を始める。
食事が出来た処でレイの作業も完了した、試作機含めて三台が運用可能であることが分かった。これで五人ギリギリ山を下りることが出来る。乗り合いはこうだ、レイとアデルで一台、ガズルとギズーで一台、そしてカルナックで一台の計三台。食事を終えると馬を放してテントを片づけ始める、忘れ物等が無い事を確認した後それぞれスカイワーズに捕まって各自その場を飛んだ。
初段ブースターで空高く浮かび上がるとそのまま滑空を始める、先頭にレイ達、二番目にガズル達がきて最後にカルナックのスカイワーズが飛んでいる。その速度は以前のソレとはかけ離れたスピードを誇る。馬と同じかそれ以上の速度で滑空をし三十秒後に二番目のブースターが火を噴く。初段ブースターで上昇した距離よりも遥かに高く飛び上がった。
「あーあー、聞こえますか?」
突然耳元でカルナックの声が聞こえた、彼等五人の耳には小さなプラスチックが挟まっている。これもカルナックが持ち合わせていた骨董品の一つだ。古代の技術で作られた通信機器でエーテルを媒体とする。エネルギーもその装着者のエーテルを養分に起動するが、座れる量は微々たる量だ。だがこの中で一人だけ聞こえない少年がいる。ギズーである、彼はエーテルを持ち合わせていない。カルナックとは逆に一切エーテルを持たずに生まれてくる人間もいる、これは一年に百人いるかどうかだがカルナックの様に異常な性質ではない。その為ギズーの代わりに一緒に滑空してるガズルが全体の声を伝える。
「聞こえますよ先生、こちらは感度良好です」
最初に渡された時は何だろうと思った四人だが、その効果には驚きが隠せない。通信範囲は然程大きくないが半径十キロ程度なら届く古代の遺産だという割には保存状態が極めて良好なところも驚かされる一つでもある。
「結構です、目の前の小さな山を越えればあとは平坦な道のりです。この速度なら明日のお昼には到着するでしょう」
意外と近いところにあるのだと四人は考えたが、発見されてから幾年。噂が広がりいつしか人が立ち寄らない場所になっていた為人が立ち寄らない場所がどうなっているかを知る。眼下に広がる白銀の世界だが人が通れるような道などあまりない、獣道と化したそれらは必然と人間を遠ざける。故に秘境となることが多い。ここもその一つと言える。中央大陸南部の最東端、手前に広がる山々によって塞がれた天然の要塞が更に人々を遠ざける。その結果が此処だ。
数時間彼らは滑空を続け小さな山の頂上付近に降り立つ。そこから先に広がる景色に四人は驚いた。まだ先は長く続いているがカルナックの言う通りの地形が広がっている。人が立ち寄れない天然の要塞とはよく言ったものだ、それは森だった。森がしばらく続き岩石によって形成されるドーム型の洞窟らしき物。それがはるか遠くに見えている。思わず唾を飲み込むレイ、想像していた場所とかけ離れていることにその時ようやく気付いた。この場所を発見した人も凄いがそれ以上にあそこへ挑戦した旅人達が数多くいる事実に驚愕する。人の探求心とはこんな場所でも強く働くものなのだろうかと。しばし彼らは言葉を発することが出来ずにいた。
スカイワーズによって消耗したエーテルを回復させるついでにそれぞれの蓄積した疲れを癒すべく今日はこの場でキャンプを張ることになった。明朝彼らはまたスカイワーズでこの山を下り森の三分の一をあたりに着地できればあとは突き進むだけ、小さな点に見えた洞窟だが然程の距離が無いとカルナックが言う。やはり到着時間は翌日の正午を少し回った辺りだろう。それまでに今日の疲れを癒すことに五人は専念する。
雪は相変わらず降り続いている、これで足場はさらに悪化するだろうと予想される。しかし彼らの身体能力を生かせばそこまで難しい事ではないだろう。並の人間と一緒に考える方が的外れである。その日彼らは明日の積雪量なんて会話にすらしなかった。
四日目、最初に目を覚ましたのはカルナックだった。時刻はまだ早朝の五時頃、目覚めるにはあまりにも早い時間だった。原因は周囲の異変である、いち早く人の気配を察知したカルナックは音を出すことなくゆっくりと起き上がり傍に置いてある刀を手にする。冬のこの時間あたりはまだ真っ暗でしかも周囲に生えている木々が視界をさらに遮る。その中足音が一つ、二つ――全部で四つ確認できた。テントの隙間から外を除くが周囲に人の影は無い、だが確実に誰かがいる。最初レイ達四人の誰かが起きたのだと思ったが寝息は未だ四つ聞こえる。となれば第三者の存在を疑うのが必然である。最初にカルナックは目にエーテルを集中させて視界の明度を上げる。そこに映りこんできたのはショットパーソルを構えてこちらへゆっくりと近づいてくる帝国兵が四名、位置を確認するとカルナックは速やかに行動に出る。テントから勢いよく出ると一番前にいる帝国兵の首を刀で飛ばした、この兵士は幸せだったかもしれない、これから起きる殺戮を見ることも無く恐怖を感じることも無く死ねたのだから。
そこからは残りの三人に恐怖が襲い掛かる。突然倒れた先頭の兵士を見た三人はショットパーソルを構える。だがその暗闇の中カルナックの姿をとらえることは出来ない、二人目の胴体が二つに分かれた。それを見た残りの二人は悲鳴を上げる、突然目の前で起きた事に恐怖を覚えたからだ。だが敵の姿は視認できない、何処から襲ってくるか分からない現状がさらなる恐怖を招く。三人目の体が真っ二つに左右に分かれる。血しぶきが最後の一人に掛かり恐怖のあまりその場にしりもちを付いた。錯乱した兵士は元来た道へ引き返そうとするがカルナックがそれを許さなかった。膝下を切り落とし移動手段を奪う、次に両腕を根元から切り離し、最後に自分の姿を見せる。兵士にはこう映ったであろう。鬼が居ると。あまりの恐怖にアドレナリンが大量分泌され痛みはおそらく感じていない、だが自分の両足両腕がどうなっているかぐらいは確認できる。力を入れようとするが無いものに力など入ることも無く、その場でジタバタと暴れるしかできなかった。
「御機嫌よう、そして――」
小さく呟きながらその兵士の首を跳ね飛ばした。絶命した兵士四人を眼下に見下ろし。
「御機嫌よう」
静かに納刀した。
カルナックが帝国兵士を殲滅した二時間後、ようやくレイ達四人は起きてきた。既に朝食の準備を整えているカルナックの姿を見て最初にレイが驚く、続いてアデルが驚きガズルとギズーは驚愕した。普段料理なんてした事の無いカルナックが自分達が起きるより先に出てきて朝食の支度をしているのだ。驚くなという方が無理がある。もちろんカルナック自身は彼らの為にと起きてきたわけではない。二時間前の襲撃で完全に目が覚めてしまったから仕方なく時間を潰すためにも準備をしていたのだ。だがそれは彼等四人は知る由もない。もちろん襲撃があったこともまだ告げていない。どうせすぐそこで起きた事だ、いやでも目に付くだろう。その時に説明すれば問題ないとカルナックは思っているようだ。
