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作者: ちありや
第6話 真実の欠片
「ね、次は貴方の世界の事を教えて。さっき軽く聞いた限りでは平和な世界みたいだったけど?」

 鈴代ちゃんが唐突に聞いてきた。俺の個人的な経歴は聞いてる方が悲しくなってくる可能性があるから、あまり詳しくは語りたくない。

 と言う訳で、歴史が枝分かれした辺りからの説明をしてやる事にした。鈴代ちゃんも軍人なんだから戦争の話は興味あるだろう。

「…へぇ、それで日本は戦争に負けたの? 負けても国土や文化を守れたと言うの? そんな事があり得るの…?」

《確かに日本は全国的に爆撃されて国中が焼け野原になったさ。でもそこから復活したんだ。それどころか世界的に2位とか3位とかの経済力を持つ国になれたんだ》

「一体どんな魔法を使えばそんな奇跡みたいな事が…?」

《奇跡じゃないよ、国民みんなで頑張って復興したのさ。でも一番大きかったのは敗戦で軍隊が解散させられて、本来掛かってた軍事費用と人的ソースをほぼ全て経済に回せたから、だと思うよ》

「軍隊を無くしてどうやって外国から祖国を守るの?」

《ケンカじゃなくて仲良くしたのさ。金や人をどんどん回して、貧しい国には日本の金で、道路や学校を作ったり井戸を掘ったり。普通の国には投資して金が回りやすいようにしたり。金のある国にはがっぷり組んで貿易して、お互いが居ないと立ち行かない様な関係を作ったんだ》

「…ふう、私の知識の埒外な事ばかりで、丸呑みして信じる事は出来ないけど、とても興味深い話ではあったわ」

 鈴代ちゃんにとっては何百年も過去の、そして『起こり得なかった』歴史の話だ。創作物語感覚で受け取っているのだろう。何となく楽しそうだ。

《まぁ俺も専門家じゃないから小さな間違いはあるかもだけど、意識的な嘘は言ってないよ。それは約束する》

 ☆

 さて、先程の戦闘空域に到着した。地表近くまで降下して真っ先に見つけた物は直径100メートル程のクレーターだった。
 流れ弾の爆発によって出来たのかと思ったが、そこまでの火力は敵も味方も使って無かったはずだ。一体何が…?

「…これは幽炉が暴走した時に起こると言われている『空虚ヴォイド現象』よ。周りを巻き込んで全てを飲み込んで消えるの。そこだけポッカリ抉られた様に消滅するわ… 恐らくは先刻の戦いで戦死した水上少尉か松本少尉の機体ね」

 幽炉が暴走するとこうなるのか。すると……。

「さっき誰かさんが格納庫で1人で幽炉を発動させて、一歩間違えばこうなっていたって事。いい機会だからよく見ておく事ね」

 鈴代ちゃんが冷たい。知らぬ事とは言え基地を消滅させかけた俺を責めている。無知なまま火遊びをして親にこっぴどく怒られた感じだ。

《うう、分かったよ。勝手に幽炉を使ったのは悪かった。もうしないから許してくれ》

「…分かってくれればいいわ。今は亡くなった2人の冥福を祈りましょう」

 鈴代ちゃんは機体を降下、着陸させて地面に足をつける。そして両手を合わせて黙祷する。神経接続されている機体もそれに倣う。
 西洋風の指を絡ませて拳を握る祈りではなくて、彼女が合掌して祈る佇まいが如何にも日本的で美しく、それでいて巨大ロボが合掌する様が何処と無く前衛的でもあった。

《さて、これからどうするんだ? 一応奴らの逃走した方角は記録されてるからマークしておいたけど》

「そんな事も出来るの? 気が散るだけのお邪魔虫かと思ってたけど意外と便利なのね」

《お前その一言多い癖は直せよな。す… 少尉さんが乗っている時は俺も機体の各部を操作出来るんだぞ? 尤も優先権はそちらにあるからパイロットの意に反して動く事は出来ないし、やらないけどね》

 鈴代ちゃんは数秒間、何かを考えこむ様に黙っていた。

「…ねぇ、もしそうなら、ちょっと歩いてみてくれる?」

 その言葉を受けて俺はゆっくりと左足を一歩前に踏み出した。少しフラついて赤子の様に心許無い。踵の高さが20cmある様な靴を履いている感覚だ。

 一歩、二歩、俺は自分の足に大地を感じながら歩みを進める。少しずつ体が慣れてきて、踵の高さの感覚は10cm程に低くなっていた。このままリハビリ(?)を続ければ、いずれ問題なく歩くどころか全力疾走まで出来そうな気がする。

