残酷な描写あり
第二十七話 招かれざる客
崖から落ちたレイ達はそのまま勢いよく下の森へと落ちた、その先が森で運が良かったのは言うまでもない。木の枝がクッションの役割を果たし落下時の衝撃を押さえてくれていた。レイは落下時の衝撃でも抱きかかえた少女を放さずにいたが、残りのアデルとガズルは落下時に放してしまった。結果少年達は何本かの枝にぶつかり、最後には顔から地面に落下した。
「あ、やべ……」
エルメアを固定していたベルトが枝に引っかかり宙にぶら下がっているアデルが自分の真下で首から上が地面に埋もれている少年をみて申し訳なさそうに言った。同じくガズルに抱きかかえられていた少年も赤いジャンパーの少年と同じように顔が地面に埋まっていた。足が枝と枝に挟まって動けないでいるガズルもまた宙にぶら下がる状態でプラプラと揺れている。
「何やってんだお前ら」
そこにギズーが降りてきた、剣を崖に何度か突き刺しながら落下速度を殺しながらこちらへ降りてきたのだ。地面に着地すると首を地面に突っ込んでいる少年二人を残念なものを見る目で見つめる。そしてため息をついてガズルを挟んでいる枝をシフトパーソルで撃ち抜いた。さかさまで落下するガズルだったが途中の枝を掴んで体制を立て直し、そして着地する。
そして埋まっている二人の足をそれぞれ掴んで勢いよく地面から引っこ抜いた。
「お? お前ら大丈夫か?」
引っこ抜かれた二人はそれぞれ落下した衝撃からか意識を取り戻していた、だが目が覚めた時真っ暗な空間と酸素の無い世界で苦しんでいたのだろう。意識はあるもののぼんやりとしている感じだった。
「あ……ありがとう、ございます」
赤いジャンパーの少年が何とか言葉を発することが出来た。隣の少年は未だ苦しんでいる様子だ。ゆっくりと二人の体を地面に降ろして一息つかせる。二人は咽ながらも辺りを見渡して状況を判断しようと必死になっている。この様子であれば特別何か深刻なダメージがあるわけでもなさそうだ。
「おーい、俺も降ろしてくれよギズー」
「ベルトを撃ち抜けってのか? そんなことするぐらいならテメェでその枝どうにかしろ」
アデルが木の上からギズーに助けを求めた。が、面倒そうにその申し出を却下したギズー、断られたアデルも「それもそうだ」と頷いて剣を抜くと枝を切り落とした。しかし彼の場合その下に枝は無く、体の向きを変える前に正面から地面へと落下して顔面を強打する。それも固い土の場所だったのだろう、落ちた場所はへこみもせずクッションの役割もせず落下時の衝撃をそのままアデルへと返した。落ちた瞬間激痛と共に声にならない叫び声を出して地面でジタバタしていた。
「あの、どなたか存じませんが助けて頂いて本当に有難うございます」
赤いジャンパーの少年がやっと落ち着いて感謝の言葉を述べた、そして隣で未だにパニックになってる少年の背中を叩いて落ち着かせる。そんな二人の後ろにレイがやっと降りてきて抱きかかえていた少女を一度ガズルに渡す、自分のジャンパーを脱いでそれを少女の体にかぶせてもう一度抱きかかえる。
「君達、何で空から落ちてきたんだ?」
未だに意識を失っている少女を抱きかかえたままレイは少年二人に問いかける、その言葉に赤いジャンパーの少年は振り向き抱きかかえられている少女を見て声を上げた。
「姉さん!」
「姉さん? この子君のお姉さんなのかい?」
気を失っている少女の顔をもう一度レイが見てそう答えた、彼女もまた意識を失っているだけで外傷は特にみられない。その事を少年に伝えると安堵した様子で胸を下した、ホッとした少年はもう一度レイの顔を見て礼を言う。
「はい、僕の姉です。――あの、助けて頂いて本当に有難う御座います!」
「そうか、とりあえず怪我が無くてよかったよ。此処じゃ何だ、僕達の拠点に行こうか。そこならお医者さんも居るしゆっくり休めるだろう」
レイがもう一度抱きかかえている女性に目線を落として提案した、彼らが一体何者でどこから来たのか、また何故空から降ってきたのか。考えれば考える程謎は深まるばかりで聞きたいことも山ほどある状況ではあった。しかし、この女性は未だに目を覚ましていない。その事を気遣ってかレイは自分たちのアジトへと一度戻ることを提案したのだ。だがそれにギズーが噛みつく。
「待てよレイ、こんなどこの馬の骨とも分からねぇ奴ら連れてくってのかよ」
「そうだよギズー、これがどんな状況かは分からないけど一度アジトに戻ろう。色々と聞きたいこともあるし何より治療が優先じゃないか?」
「……このお人よし目。おいテメェ、せめて名前ぐらい名乗ったらどうだ?」
レイの申し出に納得が行かないのか、はたまた見ず知らずの人間を自分たちのアジトへと案内するのを嫌ったのか不機嫌な表情で捨て吐いた、そして未だ名前を名乗らないこの少年達にイライラしていたのも確かだ。
「すみません、ボクはミラ、『ミラ・メーベ』と言います。こっちのツンツン頭は『ファリック・ベクアドルド』。それと姉の『ミト・メーベ』です、ところで……」
赤いジャンパーの少年がそれぞれの名前を告げる、ミラは意識を取り戻してからずっとモヤモヤとしている事を告げようと口を動かし、その言葉にレイ達四人は唖然とした。
「名前は憶えているのですが……ボク達は一体何者なんでしょうか?」
一時間かけて山を下り、メリアタウンの拠点へ到着したのと同時に外の天気は雷雨へと姿を変えた。真っ黒な雲が空全体を覆い激しい稲光を伴って大粒の雨が降る。うだる様な暑さだった外は雨によって幾分か気温が下がり少しだけ快適になる。だが湿度がグンと跳ね上がり今度は蒸し暑さが町全体を包み込んでいた。
アジトに到着した彼らを出迎えたプリムラがお客さんを連れて帰ってきた彼らにため息をついている、事情を聴き奥の応急処置用の部屋をあてがい彼等を休ませることにした。