いよいよこの日彼らは封印された洞窟へと到着するだろう、しかしカルナックは近づくにつれて警戒している。それもそのはず、早朝の襲撃があったことを考えればすでに帝国は洞窟へと到着しているだろう。封印を施しているが相手には封印法術に長けているシトラが付いている。時間を掛ければ術者を何十と集めれば解除できなくはないが相手はシトラだ、その道の専門でもある彼女であれば三十分と掛からず解いてしまう可能性もある。だがそれ以上に襲撃だ、この先に帝国が何人も張っているだろうと予想される。シトラからの通達でこちらを警戒している事は間違いない。
「この先に見えるあのひと際大きなドーム型の洞窟が封印の洞窟です、別名『紅の大地』」
走りながらカルナックが通信機を通して四人に伝える、紅の大地という名前の割には通常の岩石で出来た洞窟のように見える。それが彼等四人には違和感に感じた。灰色の岩石で構成されているドーム型の洞窟、何処から見ても赤く染まっているようには見えない。
「あの洞窟は何階層かに分かれています、その最深部こそが名前の由縁だそうです。私も一度捜索に出向いた時に拝見しましたが名前の通りでした」
一度だけ見た景色を言葉にして伝えるが余りにも抽象的でパッとイメージがし難い。
「階層って、あの先は海ですよね? まさか海底洞窟ですか?」
「その通りですレイ君、流石ですね~」
そんな会話が耳元から聞こえてくる、先も述べたがこの通信装置は本当に素晴らしいものだった。離れていてもリアルタイムで伝達が行えるうえ作戦を相手に聞こえない程小さな声でも装着しているものには聞こえているほどの精度だ。一体いくらしたのだろうか。そうこうしている内に目の前に帝国兵士が数名歩いている、まだこちらには気が付いていない様子だ。先行しているレイとアデルが同時に一番近い二人に切り掛かる、お互い一撃必殺を心掛けて自身の刃を振るう。その後方、すれ違いざまにガズルとギズーが飛び込んだ。先日の戦闘で見せた重力爆弾を即座に作り出し敵中央へと放つガズル。すかさずギズーが譲り受けた銃の威力を確かめるべく背中から取り出して初弾を装填する。今彼が込めた弾丸はカルナックによって生成されたエーテル弾。法術が一切使えないギズーにとっては有り難い代物だ。グリップの前方に付いてるレバーを回転させながらくるりと回し装填し狙いをつけてトリガーを引く。轟音と共に発射された弾丸はまっすぐに敵中央、重力爆弾によって一か所に集められた帝国兵へと飛んでいく。着弾、ここでこの弾丸の真価が発揮される。着弾するのと同時に封じ込められたエーテルが起爆し周囲のエレメントの中で一番強いものを巻き込む。この場合は氷のエレメントが豊富にあるため着弾したところから半径五メートルを一瞬にして氷漬けにする。思わずギズーは声を荒げた。
「ひゃー! たまんねぇなコレ!」
しかし今の轟音で此方に注意が引き寄せらえてしまう、だがそれも彼等五人として有り難い話なのである。バラバラに狩るよりは一度に複数を同時に狩った方が効率は良い。並の帝国兵士では彼らに傷一つつけることは出来ないだろう。雑兵だらけのこの戦場で彼等は文字通り蹂躙する。
その日の正午過ぎ、彼らは封印の洞窟へと到着した。ここまでの道のりで倒した帝国兵士はおよそ五十人、多分それでも精鋭を連れてきたのであろう。エルメアが黒に近い色をしていた。エルメアの色は青から始まり緑へ、緑から紫へ、紫から黒へとその兵士の力量で変わっていく。それ以外の赤、黄色と白。これは一般兵士からの脱却を意味する。つまりはエリートだ、だが黒はまた特別な意味合いを持っている。それは精鋭である。
洞窟とは名ばかりの大きな鋼鉄の門が彼らの目の前に立ち塞がる、見上げる程の大きさで十メートルはくだらないだろう。予想通り封印は解かれていて少しだけ開いていた。しかしこれ程大きい門を開けるにはどれほどの力が必要なのだろうか。力には自信があるガズルが開いている扉を力いっぱい押した。しかしビクともしない、その様子にカルナック以外の三人は驚いていた。次にカルナックが右手で扉に触れると足に力を入れた。するとどうだろう、あのガズルの力を持ってもビクともしなかった巨大な鋼鉄の扉は勢いよく開いてしまった。此処でガズルを擁護しておくと彼の力も並の大人以上ではある。背筋力脚力腕力共に鍛え抜かれた炭鉱夫よりはあるだろうその力。それをもってしてもビクともしない扉をカルナックは平然と開けてしまう。やはり人としてはあり得ないレベルの存在であることは間違いなかった。
洞窟の中は多少なり暖かかった、外の空気が入っては来ているだろうけど入った瞬間分かるほどの暖かさを感じた。先にレイヴン達が侵入した形跡がはっきりと残っている。壁際に明かりをともしながら先に進んでいるようだ、それを目印に彼等もまた進み始める。不気味な程静まり返っている洞窟の中で聞こえる音は彼等五人の足音だけ、洞窟内部は広くなっており中隊規模でも余裕で前進できるほどの大きさだ。しばらく進むと人工的に作られた下り階段が見えてきた。苔が生えているところを見ると何年も昔、それも相当古い時代に作られた階段だと予想される。
「うわっ!」
先頭を歩くレイが声を上げた、苔に足が滑ってバランスを崩してしまった。唐突の事に思わず声を上げてしまったレイに残りの四人が一斉に静かにするよう促す。レイは両手で口を押えてコクリと頷いた。階段はしばらく続いている。何段ほど降りただろうか彼是五分以上は降りている気がする。
「見えてきました、第二階層です」
一番後ろを走るカルナックが静かにそう言った。
第二階層に五人が降り立つとその瞬間複数の発砲音が聞こえてきた。いち早く動いたのがガズルだ、右手を振り上げてその足元の地面を殴ると目の前に地面が盛り上がり発射された弾丸を防ぐ。アデル直伝「岩盤返し」。そこから先はまさに電光石火、回避行動をとっていたレイとアデル、ギズーの三人は動くことが出来なかったがガズルの行動を見ていたカルナックだけは即座に反応する、発砲音が聞こえた場所へと跳躍するとそこにいた帝国兵士五人を一瞬にして切り刻む。即座に絶命した帝国兵を見下ろして刀に付いた血を振り払う。岩盤の影に隠れていた四人は首だけで前方を覗くとすでに作業を終えたカルナックが立っている。流石剣聖の二つ名は伊達ではないと四人は改めて感じる。第二階層では何度か帝国兵の襲撃にあったが何ら問題なく彼らは先を進んでいく。そして次の階層へとつながる下り階段を発見した。
「第三階層はただっぴろい部屋みたいな空間があるだけです、そこを過ぎてしまえば第四階層。最深部です」
