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作者: ちありや
青葉 健太郎の青春
3071サンマルナナヒト離床します!」

 今日も鈴代少尉の輝甲兵が勇ましく飛び立っていく。俺は整備帽を思いっきり振って、少しでも鈴代少尉に気付いてもらえる確率が上がらないかな? と考えながら3071サンマルナナヒトを見送る。

 鈴代少尉は、たまに俺の方を見て微笑んでくれるんだ。あの切れ長で涼やかな目で見つめられると、心拍数が倍に跳ね上がる気がする。
 あれで17歳とか信じられない。あと4、5年もしたらミス宇宙ユニバースに選ばれても不思議じゃない程の美人さんだと思う。

 俺は大東亜連邦のダーリェン基地で整備兵をやっている青葉あおば 健太郎けんたろうって者だ。この基地で主に第1中隊の輝甲兵整備の仕事をしている。

 輝甲兵ってのは戦闘機械のくせに妙にデリケートで、手足の修理一つ取っても部品の相性の相違で固定されない、とか後で剥げ落ちる、とか普通にある。

 そういった部品の相性を見極める能力が求められるのが俺達整備兵なんだ。
 だって幽炉関係は縞原重工の『技術士』と呼ばれる特殊な資格を持った人にしか触っちゃいけない、って規則があるからな。

 俺も『技術士』になってもっと鈴代少尉の… おっと部隊の役に立ちたいのだが、大学の専攻を経ずに軍の整備科から縞原重工へ進むのは極めて狭き門だ。

 とにかく今は前線で輝甲兵の仕組みを勉強しながら徐々にレベルアップして行こうと考えながら日々を過ごしている。

 ただ今は、とにかく憧れの鈴代少尉の為に働けるのが嬉しい。
 俺の手掛けた輝甲兵に鈴代少尉が命を預けてくれる。

「今日は調子が良かったわよ」と、微笑みながら俺に話しかけてくれる。
 俺の整備した輝甲兵で鈴代少尉が戦果を上げると、俺も自分が戦果を上げたような誇らしい気分になる。

 どうにか鈴代少尉とお近付きになれないものかなぁ? とボンヤリしていたら

「青葉伍長、また手元がお留守になってますよ?」

 と、丑尾班長からたしなめられた。この人、普段の物腰は柔らかいんだけど、何かヘマした時の威圧感はやたらに怖い。

「はっ! スミマセンでした!」

 丑尾班長は縞原重工の技術士で、判別しやすくする為に青いジャケットを着ている。ちなみに俺達一般の整備兵の服装は国防色のツナギだ。

 縞原重工と言えば、最近メガネをかけた女の技術士が来て格納庫をチョロチョロしている。何をしているのかまるで分からないが、少しだけ作業の邪魔になっているのでどうにかして欲しい。

 同僚の言を借りれば、メガネの奥は美人らしいが、今の俺は鈴代少尉以外の女に興味は無い。
 仲村渠少尉も美人でスタイル抜群なのだが、うーん、何て言うかあの人には『女』を感じないんだよな。
 武藤中尉も見かけは可愛らしいけど、性格は怖いし。
 最近編入された新人の女の子も可愛くてスタイル良いけど、変にオドオドしていて俺達が話しかけると逃げられる。

 うん、やっぱり鈴代少尉が最高だな。

「青葉くん、後で鈴代少尉が戻られたら、以前取り付けた副腕の具合を調べておいてもらえますか? 機材はここに置いておきます。私は第3中隊の輝甲兵を見に行ってますので」

「あ、はい、了解ッス」

 いつも通りの何て事の無いやりとり、

 そこで急に事件が起きた。それこそ今話題に出た縞原重工の女技術士がスパイ容疑とかで保安部に逮捕され連行されて行った。
 スパイとか怖いねぇ。あれだろ? 裁判とか無しに銃殺されたりするんだよな。よくやろうと思うわ。

 さて、そんな事に構っている暇はない。前回の出撃で損傷した修理待ちの輝甲兵は山ほど積まれているのだ。

 何機の輝甲兵を直しただろう? そろそろ休憩にしようかな? と思った所で大音量で警報が鳴り出した。

「空襲警報、空襲警報、所属不明機が当基地に接近中。全輝甲兵操者は至急格納庫に集合、迎撃せよ! 繰り返す…」

 空襲だぁ? つい先程、哨戒中の第2中隊が虫に奇襲されたと言う知らせを受け、鈴代少尉ほか第1中隊の何人かが救援に飛び立っていったばかりだ。
 まさかその彼らを退けて、敵がこの基地まで攻めてきたという事なのか?

