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作者: ちありや
第9話 カオス女子会
~鈴代視点

 格納庫で出会った高橋技術大尉に誘われるまま一緒に食事を取る事になった。成り行きで香奈さんも一緒だ。
 士官食堂で各自の食べ物を購入して、3人で4人掛けのテーブル席につく。

 香奈さんは焼肉定食2人前、高橋大尉は味噌ラーメン、特異なイベントが目白押しで疲労困憊している私は、消化に良さそうな釜揚げうどんを持ち寄る。

 私の隣に香奈さん、向かい合って高橋大尉が座り、空いた席に大尉の端末を置いた。

 実は私は結構人見知りするタイプで、初対面の人とのコミュニケーションに自信が無い。加えて高橋大尉の様な初手からガンガン来るタイプの人は正直苦手で萎縮してしまうのだ。

 思い返せば香奈さんも初対面から結構馴れ馴れしい人で、最初は敬遠していた気がする。頑張れば香奈さんの様に高橋大尉とも仲良くなれるだろうか?
 今は隣に香奈さんが居てくれるのが、とても心強い。

「えーっと、成り行きで座っちゃったけど、あたしは席を外した方が良いのかな…?」

 香奈さんはそう言って腰を浮かせる。

 えっ? そんなっ、行かないでよ香奈さん! 私を独りにしないで!

「ん? ボクは別に構わないよ? もともとボクがお邪魔してる様なものだし、時間は取らせないよ」

 そうですそうです、ここに居て下さいよ香奈さん。

「そう? なら遠慮無く…」

 座り直す香奈さん。ホッとして溜息が出た。

「んじゃ改めて自己紹介ね。ボクは高橋たかはし逸美いつみ技術大尉。縞原重工の技術士で、今回輝甲兵のお世話をする事になりました」

「…第24輝甲大隊、第1中隊所属、鈴代美由希少尉です」

「同じく仲村渠香奈少尉…」

 私達2人の自己紹介に高橋大尉はフン、と鼻息を漏らす。

「固いなぁ。ボクは大尉と言っても技術士官だから、直接の上下関係は無いんだし、もっとフランクに行こうよ。口調もタメ口で良いし、ボクの事は気軽に『シナモンお姉ちゃん』って呼んでくれて良いからね?」

 は、はぁ、シナモン要素は何処ですか?

「あ、そのネタはもうやったから」

 私の心を読んだかの様に大尉が答える。その答えの意味が分かりませんけど……。

「ボクは幽炉の精神面のバックアップが専門でね。気持ちとしては技術者と言うよりも心療内科医のつもりかな?」

「な、なぁシナモン姉さん、今『精神面』って言ってたけど、やっぱり幽炉って生き物なんだよな?」

 いきなり香奈さんが食いついた。『輝甲兵は生きている』が彼女の持論で、これまで(私を含む)誰にも相手にしてもらえなかった案件なのだから、当然と言えば当然の流れだろう。

 それにしても『シナモン姉さん』って、香奈さん適応早いな……。

 高橋大尉は『声が大きいよ』と言う意味だろう、自分の口元に人差し指を立てて香奈さんに見せる。

「厳密に『生命活動をしている』と言う訳じゃないけど、確かに輝甲兵かれらには命があるよ。まぁ太古の昔から人間は馬とか犬とかを使って戦って来たわけだから、その延長線上に輝甲兵がいる、と思ってくれて間違いないよ」

 そういって高橋大尉は私にだけ見える様にウインクをしてきた。『話を合わせろ』って意味だろう。

 確かに香奈さんの様な正義感の強いタイプの人に、『異世界から拉致した人の魂を封じている』なんて話は聞かせない方が良いかも知れない。

「だから輝甲兵も無理な使い方をすると、ストレスを溜めて調子を悪くしちゃうんだよ。だから出来れば幽炉開放してパワーアップしたり、ダメージを受けて自己修復させたりはしないであげて欲しいんだ」

 高橋大尉の言葉にウンウンと熱心に頷く香奈さん。私1人が場違いな感じで居心地の悪さを感じていた。

「んじゃあ姉さんは幽炉のストレスをどうにか減らせる技術士様って事なのか? あたしは仕事柄ほとんど幽炉開放しないけど、最近うちの丙型も疲れてる感じがしてさぁ、ちょっと心配してたんだよね」

「今『丙型』って言った? じゃあキミが『プリマバレリーナ』の仲村渠少尉なの?!」

 今度は高橋大尉が香奈さんに食いついた。プリマバレリーナなんてアダ名は初めて聞いたけど、香奈さん程の技量のある人ならば文字通り『主役プリマ』と呼ばれても不思議では無い。

「さっき名乗ったじゃん。それにあたしはダンサーであってバレリーナじゃ無いからね。どうせなら『プリマ』じゃなくて『センター』って呼んで欲しいね」

 ツッコむ所そこ? と思わなくも無いが、私は口を出さない方が良いだろう。

「んじゃ『センター』で。ボクは30サンマル式専属で来たから本当はダメなんだけど、後でキミの機体の幽炉も調べさせて貰いたいな。良いでしょ?」

「あぁ。良いよ。ちゃんと元気にしてやってくれな!」

 いくら縞原の技術士さんとは言え、今日初めて会った人に何の警戒感も無く輝甲兵、しかも丙型を触らせるなんて良くないんじゃないでしょうか?