全速力でここまで走ってきた彼等だが流石に疲労の色が見え隠れする、途中の中継地点からずっと走りっぱなしでここまで来たのだ、疲れないはずがない。そして第三階層にはちょっとしたロジックがある。それを解除しない限り最深部の第四階層へと降りることは出来ないとカルナックが語った。それを聞いてしばしの休息を取る事にした。各々がその場に座り息を整えギズーが作ってきたアンプルを飲む。即効性の疲労回復剤と思ってもらえれば分かりやすいだろう、ただし物凄く苦い。作った本人ですら拒むほどの苦さを全員が一斉に飲み始める。当然の様に吐き出しそうになる味に苦悶の表情をする五人、その後すぐに五人揃ってむせ始めた。
「相変わらず苦いなこれ」
アデルが文句を言いながら飲み続ける、ムッとするかと思われたギズーだがとても笑顔でニコニコしていた。他人の苦しむ表情を見て楽しんでいるのだ。だが自分もその苦しみを味わっている。笑顔と苦痛の二つが交互に現れる。それをみてレイがクスクスと笑い始める。つられてガズルとカルナックも笑い出し穏やかな空気が周りを包み込んだ。これから予想される死闘の前だというのに不思議なものだ。それはカルナックが同行しているからの余裕だろうか? それともこれまで倒してきた帝国兵士との戦闘で自信の成長が見て取れた安心感なのだろうか。それは分からない。だがこれだけは言えよう、決して彼らはこの戦いで死ぬつもりなど毛頭ないと。必ず帰ると約束した人がいる、その人達の元へと全員で帰る為気持ちを新たにしているのは間違いなかった。後で分かる事だがこれはアデルとギズー二人の手の込んだ芝居のようなものだったことが分かった。誰しも死ぬかもしれない戦いの前となれば緊張で胸が張り裂けそうな思いだろう、それを和らげるために打った一芝居である。普段のギズーからはそんな事考えられないことだが今回ばかりは自身の命をこの仲間達に預けているわけであって、それに対して信頼しているという証を彼なりに見せたのだ。
しばしの休息を取った彼らは各々立ち上がると第三階層へと繋がる階段を下り始めた、五人の間には緊張が流れ始める。一歩降りるごとに心臓の高鳴りが耳に届き、息が荒くなっていくのが分かる。特にひどかったのはレイである、つい数日前にシトラに殺されそうになったことを思い出してしまう。なるべく考えないようにしては居たがまた再び会いまみえると考えるとあの時の記憶が鮮明に脳裏に浮かんでくる。それを察してアデルが背中を叩いた。一度音が出る程強く叩くとレイは一段踏み外して転びそうになる。ここで転んでしまったら第三階層まで真っ逆さまに落ちてしまうと一瞬だけヒヤリとしたが無事踏みとどまった。
「何すんだよアデル!」
「緊張してんなよアホたれ、あの時は不覚を取ったけど今度は真っ向勝負だ。今の俺達なら大丈夫だ絶対に」
片目をつむり左手親指を突き立てた、確かにそうだった。あの時は新しい服の試着を行っていた時の不意打ち、だが今回は初めから殺しあうことを前提として警戒している。今度はあの時の様な事にはならないと気を張っていた。それを思い出したのかレイは胸のつっかえが取れたような気がする。ホッと胸を撫でおろすとこちらに親指を突き出しているアデルに同じようなしぐさを取った。その流れを一番後ろで見ているカルナックは内心ほっとしている。確かに今回の件で彼らは少なからず実力を付け強くなってはいる。だがそれは表向きの強さである、まだ齢十四五の子供なのだ、技術は身についても精神的なものまでは鍛えることは出来ない。それは人間としての成長に合わせて強くなる部分でもある。唯一心配していたことそれは彼らの子供としての未熟さ、甘さやもろさだった。この状況で一番もろいのはきっとレイなのだろう、その優しさは時として弱点にもなるとカルナックは知っている。彼もまた優しさ故に犯した罪が過去にあったからだ。子供時代の自分とレイとをどうしても重ねてみてしまうところがカルナックにはあった。だが彼らは一人じゃない、友達という名の仲間がきちんと居る。それがカルナックにとっては少し羨ましかった。過去に仲間と思っていた人間に裏切られた彼にはそれがまぶしく見えていたのだ。
階段を下り続けてまたもや五分ぐらいは経っただろうか、一向に第三階層の入り口が見えてこない。そういえばここは海底洞窟とカルナックが話していたことをレイは思い出した。ふいに立ち止まると周囲の壁をじろじろと見渡し始めた。
「先生、すごく不思議なんですけど。ここが海底洞窟というのなら何故海水が壁にしみてこないのでしょう? これだけ下りれば水圧によってこんな空間崩落してもおかしくないと思うんですが」
言われてみればそうだった、推定で八百メートルは下っているだろうと思われる。流石にそこまで下ってくれば水圧の負荷によってこんな空洞崩落してもおかしくはない、付け加えるのであれば気圧の変化も見られなかった。それがレイにとってはとても不思議に思えた。
「この洞窟が作られたのは今から二千年も昔です、当時の技術は今の技術より高度であり何より魔術が猛威を振るっていた時代です。この洞窟から感じ取れるこの気配からすると何らかの魔術が掛けられているのでしょう、私達には一切分かりませんが」
カルナックもまた良く分かってはいなかった、勝手に歩く書庫と呼んでいたアデルが思わず振り返ってしまう。カルナックが知らないことが本当にあったのかと驚いていた。だがアデルはすっかり忘れている、数日前にカルナックはガズルの重力球の事が分からないと言ったばかりであることを。
「そういえば法術の結界を発動させるときに用いる魔法陣って、元をただせば魔術何ですか?」
「そうですね、そもそも法術というのは魔族に対抗するべく生まれたエーテルの活用方法なのです。前にも説明しましたが魔術は体内のエーテルをそのまま具現化させることにより強力な一撃を放つことが出来ますが人間にはそれが出来ません。なのでエーテルを起爆剤として周囲にあるエレメントを具現化させる事により魔術に対抗できるのです。ですが結界に関していえば両方ともエレメントを用いた技術であり、先駆者は魔族側です。それを研究して分かったのが魔法陣です。名前の由来は魔族の術者が体に施している刺青が発祥と言われています」
淡々と説明した、途中でアデルはすでに頭の中がこんがらがっていて理解が出来ていないがレイはなるほどとうなずいていた。教養の違いなのかも知れないとカルナックはあきらめている。
それから再び階段を下る事数分、ようやく彼らの目に光が映りだしてきた。しかし松明の様な明るさではない、まるで外にいるかのような明るさである。違和感を感じつつも彼らは下る速度を速めた。初めにレイが第三階層への入口へと到着する。続いてアデル、ガズルと続き残りの二人も階段を下り切った。彼らの目に飛び込んできたのは洞窟とは言えない空間がそこに存在した。まるで王宮の応接間に居るようなそんな光景だった、壁は大理石で埋め尽くされていて床は赤いカーペットのようなものがぎっしりと敷かれている。明かりは陽光石が大量に使われていている。これが明るさの原因だった。
