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作者: ちありや
第46話 最後の安らぎ
 〜鈴代視点

 米連(全米連合)の巡洋艦『アーカム』と私達の『すざく』が接舷し、飯島副長、長谷川大尉、それにテレーザさんと『テキーラ』より救出された乗員2名の計5名が事情説明の為にアーカムに移乗する。

『アーカム』は『すざく』の半分ほどの大きさのふねでありながら、20機の輝甲兵を運用できるプラットフォームを持つ、『すざく』と似たコンセプトの多用途艦だ。
 更に『アーカム』よりふた回りほど小さい駆逐艦『ハリス』と『ペリー』の2艦が護衛として随行している。駆逐艦には輝甲兵を運用できる能力は無さそうだ。

 きっと今頃は長谷川大尉が、大仕事を迎えた詐欺師よろしく熱弁をふるっている事だろう。

 一応これは平和的な会談のはずなのだが、米軍側の艦艇は全ての砲門をこちら側に向けており、相手の警戒心と緊張がこちらにもヒシヒシと伝わってくる。

 私達輝甲兵部隊は、あまり考えたくない不測の事態に備えて艦外を警戒中だ。
 アーカムに搭載されていた米軍の輝甲兵は全て71ナナヒトによって偏向フィルターが無効化されており、その事実に米兵達は大きな衝撃を受けていた。

 無理も無い。今までの価値観が根底から覆される、この足元がふらつく様な感覚は、この場にいる私達全員が共有できる物だ。
 かつての私達ダーリェン基地の人間、ソ大連の人達、そして米連の人達……。

 そして私は米軍の偏向フィルターを無効化して、惨劇を食い止めた凄腕ハッカーとして持て囃される事となった。
 もちろんその行為を行ったのは71ナナヒトなのだけれども、その存在はまだ公言できるものでは無い。
 従って私が代役として前に出ざるを得ないのだが、ハッキングなんて単語と概念しか分からない私は、米軍から色々と質問されて逃げ回る事になった。

 小隊員たちも私が立花少尉と一緒に情報収集作業をやっているのを見ていたから、何の疑問を抱く事もなく私が凄腕ハッカーだと信じている。

 その中で私を冷ややかに見つめる視線が1つ、田中中尉だ。ギルダー少佐の部隊と戦った直後、『すざく』の格納庫ですれ違った際に声をかけられたのだ。
「…なぁ、お前いつの間にそんな特殊技能を身に着けたんだ? そんだけ凄腕なら、操者なんかやらなくても情報部で食べていけるだろう?」

「あ、あはははは… む、昔ちょっとですね…」
 17の小娘の昔って何だよ? と自分でも思いながら、引き攣った笑いで誤魔化して逃げる様にその場を去るしかなかった。

 やがて飯島副長ら3名が『すざく』に帰ってきた。先方は3艦の艦長とギルダー少佐が迎えてくれたらしい。

 まずは哨戒艦『テキーラ』の乗員2名の返還から始まった。この救助活動があったからこそ、米軍と剣呑な雰囲気にならずに済んだそうだ。

 次に石垣中尉たちによって得られた『テキーラ』の戦闘データの検証がその場で行われ、『鎌付き』とは別の形をした、見た事の無い虫(恐らくはまどかに持ち去られた零式と思われる)との戦闘が確認された。

 そして本題の、米国領内に逃げ込んだ『鎌付き』を巡る諸問題と、誰が何の為に付けたのかすら分からない謎の装置、偏向フィルターの存在。

 当然と言えば当然なのだが、我々のもたらした情報に米軍かれらは大変混乱していた。

 当然ながら、いち国境警備艦隊の中級士官の裁量でどうにかなる問題でも無い、との事で国境警備隊本部に今後の指標を打診したらしい。
 その後、国境警備隊を大きく飛び越えて、本国の中央参謀本部から直接返答があったのだ。
 いわく「この件は本部が引き継ぎ直接対処する。『すざく』はその場で待機する様」

 と言う訳で、私達は再び足止めをくらう事になった。本音としてはさっさと『鎌付き』を追撃したい所なのだが、ここはもう全米連合の領内だ。好き勝手な事をしたら、それこそ紛争の火種になりかねない。

 私はまだしも田中中尉は自由に動けないイライラが表に出てきている。私には田中中尉をどうこうする事は無理なので、長谷川大尉かテレーザさんあたりに任せて距離を取りたい所だ。

《早いとこ『鎌付き』を仕留めないとヤバイのに、足止めはキツいなぁ。俺の寿命の方が先に尽きそうだよ…》

 71ナナヒトの冗談に聞こえないつぶやき。
 そう、71ナナヒトの幽炉残量も気にしなければならない。『鎌付き』のダーリェン基地襲撃からバタバタ続きで、あまり気にしている余裕は無かったが、現在の71かれの幽炉残量は41%だ。

 私がいつも輝甲兵を最小限の機動で動かす様に心掛けているせいか、71ナナヒトの幽炉残量は当初の想定よりも長保ちしている。とは言え残り4割は決して多い数字とは言えない。
 彼の言う通り、『鎌付き』との決着までに71ナナヒトの残量が尽きてしまう可能性も否めなかった。

 幽炉の減り方は幽炉の感じるストレスに関係してくる、と高橋大尉が言っていた気がする。確かに71ナナヒトのあの『柔軟に状況を受け入れて、即座にストレス無く適応していく』能力は特筆するものがあると思う。

彼なりの処世術で内側にストレスを溜めないやり方が出来ているのなら、それは素直に賞賛に値するだろう。私の様な石頭には到底無理な芸当だ。

 とは言え残量を増やす宛のない現状、遅かれ早かれ71ナナヒトの限界はやって来る。
 この2か月強で、輝甲兵の中に71かれが居るのが普通な気がしていたが、それはとても異常イレギュラーな事なのだ。

 遠からず71ナナヒトとの別れは訪れる。これは変えようの無い事実だ。そして、その時私はどんな顔をしているのだろうか…?