 そして三歩目が地面にめり込んだ後で、「次は腕を動かせる?」と新しい指示が出た。
 肩を回し、肘を回し、手の指を握ったり開いたりする。足同様に感覚は重いが、慣れたら何とかなりそうな手応えだ。

「驚いたわね。どんなに才能のある子でも、輝甲兵を歩かせるだけで1~2時間は実習しないと無理なのに…」

 ふふーん、ここに来て俺のチート能力が覚醒したのだ! と思ったが、

「まぁ、操者じゃ無くて機体そのものなら、これくらい出来ても当然なのかしら…?」

 と水を差してきやがった。

《ふん、このままお前より上手になって、正パイロットの座を奪ってやるからな!》

「何よ! 出来るもんならやってみなさいよ! どうせアンタは電池が尽きたら… あっ…」

 鈴代ちゃんが言うべきではない事を口走ってしまったのを自覚して口をつぐむ。

「…ごめんなさい。無神経な事を言ったわ…」

 …ちょっと気まずい雰囲気だ。

 !!

 動体センサーに反応があった。味方の信号は出ていない。数は1、距離は300メートル。輝甲兵のサイズを考えると近すぎる。この距離まで探知出来なかったとは、俺の不慣れが原因だ。後で鈴代ちゃんに怒られないか不安だな。

《敵だ! 上昇離脱!!》

 俺の声を受けて鈴代ちゃんが素早く反応し、機体を急上昇させる。その0.5秒後に俺の居た場所に敵の放ったビームが通り過ぎる。間一髪だった。

「危なかった… 助かったわ、ありがとう」
怒られるかと思ったが礼を言われた。ちょっとラッキーだな。

《礼は後で! 数は1体だがまだ来るぞ?!》

 下の森から何か撃ち出された様な高速飛翔体がこちらに一直線に向かってくる。『高速モード』を使用した虫の突撃だ。

 鈴代ちゃんは腰の拳銃を手に持ち替え敵に向ける。
 銃を両手に構えて待ち受ける。直ぐには撃たず虫の突撃に対して直前まで引き付ける。

 距離が50メートル程まで近づいた所で鈴代ちゃんは引鉄を素早く3回引いた。3点射バーストモードで放たれた計9発の弾丸は全て相手に命中したが、高速モードの副産物と思われるバリアーの様な物に阻まれて、あまり有効打とは成り得なかった。

 鈴代ちゃんは突進して来た虫を闘牛士の様に紙一重で躱す。相手が戻ってくる前に更に上昇を続けていく。

《おい逃げないのか? このままじゃ…》

「相手が高速化しているから逃げられないでしょうね…」

《分かってるなら幽炉を使って…》

「…出来る訳無いでしょ。さっきの今で幽炉を開放なんて…」

 それが俺の命を縮める事を分かっていて、俺に気を遣っているんだろう。
 馬鹿な娘だ、それで落とされたら元も子もないだろうに…。

 虫が旋回して再び突進して来る気配を見せる。射撃してこない所を見ると、向こうさんもネタ切れの可能性が高い。そうならば非常に助かる。

 鈴代ちゃんは後ろの腰にマウントされている鉈の止め具を無造作に外す。自然落下する鉈を脹脛ふくらはぎにある止め具で器用に受け止め、そのまま右脚に固定させる。

 突進して来る相手に真正面から立ち向かう様に、こちらも加速しながら体を半回転させ頭と足を入れ替える。

 先程鉈を装着した右脚を伸ばして相手に向ける。まるで特撮ヒーローの如き絵になる必殺キックだ。
 鉈キック(仮)は虫の顔面に直撃、お互いの速度が威力を加速させ、俺の足も虫の体にくるぶしくらいまで埋まる。

 鈴代ちゃんはそのまま虫の顔を蹴り上げる形でクルッと背面宙返りをし、今しがたまで右足が食い込んで穴の開いた虫の顔面に、持っていた拳銃で先程と同様に、3×3の9発の弾丸を撃ち込む。虫の血飛沫が舞う中、拳銃のスライドがロックされた。これで残弾全てを撃ち尽くした事になる。

 その刹那、虫の全身から放電現象が起こり、プラズマの火花を撒き散らす。虫は事切れた様に力を失い落下を始める。
 異変が起きた。虫からのプラズマが広がり直径100メートル程の円形の力場を形作る。

 やがて力場の中心にいる虫が大きく発光して忽然と消えた。
 力場内に掛かっていた俺の右足と、装着されていた鉈の半分を飲み込んで……。

 ぐわぁぁぁぁっっ!! 痛ってぇぇっ!!

 忘れてたよ。この体でもダメージ受けると痛いんだったな。足首から切断されるとこんな痛みになるのかよ… 出来れば知りたくなかったけど勉強になったぜ……。

「ちょっと71ナナヒト、大丈夫なの?」

 鈴代ちゃんが心配して声を掛けてくれた。俺の受けたダメージは鈴代ちゃんには届かないらしい。ちょっと安心した。

《なんとか。この体でダメージ受けると俺も痛いんだわ…》

「そうなの? 自分自身で神経系を操作できない?」

 言われてもやり方が分からないんだけど?