「記憶喪失ってやつか?」
落下の衝撃で顔面を強打していたアデルがプリムラから氷を受け取り患部を冷やしながら言う、今彼らが居るのはアジトのロビー、それぞれが椅子に座ったり壁に寄りかかったりして休憩をしていた。
「名前だけ憶えていてそれ以外忘れてるって都合がよすぎると思わねぇか? 俺は断固反対だ、即刻追い返した方が良い」
腕を組みながら壁に寄りかかっているギズーが言う、確かにこの内戦の最中見知らぬ人間をアジトに引き入れる事自体が愚策ともいえるのは分かっている。だがレイは首を横に振った。
「危険なのは分かってるけど、多分、帝国の差し金じゃないと思う」
「その証拠は?」
椅子の背もたれに両腕を乗せ、さらにそこへ顎を乗せてくつろぐガズルが問う、そこにプリムラが四人にコーヒーを入れて持ってきた。彼らはそれぞれ受け取ると一口飲み一息つく。
「俺も帝国のモンじゃねぇと思う、多分レイはこう言いたいんだ。空に突如現れたアレがまず理解不能で、俺とレイは法術剣士だから分かるがあんなの見た事も聞いたことも無い、おやっさんからあんな法術があるなんて教わってねぇしそもそもあんなエレメント感じた事もねぇよ。仮に帝国が新しく開発した術だっていうなら俺達が感じ取ったあのエレメントの正体が分からない」
淡々と説明を続けるアデルにレイが賛同する。そう、この二人がこう断言するのはそのエレメントにある。世界に存在するフィフスエレメント、それはこの世の全てでありそれ以上の存在は確認されていない。かのカルナックでさえ感じることも対話することも出来ない新たなエレメントなど現在においては全くの未知であった。
「でもよ、仮に帝国がその……未知のエレメントだっけ? それを発見したっていうならどうだ?」
コーヒーカップをアデルに向けて突き出しながら首を傾げるガズル、それに対してレイが首を横に振って答える。
「エレメントってのは発見したり出来るもんじゃないんだ、術の開発ならともかくエレメントを発見もしくは開発するなんて聞いたことも無い、あるとすればそれは――」
近くの椅子に腰かけてて一口コーヒーをすすってガズルを見る、アデルも同様に顔を冷やしている氷を退かしてガズルを見た。
「ガズル、君のその重力を操る力。それだけが現代において未知のエレメントって言っても過言じゃない、最初アデルが君に何をしたって言ったの覚えてるだろ? あれ、正直僕もそう思った。得体の知れないエレメントだったけどどことなく似ているんだ、でもあの膨大なエーテル量をガズルが持ち合わせていないのは知って――」
「レイ、遠回しに言わなくていい。結論だけ教えろ、結局何だ?」
煙草に火をつけて煙を吐き出しながらレイを睨むのはギズーだ、回りくどい説明をクドクドと続けていたレイにさらにイライラを露にしていた。それを横目で見たレイ本人は苦笑いしながら。
「わからない」
そう、たった一言だけ答えた。同時に外の雨脚が一層強まり屋根に当たる雨の音が増した。所々雷もなっていてる、昼間なのに薄暗くなった外を一瞬だけ光らせる様に雷はなり続ける。
「で、どうすんだ?」
あてがっていた氷を下して帽子を被りなおし椅子に寄りかかるアデル、横目で彼等三人が休んでいる応急処置室を見ながら言った。確かにそうだ、何がどうなって彼らが現れたのかは今問題ではない、彼等をこれからどうするべきかである。
「戻ったぞ、とりあえず心配はいらない。軽い打撲程度だろう」
その扉が開いて中から一人の男が出てきた、FOS軍の全般を管理しているあの医者だった。念のため彼等の容態を見てほしいとレイが頼んでいたのだ、何も心配いらないとホッとした表情で彼は出てきた。
「有難うゼットさん、記憶の方はどう見ますか?」
「そっちはわからんね、私は外科であって心療内科とはまた別なんだよ」
ゼット、彼の名前だ。東大陸ではギズーを抜かせばその腕は大陸一、しかしそれは外部の損傷や体内構造を専門分野とする。そんな彼が首を振って否定していた。
「とりあえずあの女の子の目は覚めたぞ、行ってやんなレイ君」
「わかりました、ちょっと様子見てきます」
最後の一人がやっと目を覚ましたらしい、その報告を受けてレイは立ち上がってテーブルにコーヒーを置いた。ジャンパーを羽織ってその場を後にしようとしたその時アデルが唐突に口を開く。
「早く戻って来いよ、お前がいねぇと暑くてしかたねぇ」
ギズーとガズルもそれに賛同して頷いた、困った顔をしてレイは苦笑いを一つして足を動かした。部屋の前にくると一つノックをしてドアを開ける。中には気を失っていた女の子がベッドの上で状態だけを起こして座っているのが目に映る。その周りにミラと名乗った少年と、ツンツン頭のファリックが椅子に座ってこちらを見た。
「目が覚めたって聞いて様子を見に来ました、大丈夫ですか?」
窓の外で雷が光、薄暗い部屋の中を一瞬だけ照らす。彼女の表情はどこか暗くうつろな瞳をしているのが分かる。どこか悲しそうで寂しそうな、そんな表情にレイは見えた。
「ほら姉さん、この人がボク達を助けてくれたお兄さんだよ」
「……」
ミラが少女の体を揺すってレイが入ってきたことを告げるが反応がまるでない、一点だけを見つめてボーっとしている様子だった。レイはそれに違和感を覚える。ミラとファリックは互いに名前とお互いの認識、そしてミトの事だけは覚えているようだったがこの少女、まるで生気が無い。
「ミトさんでしたね? はじめまして、僕はレイ・フォワードと言います。……あの、大丈夫ですか?」
レイの問いかけにも全く反応が無かった、同じようにずっと一点だけを見つめているように視線も動かずただただボーっとしてるだけだった。
「ごめんなさい……まだ状況がよく理解できていなくて、貴方が私達を助けてくれたんですね?」
「えぇ、居合わせたというかキャッチしたというかなんというか。目立った外傷は然程無いと伺ってます、痛い所とかありますか?」