 まぁ、言ってる私も既に3071サンマルナナヒトを探られている。この人と何があったのか、後で71ナナヒトに聞いておかなくちゃ。

「あ、あのちょっと良いですか?」

 私も軽く手を上げて参加の表明をする。

「私達だけでそういう事を決めてしまうのはいかがな物かと… まず長谷川大尉の許可から取りませんか?」

 高橋大尉はキョトンとして

「そっか、そう言えばそうだね。ここで待ってれば長谷川さん来るかなぁ?」

 と周りを見回して「ゴメン、ちょっとお手洗い」と立ち上がる。

 そして私の脇を通り過ぎる際に『71ナナヒトくんと同じ事を言うんだねぇ、このマジメさん』と耳打ちして行った。

 71ナナヒト? その呼び方を既に知っていると言う事は、彼に意識がある事を知られているのか? 隠そうとする暇すら無かったではないか……。

 すぐに追いかけて行動を諌めるか、何らかの方法で口を封じる必要がある。慌てて立ち上がりかけた私に、

「どうした? アノ人に何か言われたのか?」

 と香奈さんが訝しげに声を掛けてきた。ここで香奈さんを置いて私まで出て行ったら余計に怪しまれてしまう。香奈さんだけじゃない、周りに居る他の士官も何名かこちらを見ている者がいる。

「え? あぁ、いや、その… 『鼻毛出てるよ』って言われて…」

 何言ってんだ私? とっさに出た言葉がそれだった。もう少し上品に切り返せないものか? 機転の効かない自分の愚かさが嫌になる。

「そう? あたしは気付かなかったなぁ。大丈夫じゃない?」

 香奈さんにまじまじと顔を見られる。本当に鼻毛が出ていたらどうしよう…?

 とりあえず話題を逸らせて、香奈さんに71ナナヒトの事はバレずに済んだ。

「ただいま帰りング」

 程なく高橋大尉が戻ってきた。どうやら普通にお手洗いに行っていただけのようだ。

『この人は既に71ナナヒトの秘密を知っている』と言う前提で接しなければならない。そして『どこまで知っているのか?』を探る必要もある。

「どうしたのさ? そんな『彼氏の浮気相手を見るような』目でボクを見つめちゃって。ちょっと怖いんですけど?」

 目付きが悪いのは生まれつきだ。それに『彼氏』って誰の事よ? あんな軽佻浮薄な輩になんて……。

「お? 誰かを思い浮かべてますな? 鈴代少尉は青春してるねぇ」

「なに? マジかよ鈴代。あたしと言う者がありながら…」

 香奈さんまで何を言ってるんですか?

「それで、高橋大尉は具体的にはどういった活動をされているんですか?」

 私の問いに高橋大尉はニヤリとして、脇の端末をテーブルの上に置いて画面を展開する。

「これを見て」

 画面に現れたのはピンク色のロングヘアで可愛らしい顔をした、4等身位のアニメによく出て来る様な女の子の映像だった。

「この娘はボクの作った『対輝甲兵搭載型幽炉用メンタルケア人工知能のアンジェラちゃん』って言ってね、さっきも71ナナヒトくんのお世話をしてきたばかりなんだよ?」

 なるほど、分かりません。

 私と香奈さんの頭上に?マークが飛び交っているのが見えたのか、高橋大尉は補足説明をしてくれる。

アンジェラちゃんこの娘の力で、幽炉の残量を回復させようって言うのが基本コンセプトでね。幽炉が長持ちすれば生産や輸送の手間やコストをその分軽減できるからね。行く行くは前線基地で恒常的に幽炉の補充が出来るようになれば理想かな?」

 軍人の私が言うのも自家撞着だが、戦争は何も生み出さない。現在の様な防衛戦争なら尚更だ。何も得られないのに金ばかり掛かる。
 従って戦争に掛かる無駄な金を少しでも減らそうと、政治家や軍の上層部は考える。その一環がこう言った節約プロジェクトなのだろう。

「そして先程、鈴代少尉の3071サンマルナナヒト号の幽炉残量を回復させる事に成功致しましたぁ」
 パチパチパチと自分で手を叩く高橋大尉。

 え? なにそれ? 凄くない?

