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作者: ちありや
第65話 決着:後編

「…お願い、もう貴方だけが頼りなの…」

 …くそっ、どうすりゃ良いんだよ? 普通に逃げても幽炉二段開放できる『鎌付き』の方が速い。ならやっぱりここで『俺が』ケリを付けるしか無いのか……。

 でも俺ってぶっちゃけ弱いよ? まともに戦闘とかしたこと無いよ? それであの激強げきつよな『鎌付き』とどう戦えってのさ? 無理ゲー過ぎるだろ……。

 …ん? あれ?

『鎌付き』のシマノビッチも元は科学者だよな? なのにあれだけ強いのはどういう事だ…?
 まどかだって零式の戦い方を一度見ただけで、あれだけ機体を使いこなせるようになるのはおかしい。何かカラクリがあるはずだ……。

 …そうか、元のパイロットの戦闘データをそのまま流用しているんだ。
 そういう事なら俺もどうにかできないか…?

 この機体には俺と鈴代ちゃんが共に戦ってきた数ヶ月分の記憶データが残されている。ストレージにデータがある、という意味もあるし、体に染み付いている、という意味でもある。

 まどかに対抗してハッキングなんてマネが出来たんだ。これくらいの事、俺ちゃんなら出来るはずだ。っていうか出来なかったらマジで詰む。
 そんな気持ちで過去の戦闘データを漁る。

 …よし、データの発掘は成功、これを高橋から貰ったデータと照合、最適化して四肢の動きをシンクロさせる。
 分かりやすく言うなら格闘ゲームとかで○ボタンを一度押せば小キック、中キック、大パンチ、接近して投げ、のコンボセットが連続で出てくるようにマクロを組む感じだ。

 鎌付き対策用の設計図、名付けて『鈴代プログラム』は出来たが、そこから全体の動きを把握して調整するのに11.3秒掛かると出た。

 …うーむ、仕方ない。もう少しあのイカレ博士の話し相手をしてやるか……。

《…なぁ、アンタ『面白おかしく生きる』とか言ってたな。そんな小さな事が目的なのか? そんな事の為に世界征服をするのか…?》

 俺の言葉に『鎌付き』も剣を少し下ろす。
 俺の通信はリアルタイムで喋る用の電波式だったが、『鎌付き』から返ってきたのはロボ同士での高速通信だった。時間稼ぎ作戦バレてる?

《世界の征服などには興味は無い。私は私の幸せの為に誰にも邪魔されない世界を作りたいのだ。決して抑圧されない、何事も自由でストレスの無い世界こそが人の目指す世界だ。君も元来そういう思考回路の持ち主では無いのかね?》

《…ノーコメントとさせてもらうわ》

《そりゃあ確かに始めは、この私を幽炉なんて箱に押し込めた奴らへの復讐も考えたさ。だがそれも昔の話だ… 何せ彼らの殆どはもう故人でもあるしね》

《だったら…》

《ミャーモトくん、話は変わるが実は私は子供が大好きでねぇ…》

《…いきなり何だ?》

《君は知っているかね? 幼い子供が顔中を涙で濡らして助命を嘆願する時のとても儚く美しい様を》

《なん、だと…?》

《その涙に塗れた顔を包むように抱きしめてやるとな、ほんの少し安堵するのか体の力が抜ける瞬間があるんだ。その時を狙って首を絞めたりナイフを刺したりする時間が、とてもとても甘美でねぇ…》

《…いったい何の告白だ? 変態自慢は他所でやってくれ》

《先程の君もなかなか良い声を出していたな。そして君も私と同様の享楽的な人間だと聞いているよ…?》

《お、お前と一緒にするな! お前はもう科学者じゃない。ただの変態だ! 大体科学ってのは人の生活を豊かにする為の物だろうが!?》

《それは違うぞ若者よ。科学とは『人がストレスの無い楽な世界を夢見て紡がれるもの』だ。鉄器の発明、車輪の発明、数字の発明、火薬の発明、飛行機の発明、そして核技術の発明… いずれもその例に漏れん》

《お前の作った『幽炉』もそうだって言うのかよ…?》

《然り。考えてもみろ、人類はネアンデルタール人から進化してわずか1万年の間に世界中に分散し、その数を70億にまで増やした。人間ほどあらゆる環境に適応し、繁殖力の強い生物も他に居ない。10や20、いや千人や万人死んだところでリカバリも容易なのだ。それなのに無能の地球連合は飲料水配給だの産児制限だの下らない事ばかりしおる。私はそこに一石を投じただけだ》

《だからって…》

《始めは『役に立たぬ人間を幽炉にすれば、少なくとも電灯くらいは灯せる』くらいに思っていたが、なかなかどうしてこの『幽炉』の生活も悪くない。ならば発想を逆転して、幽炉が世界を治めれば良いと思った次第だよ》