「いえ、大丈夫です。でもその……私記憶が――」
この少女もまた記憶が欠落していた、それを聞いたレイはため息を一つついてミトの顔を見つめる。改めてみると幼い顔立ちをしている、どことなく死んだメルと重ねてしまう自分が居る。年齢は多分同じぐらいだろう、桃色ですらりと長い髪の毛、大きな瞳で整った顔立ち。美少女と世間一般では言われるだろうそんな少女だった。
「ミトさん、僕達は今帝国と戦争してる最中です、何か身分の証明になるような物はお持ちじゃありませんか? あなた達がどこから来たのかが分かりませんと庇うに庇えないのです」
近くにあった椅子を手に取ってそこに腰を掛けた、ミトの横で心配そうにレイを見つめるミラに優しい笑顔で返す。彼もまた鬼ではない、きっと帝国の差し金ではないと心のどこかで信じているからこその笑顔だと思う。何か身分が確認できるものを提示するように言われたミトは自分のバックパックを探している。
「記憶が無いので何の証拠になるのか分かりませんが、もしそれらしいものが在りましたら探してください」
ベッドの脇に置かれているバックパックを手に取るとそれをレイに手渡した、本人の了解を得てレイはその中を探り始める。見慣れない機器や携帯食料らしき物、見た事の無い様々なアイテムがそのバックパックの中には入れられている。
「どれもこれも見た事の無い物ばかりだ……ちょっと待っててください」
そういうとバックパックを手に部屋を後にする、ドアを開けた瞬間そこにはアデル達三人が聞き耳を立ててドアに寄りかかっていた彼らが一斉に部屋の中へとなだれ込んでくる。それを見たミトはビクっと肩を震わせた。
「君達――」
「いや、だってよ。気になるじゃんやっぱり」
ギズー、ガズル、アデルの順に床に倒れた、一番上のアデルは急いで立ち上がると気まずそうにそう告げる。レイもため息を一つ、そそくさと立ち上がるガズル達にもう一度目をやりバックパックを見せる。
「ガズル、博識の君なら見た事ある物があるんじゃないか?」
「ててて……ちょっと貸してみ」
差し出されたバックパックの中身を一つ一つ床に出していく、だが彼もまたどれもこれも見た事の無いアイテムがずらりと並ぶ、同じくギズーも並べられたアイテムを覗き込むが同様に首を傾げてしまった。アデルは――言うまでもない。
その中で一つガズルの目に留まるアイテムがあった、それも他の物と同様で見た事の無いアイテムではあったが他の物とは多少異なるものであった。
「この小さな本みたいなの何だ? あんたの顔が写ってるけど……見た事の無い文字だな、全く読めねぇ」
「俺に貸してみろ……何だこの文字、デタラメに書いてあるのか?」
ガズルが手に取ったのは手の平に乗る程度の小さな本だった、表紙は何かの革で作られていて中身には見た事も聞いたことも無い文字が羅列している。何ページかめくるとミトと同じ顔をしたものが写っている。アデルも興味津々でそれを覗き込むが、さっぱり分からないでいた。
「さっぱりだな、でも帝国の人間じゃないのは分かった。こんなの見た事も聞いたことも無い、ましてや似顔絵にしたって鏡を見てるような綺麗な出来栄えだ。俺の知る限りじゃこんな技術知らん」
ギズーがその小さな本を片手で閉じると再びバックパックの中へと戻す。
「ごめんなさい、私達も本当に何も覚えてないんです。名前と私達の間柄ぐらいしか……」
その言葉に四人は再び黙り込んでしまう、この少女たちの扱いを如何すればいいのか困惑していた。そんな中アデルがバックパックを手に取りレイに返そうとした時、彼等が見落としていた横の小さなポケットをアデルが発見する。返そうと伸ばした手をもう一度自分の方へ引き戻しそのポケットに手を入れる、その瞬間アデルの表情が強張った。
「ミトっつったっけ? コレは何だ?」
ポケットから取り出したのは彼等にしてみれば見覚えのあるものだった、青く光る手のひらサイズの小さな石。幻聖石である。
「分かりません、それは一体なんでしょう?」
「とぼけるのか? これはこうやって――」
アデルがその幻聖石の中身を確認するべく具現化させようとする、しかし本人でない限り中身を取り出す事の出来ない幻聖石はアデルの手の平では何も反応しない。そんな初歩的なことも忘れているのかと他の三人は呆れ顔でアデルを見る。
「アデル、別に幻聖石を隠し持ってた訳じゃないだろ。僕達が見落としていただけだ、彼女に中身を見せてもらおう」
「……」
顔を真っ赤にして幻聖石をミトへと放り投げる、両手で受け取るとミト本人が首を傾げてその石を見つめていた。
「これ、どうすればいいんですか?」
「強く握って、それからその石に意識を集中させてみて。何かイメージが浮かんで来たらそれを実際に持ってるようにさらにイメージしてみて」
レイが優しく使い方を教える、ミトは戸惑いながらも言われるがままにイメージする。すると幻聖石は光だし中に格納されているものが出現し始めた。杖だった、見た目は木材だが手入れはしっかりとされている杖が出てきた。
「……杖?」
出てきた杖を両手で持ってそれを眺める、何処にも変わったところは見られない普通の杖だった。
ミトとファリックもまた同様に自分のパックパックを漁り、同じように幻聖石が見つかる。二人はミトと同じようにそれに集中するとそれぞれ格納されているものが出てくる。
「ミラ君は槍でファリック君は……何だそれ」
出てきたのはシフトパーソルによく似たモノだった、それも二丁。真っ先に飛びついたのがギズーである、ファリックが握っている二丁のシフトパーソルによく似たモノを見て興奮する。
「おい、お前それちょっと見せて見ろ」
ファリックは自分の元へと迫り寄ってくるギズーの気迫に押されて恐怖を覚えた、すぐさまその二丁を手渡すとミラの後ろへと隠れる。渡されたギズーは目を丸くしてソレについて語る。