「幽炉を回復させられるのか? あたしの丙型も出来るのか?!」

 身を乗り出す香奈さん。

「うーん、後で一応やってみるけど、あまり期待はしないで欲しいんだ。残念ながら今のところボクのアンジェラちゃんが有効なのは、鈴代ちゃんの3071サンマルナナヒトだけかなぁ?」

 高橋大尉はそこで一泊置いて私をちらりと見る。

「こういうのって相性もあるからねぇ。その点3071サンマルナナヒトは『聞き分けが良い』からさ…」

 確信した。高橋大尉は71ナナヒトに意識があって普通に喋れる事を知っている。しかしまだ決定的な一言が彼女から語られないうちは私も『彼女が知っている』と言う事を知らない振りをしなければならない。

 まったく面倒な事この上ない。長谷川大尉がこの場に居てくれれば、全て長谷川大尉にぶん投げて、それこそ自室で寝てしまいたいくらいだ。

「じゃあ10分くらいしたら丙型の様子を見に行くから、起動の準備をしておいて貰えるかな?」

 高橋大尉は香奈さんにそう告げる。「了解!」と既に食事を終えている香奈さんは素直に席を立ち格納庫へ向かう。

 高橋大尉は面白い物を見るかの様な視線で私を見る。

「さて、10分しか時間が無いからこちらもチャチャっと済ませようか? まずはボクに聞きたい事があるなら聞こうか?」

 やはり今さっきの言葉は香奈さんを外す為の口実だったか。サシで話すのはこちらも望む所だが、さて何から言ったものか…?

「あの… 大尉は幽炉の専門家なんですよね? 幽炉がどうやって造られるのか教えてもらえませんか?」

 高橋大尉は申し訳無さそうに視線を外す。

「あー、ゴメン。機械的な意味では『どうやっている』のかはボクは知らないんだ。でも『材料が何処から調達されるのか?』は知ってるよ? 服務規程で言えないけど。て言うかキミはその辺の事は知ってるんじゃないの?」

 お互いに『どこまで知っているのか?』の探り合いになっている。この調子ではすぐに10分経ってしまう。命令違反になってしまうが、こちらから一歩踏み出すべきなのだろうか?

 色々と考えが渦巻くがまとまらない。しかし、先に折れたのは向こうだった。

「意地悪しちゃったよゴメンネ。実はキミと隊長さんは知っているんだって71ナナヒトくんから聞いているんだよね」

 それから高橋大尉は端末を再び開いて、71ナナヒトの会話ログを見せてくれた。

 そこから純粋な1人ピュアワンとか、話す人トーカー等の説明をざっくりと受けたが、ざっくりしすぎていて私にはよく分からなかった。

71ナナヒトの精神ケアがしたい』と言うのは嘘ではなさそうだ。味方になってくれればとても心強いとは思うが、全幅の信頼を寄せられるか? と言うと、それも疑問だ。

 上手くは言えないが、もし『71ナナヒトを自爆させて全てをリセット出来るボタン』があったとして、彼女は必要があれば何の躊躇いもなくボタンを押せる人だろう。

 勿論私とて軍人の端くれなので、命令があればボタンを押すだろう。しかしそこには身を切るような決断が伴っているはずだ。高橋大尉にはそれが無いだろうと思われるのだ。

 どの道、また長谷川大尉に相談する事になるだろう。毎度の事で申し訳無いが、それが軍人という物だし、何より私の手に余る案件だ。

「それで高橋大尉は71ナナヒトをどうすべきだとお考えですか? 縞原重工に戻して研究する、とか廃棄する、とかでしょうか?」

「うーん、話を聞く限り彼は自らの意思でここに残っている様だから、このままここに置いて使ってあげて。本人が前線はイヤだって言ったら研究室で預かるからさ。それまではボクがちょくちょく通う事にするよ」

 何故だろう?『ここに置いて使ってあげて』と言う言葉に、私はとても安心していた。あんな無礼な三等兵に情など湧くはずは無いのに……。

「さて、そろそろ丙型の方を見に行かなくちゃ。…ぶっちゃけ71ナナヒトくん以外は望み薄なんだけどねぇ…」

 高橋大尉は席を解立とうとする。

「あの、最後に一つ良いですか?」

 なぁに? と笑顔を見せる高橋大尉。

「あの… 敵の『虫』も幽炉を使っていると予想される能力を持っています。我が軍の輝甲兵と虫は何らかの関係があるのでしょうか?」

 ここで言うべき台詞じゃない… 分かっている。でも聞かずには居られなかった。私の知る限りその答えに最も近しい人が、目の前の高橋大尉なのだから。

 高橋大尉は腕を組んで考える振りをする。

「その辺も以前から言われてはいるんだけど、実際にどうなのかはボクも分からないな。もし『現物のサンプル』があるなら、是非研究してみたくはあるけどねぇ」

 高橋大尉はニヤリとして、

「もし機会があったら虫の持っている幽炉か、それに類する器官を持ち帰ってきてくれるかな? これはお互いの為になると思うよ?」

 高橋大尉は嬉しそうにそう言って、再び格納庫へ歩いて行った。

 私は黙って見送る事しか出来なかった…。
 また課題が増えちゃったなぁ、と考えながら私は冷めてしまったうどんの残りをお腹に入れた。
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