「意識を足から外してみて。膝から先を切り離すイメージで…」

 俺が文句を言う前に鈴代ちゃんはアドバイスしてくれた。どれどれ……。

《おお、出来たよ。一気に楽になった。何で対処法を知ってたんだ?》

「え…? ゴメン、適当に言った…」

 鈴代ちゃんが気まずそうに答えた。
 …うん、まぁ結果オーライだ。責めずにおいてあげようじゃないか。

《そうか。でも痛みが引いたのは確かだからな。礼を言うよ》

「お礼を言われる筋合いじゃないわ。むしろ私の油断で貴方を怪我させてしまったのだから…」

《まぁ、こうして勝てたし幽炉パワーを使わずに済んだから、俺の寿命も減らずに済んだよ》 

 そうだよ。鈴代ちゃんが俺に気を遣って戦ってくれた結果なんだから文句は無いさ。

「あー、いや、受けたダメージの修復で勝手に幽炉の力を使ってるからプラマイゼロかな…?」

 このクソアマ使えねぇ……。

《それにしても今の虫の死に方、あれって…》

「…ええ、あれは多分虚空ヴォイド現象… 私もこの目で見るのは初めて…」

《てぇ事は…?》

「…虫も幽炉かそれに類する機関を使っている可能性がある、って事かしらね…」

《確か幽炉の開発経路って不明なんだよな?》

「そうね、縞原重工でも秘中の秘って聞いてるわ」

《なぁ、もしかして…》

「それ以上は言わないで。ここで考えても答えは出ないし、考えるだけ無駄よ…」

 鈴代ちゃんは思考を停止して軍人らしいドライな答えを出す。こういう時に俺みたいにあれこれ悩む奴は早死にするんだろうな…。

「多分、あいつは群れからはぐれた個体で、死にかけていた所に私達を見つけて自爆覚悟で襲ってきたんだと思うわ」

《奇襲の一発が外れてから、こちらに組み付いて自爆しようとしてたのか… 本当に賢い、って言うか度胸があるよな》

「ええ、奴らは紛れも無く誇りある戦士で強敵よ。でも人類は負ける訳にはいかないの…」
 鈴代ちゃんは噛み締めるように呟いた。

「ところで足の痛みはどう…?」

《あぁ、おかげ様で痛みは無くなったよ。これからもこのやり方で痛みをコントロールできると思う》

「…なら良かったわ。男の悲鳴なんて聞きたくないし」

《おいおい、そう言うけどマジで痛かったんだからな? 足首から切り落とされた経験無いだろ?!》

「ハイハイ、宮本君は凄い凄い。でも私が居たから痛みは消せたのよ? 感謝してくれても良くってよ?」

 この女……。

《お前調子に乗るなよ! 感謝?! もし体が有ったら幾らでも顔射してやるってんだよ!》

 俺のナチュラルなセクハラ攻撃に鈴代ちゃんはキョトンとして
「…何? 『ガンシャ』って…?」

 と聞いてきた。お、おう、相手に下ネタが通じないと言い出したこちらが恥ずかしくなるじゃないか。

《な、何でもねぇよ。とりあえずゴメンナサイ》

「何? 急に謝って… あ、ひょっとしてエッチな話だったの? サイテー、心配して損した!」
 また顔を赤らめてムクれる鈴代ちゃん、表情豊かな娘だよね。

「足の損傷は塞がっているみたいだけど、無くなった足そのものは自己修復出来ないわ。本格的に直すとなるとやはりメーカーの縞原重工に行かないと…」

《それなんだけど、輝甲兵は基本飛んで戦うんだから、足って別に無くても良くないか?》

「…ええ、まぁ元々人間が神経接続して動き易くする為の人型だから、空中の姿勢制御と着陸時の安定装置以外の意味は薄いわ。姿勢制御は足首から下が無くなってもそれほど影響は無いし、先刻の様に地面を歩く事も殆ど無いから…」

《じゃあ、安定の為の義足でも付けてもらえば、俺はそれで構わないよ? 縞原重工にはそりゃもう山ほど問い質したい事があるけどね? まぁ、いずれは乗り込むけど、もう少し尻尾を掴んでからだな。今はまだその時じゃ無いよ…》

「そうなの? 貴方がそれで良いならこちらも助かるけど…」

 とりあえず俺の負傷(損傷)と並んで、鈴代ちゃんの疲労が濃く見えてきたので、ここで任務を終了、帰還することにした。
「本当に今日1日だけで人生がひっくり返った気がするわ…」
 鈴代ちゃんはしみじみと呟いた。