「信じられねぇ、『コルト・パイソン』じゃねぇか……しかも『オリジナル』かこれ?」
「始まったよ、ギズーのシフトパーソル語り……」
目の色を変えてソレをマジマジと見つめるギズーに対してアデルがまたかと落胆する、しかしギズーの熱は冷めず続く。
「馬鹿野郎、お前これがどれほどの貴重品か分かってねぇだろ! こんな骨董品俺のウィンチェスターライフルなんかより数が少ねぇんだ、見て見ろこの美しいライン、このバレル。あぁ……すげぇ、こんなに状態の良いオリジナルを見るのは初めてだ。そもそも現代におけるシフトパーソルの原型は全てこの骨董品を真似して作られたんだ。言わばご先祖様、創造主!」
「あー、わかったわかった。とりあえず落ち着け、んでそれを返してやれ」
レイがそれを取り上げると駄々をこね始めるギズー、ガズルとアデル二人が押さえ付けてレイから引き離して拘束する。ため息をついて手に持つ二丁をファリックへと返した。
「ごめんな、アイツこういうのが好きなんだ」
そう苦笑いをしながらファリックに伝えると、彼もまた苦笑いで返してきた。やっとの思いでギズーを押さえ付けているアデルが再び尋ねる。
「で、結局どうするんだ? 武器を持ってるってことは旅人か何かだと思うけど記憶がねぇんじゃこの先どうにもなんねぇだろ」
「そこなんだ、僕達じゃどうにもできないってことが分かったから先生に意見を伺おうと思う。だから一度帰ろうと思うんだけど良いかな?」
レイのお人よしに三人は頭を抱えてしまう、この戦時中に見も知らずの少年少女の世話をしようというのだから困ったもんだ。だがこうなることはある程度予想はしていたのだろう。三人は仕方なさそうにその提案を飲んだ、もとよりレイが何を言っても止める気は毛頭なかったからだ。彼らのリーダーの発言には基本従う、そう決めていたからこそ。
「別にお前の意見にアレコレいうつもりは無いけど、この街はどうするんだ? 現状俺達が抜けるとなると押されるんじゃないか?」
「アデルに賛成、少なくとも全員で行く必要はないと思うし……俺とギズー二人が残るからお前ら二人で行って来いよ。俺の重力球とギズーの法術弾があればある程度は抑えられるだろう」
ギズーはそれに対して意見をしなかった、見ず知らずの人間のお守をするよりかはこの戦場で暴れていた方が彼には合っているのだろう。確かに全員でまたカルナックの家に行っても仕方ないのは正論である。レイとアデルは元々カルナックの弟子であるわけで、相談もしやすいだろう。
一方ミト達は困惑している様子だった、今日初めて会った人達にこれ以上迷惑をかけていいのだろうかと。しかし他に頼れる人間が居るわけでもない、だからこそ断り辛い部分もあるが頼りたいのは本当のところなのだろう。
「何から何まで、本当に有難う御座います。なんてお礼を言ったらいいか」
「お礼なんかいいよ、これもきっと何かの縁だと思ってさ。それに――」
レイが不安そうに語るミトに対して笑顔を向けてそう告げようとした時、外で爆音が鳴り響いた。雷の音ではない、何かが爆発するような轟音だった。爆音がした後アジトが地震発生時みたいに大きく揺れる。部屋の中の家具は傾き倒れる。
「おいおい何だよ!」
倒れてくる家具がファリックに向かって傾いた時、ガズルがすぐさま飛び出していた。ファリックに接触するか否かの処でガズルがそれを抑え込みぶつかることは無かった。だが揺れは未だ続いている。爆発音は最初の一発のみでそれ以降は聞こえてこない。家具を誰も居ないところへと放り投げてファリックとミラの体を両脇に掴んでガズルは部屋を後にする、レイもミトを抱きかかえ大きく揺れるアジトから外へ出る。残りのメンバーもそれに続いた。
外に出た時、街のはずれに現れたのはミト達が出現した時に現れた黒い球体が空に浮かんでいる。それも先ほど見た時よりも巨大なものだった。
「おいおいおい! また何か出てくるぞ!」
アデルがグルブエレスを引き抜いてそう叫ぶ、彼の言う通り球体から何かが出てくる。灰色の無機質な物体が最初に姿を現した。 次々と出現するそれはあまりにも巨大な物体だった。
「でっけぇ……なんだこれ」
半分ぐらいが出現しただろうか、それは彼等にとって全くの未知であった。見た事の無い物体、見た事の無い大きさ。その何かは巨大で角ばっていてい、何処か人の形にも似ていた。
すべてが姿を現した時その巨大さが良く分かる、メリアタウン郊外に出現したそれは彼等から離れているにもかかわらず見上げる程の大きさをしている。例えるのであれば巨人、だが人間ではない。その体を構成している素材は分からないが現代においてこのような技術が確立してはいなかった。
「あの黒い奴から出てきたってことは、ミト達を追って来たのか? プリムラさん、至急避難勧告を!」
最後に一度大きな縦揺れがあった後、雨が降りしきる中ようやく地震が収まった、何事かと外に出てくる人の数が増えてきた。そしてその巨人を見上げて驚く。当然だろう、突如としてあんなものが目の前に現れたとなればパニックになる。ミトを地面に降ろすとレイは直ぐに町全体に避難勧告を出すようプリムラに指示をする。
「レイ、如何すんだあんなでけぇの」
レイの横に立ってアデルが見上げながら問う、同じようにガズルとギズーも二人の横に立って巨人を見上げた。動く気配は今はない。しかし先ほどから何やら鐘の鳴る様な音が聞こえている。その間隔は次第に短くなってきていた。
「動いてねぇ今がチャンスだ、叩くなら今しかねぇぞレイ」
「分かってる、でもさ――」
幻聖石から霊剣を取り出して巨人の隅々を調べる様に見渡すレイ、左に立つギズーから攻撃を仕掛ける提案を受けるがどこをどう攻撃すればいいのかが分からない。ましてやこんな巨大なものに攻撃が通用するのだろうか? それがレイの頭の中をぐるぐると回る。