「レイヴン!」
その広間の反対側に奴らは居た。レイヴン、シトラ、そしてひと際大きな体格をした大男が一人。アデルの声にレイヴンが反応して振り向いた。
「一足遅かったですねアデル君」
「いやまだだ、ここでお前たちを仕留めて瑠璃も破壊する!」
その言葉にレイ達は各々の武器を取り出しレイヴンたちの元へと走り出した。だがシトラが最後のロジックを解除し扉が開いてしまう。
「おめぇら先に行け、俺がこいつら始末してやる」
「それは無いですよ隊長、彼は私の獲物だと言ったじゃないですか」
「うるせぇ、たまには部下においしい役目持たせてやりてぇって上官の配慮だ。その代りと言っちゃぁ何だがこいつらは貰う」
大男が腰にぶら下げていた巨大な斧を取り出してレイヴン達を先に行かせた。苦笑いをしながらも上官の命令とし扉の奥へと進む。それにシトラ。
「待てぇ!」
アデルが叫ぶが扉は閉まってしまった。そして大男が両手で巨大な斧を振り上げて地面に向けて振り下ろす。すると叩きつけられた地面が割れて衝撃波と共に地面を一直線に破壊する。五人はそれを左右に避けるとそれぞれが大男に向かって攻撃を仕掛ける。カルナックは後方で四人のアシストをするべく法術を練る。
「どけぇ!」
最初にアデルが飛び出した、グルブエレスとツインシグナルをそれぞれ振りかぶり斬撃を叩きこむ。しかし巨大な斧でそれは防がれてしまう。力任せの攻撃をしてくるあたり速度は遅いと勘ぐったアデルはそれに驚く。俊敏な身のこなしでアデルの攻撃をさばき続ける。
「オラオラオラ、どうしたこんなもんか!?」
巨大な斧を横一杯に振りかぶると今度は力一杯振り回してきた。咄嗟にアデルは両手の剣で受け止めるが余りの力に受け止めた傍から後方へと吹き飛ばされてしまう。それを見たレイがアデルを受け止めるが勢いのあまり一緒に吹き飛ばされてしまう。その二人を後ろで法術を練っていたカルナックが受け止める。
「てめぇ!」
今度はガズルが叫びながら突撃する、重力爆弾を作り出すと大男目がけて叩きつける。だがそれに対し左手を重力爆弾へ向けて表情一つ変えずに難なく受け止められてしまった。重力爆弾が着弾した場所はクレーター上のへこみを作り大男も一緒に少しだけ沈む。だがダメージは全く見られない。そして伸びていた左手で飛んできたガズルをキャッチするとギズー目掛けて放り投げた。この二人もまたアデルとレイ同様に吹き飛ばされてカルナックによって受け止められる。
「こんなもんか? 大した事ねぇな」
首を鳴らしながら窪みから出てきて巨大な斧を地面へと突き立てる。両手で指の関節を鳴らすと再び斧を持ち上げた。
「さぁって今度はどんな手段で俺を攻撃する? あ?」
想像以上の強さだった、流石レイヴンの上官なだけはある。並の人間とはかけ離れたスピードとパワーを持ち合わせるこの男の存在は彼らの頭にはなかった。むしろこれほどまでの使い手が帝国にまだ残っていたことに驚いている。まさに番狂わせである。大男が指を鳴らしている間にカルナックは法術で四人を回復させる。そして立ち上がってもう一度突撃しようとするアデルの肩を叩いてカルナックが前に出る。
「君達は少し休んでいなさい、今消耗されては勝てる勝負も勝てなくなってしまいます」
そういうと雷光剣聖結界を即座に発動させる。大男を睨みすぐさま抜刀の体制を取る。
「――エルメアに剣聖結界使いで抜刀の構え?」
大男がそうぽつりとつぶやいた瞬間カルナックがその距離を途轍もないスピードで縮めた、カルナックは初段で決めるつもりでいた。戦闘を長引かせるとこの後の消耗に響くからだ。一撃でこの男を沈めてすぐさまレイヴン達の後を追うつもりでいた。が、その考えはすぐさま打ち破られる。初見であれば見切れるはずのない神速の抜刀術が大男の持つ巨大な斧によって塞がれていたのだ。
「なっ!」
初段を防がれてしまったカルナックは一瞬だけ混乱したがすぐさまバックステップで後ろへと飛ぶ。今の一瞬何が起きたのかカルナックは理解できなかった。
「そうかてめぇか、久しぶりじゃねぇか――」
その言葉が耳に届いた時、カルナックの目の前には距離を取ったはずの大男が斧を振りかぶってこちらに振り下ろす姿が目に映った。後ろに居た四人はこの男が何をしたのか、どうやって瞬間的に移動したのか全く見えていなかった。振り下ろされる斧をカルナックの刀で受け止める。その衝撃は刃同士がぶつかった瞬間に強大な風圧と共に二人の間を駆け抜ける。
「よう――カルナック」
大男の顔が間近に迫っていた、その顔を見た瞬間カルナックの心臓は一度ドクンと高鳴った。そのまま視線を右腕へと移す。その右腕は義手だった。カルナックはこの男を知っている。
「やぁ――エレヴァ」
エレヴァファル・アグレメント。帝国軍特殊殲滅部隊隊長、かつてカルナックと共に世界を駆け巡った戦友の一人である。そして、過去に一度カルナックが一夜にして帝国を壊滅寸前まで追い詰める原因を作り出した張本人である。だがしかし、この男、間違いなく強い。
封印の洞窟はカルナックの家から馬で五日程、帝国本部から部隊を率いているという情報から徒歩と推測するに三週間は掛かる。帝国が動き出したと情報をキャッチしたのは今から二週間と数日前、ギリギリ同着かレイ達が少し遅れて到着するような日数だった。
しかし初日に夜通し走ったお蔭で時間の短縮は出来ただろう、このままのペースで走っていくべきなのだろうがそれでは馬が疲弊しきってしまう。なので二日目の夜は野宿をして馬共々一緒に休むことになった。野宿と言ってもキャンプと言っても過言ではないかもしれない。カルナックの荷物の中にテントが幾つか用意されている。それと同時にこの寒い冬の時期に外で寝泊まりをすることを考えたカルナックはとっておきをカバンから取り出した。それは何時しか見た陽光石だ、それもかなり純度の高い陽光石で一週間は使い続けても壊れない代物である。しかし彼らはもはや驚くことはなかった、レイ達四人はもうカルナックが何を取り出しても驚くだけ疲れると知っていた。貴重品や骨董品等々様々な希少アイテムを所持するカルナックにその都度突っ込みをするのも野暮な話である。
再び雪が舞い始める、レイ達にとって今年三回目の雪だ。帝国軍の拠点がある北部に行けば積雪量も増えたりするがここ南部で大量な降雪はあまり記憶にない。温暖な南部では年に一度雪が降れば珍しいとも言われる、今年の冬は何か特別に寒い気もする。それは五人が感じていることでもある。雪は夜通し降り続き積雪は観測史上最高を記録した。