 ここまで話して残り時間まだ2.1秒。『鎌付き』が話し好きなのは意外と助かっているが、時間の進みが遅すぎる。技術の進歩も考え物だ。

《いつの時代でも、どこの場所でも大手を振って歩けるのは勝ち残った者だけだ。それが歴史であるし神の選択とも言える。そんな事を一万年繰り返してきた。それが人の在り方だよ》

《はん、訳知り顔で主語のデカい事を言うな。お前は科学者じゃなくて宗教家の方が似合ってるぜ!》

《…それならば君は学生では無く道化師がお似合いだよ》

《あぁ、道化で結構だね。少なくとも周りの人間を笑顔に出来る! お前の存在は悲しみしか生まない。俺はお前の存在を許容出来ない。だからせめて同じ幽炉人間の俺が始末を付けてやるよ!》

《…ふむ、残念だよ。君との会話は楽しかったが、ここまでかな…》

 そう言って『鎌付き』は小首をかしげる仕草をした。同時に衛星内部全体で非常事態を知らせる警報が鳴り響いているのが分かった。
 高橋と繋がっている通信機の向こうでも、同じ音が鳴っている。

《…何をしやがった?》

《たった今、衛星の動力を担っている原子炉を暴走させた。あと10分弱で臨界に達して大爆発を起こす。なかなかハッキングに手間が掛かってね。君が時間稼ぎに乗ってくれて助かったよ》

 なんだと…? 時間稼ぎをしていたのは『鎌付き』も同様だったというのか?
 唖然とする俺に『鎌付き』は勝利を確信したのか、勝ち誇って言った。

《今からではどう足掻いても暴走は止められん。衛星内で核爆発が起きれば我々が『保護』していた職員2000名も助からない。君と米軍のせいで哀れ彼らは宇宙そらの藻屑だ。君の乗ってきた戦艦も基地の誘爆に巻き込まれて、沈むのは必至だろう。私とまどかは次の拠点に向かってまた1からやり直すとしよう》

《させるかよっ!》

 俺は『鎌付き』に向かって鉈を構え、突き刺すつもりで突進した。まぁこれはギリギリ回避されてしまったが、先程構築した鈴代プログラムは有効だ。俺が想定していたよりも速く動ける。これなら戦える。

《無駄だよ。仮に私を倒した所でもうどうにもならん。意味の無い事はやめてどこへでも逃げ出したまえ、追ったりはせぬよ?》

『鎌付き』の余裕綽々の態度が本当に心の底から腹が立つ。どうにかあいつを凹ませてやらないと気が済まない。

 何としてでも俺はこいつをここで倒さなければならない。高橋や『すざく』を見捨てて逃げる訳にもいかないし、何より鈴代ちゃんの言う通り、『鎌付き』と直接まみえる機会はもう二度と無いだろう。

生憎あいにくと『逃げる』って選択肢は始めから無いんでな!》

 言葉に被せるように俺は鉈を連続で突き出し、『鎌付き』はそれらを剣で受け流す。お互いに残った武器は右腕に持つ剣だけだ。各々の片手を鎖で繋がれ、離脱を封じられた古代の剣闘士グラディエーター同士の戦いを彷彿とさせる。

《…反応速度が少し上がったか? だがまだ私の方が力も速さも上だぞ? よし、ならばここは『君をあと何秒で倒せるか?』のタイムアタックでもして遊んで上げよう》

 機体のパワーアップはした。俺も経験を積んだ。敵の特性や弱点は分かっている。鈴代プログラムも正常に動いている。
 それでも悔しいが、まだパワーとスピードの双方とも『鎌付き』の方が強い、奴にあと一歩届かない。

 鈴代ちゃんや田中中尉なら、この状況でも自力で活路を拓いて見せるだろうが、俺の頭と反射神経じゃこのままジリ貧になって串刺しにされるのが関の山だ。

 落ち着け俺。体だけで無く頭にも鈴代プログラムを働かせろ。『鈴代ちゃんならこんな時どうするか?』
 本物の鈴代ちゃんはグッタリしたまま、意識があるのか無いのかよく分からない。こちらも早いとこ医者に見せないとヤバい。

 本人には頼れない。代わりに俺が考えないと… 鈴代ちゃんならどうする…?

 …そうか!

 俺は基地衛星の周囲に、輝甲兵でも中に入れる通路が無いかと走査スキャンする。

 …有った! 資源採掘用のトンネルが側面にいくつか残っている。広さも俺の理想通りの様だ。これが俺ちゃんの引きの強さよ!