「どうやって攻撃すればいいんだよこんなの」
あまりの大きさに呆然とするレイ、鳴り響く鐘の音は次第に速度を増し、そして音が止んだ――。
「あ、やべ……」
エルメアを固定していたベルトが枝に引っかかり宙にぶら下がっているアデルが自分の真下で首から上が地面に埋もれている少年をみて申し訳なさそうに言った。同じくガズルに抱きかかえられていた少年も赤いジャンパーの少年と同じように顔が地面に埋まっていた。足が枝と枝に挟まって動けないでいるガズルもまた宙にぶら下がる状態でプラプラと揺れている。
「何やってんだお前ら」
そこにギズーが降りてきた、剣を崖に何度か突き刺しながら落下速度を殺しながらこちらへ降りてきたのだ。地面に着地すると首を地面に突っ込んでいる少年二人を残念なものを見る目で見つめる。そしてため息をついてガズルを挟んでいる枝をシフトパーソルで撃ち抜いた。さかさまで落下するガズルだったが途中の枝を掴んで体制を立て直し、そして着地する。
そして埋まっている二人の足をそれぞれ掴んで勢いよく地面から引っこ抜いた。
「お? お前ら大丈夫か?」
引っこ抜かれた二人はそれぞれ落下した衝撃からか意識を取り戻していた、だが目が覚めた時真っ暗な空間と酸素の無い世界で苦しんでいたのだろう。意識はあるもののぼんやりとしている感じだった。
「あ……ありがとう、ございます」
赤いジャンパーの少年が何とか言葉を発することが出来た。隣の少年は未だ苦しんでいる様子だ。ゆっくりと二人の体を地面に降ろして一息つかせる。二人は咽ながらも辺りを見渡して状況を判断しようと必死になっている。この様子であれば特別何か深刻なダメージがあるわけでもなさそうだ。
「おーい、俺も降ろしてくれよギズー」
「ベルトを撃ち抜けってのか? そんなことするぐらいならテメェでその枝どうにかしろ」
アデルが木の上からギズーに助けを求めた。が、面倒そうにその申し出を却下したギズー、断られたアデルも「それもそうだ」と頷いて剣を抜くと枝を切り落とした。しかし彼の場合その下に枝は無く、体の向きを変える前に正面から地面へと落下して顔面を強打する。それも固い土の場所だったのだろう、落ちた場所はへこみもせずクッションの役割もせず落下時の衝撃をそのままアデルへと返した。落ちた瞬間激痛と共に声にならない叫び声を出して地面でジタバタしていた。
「あの、どなたか存じませんが助けて頂いて本当に有難うございます」
赤いジャンパーの少年がやっと落ち着いて感謝の言葉を述べた、そして隣で未だにパニックになってる少年の背中を叩いて落ち着かせる。そんな二人の後ろにレイがやっと降りてきて抱きかかえていた少女を一度ガズルに渡す、自分のジャンパーを脱いでそれを少女の体にかぶせてもう一度抱きかかえる。
「君達、何で空から落ちてきたんだ?」
未だに意識を失っている少女を抱きかかえたままレイは少年二人に問いかける、その言葉に赤いジャンパーの少年は振り向き抱きかかえられている少女を見て声を上げた。
「姉さん!」
「姉さん? この子君のお姉さんなのかい?」
気を失っている少女の顔をもう一度レイが見てそう答えた、彼女もまた意識を失っているだけで外傷は特にみられない。その事を少年に伝えると安堵した様子で胸を下した、ホッとした少年はもう一度レイの顔を見て礼を言う。
「はい、僕の姉です。――あの、助けて頂いて本当に有難う御座います!」
「そうか、とりあえず怪我が無くてよかったよ。此処じゃ何だ、僕達の拠点に行こうか。そこならお医者さんも居るしゆっくり休めるだろう」
レイがもう一度抱きかかえている女性に目線を落として提案した、彼らが一体何者でどこから来たのか、また何故空から降ってきたのか。考えれば考える程謎は深まるばかりで聞きたいことも山ほどある状況ではあった。しかし、この女性は未だに目を覚ましていない。その事を気遣ってかレイは自分たちのアジトへと一度戻ることを提案したのだ。だがそれにギズーが噛みつく。
「待てよレイ、こんなどこの馬の骨とも分からねぇ奴ら連れてくってのかよ」
「そうだよギズー、これがどんな状況かは分からないけど一度アジトに戻ろう。色々と聞きたいこともあるし何より治療が優先じゃないか?」
「……このお人よし目。おいテメェ、せめて名前ぐらい名乗ったらどうだ?」
レイの申し出に納得が行かないのか、はたまた見ず知らずの人間を自分たちのアジトへと案内するのを嫌ったのか不機嫌な表情で捨て吐いた、そして未だ名前を名乗らないこの少年達にイライラしていたのも確かだ。
「すみません、ボクはミラ、『ミラ・メーベ』と言います。こっちのツンツン頭は『ファリック・ベクアドルド』。それと姉の『ミト・メーベ』です、ところで……」
赤いジャンパーの少年がそれぞれの名前を告げる、ミラは意識を取り戻してからずっとモヤモヤとしている事を告げようと口を動かし、その言葉にレイ達四人は唖然とした。
「名前は憶えているのですが……ボク達は一体何者なんでしょうか?」
一時間かけて山を下り、メリアタウンの拠点へ到着したのと同時に外の天気は雷雨へと姿を変えた。真っ黒な雲が空全体を覆い激しい稲光を伴って大粒の雨が降る。うだる様な暑さだった外は雨によって幾分か気温が下がり少しだけ快適になる。だが湿度がグンと跳ね上がり今度は蒸し暑さが町全体を包み込んでいた。
アジトに到着した彼らを出迎えたプリムラがお客さんを連れて帰ってきた彼らにため息をついている、事情を聴き奥の応急処置用の部屋をあてがい彼等を休ませることにした。
「記憶喪失ってやつか?」
落下の衝撃で顔面を強打していたアデルがプリムラから氷を受け取り患部を冷やしながら言う、今彼らが居るのはアジトのロビー、それぞれが椅子に座ったり壁に寄りかかったりして休憩をしていた。