三日目の朝、最初にテントを出たのはレイだった。辺り一面銀世界だった昨夜から引き続き驚いたのはその積雪量だった。膝下まで積もった雪はレイの瞳には異常事態ともとれる程に見えていた。先ほども述べたがこれ程の降雪量はこの地方にしては珍しい、まして南部の平地でこれ程ともなれば北部は一体どうなっているだろうと考えてしまっていた。続いて出てきたアデルも同じように驚く、だがこの積雪が彼らの足を止める結果となってしまう。昨夜まではそれほど積もっていなかったからこそ馬で駆け抜けてくることが出来たがこれでは馬はもう走れない。ショートカットするために山を越えようとした事が裏目に出てしまった。急いでカルナックのテントに向かい外を見る様に促す、するとカルナックは表情を曇らせてしまった。
「困りましたね、これでは馬は使えません」
試しに積もった雪を踏みつけてみる、ずっぽりと足が埋まるほど柔らかい雪だった。やはりここから先馬で移動することは適わない。まだ山頂付近、下手に下りれば雪崩も引き起こす可能性も出てくる。困り果てたカルナックは懐から煙草を取り出して指で火をつけた。それを見たアデルがカルナックに自分の分もとすり寄ってくる、思えばレイと出会ってからずっと吸っていなかった煙草に我慢が出来なかったようだ。しかしカルナックはそれを拒んだ。子供が吸っていいものではないと説教じみた事を言いながら自分はプカプカと煙を吐き出している。それがアデルは悔しくて仕方がなかった。しかめっ面で悩んでいるところにレイが一つ提案をする。それは以前に一度だけ使ったスカイワーズ使用の提案だ。人数分は無いものの一台につき二人までなら乗ることが出来る。それは以前にメルと山を滑空した時に実証済みだ。すっかり忘れていた存在を思い出して準備をする。その間朝食の支度を整えて調理を始める。
食事が出来た処でレイの作業も完了した、試作機含めて三台が運用可能であることが分かった。これで五人ギリギリ山を下りることが出来る。乗り合いはこうだ、レイとアデルで一台、ガズルとギズーで一台、そしてカルナックで一台の計三台。食事を終えると馬を放してテントを片づけ始める、忘れ物等が無い事を確認した後それぞれスカイワーズに捕まって各自その場を飛んだ。
初段ブースターで空高く浮かび上がるとそのまま滑空を始める、先頭にレイ達、二番目にガズル達がきて最後にカルナックのスカイワーズが飛んでいる。その速度は以前のソレとはかけ離れたスピードを誇る。馬と同じかそれ以上の速度で滑空をし三十秒後に二番目のブースターが火を噴く。初段ブースターで上昇した距離よりも遥かに高く飛び上がった。
「あーあー、聞こえますか?」
突然耳元でカルナックの声が聞こえた、彼等五人の耳には小さなプラスチックが挟まっている。これもカルナックが持ち合わせていた骨董品の一つだ。古代の技術で作られた通信機器でエーテルを媒体とする。エネルギーもその装着者のエーテルを養分に起動するが、座れる量は微々たる量だ。だがこの中で一人だけ聞こえない少年がいる。ギズーである、彼はエーテルを持ち合わせていない。カルナックとは逆に一切エーテルを持たずに生まれてくる人間もいる、これは一年に百人いるかどうかだがカルナックの様に異常な性質ではない。その為ギズーの代わりに一緒に滑空してるガズルが全体の声を伝える。
「聞こえますよ先生、こちらは感度良好です」
最初に渡された時は何だろうと思った四人だが、その効果には驚きが隠せない。通信範囲は然程大きくないが半径十キロ程度なら届く古代の遺産だという割には保存状態が極めて良好なところも驚かされる一つでもある。
「結構です、目の前の小さな山を越えればあとは平坦な道のりです。この速度なら明日のお昼には到着するでしょう」
意外と近いところにあるのだと四人は考えたが、発見されてから幾年。噂が広がりいつしか人が立ち寄らない場所になっていた為人が立ち寄らない場所がどうなっているかを知る。眼下に広がる白銀の世界だが人が通れるような道などあまりない、獣道と化したそれらは必然と人間を遠ざける。故に秘境となることが多い。ここもその一つと言える。中央大陸南部の最東端、手前に広がる山々によって塞がれた天然の要塞が更に人々を遠ざける。その結果が此処だ。
数時間彼らは滑空を続け小さな山の頂上付近に降り立つ。そこから先に広がる景色に四人は驚いた。まだ先は長く続いているがカルナックの言う通りの地形が広がっている。人が立ち寄れない天然の要塞とはよく言ったものだ、それは森だった。森がしばらく続き岩石によって形成されるドーム型の洞窟らしき物。それがはるか遠くに見えている。思わず唾を飲み込むレイ、想像していた場所とかけ離れていることにその時ようやく気付いた。この場所を発見した人も凄いがそれ以上にあそこへ挑戦した旅人達が数多くいる事実に驚愕する。人の探求心とはこんな場所でも強く働くものなのだろうかと。しばし彼らは言葉を発することが出来ずにいた。
スカイワーズによって消耗したエーテルを回復させるついでにそれぞれの蓄積した疲れを癒すべく今日はこの場でキャンプを張ることになった。明朝彼らはまたスカイワーズでこの山を下り森の三分の一をあたりに着地できればあとは突き進むだけ、小さな点に見えた洞窟だが然程の距離が無いとカルナックが言う。やはり到着時間は翌日の正午を少し回った辺りだろう。それまでに今日の疲れを癒すことに五人は専念する。
雪は相変わらず降り続いている、これで足場はさらに悪化するだろうと予想される。しかし彼らの身体能力を生かせばそこまで難しい事ではないだろう。並の人間と一緒に考える方が的外れである。その日彼らは明日の積雪量なんて会話にすらしなかった。
四日目、最初に目を覚ましたのはカルナックだった。時刻はまだ早朝の五時頃、目覚めるにはあまりにも早い時間だった。原因は周囲の異変である、いち早く人の気配を察知したカルナックは音を出すことなくゆっくりと起き上がり傍に置いてある刀を手にする。冬のこの時間あたりはまだ真っ暗でしかも周囲に生えている木々が視界をさらに遮る。その中足音が一つ、二つ――全部で四つ確認できた。テントの隙間から外を除くが周囲に人の影は無い、だが確実に誰かがいる。最初レイ達四人の誰かが起きたのだと思ったが寝息は未だ四つ聞こえる。となれば第三者の存在を疑うのが必然である。最初にカルナックは目にエーテルを集中させて視界の明度を上げる。そこに映りこんできたのはショットパーソルを構えてこちらへゆっくりと近づいてくる帝国兵が四名、位置を確認するとカルナックは速やかに行動に出る。テントから勢いよく出ると一番前にいる帝国兵の首を刀で飛ばした、この兵士は幸せだったかもしれない、これから起きる殺戮を見ることも無く恐怖を感じることも無く死ねたのだから。