 帰り道すがら……。
《そう言えば、さっき途中で切れちゃった幽炉の話なんだけどさ》

「ええ、なぁに?」
 何だか言いづらいな……。

《え、えーと、確認なんだけどさ、幽炉のエネルギーが尽きたら俺は死ぬんだよな…? 今の幽炉残量92%ってあるけど、それで俺はあとどれだけ生きられるんだ?》

「……」

 鈴代ちゃんは答えない。答えないと言うか、答えを知らない風だ。
「エネルギーの尽きた幽炉はメーカーの縞原重工に送られるけど、その後の事は分からないわ… そう言うのも今まで考えた事も無かった… ごめんなさい…」

 今の『ごめんなさい』はきっと俺にじゃなくて、彼女が今まで使い潰してきた幽炉の魂達に向けて言った言葉なのだろう。彼女の目にうっすらと(恐らくは)悔恨の涙が浮かぶ。

《気にすんなよ。別に君が悪いわけじゃ無いって。今まで俺みたいに自己主張した幽炉なんて居なかったんだろ? 『今まで』を嘆くより『これから』を考えようぜ。…と言う訳で、俺の残り寿命を教えてプリーズ》

 鈴代ちゃんは「そうね…」と寂しく微笑む。
「…戦闘等で幽炉の過剰使用が無いと仮定した場合で、輝甲兵は凡そ100日の無補給稼働が可能よ」
 1日1%の計算か…。それで既に今日だけで8日分のエネルギーを消耗している訳だ。

「幽炉は通常機動の他に、高速化や強力な内蔵火器の使用、損傷の修復で消耗するわ」

《なるほど、その辺は理解した。で、それをどうにか補充する方法は無いのか? 縞原に頼らない方向で》

 鈴代ちゃんは寂しくかぶりを振る。
「それも聞いた事は無いわね。…あ、でも『操者が女の方が幽炉の保ちが良い』っていう都市伝説みたいな話はあるわよ?」

 なんじゃそりゃ? …まぁ確かに『巨大ロボに乗りませんか?』なんて誘われてホイホイ来る様な間抜けは、ほぼ100%若い男だろうから、特殊性癖でも無い限り女の子が相棒の方が嬉しいって言う話なら十分に理解できる。

 つまり幽炉にされた奴のストレスで炉の保ち具合が変わってくる、って言う事なのだろうか?

 他の幽炉の奴らと話が出来れば、何かしらの検証も出来そうだけど、俺と違って閉じ込められたままで、誰とも話せないまま何日も何ヶ月も過ごしていたら、まず間違いなく発狂しちゃうよな。
 そう考えると接触するのも怖い部分もある。何より接触の仕方も分からないし、仮に接触出来ても俺が逆に精神汚染される可能性もある。

《…それじゃぁ精々長保ちする様に大切に使ってくださいよ少尉殿》

 鈴代ちゃんは口元を綻ばせる。
「ふふっ、それは貴方の心掛け次第になるわね」

《その可愛らしい笑顔で俺を癒やしてくれれば、炉の保ちも良くなると思うよ?》

「何それ? またそうやってからかって…」

 また拗ねてしまった。笑ったり怒ったり忙しい子だ。まぁ軍人っていう肩書きに縛られて小難しい顔をしていただけで、本来まだ高校とかに通っている年頃の普通の女の子だもんな。

 …この娘には死んで欲しくない。本当に心からそう思う。
 だからこそ俺が頑張って守ってやらないといけないんだよな……。

 今回の偵察任務は鈴代ちゃんが他人に邪魔されずに、俺から情報を聞き出す為の口実として与えられた物だと言うのは粗方察しがついていた。
 俺もこの時間で色々と勉強になった事があるので、その辺はギブアンドテイクが成り立っているのだろう。

 それはそうと鈴代ちゃんは上手く報告出来るだろうか? あの隊長さんがニヤけた顔で、また鈴代ちゃんに無理難題をふっ掛ける様子が目に浮かぶ様で俺まで無いはずの胃が痛くなってくる……。


 俺も何だか戦闘ロボとして生きていく覚悟も決まった様な気がする。
 それは俺がこの世界に骨を埋める覚悟が出来た、と言う事だ。骨無いけどね……。

 さようなら俺の世界、さようならネトゲのギルドメンバー、特に約束していたバロッチには申し訳無い事をした。
 そして父さん母さん、何も親孝行出来ずにこんな形で別れちまってゴメンな。もしあの世で会えたら、その時は叱ってくれ。

 そんなこんなで、これが俺の異世界生活初日の出来事だ。明日はどんな冒険(?)が待っているのか楽しみだ。オラワクワクすっぞ!
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