「名前だけ憶えていてそれ以外忘れてるって都合がよすぎると思わねぇか? 俺は断固反対だ、即刻追い返した方が良い」
腕を組みながら壁に寄りかかっているギズーが言う、確かにこの内戦の最中見知らぬ人間をアジトに引き入れる事自体が愚策ともいえるのは分かっている。だがレイは首を横に振った。
「危険なのは分かってるけど、多分、帝国の差し金じゃないと思う」
「その証拠は?」
椅子の背もたれに両腕を乗せ、さらにそこへ顎を乗せてくつろぐガズルが問う、そこにプリムラが四人にコーヒーを入れて持ってきた。彼らはそれぞれ受け取ると一口飲み一息つく。
「俺も帝国のモンじゃねぇと思う、多分レイはこう言いたいんだ。空に突如現れたアレがまず理解不能で、俺とレイは法術剣士だから分かるがあんなの見た事も聞いたことも無い、おやっさんからあんな法術があるなんて教わってねぇしそもそもあんなエレメント感じた事もねぇよ。仮に帝国が新しく開発した術だっていうなら俺達が感じ取ったあのエレメントの正体が分からない」
淡々と説明を続けるアデルにレイが賛同する。そう、この二人がこう断言するのはそのエレメントにある。世界に存在するフィフスエレメント、それはこの世の全てでありそれ以上の存在は確認されていない。かのカルナックでさえ感じることも対話することも出来ない新たなエレメントなど現在においては全くの未知であった。
「でもよ、仮に帝国がその……未知のエレメントだっけ? それを発見したっていうならどうだ?」
コーヒーカップをアデルに向けて突き出しながら首を傾げるガズル、それに対してレイが首を横に振って答える。
「エレメントってのは発見したり出来るもんじゃないんだ、術の開発ならともかくエレメントを発見もしくは開発するなんて聞いたことも無い、あるとすればそれは――」
近くの椅子に腰かけてて一口コーヒーをすすってガズルを見る、アデルも同様に顔を冷やしている氷を退かしてガズルを見た。
「ガズル、君のその重力を操る力。それだけが現代において未知のエレメントって言っても過言じゃない、最初アデルが君に何をしたって言ったの覚えてるだろ? あれ、正直僕もそう思った。得体の知れないエレメントだったけどどことなく似ているんだ、でもあの膨大なエーテル量をガズルが持ち合わせていないのは知って――」
「レイ、遠回しに言わなくていい。結論だけ教えろ、結局何だ?」
煙草に火をつけて煙を吐き出しながらレイを睨むのはギズーだ、回りくどい説明をクドクドと続けていたレイにさらにイライラを露にしていた。それを横目で見たレイ本人は苦笑いしながら。
「わからない」
そう、たった一言だけ答えた。同時に外の雨脚が一層強まり屋根に当たる雨の音が増した。所々雷もなっていてる、昼間なのに薄暗くなった外を一瞬だけ光らせる様に雷はなり続ける。
「で、どうすんだ?」
あてがっていた氷を下して帽子を被りなおし椅子に寄りかかるアデル、横目で彼等三人が休んでいる応急処置室を見ながら言った。確かにそうだ、何がどうなって彼らが現れたのかは今問題ではない、彼等をこれからどうするべきかである。
「戻ったぞ、とりあえず心配はいらない。軽い打撲程度だろう」
その扉が開いて中から一人の男が出てきた、FOS軍の全般を管理しているあの医者だった。念のため彼等の容態を見てほしいとレイが頼んでいたのだ、何も心配いらないとホッとした表情で彼は出てきた。
「有難うゼットさん、記憶の方はどう見ますか?」
「そっちはわからんね、私は外科であって心療内科とはまた別なんだよ」
ゼット、彼の名前だ。東大陸ではギズーを抜かせばその腕は大陸一、しかしそれは外部の損傷や体内構造を専門分野とする。そんな彼が首を振って否定していた。
「とりあえずあの女の子の目は覚めたぞ、行ってやんなレイ君」
「わかりました、ちょっと様子見てきます」
最後の一人がやっと目を覚ましたらしい、その報告を受けてレイは立ち上がってテーブルにコーヒーを置いた。ジャンパーを羽織ってその場を後にしようとしたその時アデルが唐突に口を開く。
「早く戻って来いよ、お前がいねぇと暑くてしかたねぇ」
ギズーとガズルもそれに賛同して頷いた、困った顔をしてレイは苦笑いを一つして足を動かした。部屋の前にくると一つノックをしてドアを開ける。中には気を失っていた女の子がベッドの上で状態だけを起こして座っているのが目に映る。その周りにミラと名乗った少年と、ツンツン頭のファリックが椅子に座ってこちらを見た。
「目が覚めたって聞いて様子を見に来ました、大丈夫ですか?」
窓の外で雷が光、薄暗い部屋の中を一瞬だけ照らす。彼女の表情はどこか暗くうつろな瞳をしているのが分かる。どこか悲しそうで寂しそうな、そんな表情にレイは見えた。
「ほら姉さん、この人がボク達を助けてくれたお兄さんだよ」
「……」
ミラが少女の体を揺すってレイが入ってきたことを告げるが反応がまるでない、一点だけを見つめてボーっとしている様子だった。レイはそれに違和感を覚える。ミラとファリックは互いに名前とお互いの認識、そしてミトの事だけは覚えているようだったがこの少女、まるで生気が無い。
「ミトさんでしたね? はじめまして、僕はレイ・フォワードと言います。……あの、大丈夫ですか?」
レイの問いかけにも全く反応が無かった、同じようにずっと一点だけを見つめているように視線も動かずただただボーっとしてるだけだった。
「ごめんなさい……まだ状況がよく理解できていなくて、貴方が私達を助けてくれたんですね?」
「えぇ、居合わせたというかキャッチしたというかなんというか。目立った外傷は然程無いと伺ってます、痛い所とかありますか?」
「いえ、大丈夫です。でもその……私記憶が――」