そこからは残りの三人に恐怖が襲い掛かる。突然倒れた先頭の兵士を見た三人はショットパーソルを構える。だがその暗闇の中カルナックの姿をとらえることは出来ない、二人目の胴体が二つに分かれた。それを見た残りの二人は悲鳴を上げる、突然目の前で起きた事に恐怖を覚えたからだ。だが敵の姿は視認できない、何処から襲ってくるか分からない現状がさらなる恐怖を招く。三人目の体が真っ二つに左右に分かれる。血しぶきが最後の一人に掛かり恐怖のあまりその場にしりもちを付いた。錯乱した兵士は元来た道へ引き返そうとするがカルナックがそれを許さなかった。膝下を切り落とし移動手段を奪う、次に両腕を根元から切り離し、最後に自分の姿を見せる。兵士にはこう映ったであろう。鬼が居ると。あまりの恐怖にアドレナリンが大量分泌され痛みはおそらく感じていない、だが自分の両足両腕がどうなっているかぐらいは確認できる。力を入れようとするが無いものに力など入ることも無く、その場でジタバタと暴れるしかできなかった。
「御機嫌よう、そして――」
小さく呟きながらその兵士の首を跳ね飛ばした。絶命した兵士四人を眼下に見下ろし。
「御機嫌よう」
静かに納刀した。
カルナックが帝国兵士を殲滅した二時間後、ようやくレイ達四人は起きてきた。既に朝食の準備を整えているカルナックの姿を見て最初にレイが驚く、続いてアデルが驚きガズルとギズーは驚愕した。普段料理なんてした事の無いカルナックが自分達が起きるより先に出てきて朝食の支度をしているのだ。驚くなという方が無理がある。もちろんカルナック自身は彼らの為にと起きてきたわけではない。二時間前の襲撃で完全に目が覚めてしまったから仕方なく時間を潰すためにも準備をしていたのだ。だがそれは彼等四人は知る由もない。もちろん襲撃があったこともまだ告げていない。どうせすぐそこで起きた事だ、いやでも目に付くだろう。その時に説明すれば問題ないとカルナックは思っているようだ。
いよいよこの日彼らは封印された洞窟へと到着するだろう、しかしカルナックは近づくにつれて警戒している。それもそのはず、早朝の襲撃があったことを考えればすでに帝国は洞窟へと到着しているだろう。封印を施しているが相手には封印法術に長けているシトラが付いている。時間を掛ければ術者を何十と集めれば解除できなくはないが相手はシトラだ、その道の専門でもある彼女であれば三十分と掛からず解いてしまう可能性もある。だがそれ以上に襲撃だ、この先に帝国が何人も張っているだろうと予想される。シトラからの通達でこちらを警戒している事は間違いない。
「この先に見えるあのひと際大きなドーム型の洞窟が封印の洞窟です、別名『紅の大地』」
走りながらカルナックが通信機を通して四人に伝える、紅の大地という名前の割には通常の岩石で出来た洞窟のように見える。それが彼等四人には違和感に感じた。灰色の岩石で構成されているドーム型の洞窟、何処から見ても赤く染まっているようには見えない。
「あの洞窟は何階層かに分かれています、その最深部こそが名前の由縁だそうです。私も一度捜索に出向いた時に拝見しましたが名前の通りでした」
一度だけ見た景色を言葉にして伝えるが余りにも抽象的でパッとイメージがし難い。
「階層って、あの先は海ですよね? まさか海底洞窟ですか?」
「その通りですレイ君、流石ですね~」
そんな会話が耳元から聞こえてくる、先も述べたがこの通信装置は本当に素晴らしいものだった。離れていてもリアルタイムで伝達が行えるうえ作戦を相手に聞こえない程小さな声でも装着しているものには聞こえているほどの精度だ。一体いくらしたのだろうか。そうこうしている内に目の前に帝国兵士が数名歩いている、まだこちらには気が付いていない様子だ。先行しているレイとアデルが同時に一番近い二人に切り掛かる、お互い一撃必殺を心掛けて自身の刃を振るう。その後方、すれ違いざまにガズルとギズーが飛び込んだ。先日の戦闘で見せた重力爆弾を即座に作り出し敵中央へと放つガズル。すかさずギズーが譲り受けた銃の威力を確かめるべく背中から取り出して初弾を装填する。今彼が込めた弾丸はカルナックによって生成されたエーテル弾。法術が一切使えないギズーにとっては有り難い代物だ。グリップの前方に付いてるレバーを回転させながらくるりと回し装填し狙いをつけてトリガーを引く。轟音と共に発射された弾丸はまっすぐに敵中央、重力爆弾によって一か所に集められた帝国兵へと飛んでいく。着弾、ここでこの弾丸の真価が発揮される。着弾するのと同時に封じ込められたエーテルが起爆し周囲のエレメントの中で一番強いものを巻き込む。この場合は氷のエレメントが豊富にあるため着弾したところから半径五メートルを一瞬にして氷漬けにする。思わずギズーは声を荒げた。
「ひゃー! たまんねぇなコレ!」
しかし今の轟音で此方に注意が引き寄せらえてしまう、だがそれも彼等五人として有り難い話なのである。バラバラに狩るよりは一度に複数を同時に狩った方が効率は良い。並の帝国兵士では彼らに傷一つつけることは出来ないだろう。雑兵だらけのこの戦場で彼等は文字通り蹂躙する。
その日の正午過ぎ、彼らは封印の洞窟へと到着した。ここまでの道のりで倒した帝国兵士はおよそ五十人、多分それでも精鋭を連れてきたのであろう。エルメアが黒に近い色をしていた。エルメアの色は青から始まり緑へ、緑から紫へ、紫から黒へとその兵士の力量で変わっていく。それ以外の赤、黄色と白。これは一般兵士からの脱却を意味する。つまりはエリートだ、だが黒はまた特別な意味合いを持っている。それは精鋭である。
洞窟とは名ばかりの大きな鋼鉄の門が彼らの目の前に立ち塞がる、見上げる程の大きさで十メートルはくだらないだろう。予想通り封印は解かれていて少しだけ開いていた。しかしこれ程大きい門を開けるにはどれほどの力が必要なのだろうか。力には自信があるガズルが開いている扉を力いっぱい押した。しかしビクともしない、その様子にカルナック以外の三人は驚いていた。次にカルナックが右手で扉に触れると足に力を入れた。するとどうだろう、あのガズルの力を持ってもビクともしなかった巨大な鋼鉄の扉は勢いよく開いてしまった。此処でガズルを擁護しておくと彼の力も並の大人以上ではある。背筋力脚力腕力共に鍛え抜かれた炭鉱夫よりはあるだろうその力。それをもってしてもビクともしない扉をカルナックは平然と開けてしまう。やはり人としてはあり得ないレベルの存在であることは間違いなかった。
洞窟の中は多少なり暖かかった、外の空気が入っては来ているだろうけど入った瞬間分かるほどの暖かさを感じた。先にレイヴン達が侵入した形跡がはっきりと残っている。壁際に明かりをともしながら先に進んでいるようだ、それを目印に彼等もまた進み始める。不気味な程静まり返っている洞窟の中で聞こえる音は彼等五人の足音だけ、洞窟内部は広くなっており中隊規模でも余裕で前進できるほどの大きさだ。しばらく進むと人工的に作られた下り階段が見えてきた。苔が生えているところを見ると何年も昔、それも相当古い時代に作られた階段だと予想される。