 俺は『鎌付き』を誘う様に後退し、トンネルに身を隠す。

《かくれんぼをしている時間の余裕は無いのではないか? それとも必殺兵器でもこっそり隠してあるのかね?》

『鎌付き』が追いかけて来てくれた。有り難い、このまま離脱されたら俺一人バカみたいな真似を晒す所だった。

 トンネルに入って最初の曲がり角で『鎌付き』を待ち構える。

『鎌付き』が曲がり角に近づく。タイミングを計って奴の前に飛び出し奇襲をかける。必殺の鉈の一撃を食らえ!

《何のマネだね?》

 しかし、『鎌付き』は俺の奇襲を読んでいたのか、こちらの攻撃の射程外ギリギリの間合いをとり、俺の必殺の一撃はあえなくくうを切る。

《君には失望したぞ。そんな子供騙しの奇襲が効くとでも思っていたのかね?》

『鎌付き』の剣が横に薙ぎ払われる。今からでは回避も防御も間に合わない。

 …だがそんな物は元から必要無いんだよ。

 ガギンッ!

『鎌付き』の剣は振り切る前に通路の壁に阻まれて動きを止めた。横幅の大きい『鎌付き』は通路の中では自在に剣を振れなくなる。

 以前、虫の正体に疑惑を抱いた時の反省会で鈴代ちゃんは「(鎌付きが)自由に動けない程の狭いスペースに誘い込めれば、何らかの打つ手はある」と言っていた。
 大空や宇宙では机上の空論扱いされていた作戦だが、ここ基地衛星の中では十分に有効な戦術であり、今その結果が出た。

 武器を壁に弾かれて、脇の開いた『鎌付き』に一瞬の隙が生まれる。

 この時を待っていた! 俺の突きが『鎌付き』を捉える。高橋からのデータで『鎌付き』の幽炉の位置は把握済みだ。
 問題は体の左右に埋設された幽炉のどちらがシマノビッチ本人か? という事だが、こればかりは山勘に頼らざるを得ない。

 大丈夫、さっきみたいに俺はこういう時の運は強いんだ。必ず正解を引き当ててみせるさ!

 人間で言う心臓の位置、『鎌付き』の左側の幽炉に渾身の鉈を突き立てた。刀身の根元まで一気に押し込む。
 よし決まった… これで『鎌付き』は完全に倒し……。

《…終わらんよ!》

 うっそ? まさか外した?!

 逆手に持ち替えられた『鎌付き』の剣が俺の目の前に迫る。この大一番に二択を外した馬鹿者に与えられる栄誉は『死』以外に無い。

 …………。

 敵の攻撃に対応できずに死を予感した俺だったが、『鎌付き』は動きを止める。『鎌付き』の右胸、幽炉の位置に見慣れた短機関銃サブマシンガンが突き付けられていた。

「…くたばれ、クソ野郎!」

 至近距離から放たれた数十発の弾丸の衝撃に『鎌付き』は痙攣する様にブルブルと震え、やがて完全に沈黙した。
 シマノビッチの幽炉は消滅し、その在った場所はもはや煤だらけの穴があるだけだった。

 鈴代ちゃんのファインプレーだ。俺が機体の全身の制御を行っている間、文字通り『手の空いた』背中の副腕を操作して、腰に固定されていた短機関銃サブマシンガンを手に取って『鎌付き』の不意を突いたのだ。

《すげぇな、お前…》
 重傷なのに状況といい、タイミングといい完璧に合わせてきた鈴代ちゃんの活躍に、もはや賞賛の気持ちしか湧いてこない。

「…ねぇ、なんで副腕これ左右逆に付いてるの? 使いづらくて仕方ないんだけど…?」

 おいここは「貴方こそカッコ良かったわよ、ウッフン」とかでイチャイチャシーンになるんじゃないのかよ?
 …まぁこんな間の抜けたやり取りの方が、俺達らしいのかも知れんけどさ。

《知らねぇよ俺に言うなよ。付けた人(丑尾さん:故人)に言えよ》

 俺もずっと不便してんだよ。

「…まぁいいわ、早く奥に行きましょう。原子炉の暴走を止めないと…」

《でも『鎌付き』はもう無理って… それに鈴代ちゃんの怪我も早く治療しないと…》

「私はいいから! …このまま『すざく』に戻っても誘爆に巻き込まれるだけ、私達で止めないと。あのペテン師の言葉が本当かどうかの検証もしてないし。それにまだ終わりじゃない…」
 鈴代ちゃんの左足に顔から垂れた血の雫が滴り落ちる。血ぃ止まってないんじゃないのか? 心無しか鈴代ちゃんの顔に血の気が失せている。

《そうか、奥にはまだまどかが…》

「…ええ、もしかしてまどかを説得出来れば暴走も止められるかも。そしてまどかを説得出来る人が居るとしたら…」

《『俺だけ』ってか… あーもう、しょーがねーなー!》

 自爆カウントダウンの進む中、俺達は『まどか』の待ち受けるであろうSソウル&Bブレイブス本社衛星の中心部へ向けて突入して行った。
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