この少女もまた記憶が欠落していた、それを聞いたレイはため息を一つついてミトの顔を見つめる。改めてみると幼い顔立ちをしている、どことなく死んだメルと重ねてしまう自分が居る。年齢は多分同じぐらいだろう、桃色ですらりと長い髪の毛、大きな瞳で整った顔立ち。美少女と世間一般では言われるだろうそんな少女だった。
「ミトさん、僕達は今帝国と戦争してる最中です、何か身分の証明になるような物はお持ちじゃありませんか? あなた達がどこから来たのかが分かりませんと庇うに庇えないのです」
近くにあった椅子を手に取ってそこに腰を掛けた、ミトの横で心配そうにレイを見つめるミラに優しい笑顔で返す。彼もまた鬼ではない、きっと帝国の差し金ではないと心のどこかで信じているからこその笑顔だと思う。何か身分が確認できるものを提示するように言われたミトは自分のバックパックを探している。
「記憶が無いので何の証拠になるのか分かりませんが、もしそれらしいものが在りましたら探してください」
ベッドの脇に置かれているバックパックを手に取るとそれをレイに手渡した、本人の了解を得てレイはその中を探り始める。見慣れない機器や携帯食料らしき物、見た事の無い様々なアイテムがそのバックパックの中には入れられている。
「どれもこれも見た事の無い物ばかりだ……ちょっと待っててください」
そういうとバックパックを手に部屋を後にする、ドアを開けた瞬間そこにはアデル達三人が聞き耳を立ててドアに寄りかかっていた彼らが一斉に部屋の中へとなだれ込んでくる。それを見たミトはビクっと肩を震わせた。
「君達――」
「いや、だってよ。気になるじゃんやっぱり」
ギズー、ガズル、アデルの順に床に倒れた、一番上のアデルは急いで立ち上がると気まずそうにそう告げる。レイもため息を一つ、そそくさと立ち上がるガズル達にもう一度目をやりバックパックを見せる。
「ガズル、博識の君なら見た事ある物があるんじゃないか?」
「ててて……ちょっと貸してみ」
差し出されたバックパックの中身を一つ一つ床に出していく、だが彼もまたどれもこれも見た事の無いアイテムがずらりと並ぶ、同じくギズーも並べられたアイテムを覗き込むが同様に首を傾げてしまった。アデルは――言うまでもない。
その中で一つガズルの目に留まるアイテムがあった、それも他の物と同様で見た事の無いアイテムではあったが他の物とは多少異なるものであった。
「この小さな本みたいなの何だ? あんたの顔が写ってるけど……見た事の無い文字だな、全く読めねぇ」
「俺に貸してみろ……何だこの文字、デタラメに書いてあるのか?」
ガズルが手に取ったのは手の平に乗る程度の小さな本だった、表紙は何かの革で作られていて中身には見た事も聞いたことも無い文字が羅列している。何ページかめくるとミトと同じ顔をしたものが写っている。アデルも興味津々でそれを覗き込むが、さっぱり分からないでいた。
「さっぱりだな、でも帝国の人間じゃないのは分かった。こんなの見た事も聞いたことも無い、ましてや似顔絵にしたって鏡を見てるような綺麗な出来栄えだ。俺の知る限りじゃこんな技術知らん」
ギズーがその小さな本を片手で閉じると再びバックパックの中へと戻す。
「ごめんなさい、私達も本当に何も覚えてないんです。名前と私達の間柄ぐらいしか……」
その言葉に四人は再び黙り込んでしまう、この少女たちの扱いを如何すればいいのか困惑していた。そんな中アデルがバックパックを手に取りレイに返そうとした時、彼等が見落としていた横の小さなポケットをアデルが発見する。返そうと伸ばした手をもう一度自分の方へ引き戻しそのポケットに手を入れる、その瞬間アデルの表情が強張った。
「ミトっつったっけ? コレは何だ?」
ポケットから取り出したのは彼等にしてみれば見覚えのあるものだった、青く光る手のひらサイズの小さな石。幻聖石である。
「分かりません、それは一体なんでしょう?」
「とぼけるのか? これはこうやって――」
アデルがその幻聖石の中身を確認するべく具現化させようとする、しかし本人でない限り中身を取り出す事の出来ない幻聖石はアデルの手の平では何も反応しない。そんな初歩的なことも忘れているのかと他の三人は呆れ顔でアデルを見る。
「アデル、別に幻聖石を隠し持ってた訳じゃないだろ。僕達が見落としていただけだ、彼女に中身を見せてもらおう」
「……」
顔を真っ赤にして幻聖石をミトへと放り投げる、両手で受け取るとミト本人が首を傾げてその石を見つめていた。
「これ、どうすればいいんですか?」
「強く握って、それからその石に意識を集中させてみて。何かイメージが浮かんで来たらそれを実際に持ってるようにさらにイメージしてみて」
レイが優しく使い方を教える、ミトは戸惑いながらも言われるがままにイメージする。すると幻聖石は光だし中に格納されているものが出現し始めた。杖だった、見た目は木材だが手入れはしっかりとされている杖が出てきた。
「……杖?」
出てきた杖を両手で持ってそれを眺める、何処にも変わったところは見られない普通の杖だった。
ミトとファリックもまた同様に自分のパックパックを漁り、同じように幻聖石が見つかる。二人はミトと同じようにそれに集中するとそれぞれ格納されているものが出てくる。
「ミラ君は槍でファリック君は……何だそれ」
出てきたのはシフトパーソルによく似たモノだった、それも二丁。真っ先に飛びついたのがギズーである、ファリックが握っている二丁のシフトパーソルによく似たモノを見て興奮する。
「おい、お前それちょっと見せて見ろ」
ファリックは自分の元へと迫り寄ってくるギズーの気迫に押されて恐怖を覚えた、すぐさまその二丁を手渡すとミラの後ろへと隠れる。渡されたギズーは目を丸くしてソレについて語る。
「信じられねぇ、『コルト・パイソン』じゃねぇか……しかも『オリジナル』かこれ?」
「始まったよ、ギズーのシフトパーソル語り……」