「うわっ!」
先頭を歩くレイが声を上げた、苔に足が滑ってバランスを崩してしまった。唐突の事に思わず声を上げてしまったレイに残りの四人が一斉に静かにするよう促す。レイは両手で口を押えてコクリと頷いた。階段はしばらく続いている。何段ほど降りただろうか彼是五分以上は降りている気がする。
「見えてきました、第二階層です」
一番後ろを走るカルナックが静かにそう言った。
第二階層に五人が降り立つとその瞬間複数の発砲音が聞こえてきた。いち早く動いたのがガズルだ、右手を振り上げてその足元の地面を殴ると目の前に地面が盛り上がり発射された弾丸を防ぐ。アデル直伝「岩盤返し」。そこから先はまさに電光石火、回避行動をとっていたレイとアデル、ギズーの三人は動くことが出来なかったがガズルの行動を見ていたカルナックだけは即座に反応する、発砲音が聞こえた場所へと跳躍するとそこにいた帝国兵士五人を一瞬にして切り刻む。即座に絶命した帝国兵を見下ろして刀に付いた血を振り払う。岩盤の影に隠れていた四人は首だけで前方を覗くとすでに作業を終えたカルナックが立っている。流石剣聖の二つ名は伊達ではないと四人は改めて感じる。第二階層では何度か帝国兵の襲撃にあったが何ら問題なく彼らは先を進んでいく。そして次の階層へとつながる下り階段を発見した。
「第三階層はただっぴろい部屋みたいな空間があるだけです、そこを過ぎてしまえば第四階層。最深部です」
全速力でここまで走ってきた彼等だが流石に疲労の色が見え隠れする、途中の中継地点からずっと走りっぱなしでここまで来たのだ、疲れないはずがない。そして第三階層にはちょっとしたロジックがある。それを解除しない限り最深部の第四階層へと降りることは出来ないとカルナックが語った。それを聞いてしばしの休息を取る事にした。各々がその場に座り息を整えギズーが作ってきたアンプルを飲む。即効性の疲労回復剤と思ってもらえれば分かりやすいだろう、ただし物凄く苦い。作った本人ですら拒むほどの苦さを全員が一斉に飲み始める。当然の様に吐き出しそうになる味に苦悶の表情をする五人、その後すぐに五人揃ってむせ始めた。
「相変わらず苦いなこれ」
アデルが文句を言いながら飲み続ける、ムッとするかと思われたギズーだがとても笑顔でニコニコしていた。他人の苦しむ表情を見て楽しんでいるのだ。だが自分もその苦しみを味わっている。笑顔と苦痛の二つが交互に現れる。それをみてレイがクスクスと笑い始める。つられてガズルとカルナックも笑い出し穏やかな空気が周りを包み込んだ。これから予想される死闘の前だというのに不思議なものだ。それはカルナックが同行しているからの余裕だろうか? それともこれまで倒してきた帝国兵士との戦闘で自信の成長が見て取れた安心感なのだろうか。それは分からない。だがこれだけは言えよう、決して彼らはこの戦いで死ぬつもりなど毛頭ないと。必ず帰ると約束した人がいる、その人達の元へと全員で帰る為気持ちを新たにしているのは間違いなかった。後で分かる事だがこれはアデルとギズー二人の手の込んだ芝居のようなものだったことが分かった。誰しも死ぬかもしれない戦いの前となれば緊張で胸が張り裂けそうな思いだろう、それを和らげるために打った一芝居である。普段のギズーからはそんな事考えられないことだが今回ばかりは自身の命をこの仲間達に預けているわけであって、それに対して信頼しているという証を彼なりに見せたのだ。
しばしの休息を取った彼らは各々立ち上がると第三階層へと繋がる階段を下り始めた、五人の間には緊張が流れ始める。一歩降りるごとに心臓の高鳴りが耳に届き、息が荒くなっていくのが分かる。特にひどかったのはレイである、つい数日前にシトラに殺されそうになったことを思い出してしまう。なるべく考えないようにしては居たがまた再び会いまみえると考えるとあの時の記憶が鮮明に脳裏に浮かんでくる。それを察してアデルが背中を叩いた。一度音が出る程強く叩くとレイは一段踏み外して転びそうになる。ここで転んでしまったら第三階層まで真っ逆さまに落ちてしまうと一瞬だけヒヤリとしたが無事踏みとどまった。
「何すんだよアデル!」
「緊張してんなよアホたれ、あの時は不覚を取ったけど今度は真っ向勝負だ。今の俺達なら大丈夫だ絶対に」
片目をつむり左手親指を突き立てた、確かにそうだった。あの時は新しい服の試着を行っていた時の不意打ち、だが今回は初めから殺しあうことを前提として警戒している。今度はあの時の様な事にはならないと気を張っていた。それを思い出したのかレイは胸のつっかえが取れたような気がする。ホッと胸を撫でおろすとこちらに親指を突き出しているアデルに同じようなしぐさを取った。その流れを一番後ろで見ているカルナックは内心ほっとしている。確かに今回の件で彼らは少なからず実力を付け強くなってはいる。だがそれは表向きの強さである、まだ齢十四五の子供なのだ、技術は身についても精神的なものまでは鍛えることは出来ない。それは人間としての成長に合わせて強くなる部分でもある。唯一心配していたことそれは彼らの子供としての未熟さ、甘さやもろさだった。この状況で一番もろいのはきっとレイなのだろう、その優しさは時として弱点にもなるとカルナックは知っている。彼もまた優しさ故に犯した罪が過去にあったからだ。子供時代の自分とレイとをどうしても重ねてみてしまうところがカルナックにはあった。だが彼らは一人じゃない、友達という名の仲間がきちんと居る。それがカルナックにとっては少し羨ましかった。過去に仲間と思っていた人間に裏切られた彼にはそれがまぶしく見えていたのだ。
階段を下り続けてまたもや五分ぐらいは経っただろうか、一向に第三階層の入り口が見えてこない。そういえばここは海底洞窟とカルナックが話していたことをレイは思い出した。ふいに立ち止まると周囲の壁をじろじろと見渡し始めた。
「先生、すごく不思議なんですけど。ここが海底洞窟というのなら何故海水が壁にしみてこないのでしょう? これだけ下りれば水圧によってこんな空間崩落してもおかしくないと思うんですが」
言われてみればそうだった、推定で八百メートルは下っているだろうと思われる。流石にそこまで下ってくれば水圧の負荷によってこんな空洞崩落してもおかしくはない、付け加えるのであれば気圧の変化も見られなかった。それがレイにとってはとても不思議に思えた。
「この洞窟が作られたのは今から二千年も昔です、当時の技術は今の技術より高度であり何より魔術が猛威を振るっていた時代です。この洞窟から感じ取れるこの気配からすると何らかの魔術が掛けられているのでしょう、私達には一切分かりませんが」
