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作者: ちありや
第0話
〜鈴代視点

 武藤中尉の視線が痛い。この件に関しては私は悪くないのに、彼女の敵意を含んだ視線のせいで、慣れた基地の格納庫がとても居心地の悪い物になっていた。

 私の目前には今日から私の乗機となる、最新型の30サンマル式輝甲兵が雄々しく立っていた。
 丑尾さんや青葉伍長といった整備員も数名、新型を拝みに集まっている。

 少々ずんぐりとした体型の24フタヨン式と違って、30サンマル式はスリムでより人型に近い体型をしている。それだけ人間に近い、自然な動きが出来るのだろう。


「明日うちの部隊に支給される30サンマル式は2機だ。操者は俺と鈴代で決定。よろしく」

 昨日のミーティングで長谷川大尉が流すように言った一言が、私に良いニュースと悪いニュースをもたらした。

『良いニュース』は、私に新型が与えられる事。使い慣れた24フタヨン式ももちろん良い機体なのだが、伝え聞く新型の性能は操者なら誰でも小躍りしてしまうような高いものだった。

『悪いニュース』は、本来30サンマル式を受領できたはずの人達の分の新型機を横取りしてしまった事で、人間関係的に新たな摩擦を起こしている事だ。

 我が第1中隊は3つの小隊に分けられて細かく運用される。第1小隊長は中隊長の長谷川大尉が兼任し、第2小隊長の渡辺中尉、第3小隊長の武藤中尉と都合3人の小隊長が居るわけだ。

 つまり中隊に3機の新型が配備されたのなら、何の問題もなく3人の小隊長に行き渡ったのだが、実際に第1中隊うちに来た30サンマル式は2機だった。
 1機は長谷川大尉で決まりとして、残る1機の新型を2人の小隊長のうちどちらに回しても角が立つ、と考えた長谷川大尉は新型の受け取り手を『私』に指定したのだ。

 実は内々の話し合いで渡辺中尉が「俺は狙撃専門の支援屋だから機動性は重視しない。新型は武藤が使うと良い」と言っていたのだが、最終的な長谷川大尉の判断は私だったのだ。

 腹の虫が収まらないのは、新型機受領の内定をひっくり返された武藤中尉だ。そのせいで怒りの矛先が私に向けられた。

 特に暴力を振るわれたとか嫌がらせをされた、という訳では無いのだが、事ある毎に私を親の仇の様な目で睨んでくる。

 武藤さん小柄で可愛いのに怒った時の目つきは凄く怖いんだよなぁ……。

 無念な気持ちは理解するが、私を責めても何の解決にもならない。本人にそう言ってあげたいのだが、怖くて言えない。

「よっ、鈴代。さすが新型カッコイイな!」

 後ろから声を掛けられた。香奈さんだ。
 香奈さんは舐めるように私の機体〜3071サンマルナナヒトを上から下まで視線を巡らせる。

「幽炉も新品で元気いっぱいみたいだな。なんか高鼾たかいびきで寝ているよ。緊張感ゼロ、大物だな幽炉こいつ!」

 香奈さんの幽炉占い(?)は当たるのか何なのかよく分からない。まぁ香奈さんが喜んでいるなら下手に触れずにいよう。それが女の友情だ。

「ねぇ香奈さん、新型の事で武藤中尉が機嫌悪いんですけど何とかなりませんか…?」

 香奈さんなら武藤中尉にもある程度遠慮なく物が言える。藁にも縋る思いで救援要請を出してみたのだが、

「えー? イヤだよ。あの状態の武藤さんに絡んだらあたしが大火傷するじゃん、無理」

 秒殺だった。女の友情とは……。

「でもこの新型に乗って鈴代がまた戦果を伸ばせば武藤さんも黙らざるを得ないだろ? そうなるのが楽しみじゃんか。鈴代なら天使を抜く日も近いんじゃないか?」

「武藤さんはそんなに単純じゃないですよ。それに田中中尉は目標ですが、まだまだ背中も見えません」

 本当に田中中尉は雲の上の凄い人だ。だが『新型を任される』というのは長谷川大尉の酔狂ではあり得ない。それに見合う戦果を期待されているのは間違いないだろう。

 襟を正して臨む必要がある。それこそみっともない真似を晒したら武藤中尉に機体を取り上げられてしまう。それだけは避けたい。

 兎にも角にも頑張るしか無い。元々私にはそれしか出来ない。

 早ければ明日の当直日にでも出撃があるだろう。
 新生した鈴代美由希の姿を武藤中尉に、本国コロニーの家族に、そして憎き虫どもに早く見せてやりたい。

「明日から頼むわよ、3071サンマルナナヒト
 そう言って私は新しい『相棒』に微笑みかけた。



「第1話 呼ばれて飛び出てガシンガシン」に続く。
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