《黙りこくってどうした? 体調でも悪いのか? もしかして便秘とか?》

 …うん、多分スッキリ笑顔でお別れ出来ると思うな。


 米連の本部の人とやらが到着するまでの間、『テキーラ』救援の感謝の意として、『アーカム』内にて感謝&慰労パーティーを開催するので来てほしい、という旨の連絡が届いた。

 初めは罠が疑われたが、さすがにそれは下衆の勘繰りすぎだろうとの艦長の判断でご相伴に預かることになった。
 当然ながら『すざく』のクルー全員が一度に移乗出来る程のスペースは先方に無いので、三交代で2時間ほどずつお呼ばれする形となる。

 最初は長谷川大尉と武藤中尉ら20名程が『アーカム』に赴く。
 長谷川大尉いわく「もし罠でも『すざく』にとってダメージの少ないメンツを選んだ。武藤を連れて行くのは米軍あちらさんへのサービスと警戒だな。幼女が相手なら害意も薄れるだろう」との事だが、それを聞いた武藤中尉が「何それ信じられない」という顔をしていたのが印象的だった。

 まぁ、実際武藤中尉は先遣隊の紅一点として『アーカム』でとても歓待されたらしい。「キュート」「キュート」と言われたのは武藤中尉の本意では無かったろうけれども……。

 第1陣が無事帰還して後、第2陣として私と小隊員、『すざく』の艦橋オペレーター(女性多し)を含む20名程が「アーカム」に赴く。
 質素ながらも(軍艦なのだから当然だ)パーティー会場としての体は保っており、彼らの『もてなし』への本気が窺えた。

「見ろよ、今度は女の子がたくさんいるぜ」
「さっきのリトルガール(武藤中尉)もキュートだったが、今回は女性多めで嬉しいぜ」
「あの真ん中のショートヘアの娘が例のスーパーハッカーか?」
「確かあの娘は東亜のエース『ベビーフェイス』だぜ。ハッキングも出来るのか、すげーな」
「隣にいるナイスバディの大人しそうな女の子(桑原准尉)も『ヤマトナデシコ』っぽくて良いなあ」
「はぁ… 東亜の女の子って何でみんなキュートなんだろう?」
「誰か1人くらい米連うちに来てくれねーかな…?」
「俺はあのナイスガイ(三宅中尉)が好みだな…」

 71ナナヒトが同時翻訳実況してくれる。《知らない人についていかないで、ちゃんと帰ってきなさいよ》とのオマケ付きだ。

 米軍の兵隊さんたちから取り囲まれて、メカニック関係の人からはハッキングの事とか、操者さんたちからは71ナナヒトの背中の副腕とか、答えにくい事を色々聞かれた。
 まぁどちらも「軍機(軍事機密)なので私の口からはお答えできません」としか言い様が無かったし、あまりこういった場に慣れていないのもあって、折角のパーティーなのにあまり食事が喉を通らなかったのは残念だ。

 そして第3陣は田中中尉とグラコワ隊の皆さんだ。田中中尉は言うまでもなく地球連合随一のトップエースだし、テレーザさんを始めとしてグラコワ隊の女性達はグラマーな美人揃いだ。私はその場には居なかったけれども、第3陣の来訪が一番盛り上がったであろう事は想像に難くない。

 いささせわしい歓迎会ではあったが、私達と米軍国境警備艦隊との友好的な交流は成功したと言えるだろう。

『鎌付き』達の追跡も勿論重要だが、この先の道中で米軍に邪魔される様な事があっては堪らない。
 少なくとも米軍には非干渉の態度で居てもらわなければ、体が幾つ有っても対応しきれるものでは無い。

《なぁ、ソ大連から米軍には俺達が行く事を伝えてあるはずなんだよな? なんで米軍の人達は俺達の事を知らなかったんだろうな?》
 71ナナヒトが呟く。そうだ、私も何となく引っ掛かる物を感じていたのはそれだったのかも知れない。

「…好意的に考えるなら、ヒューマンエラーでどこかで連絡が行き届いていなかった、とも考えられるけど…」

《罠の可能性もあるって事か…? 現に俺の新スキルが無かったら米軍と殺し合いになってても不思議じゃなかったしな》

 そうなのだ。『鎌付き』は米連に逃亡した。ソ大連としては無理に『鎌付き』を追いかけてまで米軍と事を構える必要性は無い。
『すざく』と米軍を戦わせて、私達を虫として存在を抹消してしまえば、後は『鎌付き』が米連で何かをやらかしても、米連の国力が下がるだけだ。
 下手に首を突っ込むよりも、私達を始末して傍観している方がソ大連としては利が大きい、とも考えられる。

 でも、それでは特機と精鋭部隊のテレーザさん達をむざむざ見殺す事になる。『いくらソ大連でもそこまでのリスクは負わないだろう』という点で、私はソ大連の裏切りは無いと判断していた。

 …まぁ、間違ってたけどね……。

 そこから更に10時間ほど経過した後、我々の前方の宙域から米軍の艦隊15隻の接近が確認された。それはまぁ予定通りなので構わない。
 問題は、ほぼ同時に後方から同規模のソ大連の艦隊が現れた、と言う事だ。

 米連はともかく、ソ大連がこんな国境付近に大艦隊を送ってくる理由は無い。

 ソ大連の真意が読めない以上、こちらも油断は出来ない。永尾艦長より第2戦闘配備の指令が下る。
 どうにも鎮まらない胸騒ぎを抱えたまま、私は3071サンマルナナヒトに乗り込んだ。
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