カルナックもまた良く分かってはいなかった、勝手に歩く書庫と呼んでいたアデルが思わず振り返ってしまう。カルナックが知らないことが本当にあったのかと驚いていた。だがアデルはすっかり忘れている、数日前にカルナックはガズルの重力球の事が分からないと言ったばかりであることを。
「そういえば法術の結界を発動させるときに用いる魔法陣って、元をただせば魔術何ですか?」
「そうですね、そもそも法術というのは魔族に対抗するべく生まれたエーテルの活用方法なのです。前にも説明しましたが魔術は体内のエーテルをそのまま具現化させることにより強力な一撃を放つことが出来ますが人間にはそれが出来ません。なのでエーテルを起爆剤として周囲にあるエレメントを具現化させる事により魔術に対抗できるのです。ですが結界に関していえば両方ともエレメントを用いた技術であり、先駆者は魔族側です。それを研究して分かったのが魔法陣です。名前の由来は魔族の術者が体に施している刺青が発祥と言われています」
淡々と説明した、途中でアデルはすでに頭の中がこんがらがっていて理解が出来ていないがレイはなるほどとうなずいていた。教養の違いなのかも知れないとカルナックはあきらめている。
それから再び階段を下る事数分、ようやく彼らの目に光が映りだしてきた。しかし松明の様な明るさではない、まるで外にいるかのような明るさである。違和感を感じつつも彼らは下る速度を速めた。初めにレイが第三階層への入口へと到着する。続いてアデル、ガズルと続き残りの二人も階段を下り切った。彼らの目に飛び込んできたのは洞窟とは言えない空間がそこに存在した。まるで王宮の応接間に居るようなそんな光景だった、壁は大理石で埋め尽くされていて床は赤いカーペットのようなものがぎっしりと敷かれている。明かりは陽光石が大量に使われていている。これが明るさの原因だった。
「レイヴン!」
その広間の反対側に奴らは居た。レイヴン、シトラ、そしてひと際大きな体格をした大男が一人。アデルの声にレイヴンが反応して振り向いた。
「一足遅かったですねアデル君」
「いやまだだ、ここでお前たちを仕留めて瑠璃も破壊する!」
その言葉にレイ達は各々の武器を取り出しレイヴンたちの元へと走り出した。だがシトラが最後のロジックを解除し扉が開いてしまう。
「おめぇら先に行け、俺がこいつら始末してやる」
「それは無いですよ隊長、彼は私の獲物だと言ったじゃないですか」
「うるせぇ、たまには部下においしい役目持たせてやりてぇって上官の配慮だ。その代りと言っちゃぁ何だがこいつらは貰う」
大男が腰にぶら下げていた巨大な斧を取り出してレイヴン達を先に行かせた。苦笑いをしながらも上官の命令とし扉の奥へと進む。それにシトラ。
「待てぇ!」
アデルが叫ぶが扉は閉まってしまった。そして大男が両手で巨大な斧を振り上げて地面に向けて振り下ろす。すると叩きつけられた地面が割れて衝撃波と共に地面を一直線に破壊する。五人はそれを左右に避けるとそれぞれが大男に向かって攻撃を仕掛ける。カルナックは後方で四人のアシストをするべく法術を練る。
「どけぇ!」
最初にアデルが飛び出した、グルブエレスとツインシグナルをそれぞれ振りかぶり斬撃を叩きこむ。しかし巨大な斧でそれは防がれてしまう。力任せの攻撃をしてくるあたり速度は遅いと勘ぐったアデルはそれに驚く。俊敏な身のこなしでアデルの攻撃をさばき続ける。
「オラオラオラ、どうしたこんなもんか!?」
巨大な斧を横一杯に振りかぶると今度は力一杯振り回してきた。咄嗟にアデルは両手の剣で受け止めるが余りの力に受け止めた傍から後方へと吹き飛ばされてしまう。それを見たレイがアデルを受け止めるが勢いのあまり一緒に吹き飛ばされてしまう。その二人を後ろで法術を練っていたカルナックが受け止める。
「てめぇ!」
今度はガズルが叫びながら突撃する、重力爆弾を作り出すと大男目がけて叩きつける。だがそれに対し左手を重力爆弾へ向けて表情一つ変えずに難なく受け止められてしまった。重力爆弾が着弾した場所はクレーター上のへこみを作り大男も一緒に少しだけ沈む。だがダメージは全く見られない。そして伸びていた左手で飛んできたガズルをキャッチするとギズー目掛けて放り投げた。この二人もまたアデルとレイ同様に吹き飛ばされてカルナックによって受け止められる。
「こんなもんか? 大した事ねぇな」
首を鳴らしながら窪みから出てきて巨大な斧を地面へと突き立てる。両手で指の関節を鳴らすと再び斧を持ち上げた。
「さぁって今度はどんな手段で俺を攻撃する? あ?」
想像以上の強さだった、流石レイヴンの上官なだけはある。並の人間とはかけ離れたスピードとパワーを持ち合わせるこの男の存在は彼らの頭にはなかった。むしろこれほどまでの使い手が帝国にまだ残っていたことに驚いている。まさに番狂わせである。大男が指を鳴らしている間にカルナックは法術で四人を回復させる。そして立ち上がってもう一度突撃しようとするアデルの肩を叩いてカルナックが前に出る。
「君達は少し休んでいなさい、今消耗されては勝てる勝負も勝てなくなってしまいます」
そういうと雷光剣聖結界を即座に発動させる。大男を睨みすぐさま抜刀の体制を取る。
「――エルメアに剣聖結界使いで抜刀の構え?」
大男がそうぽつりとつぶやいた瞬間カルナックがその距離を途轍もないスピードで縮めた、カルナックは初段で決めるつもりでいた。戦闘を長引かせるとこの後の消耗に響くからだ。一撃でこの男を沈めてすぐさまレイヴン達の後を追うつもりでいた。が、その考えはすぐさま打ち破られる。初見であれば見切れるはずのない神速の抜刀術が大男の持つ巨大な斧によって塞がれていたのだ。
「なっ!」
初段を防がれてしまったカルナックは一瞬だけ混乱したがすぐさまバックステップで後ろへと飛ぶ。今の一瞬何が起きたのかカルナックは理解できなかった。
「そうかてめぇか、久しぶりじゃねぇか――」
その言葉が耳に届いた時、カルナックの目の前には距離を取ったはずの大男が斧を振りかぶってこちらに振り下ろす姿が目に映った。後ろに居た四人はこの男が何をしたのか、どうやって瞬間的に移動したのか全く見えていなかった。振り下ろされる斧をカルナックの刀で受け止める。その衝撃は刃同士がぶつかった瞬間に強大な風圧と共に二人の間を駆け抜ける。
「よう――カルナック」
大男の顔が間近に迫っていた、その顔を見た瞬間カルナックの心臓は一度ドクンと高鳴った。そのまま視線を右腕へと移す。その右腕は義手だった。カルナックはこの男を知っている。
「やぁ――エレヴァ」
エレヴァファル・アグレメント。帝国軍特殊殲滅部隊隊長、かつてカルナックと共に世界を駆け巡った戦友の一人である。そして、過去に一度カルナックが一夜にして帝国を壊滅寸前まで追い詰める原因を作り出した張本人である。だがしかし、この男、間違いなく強い。