目の色を変えてソレをマジマジと見つめるギズーに対してアデルがまたかと落胆する、しかしギズーの熱は冷めず続く。
「馬鹿野郎、お前これがどれほどの貴重品か分かってねぇだろ! こんな骨董品俺のウィンチェスターライフルなんかより数が少ねぇんだ、見て見ろこの美しいライン、このバレル。あぁ……すげぇ、こんなに状態の良いオリジナルを見るのは初めてだ。そもそも現代におけるシフトパーソルの原型は全てこの骨董品を真似して作られたんだ。言わばご先祖様、創造主!」
「あー、わかったわかった。とりあえず落ち着け、んでそれを返してやれ」
レイがそれを取り上げると駄々をこね始めるギズー、ガズルとアデル二人が押さえ付けてレイから引き離して拘束する。ため息をついて手に持つ二丁をファリックへと返した。
「ごめんな、アイツこういうのが好きなんだ」
そう苦笑いをしながらファリックに伝えると、彼もまた苦笑いで返してきた。やっとの思いでギズーを押さえ付けているアデルが再び尋ねる。
「で、結局どうするんだ? 武器を持ってるってことは旅人か何かだと思うけど記憶がねぇんじゃこの先どうにもなんねぇだろ」
「そこなんだ、僕達じゃどうにもできないってことが分かったから先生に意見を伺おうと思う。だから一度帰ろうと思うんだけど良いかな?」
レイのお人よしに三人は頭を抱えてしまう、この戦時中に見も知らずの少年少女の世話をしようというのだから困ったもんだ。だがこうなることはある程度予想はしていたのだろう。三人は仕方なさそうにその提案を飲んだ、もとよりレイが何を言っても止める気は毛頭なかったからだ。彼らのリーダーの発言には基本従う、そう決めていたからこそ。
「別にお前の意見にアレコレいうつもりは無いけど、この街はどうするんだ? 現状俺達が抜けるとなると押されるんじゃないか?」
「アデルに賛成、少なくとも全員で行く必要はないと思うし……俺とギズー二人が残るからお前ら二人で行って来いよ。俺の重力球とギズーの法術弾があればある程度は抑えられるだろう」
ギズーはそれに対して意見をしなかった、見ず知らずの人間のお守をするよりかはこの戦場で暴れていた方が彼には合っているのだろう。確かに全員でまたカルナックの家に行っても仕方ないのは正論である。レイとアデルは元々カルナックの弟子であるわけで、相談もしやすいだろう。
一方ミト達は困惑している様子だった、今日初めて会った人達にこれ以上迷惑をかけていいのだろうかと。しかし他に頼れる人間が居るわけでもない、だからこそ断り辛い部分もあるが頼りたいのは本当のところなのだろう。
「何から何まで、本当に有難う御座います。なんてお礼を言ったらいいか」
「お礼なんかいいよ、これもきっと何かの縁だと思ってさ。それに――」
レイが不安そうに語るミトに対して笑顔を向けてそう告げようとした時、外で爆音が鳴り響いた。雷の音ではない、何かが爆発するような轟音だった。爆音がした後アジトが地震発生時みたいに大きく揺れる。部屋の中の家具は傾き倒れる。
「おいおい何だよ!」
倒れてくる家具がファリックに向かって傾いた時、ガズルがすぐさま飛び出していた。ファリックに接触するか否かの処でガズルがそれを抑え込みぶつかることは無かった。だが揺れは未だ続いている。爆発音は最初の一発のみでそれ以降は聞こえてこない。家具を誰も居ないところへと放り投げてファリックとミラの体を両脇に掴んでガズルは部屋を後にする、レイもミトを抱きかかえ大きく揺れるアジトから外へ出る。残りのメンバーもそれに続いた。
外に出た時、街のはずれに現れたのはミト達が出現した時に現れた黒い球体が空に浮かんでいる。それも先ほど見た時よりも巨大なものだった。
「おいおいおい! また何か出てくるぞ!」
アデルがグルブエレスを引き抜いてそう叫ぶ、彼の言う通り球体から何かが出てくる。灰色の無機質な物体が最初に姿を現した。 次々と出現するそれはあまりにも巨大な物体だった。
「でっけぇ……なんだこれ」
半分ぐらいが出現しただろうか、それは彼等にとって全くの未知であった。見た事の無い物体、見た事の無い大きさ。その何かは巨大で角ばっていてい、何処か人の形にも似ていた。
すべてが姿を現した時その巨大さが良く分かる、メリアタウン郊外に出現したそれは彼等から離れているにもかかわらず見上げる程の大きさをしている。例えるのであれば巨人、だが人間ではない。その体を構成している素材は分からないが現代においてこのような技術が確立してはいなかった。
「あの黒い奴から出てきたってことは、ミト達を追って来たのか? プリムラさん、至急避難勧告を!」
最後に一度大きな縦揺れがあった後、雨が降りしきる中ようやく地震が収まった、何事かと外に出てくる人の数が増えてきた。そしてその巨人を見上げて驚く。当然だろう、突如としてあんなものが目の前に現れたとなればパニックになる。ミトを地面に降ろすとレイは直ぐに町全体に避難勧告を出すようプリムラに指示をする。
「レイ、如何すんだあんなでけぇの」
レイの横に立ってアデルが見上げながら問う、同じようにガズルとギズーも二人の横に立って巨人を見上げた。動く気配は今はない。しかし先ほどから何やら鐘の鳴る様な音が聞こえている。その間隔は次第に短くなってきていた。
「動いてねぇ今がチャンスだ、叩くなら今しかねぇぞレイ」
「分かってる、でもさ――」
幻聖石から霊剣を取り出して巨人の隅々を調べる様に見渡すレイ、左に立つギズーから攻撃を仕掛ける提案を受けるがどこをどう攻撃すればいいのかが分からない。ましてやこんな巨大なものに攻撃が通用するのだろうか? それがレイの頭の中をぐるぐると回る。
「どうやって攻撃すればいいんだよこんなの」
あまりの大きさに呆然とするレイ、鳴り響く鐘の音は次第に速度を増し、そして音が止んだ――。