 第2中隊は? 鈴代少尉は…?

 俺は思わず格納庫の外に飛び出していた。もしかして墜落しかけた3071サンマルナナヒトが空を飛んでいるかも知れなかったから。

 …そして見た。

 前向きに『く』の字に曲がった剣を両手に持った、見覚えの無い異形の輝甲兵が、俺の頭上を猛スピードで飛び去って行くのを。

 機体の形以上に禍々しい雰囲気を振りまきながら、迎撃に上がった第3中隊の輝甲兵を次々と斬り落としている。
 圧倒的な暴力、卓越した技術によって繰り広げられる殺戮ショー……。

 次々と落とされているのは友軍なのに、俺はその姿に魅了され身動き一つ取れないでいた。

「青葉! 何やってんだよ?! シェルターに逃げなきゃ!」

 同僚の言葉に意識を取り戻す。そ、そうだ、こんな所で突っ立っている場合では……。

 …いや待て。丑尾さんから預かった機材を取りに戻らないと。あれが無いと仕事が滞る。そしてそれを口実に鈴代少尉と話す事が出来ない。

 パニックで判断力を失った俺は、元いた格納庫へと走り込む。一抱えほどの大きさの機材を見つけて走り寄ろうとした所で、

 天井が落ちてきた……。




 …………ここは?

「気が付いたか? 気をしっかり持って動かずにいろ! 医者を呼んでくるから、とにかく寝てろ」

 俺の体は担架か何かに乗せられて横になっていた。見えるのは一面の夜空だ。屋外なのか倒壊した建物内なのかは分からない。
 体の痛みは無い。痛みは無いけど全身の感覚が無い。辛うじて動かせるのは視線と右腕くらいのようだ。

 視界にボンヤリと夜空が広がり、やがて焦点が定まってきた。さっきの声は長谷川大尉かな? 流星の様な光が空を飛び交い激突していた。

 いや、あれは輝甲兵だ。遠くにいるのにハッキリ分かる。あれは鈴代少尉の3071サンマルナナヒトだ。理由は分からないが、友軍の24フタヨン式と戦っている。

 さっきの異形の輝甲兵はどうなったのだろう? 鈴代少尉と共に第2中隊の救援に向かった、零式の田中中尉はどうなったのだろう?

 恐らく鎮痛剤の作用だろう。思考がうまくまとまらない。ただ分かるのは多くの味方が撃墜されたり不時着している中で、鈴代少尉の3071サンマルナナヒトだけが単身戦いを続けている、という事だ。

 その姿の何と神々しい事か……。

 空を舞う3071サンマルナナヒトに手を伸ばす。月夜に浮かぶその煌めく姿はまるで天使の様で、そのまま手に取って抱きしめられそうだ……。

 鈴代少尉が戦っている。俺達の為に戦ってくれている。その眩しく美しい姿に涙が止まらない。

「へへっ… カッコイイなぁ……」

 涙で滲んで鈴代少尉が見えない。体にも力が入らない。…少しだけ、少しだけ休憩させてもらおう。早く怪我を治して鈴代少尉の為に頑張らないと……。

 瞼が重い… 今はこの疲労に身を任せてしまおうか。必ず、必ず俺は元気になって鈴代少尉に……。

「鈴代少尉… 俺は、俺は貴女を…」

彼女に向けて伸ばした手がガクリと落ち、俺の意識も闇の底へと引き込まれて行った……。
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